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You were... 3

「みんなに迷惑かけたくない気持ちはわかるよ。 でもそれだと辛いだけだよ」



ザワザワするオフィスでポツンと立つ自分を思い出す。


メモとペンを持っているのに何も書けなかった。


やがてそれは周りを追いかける目に変わり、電話をしながらデータを引っ張り出して推測するようになる。


頭はぐちゃぐちゃで、切羽詰まって喉が痛いのに私は口ばかり笑っていた。


考えて考えてやっても、求められる基準に届かない。


頑張ってるはずなのに見返りはない。


こんなふうにやっていきたいと思っていた心はやがて死に、周りの目を気にして報われない現実と追い込まれる生々しさに膝を崩す。


引き出しにストックしたチョコレートにかじりつく。


癒されたい一心で甘さを求めた。



「やりたいことがあっても、安心して続けられる環境と悩んだ時相談が出来て、実務を助けてもらえないと」



頬に一筋、涙が伝う。


化粧のないまっさらな顔に流れる透明さ。


涙を流さないための仮面はもうない。



「目標なんて潰れちゃうんだよ? 一つでも欠けてたら苦しいが上回る。……黒咲くんの想いには支えがないよ」



(あー、泣いちゃってバカみたい。嫌なこと思い出す。目標持って働いてたときもあったのにな)



助けてが上手く言えなくて。


やっと言えたと思ったら答えが返ってこなくて、考えても考えても失敗の連鎖。


みんなの嫌な顔が強くなって、謝ることばかり増える。


状況の改善を求めたら、不用品扱い。


若いんだからと、退職届という不用品回収のための書類提出を無言で求められるんだ。



それが時森 芽々の約8年の社会人生活だった。



8年という年月は中高時代の6年よりも長い時間だった。


辛いはずなのに何故か時間の経過は早かった。


振り返る余裕なんてどこにもなかった。


自分がわからなくなって、ギスギス、イライラ、ズキズキしかない廃品回収寸前の人形のようだった。



「頑張りたくても、正しく頑張れない環境にいたら死んじゃうよ……」



(そんなのやだ。黒咲くんがそんな理由で死んじゃうなんてやだ。なんで誰も黒咲くんの笑顔を守ってくれなかったの!?)



こんなに素敵な黒咲くんが潰れる世の中ってなに?


同じ思いをしてほしくない。


けれども私もまた誰かにとって悪の正義になっていたと思うと悪習に染まったことを痛感する。


傷ついていながらも傷つけた人のことを完全否定出来るほど言えたものではなかった。


私も誰かを助けたことなんてない。


そんな余裕を持てた人生じゃなかった。



もしかしたら私に助けを求めた人がいたかもしれなくても、きっと邪険に扱っていた。


縛るものがない今だから私は黒咲くんに「潰れるくらいなら頑張らなくてもいい」と余裕をかまして言えるんだ。



まるで達観した目線から物を言えるんだ。




「ごめんね。勝手なことばかり言った。でも黒咲くんが潰れるくらいならやめて。そこに黒咲くんの幸せがあるとは思えないから」


「……焚き付けたのは時森のくせに」


「え?」



いつも静かに語る黒咲くんの瞳がゆらゆらと揺れていた。


それははじめて目にする黒咲くんの激しい葛藤と怒り。


彼がまだ高校生であるということを思い出させる抑えられない焦りであった。



「だったら夢見せんなよ! 頑張りたいなんて目標持たせないでくれ!!」



答えがわからない。


その叫びに私は圧倒される。



「義務感だったオレの気持ちを目標に変えたのは時森のくせに!! なんで頑張らせてくれないんだよっ!!」


「あ……」


「やる前から諦めてんのはお前じゃん! 一人で出来ないなんて決めつけんな!!」


「黒咲く……」



夜の闇に紛れていくように走って、見えなくなっていく。


夜に咲いても見えることのない黒い花のように、咲いてもあなたの姿は誰も見つけられない。


私は黒咲くんを見つけることが出来ない。


この手はいつも、何も掴んだことがなかったから。



(どうしたらいいの? だってこんなの、経験しないとわからない)



「頑張るなって言うのは酷だよね」




頑張りたいのに頑張れないのも辛い。


だけどその未来に死が待っているとわかると、どうしても味方になりきれない。


私が味方になって何が変わる?


その未来を回避したいのに、そこに黒咲くんの気持ちが伴わないのは浅はかな考えであった。


誰に寄り添う方法がわからない。


私が力になりたいと思っても未来に訪れる絶望から救えるほど強くない。


この無力感はなに?


未来に黒咲くんはいない。


私もあなたを見捨てた一人。




この地から去った私は、どうしようもない罪悪感にのまれるのであった。

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