誰が為に協奏をする 1
【side:奏】
2010年12月30日、木曜日。
星祭りに向けた最後の準備だ。
荷物を搬送し、あとは本番を待つだけの段階となり、高校生組は解散する。
テントの中では黒咲くんだけ備品の最終確認を行っていた。
「あれ、北島帰らないのか?」
帰ったはずの麻理子が戻ってきて、黒咲くんと向き合う。
白い息をはきながら、真っ直ぐに見つめていた。
「……ケジメ、つけたくて」
「ケジメ?」
「あたし、黒咲くんのこと好き」
一呼吸を置くこともなく、ストレートに想いをぶつける。
思わぬ告白に黒咲くんは目を丸くし、戸惑っていた。
「えっ? ……えっと」
それでも反らされない目に本気だと理解し、覚悟を決め向き合う。
余計な荷物は全て手放していた。
「ごめん。オレ、北島のことは友達としてでしか見れない」
「……そっか。うん、わかった」
麻理子はわかっていた。
黒咲くんは全く麻理子を恋愛対象として見ていない。
だからこれはただのケジメ。
麻理子が先へ進むための決別であった。
「ありがとう。これでスッキリした。明日、星の女王になりきれそう」
「こちらこそ、本当にありがとう。北島がいなかったらたくさん進まなかったことあったから」
こんなに順調だったのは麻理子の力が大きい。
人を巻き込む華やかさと力を備えていた。
「……星の女王様、楽しみにしてる」
「一生モノのキレイな姿、見せてあげるから。言っておくけどあたし、めめりんより美人なんだからね!」
「え、ええ?」
動揺する黒咲くんにチクリと嫌味をさす。
麻理子らしいスパっとした切れ味であった。
「めめりんはフラフラしてるからガシッといかないと掴めないよ?」
「……うん」
「……顔色伺うもの同士って大変だね」
小さな呟きは、麻理子だけのもの。
絶対、聞かせたりしない麻理子の吐露だ。
「……ごめん、何て言った?」
「ううん、なんでもない。 また明日ね。最高の年越しにしよう」
石を一つ、手に持っていく。
笑って手を振り、黒咲くんに背を向けテントから出ていった。
***
麻理子がテントから出ると、外には奏が立っていた。
川のせせらぎ音に馴染むように奏の美しい声が名前を呼ぶ。
「麻理子……」
「奏! まだ帰ってなかったの!?」
「麻理子が心配で……」
俯いて麻理子の目を見ようとしない奏に、麻理子は困ったようにクスリと笑う。
「そっか。黒咲くんとの会話、聞いてた?」
「……ごめん」
「別にいいよ。 奏には報告しようと思ってたし」
風が吹き、二人の間に沈黙が走る。
長い髪を抑えながら麻理子が口角をあげ、奏に微笑みかけた。
「……ね、ちょっと付き合ってよ」
今までのあどけなさを捨てた初めて見る表情に奏は目を見開く。
頷き、目をそらす。
胸がキュッと痛くなり、足元をずっと見て草を踏みつけていた。
***
「この辺でいいかなー」
月明かりの下、河川敷で足を止める。
遠くに住宅の灯りとさらさらした水音が閑散として少し切なく見えてしまう。
観客のいない二人だけの世界。
せせらぎ音に混じって聞こえてくるのは……緊張と動揺を秘めた呼吸音。
「……麻理子?」
「とりゃーっ!!」
月に投げるように光る石が上へ上へと軌道を走らせる。
やがて重さに耐えられなくなり、あっという間に落ちていき水の中に沈んでいった。
波紋が広がる見えない夜の水に浮かぶは、揺れる鏡写しの月だった。
「あー、スッキリした!」
「麻理子、今のは……」
「投げ星。一日早いけど投げちゃった」
くるりと振り返り、歯を見せて笑う。
もう見慣れたポニーテールもシュシュもない。
髪を下ろした大人びた女性がいた。
「めめりんと黒咲くんが結ばれますようにって。 あと、あたしは黒咲くん以上に素敵な人と結婚出来ますようにってね」
「ーーっ出来るよ! ……麻理子なら大丈夫」
どうして芽々のようにぶつかれないのだろう。
こういう時、親友として麻理子を全肯定し励ましたいのに心はうらはらだった。
奏の誰にも言えない秘めた心が声にのって震え出す。
それを理解しているのかしていないのか、微笑むだけの姿からは読み取れなかった。




