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BALLAD 5

田園風景を見ながら歩くもほとんど人がおらず、いても田んぼで作業する人がチラホラいる程度だ。


大半の人は隣町に行っているのだろうか。


大型ショッピングモールが出来て、そこに働きに出る人が多いと里穂が言っていたはずだ。




ーーキーンコーンカーンコーン……。



(あー、鳴ってるなぁ。正直、昨日まで聞いていた感覚で懐かしさがない)



だが少しずつ、違う。


こんな野ざらしな田んぼや畑が多かっただろうか。


木造の家は人気のないものもある。


錆が縦線をひき、葉っぱが絡みついている。



虫の鳴き声、水の音、風のやわらかさ。


さっきまで感じていたのに、匂いが変わったようだ。


とても澄んだ空気のはずなのに、やたらと寂しさが強い。



こんなに狭かった?


もっとバス停から歩いたとき、遠出をした気分だったはずなのに今はあっという間だ。



景色ってこんなに他人事だったか?


わざとらしく騒ぐ気持ちはある。



(これがエモい? ……なんという皮肉)



昨日までここにいた私と、12年離れていた私のごちゃ混ぜな感覚は思っていたほど違和感なく見ることが出来た。


こうなるとわかって景色を見ていたからかもしれない。


ここはもう、私の故郷でありながらも居場所ではないことを痛感した。



「黒咲くんはずっとここを守ってきたんだね。ここが黒咲くんの世界で、全てだった」



頬に涙が伝う。


それを拭い、唇を固く結んで前を見る。




「まだ、間に合う。だって、まだ事は起こってないはずだから」



足を早めて目的地に向かう。


やがてたどり着いたのは昔ながらの一軒家という雰囲気の大きな家だった。


カーテンが全てしまっている。




「ここが……黒咲くんの家」



(なんだか緊張してきた)



心臓がバクバクと鳴り、ザワザワする胸に手を当てあたりを見渡す。


誰も見ていないというのに、妙に悪いことをしているみたいで肩を狭くした。



(ええい! こんなのは勢いだ頑張れ芽々!)



ーーピンポーン。


人差し指でインターフォンを鳴らす。


だがいつまで経っても反応がかえってこない。



「……いないのかな?」



(怖い。なんで反応ないの?)




汗の滲み出す手を伸ばし、玄関のドアノブに触れる。


思い切って引くと扉が無言で中への入口を開いた。



電気がついていない。


こもった空気。


汗とホコリが入り混じったどことなく酸っぱい匂い。



「黒咲くん、いませんかー? と、時森でーす……」



やはり返事はない。



「……黒咲くん、入るからね! お邪魔しますっ!」




入った部屋は荒れていた。


手入れがされてない。


ずっと放置されたような状態だ。



ゾッとする惨状に冷たい汗が流れる。


不法侵入だなんだの体裁を気にしている場合ではない。


これはもう、生命の危機が漂っている。


黒咲くんが自殺しそうな要因を見逃してはいけない。


私が欲しいのは、俯いていた私に笑いかけてくれた黒咲くん。


泣いている私に手を差し伸べてくれた黒咲くんなんだ。


あの時から私の一番星になり、どんな時も私の中で誰かを好きになる喜びを照らし続けてくれた人だから。




「黒咲くん、黒咲くんっ!!」



家の中に黒咲くんはいない。


なら次へ行こう。



(私はあなたを諦めない)




***



家の外に出ると近所には大きな木造の建物があった。


ずいぶんと年月が経過しているのか、重厚感がある。



「ここは……作業場? ……黒咲くん?」



引き戸を開き、中を覗くも誰もいない。


木と漆、独特の匂いがする空間。


静寂に満ちたそこは崇高さもありながら、消えない人の想いに満ちた場所でもあった。




(やだ、まさかもう。……ううん、まだ大丈夫。間に合わせてみせる)



不安が心臓を握って苦しい。


歯を食いしばってでも、立ち上がりたいから。


だから私は涙を拭って立ち上がる。



「……あれって」



一瞬、キラリと光ったものに気づき、足を止めてしまう。


引き寄せられるようにゆっくりと近づいていくと、私の瞳に淡く優しい光が映りこんだ。



「……これ、光る石? それにこれ、なんだろ」



星祭りのときに使った光る石が木箱の上にのっていた。


石を手に取り、木箱に心が惹かれた。


それが自然のことだと勝手に手が伸びて、箱の蓋を開ける。


そこには朱色と黒色の二つの漆椀が並べてしまわれていた。




「……すごい」



漆の艶に目を奪われる。


それはキラキラしているわけではなく、触れたくなるような淡い艶めき。


触るとザラつきもあって、どっしりとした重みを感じる。


内側に染み渡るような優しさにじわじわと胸が熱くなった。



箱の中に小さなメモ紙が入っており、それを手に取って文字を詠む。


溢れ出す涙に、言の葉が滲んでいった。



(あぁ、私はやっぱり黒咲くんが好き。諦めたくない。会いたいよ、今のあなたに──!)



紙を握り締め、私は外へと飛び出していった。

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