流星3
「時森?」
「……ううん、なんでもない」
私は鍛え上げられた笑みの仮面を貼り付ける。
ブレーキをかけて、コーティングするように告白しない理由をあげていった。
(未来で黒咲くんが自殺するというのに告白だなんて、そんな呑気なことしてられない)
夢だろうがなんだろうが、ここで生きている黒咲くんを死なせたくなかった。
恋が実るとかよりも、私は彼に幸せになっていてほしかった。
幸せになっていると思っていたから、長い時間をかけて思い出に変えていた。
それを仮に幸せな彼を見ても私は【大人だから】と祝福していただろう。
(よくわからないけど黒咲くんはここにいる。助けなきゃ。彼が自殺なんて絶対におかしいもの!)
「なんでも。悩みがあったら言ってね? 私は黒咲くんの力になりたいから」
「え……? うん?」
突然の申し出に黒咲くんはポカーンのマヌケ顔。
そんな腑抜けた犬顔も好きだったなと思い出す。
「ありがとな。その時は頼らせてもらうよ」
(私はアラサーで年齢がずっと上なのに。なんて言葉をかけたらいいかわからない)
クスリと笑って、目を細める黒咲くんはやっぱり少し大人っぽかった。
(黒咲くんは思ってたよりずっとずっと大人だったのかもしれない)
私は……私は子どものまま。
なんの成長もしていない年齢だけの大人だ。
大人ってもっと大人だと思っていたのに、高校生のときと何一つ変わらない。
変わるのは嫌いな人やどうでもいい人へのニコニコ顔が鍛えられるくらいだ。
リアルに言うと敬語と謝罪も上手くなる。
大人なんてその程度だ。
大人よりも、学生の時の方が勢いがあって怖いものがなかった。
ある意味で高いところを怖がらない大人だった。
「もう、後悔したくない」
これは大人のお節介だ。
初恋の人が自殺という結末は嫌だ。
こうして触れて会話をするだけで幸せを与えられる素敵な人。
どうか悲しい結末を選ばないで。
私と違って黒咲くんは価値ある人なんだから。
長年蓄積した暗闇の中に、黒咲くんという花がひっそりと咲いた。
「黒咲くんは私が助けてみせるから」
「……うん?」
「帰ろ!」
「うん」
理解出来なくても黒咲くんは嫌な顔をしない。
少しおかしそうに笑って背伸びをした。
「あー、屋上に望遠鏡置きっぱなしだわ。怒られるなぁ」
「大丈夫、私も一緒に怒られてあげる!」
「なんだよそれ」
ニッと歯をみせて笑う黒咲くんに、私は満開の笑顔を咲かせた。
こんなに心穏やかに笑ったのは久しぶりであった。
どう考えても、今でも黒咲くんが好きなまま。
助けたい。
あわよくば助けることで告白しなかった後悔を解決して、私も未来を歩けるようになりたい。
(逃げてばかりの私とサヨナラだ)
こうして私は2022年から2010年へとタイムリープ。
30歳の社畜OLが高校三年生となって故郷へと戻ってきたのだった。