#4
「君の友達……。あー、妃和泉だっけ」
「知ってるの⁉」
「まあね、一通り調べてるから。君が高校に入学してきた後から。ああ、もちろん他の子もね」
……もうこんなに驚くべきことが続いているんだ。もう、何も驚けなかった。
「芸能人だよね」
「そうだよ」
「アメリカに行ったんだよね。ここが嫌で」
僕は、和泉のことを思い出した。
『妃和泉です』
名前を言った瞬間、静まり返っていた教室がどよめいた。最近、よくニュースにもなってる「期待のルーキーアイドル」って噂の子だ。モデルとかしてるんだっけ。
『体が弱いので、体育には出席できませんが、よろしくお願いします』
隣に座った妃さんは、僕の方を見た。
「よろしくね」
「うん、こちらこそ」
そして、次の日には学校中の男子生徒の声が廊下から聞こえた。、彼女を見に教室へ来ていた。
「ほんとに妃和泉なのか?」
「ほんとだって!」
妃さんは、男子たちが来る前にお弁当を持ってどこかに行った。
ずっと注目されるのも大変だろうな。
「誰もいない屋上へ行こうかな」
こんなに人がいると、お弁当も食べにくいし。僕に注目している人はいないけど、でもやっぱり人がたくさんいると怖い。
屋上にいると、歌声が聞こえた。
珍しいな。屋上に誰かいるなんて。
そう思って、少しだけドアを開けて、屋上を覗いてみた。
「あ……」
そこには、華麗に舞いながら歌う妃さんがいた。
テレビでは、白鳥みたいに可憐だった彼女も、やっぱり努力してるんだな。
「ごほっごほっ!」
せき込んだ彼女を見て、昨日の「体が弱い」という発言を思い出した。
「大丈夫⁉」
近寄って、背中をさすった。
「ありがとう。だいじょーぶだよ。それとさ、もしかして聴いてた?」
「ごめん」
「アイドルだから、別にいいよ。歌うのは好きだしね」
でも、そう言って笑った彼女はどことなく悲しそうだった。
「体が弱いから、人一倍レッスンしないといけないんだ。無理は禁物だけどね。でも、そんな言葉で抑えたくないんだ。この気持ち」
そう言って、色あせたベンチに座った。
「隣、座っていい?」
「うん、いいよ。“気持ち”って言っても、私の体に埋まってるのは人工心臓だけどね」
「そうなの?」
「うん。だから、みんなと違って鼓動の音、聴こえないよ」
「え、ほんと?」
気になって、何となく妃さんの胸に手を近づけると、手を払われた。
「こらこら。忘れてるかもしれないけど、わたしアイドルだよ」
「あ! ごめん!」
好奇心の方が強くて、すっかり忘れてた。
「まあ、いいけどね。そんなことより、もしクラスのみんなに……みんなの『普通』と違うことを言えばどうなるかな?」
普通? 普通……。普通って、多少の誤差はあれど、一貫性はあって崩せないよね。
それがみんなの普通。普通から離れたら、軽蔑や羨望、嫉妬の対象になる。
「きっと独りになるんじゃないかな」
「君も他のみんなの仲間に入る?」
「ううん。入らないよ。だって、みんなの普通って真実と違うことの方がずっと多いから。まあ、数学の問題とかと違って、答えなんてないんだろうね。でも、答えを作ってそれを広めないと、統率が取れないよね。世の中のルールなんて、たいていそういうものだと思うよ」
「……ルールよりも、個人の方が大切だと思うんだけどな。今は……個性を大切にしようって言ってるのに。その個性を守るためのカミングアウトをしたら、独りになるんだよね」
彼女の声は真剣だった。でも、どこか虚ろな感じもした。
「ねえ、君は個性を殺してみんなといるか、個性を大切にして独りになるか。どっちがいい?」
「独りになる方かな……。だって、孤独なときって、近くに誰かがいてもどうせ孤独でしょ。なら、どっからも攻撃されない独りの方が良いと思うよ」
「攻撃……。ねえ、言える時が来たら、君にだけ言っていい? ずっと隠したこと。誰かに言わないと、もう耐えられないから」
「……いいよ。こんな僕でも、君の役に立てるか分からないけど」
「ううん。君はみんなと違うから。今からお仕事だから、もう行くね。じゃあね」
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