イラストレーターの星(1)
「彩斗、忘れないでね」
「――ッ⁉」
僕は視線を落とした。まだ顔だけの“描きかけのアイツ”の笑顔。
「……あ」
黒いインクが染みて、シミが出来ている。
「描き直すか」
そう言って、俺はスケッチブックのページをめくって、新しく描き始めた。
……このスケッチブックは、アイツ専用なんだよな。一ページに一つずつ書いても、全部で五十枚か。でも、妥協はしたくない。どんなイラストでも、完璧なものを描かないと。アイツのために。
「今度は何描こうかな」
最初のページからまた見直した。どんなの描いたっけ。
一番最初は合服だ。ちょうど一年に進学したときのだな。ベストにネクタイ。アイツの髪はサラサラで、桜吹雪でなびく髪を再現するのは難しかったな。
次は、ああ、海に入らないでアイツのビキニ姿描いたな。あんなに拒否ったのに、結局描いたんだよな。あんなむちゃくちゃなお願いしやがって。アイツの肌って、入院生活で外に出ないから、怖いくらい白いんだよな。
って、こんなのどっかに落として、誰かに見られたらソッコー通報だろうな。同じ奴のイラストがびっしり描かかれてるんだから。
『私、一年後くらいには死ぬみたい。だから、彩斗が忘れないように私のイラスト描いてよ。私、彩斗のイラスト好きだからさ!』
そう言われたとき、この世界の全てが崩壊したような気がした。
『……え?』
『だから、お願いね。私、ほら、貧乏だからさ。写真とかたくさん撮れないし』
そう言われたから、俺はなるべくアイツと一緒にいた。ずっとアイツの絵を描いていた。
『あ、ああ……』
――そして、突然アイツは死んだ。余命通り、一年後だった。呆然としていた。コイツは女優を目指していたのに、何の作品にも出られずに死んだ。
早すぎた。でも、世間はアイツの才能に気づくのが遅すぎた。
またアイツに会いたかったな。
「……思い出しても悲しくなるだけだ。アイツを描こう。アイツが望んだことで、俺が叶えられることはこれだけなんだから」
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