You were... 2
とてもではないが言えなかった。
それは黒咲くんが自殺する未来を知ってるから違いがわかるようになったからだ。
そんな残酷な言葉を伝えるのは鋭利な刃物を突きつけるようなものだ。
当時の私は黒咲くんの笑顔の裏なんて見えてなかった。
好きだったくせに、表面の黒咲くんしか見てなくてキャーキャー言っていた。
黒咲くんがどんなことに喜びを感じて、どんなことに悲しくなり、怒ったりするのか。
どんな過去を持っていて、どんな未来を描いているのか。
何も知らないくせに好きだと言っていた大馬鹿者だ。
黒咲くんは画面の中にいるアイドルのように見る存在じゃない。
私の目の前で、同じものを見て育ってきた生身の人間だ。
笑えてないなんて、黒咲くんの尊厳を奪う発言だった。
闇に飲まれていくさまを私は目の当たりにする。
「時森が応援してくれるのは嬉しい。だけどオレはその期待に応えられない」
「どういうこと?」
私の問いかけに口角をあげる姿は、隙がなく追求を許さないものだった。
「ホームページは改修費用がかかるからダメ。動画とかはやってもいいけど、本当に成功するのかって」
空を見上げながら笑って語る姿は痛々しい。
当時気づくことの出来なかった傷だらけの姿。
見ててわかるのは、黒咲くんは早く大人になりすぎているということ。
更に上の大人に大人であることを強要されたマリオネットのようだった。
「成功したとして、誰がそれを運営していくのか。お金がない、誰がやる? そればかりで……」
現実の厳しさは高校生に突きつけるには酷だ。
夢を見たくてもみれない環境は、やがて確実な成功というまやかしに飲み込まれていく。
「……ごめん。オレはそこまで自信を持って言えなかった。みんな手伝ってくれたのに。……本当にごめん」
謝るしか出来なくなったとき、人の心は死ぬ。
自分を守ることより、他人を怒らせず荒波を立てないことが優先順位に上がってしまうからだ。
他人の顔色を伺いすぎてしまう末路は、錆びてしまった自分の身体に鞭を打って孤独に動くというものだ。
「でも大丈夫だから。あとはオレ一人で出来るよ。やり方さえわかればなんとかなる」
黒咲くんはその道を躊躇いもなく選ぶ。
自分で自分の首を絞める道を進んでいくんだ。
「ありがとな。やってみなきゃわかんない。ちゃんと形にして証明しないとな!」
「……やめて」
「時森?」
「そんなふうにがんばろうとしないでよっ!!」
私はそれがたまらなく嫌だった。
壊れていこうとする黒咲くんが、未来の自死へと直結して見えて怖かった。
私も、他の誰も黒咲くんに気づかなかった。
追い込んでいく未来を許せなかった。
本人でさえ気づいていない自己犠牲に私は悔しさから声を荒らげていた。
「一人で出来たら誰も辛くなんてならないよ! そんな完璧な人、いるわけないじゃん!」
一見、黒咲くんはなんでも出来るヒーローみたいな人だ。
だけどちゃんと関わるようになって見えてきたのは不器用なのに笑ってみんなを明るくする自己犠牲の精神だった。
自分のためのようで、自分を殺して好かれる道を選んでいる。
本当の黒咲くんは、きっと弱い。
周りから頼られて、頑張りすぎて、崩れてしまう強く見えて実は脆い人だった。
「才能があるって褒め称えられる怪物だって、一人で怪物になるわけじゃないでしょ!?」
世の中にはたしかにすごい人がいる。
別世界に生きてて、同じ人間とは思えない。
だけどその人にだって苦悩はあって、乗り越えてきたからそのステージに立っているんだ。
もし全く才能、努力、体格などの条件が同じだとしても環境一つで変わってしまう。
可能性を生かすも殺すも、周りの影響はとても大きい。
それは時として人を殺す。
そう、私は一度殺されている。
なのに自分を責めて、周りにも腹が立って、ぐちゃぐちゃになって眠れぬ夜を過ごした。
時計の針の音をこんなにも意識したことはなかった。
今になってわかるのは私が私の味方になれなかったということと、支えてほしいときに孤独だったということ。
潰れる以外の未来がなかった。
「誰かが傍で励ましたり、同じ目標のある人達と切磋琢磨したり、誰かと嬉しいを共有出来たから頑張れたんじゃないの!?」
怪物には何種類かいる。
だけど完全孤独な怪物はいないだろう。
もしいるとするならばそれは何かを壊してしまって走った結果の奇跡だ。
犠牲の果ての成功は喜びと虚しさに挟まれてしまうだろう。
私は黒咲くんが私と変わらない等身大の人だったと知る。
怪物でもない黒咲くんに、壊れて走って欲しくない。
虚しさなんていらない。
ただ笑っていてくれる未来があればそれでいいんだ。




