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流星1

星降る夜の屋上。


群青色に溶け込みそうな繊細さのある男の子が望遠鏡の前に立っていた。



(どういうこと? 黒咲くんは死んだって……というか制服?)



「……幽霊? え、そんなことある?」


「おーい、勝手に殺さないでくれよ」


「ぴゃあっ!?」



いつの間にか目の前に立たれており、闇夜に浮かぶ冷えた手が頬に触れる。


池を泳ぐ鯉のように飛び跳ねた私に黒咲くんは口角をあげ、クスクスと無邪気に笑い出す。


そのことに途端に恥ずかしさが込み上げた。


きっと池から顔を出したのは鮮やかな鯉だっただろう。



「ぴゃあって……ははっ、時森しか言わないよなぁ」


「ちょっとやめてよ!」


「ごめんごめん」



キラキラと流星群に紛れてしまいそうな輝き目が奪われる。


自然と口角があがり、胸がキュっと音を鳴らした。



(黒咲くんだぁ。そっか、これ夢見てるんだ)


「私、卒業してからもずーっと拗らせて好きだったからなぁ」


「え?」


「んん?」


「え……?」


「……えっと?」



沈黙。


途端に口から出た言葉に赤面した。



「あ、ちが、違って! これはその、星が好きってことで!」


(一体私は何を言ってるんだ!?)


「あ……。ほ、星ね」



腑に落ちないながらも笑って流してくれる。


いや、気づいてないだろう。


何故なら私は当時、黒咲くんに好意を見せていないのだから。


誤魔化す以前に、私たちの間に甘ったるい空気は流れなかったのだから恋愛への発想には至らない。


私は達観した拗らせにより、心の中で腰に手を当てて高らかに笑っていた。



「今日はふたご座流星群が見えるからなー。屋上とか絶景と思って侵入したわけだが、時森も侵入してくるとはやるなぁ」


「わ、私はそういうわけじゃ……」


(あれ? 私っていま黒咲くんにはどう見えてるのかな?)



実際の私はこの場所に現れていない。


リアルな夢なのか。


ここにいる黒咲くんは幻で、私を見るにあたり輪郭というものはないのかもしれない。


私にとっての都合のいい形だ。


長年の拗らせにより美化された爽やかな男の子が空を見上げていた。




「やっぱり星はいいな。流星群なんてロマンがあるね」


「そうだね、久しぶりに天然の星空を見たよ」



その言葉に黒咲くんは首を傾げる。



「星は毎日見えるだろ。流星群だから特別なんだよ」


「あは、そうだね」




都会では星はみえない。


高層ビルと人工的な灯りで空はいつも青混じりのグレー。


都心部から離れても空に見えるのはポツポツとした小さな星と、流れ星に見せかけた飛行機の光だけだ。



プラネタリウムなんてものは星に焦がれながらも都会を離れられない人間には最高の娯楽だろう。


それくらい満天の星空なのに身に染みる違いは大きかった。



(こんな穏やかな気持ちは久しぶり。ずっとピリピリしてたから)



何年も社会人やっておきながら、私はなんの価値も見出せなかった。


電話に出ては謝って、上司に相談してはため息をつかれ、周りの女性に助けを求めれば睨まれ拒絶。




忙しい。


自分でやれ。


なんでそれくらい出来ないの?


迷惑かけてるのわからないかなぁ。


空気読めよ。


そこまでしがみつかなくても若いんだから。


本当に幸せなの?


社員ではやってけないよね。


田舎あるんでしょ? 実家頼ったら?


帰ればいいじゃん?



生きていく力のない奴の価値ってなに?


生きてて幸せ?




「ふ、ふはっ……」



(無価値だって……他人にまで言われたらどうしたらいいかわからないよ)



頭の中にぐちゃぐちゃしたノイズが走る。


たくさんの声が再生されて、年代もバラバラで冷静な思考を奪おうとしてくる。


ずっと何か得体の知れない黒いものに追われている気分になる。




「時森? 大丈夫?」



黒咲くんの優しいテノール声で我に返る。


背中に冷たい汗が流れていた。



「うん、大丈夫」



ヘラっと笑い、頬をポリポリとかいた。



「ありがとね。黒咲くんに会えてよかった」


「なんか、いつもと違うな」


「え?」


「ちょっと……か、かわいい、かも……?」



言われ慣れない単語に喉から心臓が飛び出た気がした。


いや、矢で射られたと例えた方が良いだろうか。


枯れに枯れた私にはほんのちょっとの甘い言葉と態度でさえ、吐血物だった。



(か、かわ、かわ、かわっ!!!?)



そんな単語、言われなくなってXX年だ。


いや、案外思春期ゆえのかわいいがこそばゆい現象なのかもしれない。


リアル男子高校生にしか出せないピュアな囁きは、全国アラサー喪女の会(仮)でリピート再生待ったナシである。


今度は心の中で鼻息を荒くし、デロデロになる私がいた。



(何せ私は年齢=彼氏なしのアラサー)



だが心の私はワタワタと慌て出す。



(そもそもこの言い方は死語? ダメだ、若者言葉がわからない)



頼むから私をおばちゃんと呼ばないでくれ。


高校生とはそれだけで破壊力があるのだから優しい目で見ておくれ。


と、拗らせたアラサー女は血を流し続けていた。





「ね、ところでさ、ポケットの中に何入れてるの?」


「ポケット?」



制服のスカートのポケットをあさる。


セーラーの形にかわいいリボンのついたやや古風なデザインの制服。


ブレザーに憧れたこともあったけど、これはこれで尊い。


制服を着れるのは現役か夢の中だけだった。

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