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もっと強く4

***



麻理子の家は庭があり、外観も白く華やかである。


木造建築の建物が多い中、コマーシャルでみるような住宅に憧れをもつものも多いだろう。


横に広い敷地で空を見上げれば余すことなく空が視界に飛び込んでくる。


ビルの邪魔しないむき出しの空が埋まらない私たちの心のようだった。



(ちょっと一息しよ。若いテンションは長持ちしない)



何歳になってもトランプやUNOは楽しく、人生ゲームやテレビゲームも盛り上がる。


しかし年齢を重ねていく事に集中力や体力が衰えていき、楽しさは凝縮されたものへと気持ちがシフトしていく。


この身体は若いはずなのに、笑い続けることが久しぶりのため筋肉が強ばっていった。



(あれ? 黒咲くん……?)



庭に出るとそこには外履きに履き替えて空を眺める黒咲くんがいた。


家からこぼれる明かりに照らされて、一心に月を見る姿が青白い。


もの哀しく、消えてしまいそうな儚さに思わず手を伸ばしてしまう。


だがその手は伸ばしきれない。


指先が震えていて、何も掴む力がなかった。



(マイナスなことを考えるのはやめよう。前進しているのは間違いないのだから)



手をおろし、代わりに風をまとって静かに微笑んだ。



「……風、気持ちいいね」


「時森? ……そうだな。本当に、ヒンヤリして気持ちいいよ」



目を閉じて風を受ける。


冬の冷たさが頬にひりついて、息を吐くと白さが大気に馴染んでいく。


やけに目の熱さを感じるのは、星が見えるほどクリアな寒さのせい。



「楽しくない?」


「……楽しいよ? なんでそう思ったの?」


「……大した理由はないよ」



未来を知っているからそう見える。


なんて都合のいい言葉だろう。


本来、未来とはわからないもので、わからないからこそ不安定に揺れるものだ。


黒咲くんは未来を拒絶した。


生きていくだけの力をなくして、自分に別れを告げる。


それは悲しかったのか、それとも安心したのか。


衝動的なものだったのか、計画的なものだったのか。


目の前にいる黒咲くんに聞いてもわからない。


たしかにここにいるのは未来を見つめる黒咲くんだったから。



ーーどうしてそんなことになる前に何も出来なかったの?


誰かを責めるなんて資格を持っていない。


助けなかった傍観者の一人。


上っ面に恋していただけのお子様。




【これは私の罪悪感】




「オレさ、高校卒業したら家継ぐんだ」



思わぬ黒咲くんの発言に目を丸くする。



「黒咲くんの家って」


「漆器の椀の製造してるんだ。今どき古風な家だよなぁ。一応、創業から長い歴史あるんだぜ?」



ふたご町には名物の工芸品がある。


木に漆を重ねて塗ったお椀で、デコボコした手触りが特徴である。


木に布をはり、その上に何重にも漆をかける手間暇をかけ、質感の良いものにしていく。


汁物に適しており、熱を通しにくく、口当たりの良い食感を楽しめるのが特徴だ。


テーブルのない時代に重宝された高台のお椀として、長い歴史を誇っていた。


昔は作り手がたくさんいたが、今は黒咲くんの家が伝統を継いでいる状態だ。




「工芸品って言われても認知度は低いけどね。昔は嫁入り道具として娘に持たせるために作られてたんだって」


「黒崎くん、なんでもテキパキこなすもんね。漆とか、扱いが大変そう。木も自分で彫ってるの?」


「うん。結構大変だよ。でも完成したときはやっぱり感動する」



手のひらを見下ろし、キュッと握りしめる。


いつか厚みを増していくであろう手のひらはよく見ると所々赤くなっていた。



「こうやって……人の生活や文化にあわせて進化して、今は伝統として技術が残されている。本格的に伝統を継いだのはじいちゃんの代からで、オレが三代目になるんだ。だから看板は長いって感じ。じいちゃんの背中、小さい頃はずっと見ていて……憧れていた」



黒咲くんの祖父はすでに亡くなっている。


会ったことはないが、チャレンジャーな性格で高度経済成長期のときはふたご町の発展に尽力した人として名を残している。


今は父親が二代目として跡を継ぎ、ふたご町の復興会会長にもなり、盛り上げようとしているはずだ。


何度か見たことがあるが、穏やかな性格な印象と同時に研究熱心な職人であった。



「親父も頑張ってるんだ。本当に技術が集約された誇るべきものだと思う」



くすぐったそうに頬をかいて笑う黒咲くん。


その目はキラキラしていて、空に浮かぶ星とよく馴染んでいた。


風が吹いた時、目に飛び込んできた黒咲くんに目を奪われた。


ここにいるのは高校生の黒咲くんのはずなのに、未来に生きる私と対面したような気がした。


会うことも出来ず、30歳で終えることを選んでしまった大好きな人。


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