#39
図書室にはやっぱり吉野さんがいた。
でも、あの漫画三人組は今はいないみたいだ。
「あ、目が覚めたんですね」
「うん」
僕が答えると、吉野さんはすぐに目を伏せて、読んでいた。
「吉野さんは何読んでるの?」
「ふぇ⁉」
「わっ、びっくりした」
「あ、すみません。私に話しかけるとは思わなくて。えっと『バスカヴィル家の犬』です」
ああ、シャーロック・ホームズの。
吉野さんはそう言って、中身を見せた。
「全部英語だね」
「はい。私、海外のお話は原作の言葉で読むのが好きなんです」
「へえ、すごいな。僕は日本語訳しか読んだことないや」
「ほとんどの人はそうですね。でも、その本が書かれた国の様子を知るには、その国と同じ言葉でそのままの描写で読み解くのが一番ですから。それに、あなたこそ“作家の星”でしょう? 日本語の自由さにはあなたが一番よく分かっているのでは? アメリカやイギリスから見て、日本語も外国語なのですから」
「そうだね。確かに僕の書いた物語を英語にするのは難しいと思うな。色々な技法を使ってるし、わざと正しい文法を崩したこともある。それを違う言葉にすると、雰囲気が壊れるかも」
「そういうことです。分かっていただけたようですね。東条さんこそ、ここに来たということは何か本を読み来たのでしょう。何を読むのですか?」
「まだ決まってないんだ。そんなに考えずにここに来たから」
「そうですか。では、これはどうですか?」
そう言って、何冊か積み上げられていたものの一つを僕に差し出した。
「これは?」
「さあ? 作者は書かれていません。でも、表紙に傷がついていたので、印字が擦り切れて消えただけだと思いますが」
やっぱり話す時もハキハキと言ってるなあ。司書って本の場所とかよく聞かれるだろうし、受け答えもはっきりとなったものになっていくのかも。
「……私に顔に何かついてますか? 私の顔はツギハギみたいに、どこにでもいるような普通な顔ですから、見つめるのなら星乃さんや今羽さんたちの方が良いと思いますよ」
「あ、ごめん。受け答えがはっきりしてるなあと思って」
「なるほど。――あの、やっぱり少し話してくれませんか? 私、人と話すことが苦手なので、いつも学校で空振りしてるんです。直さないといけないとは思いますが、本と違って人間は思っていることを全て言葉にしてくれないので」
「いいよ。じゃあ、話そう」
「ありがとうございます。この敬語は気にしないでください」
「分かった。ねえ、吉野さんはどんな本読む?」
「何でも読みますよ。……でも、恋愛ものは理解できません。作品自体はいいですけれど、好きになる理由がイマイチ分からないです」
「僕も偏りはないけど、異世界ものは読まないなあ。何でだろう」
「私もです。テンプレ化してるので」
最後まで読んでくださりありがとうございます。