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スーパーボールと文芸部


 高校に入学して、私が文芸部に入部する事決めたのに特に意味なんて無かった。

オリエンテーションで担任の先生が「クラブ活動かサークル、同好会、もしくは委員会活動、そのいずれかにはかならず参加して下さい」と言っていたのを聞いて、特に何かの部活動や委員会に参加する気の無かった私は少し困った。やりたい事もなく、近いという理由だけで高校を選んだ無気力な私にとって、高校の活動に参加するというのは、とてもハードルの高い物のように感じられたのだ。

 無気力な私は、どの活動に参加するのかを考えるのも面倒になって、参加する活動の決定権をスーパーボールに託すことにした。

 校門から玄関口までのスペースで繰り広げられていた新入生勧誘合戦で、いやというほど手渡された勧誘のチラシを6畳の自分の部屋に敷き詰めて、今年4歳になる弟がコレクションしているスーパーボールを一つ拝借して、勢いよくボールを投げた。直径3センチメートルほどの赤色のボールは壁や天井にぶつかり、勢いよく跳ねて、やがて一つのチラシの上に止まった。それが文芸部だった。

 A5サイズのチラシには奇麗な手書きの文字で『文芸部』と横書きされていて、その下に、『放課後、文芸部部室にて活動しています。興味のある方は、一度見学にお越し下さい』と書かれているだけのシンプルな代物だった。なんとなく、そのシンプルさも気に入って、文芸部に入部する事に決めたのだ。



 「入部届けは部活動の顧問か部長、または副部長に直接手渡しする事、クラスでは受理しない。前のオリエンテーションでそう言っただろう」

 担任は渡した入部届けを私に返しながらそう言った。そうでしたっけ?というと、はぁとわざとらしくため息をついて、レスリング部の入部届けだったら今すぐ受理してやるぞ。と言った。私は遠慮しますと言って教卓から離れた。担任は、レスリングは面白いぞ。と言って教室を出て行き、それを合図としたようにクラスは騒がしくなって、放課後に入った。

 直接渡さなければならないのなら仕方ない。そう思いながら、チラシの最後に書かれていた『文化部棟3階角部屋』という文字を確認して、私は文化部棟へと歩みを進めていた。

 文化部棟は教室棟と並行して建っていて、上履きのまま行くことが出来た。運動部棟は体育館と運動場の間に建てられていて、上履きで行くことが出来ない。しかし、運動部棟は一昨年に新しく建築されたばかりの建物で、シャワー室や室内トレーニング場もあって、かなり優遇されているらしい。それに引き換え、文化部棟は旧校舎を改装しただけの建物で、いいように言うなら、かなり趣のある建物だった。

 文化部棟は放課後だというのに活気がなく、廊下や階段の蛍光灯も何故か薄暗かった。一階の廊下を覗いても、人の姿を確認する事が出来なかった。もともと一つの教室だった所を二部屋ないし、三部屋に分けているらしく、ぱっと見、15〜20のドアが並んでいた。それぞれドアには手書きの文字やパソコンでプリントアウトした文字で「新聞部」「写真部」「ワンダーフォーゲル部」なんて書いてある紙が貼ってあった。ワンゲルははたして文化部なのか?という疑問を持ちつつ、私は3階へと向かった。

 やはり3階の廊下にも人影は見えなかった。角部屋という事は突きあたりにあるのだろうと思い、歩みを進める。所々、部室からは人の話声や笑い声が聞こえてきていた。一応、人はいるのだなと思って、少しほっとした。

 一応通り過ぎる部室のドアの文字を確認しながら、歩みを進める。途中、「呪詛学部」とか「古代文明研究会」なんて部活を見つけて、覗いてみたい気持ちになったが、物見遊山で見学なんてしたら、恐ろしい事になりそうだったので、ドアをノックするのは遠慮することにした。やがて、廊下は突きあたりにさしかかった。角部屋であろう部室のドアにはチラシと同じ奇麗な文字で「文芸部」と書いてあった。中から物音はしない。



 実際のところ、私は少し緊張していた。何せ、誰も知っている人のいない所に一人で行って、入部させて下さいというのだ。しかも、私は文芸部に入りたいと思ってここに来たんじゃない。文芸部が何をする部活なのかもよく知らないし、読書もあまりしない、読書感想文なんてむしろ嫌いな部類に入るくらいだ。

 そう思っていると、いよいよ私はなんで、文芸部のドアを叩こうとしているのか疑問が湧いてきた。でも、せっかくここまで来たのだからと自分に言い聞かせて、私は文芸部のドアを恐る恐るノックした。

 一瞬、間があって、はい。という声が中から聞こえてきた。女性の声だった。

私はここが教室だった頃から変わっていないであろう、古い引き戸を左に引いて文芸部部室へと入った。

 中は教室をちょうど半分したくらいの面積で意外と広かった。左右の壁側にはステンレス製の本棚が並んでいて、ぱっと見3分の2ほどのスペースが本や雑誌で埋まっていた。部室の中央には会議室にあるような茶色の合板で出来た長机が二つ並べて置いてあって、奥の窓側に一人、私から見て右側に一人女生徒がその机に向かって座っていた。

 窓側の女性は私の方を見つめている。小さな顔に、大きな瞳、少し茶色かかった髪はウェイブしていて背中まで伸びている、まるで、外国の人形がそのまま美人に成長して魂を持ったような風貌だった。それとは対照的に右側に座っている人は、こちらに見向きもせずに、分厚いハードカバーの本をパラパラとめくっている。短く切りそろえられたボブカット風の髪型で、座っていてもわかるくらいの小柄な体型はどちらかと言えば、日本人形のような風貌だった。

何となく、この二人が無言でいるこの空間が異様に感じられて、入った瞬間に言葉が出なかった。数瞬の間、ぼけっと黙りこんでいると、窓側に座っている人が声を出した。

 「何か、ご用?」

 私はその言葉で、ようやく目的を思い出した。

 「あっすみません。突然失礼しました。あの、これを渡しに、」そう言いながら私は小走りで窓側まで進んだ。かばんからさっき担任に渡した用紙を渡した。

 「入部届け?」

 「はい」

 「見学をしてから、決めてもいいんだよ?」

 目の前の女生徒は、私の目を見て言った。女の私でも、目が合うとドキっとしてしまうくらい、近くで見ると余計に感じた。とてもきれいな人だと。

 「大丈夫です。もう決めたので」

 「そう、とりあえず、座ったら?」

 そういうと、立ち上がって、よいしょと言って、窓枠に立てかけてあった折りたたみのパイプイスを私にさし出してくれた。わたしは、ありがとうございます。と言ってパイプイスに座った、日の光が当たっていたのか、パイプイスは心地よい暖かさだった。

 「私は、ここの部長やっている、水野桐乃です。よろしくね。ちなみに二年生です」

 続けて、私も簡単に自己紹介をした。

 「あっちなみに、あっちで本を読んでいるのは、長門さん。よろしくしてあげてね」

 そう、部長さんがいうと、さっきまで下を向いてハードカバー読んでいた顔を上げて、こちらを向いて、気持ち、頭を下げるようなしぐさをした。よろしくという意味だと解釈して、私はよろしくお願いしますと言って軽く会釈した。

 そのやりとりを見て、部長さんはふうーん。と言って私を眺めていた。どうかしましたか?と尋ねると、なんでもないわ。と流されてしまった。そして、少しいいかしらと言って、続けた。

 「あなた、本は好き?」

 「嫌い、ではないです」

 「好きな作家先生は?」

 「藤子・F・不二夫先生は尊敬しています」

 「なんで、文芸部に入部しようと思ったの?」

 「スーパーボールの導きです」

 そういうと、さすがに質問が止まった。何となく、嘘は付きたくなかったので、正直に答えた。部長さんは、スーパーボールねぇと言って、少し笑って、続けた。

 「ちなみに、好きな野球選手は?」

 「ロッテ時代の小坂選手です」

 「ふーん。なるほどねぇ」

 「彼ほど、華麗に守るショートは他に見たことがありませんでした」

 「好きなアニメは?」

 「ドラえもんのび太の鉄人兵団」

 「好きなマンガは?」

 「賭博黙示録カイジ」

 「好きなライトノベルは?」

 「ライトノベル……ですか、すみません。読んだことがありません」

 「そっかーやっぱりねぇ。だそうよー皆木」

 部長さんはそういうと、私ではなく、私の少し離れた横に座っている長門さんに向かって言葉をかけた。すると、長門さんは読んでいたハードカバーをぱたんと閉じて、そのまま本を机に置いて、こちらに向き直って言った。

 「ところでさ!さっきのスーパーボールの導きってなに?」先ほどまでの大人しさとはかけ離れた、ハキハキとした口調だった。

 さっきは、嘘は付きたくないと思い、スーパーボールという言葉が出てきたけれど、さすがに入部直後に適当に部活を選びましたというのは気が引けたので、とりあえず、それは、秘密です。と言った。すると、

 「ふーん。まあいいわ。あなた、結構な変りものね。あっ私は皆木優。桐乃と同じで二年生。よろしく!」

 「あれ?長門さんじゃないんですか?」

 「まあ、それは忘れてちょうだい。ちなみに、あだ名でもないから、間違っても、私を長門さんなんて呼ばないでね」

 皆木さんがそういうと、今まで黙っていた部長さんはククッと笑いを堪えるようにしていた。何だかよくわからない。

 「先輩も、変わり者ってよく言われませんか?」

 失礼な発言ではあったけれど、純粋に聞いてみたくなったのだ。

 「なっ変わり者っていうなら、桐乃の方がよっぽど変わり者よ?ちなみに、今の桐乃は、対外用、タイプ部長っていう猫を被っているのよ」

 「あら、私はいつも自分自身よ。TPOをしっかりと踏まえた行動がとれるだけ」

 そう言ったのは部長さんだった。

 「変わり者ばかりですか、この部活は」

 素直な感想だった。

 「そうでもないわよ。ちゃんと常識人もいるよ。今日は来てないけれど、他にも3人ほど文芸部員がいてね、その一人はあなたと同じ一年生なんだけれど、とても常識のある、まさしく、文学少女と言った感じの可愛らしい女の子よ」

 「唯一の常識人、入部したてじゃないですか!」

 思わず、ツッコミを入れてしまっていた。

 「やっぱり、あなた面白いわね」

 部長が笑いながら続ける。

 「あなた、物語を書いたことはある?」

 いいえと答えた。実際に、私が書いたことのある文章は読書感想文か卒業文集くらいなものだった。

 「あなたは、きっと、おもしろい字書きになれるわ」

 「そうですか?でも物語なんて、どうやって書けばいいのかわかりません」

 「書きたいという気持ちはあるのね?」部長は大きな瞳をキラキラと輝かせていた。

 「文芸部ですから。書けるようになれれば、楽しそうだとは思います」

 「じゃあ、文芸部部長の私が、文芸部新入部員のあなたに課題を与えるわ」

 「課題、ですか……」

 「今日から一カ月、とりあえず、なんでもいい。文章を書きなさい。日記でもいいし、ブログでもいい。マンガや映画の感想でもいいし、もちろん物語でも構わない。とりあえず、毎日文章を書きなさい」

 「文章、ですか、それで、おもしろい物語がかけるようになるんですか?」

 「それだけでは、難しいわね。でも、一歩にはなるわ。それは大きな一歩よ」

 「はぁ、そんなもんですか」

 「まぁ、そんなもんだよ」

 皆木先輩が笑いながら言ってきた。私は文章かと考える。何を書こうか、一か月も続くのだろうかと思う。でも、不安はなかった。私は、文芸部に入部したのだ。

 「わかりました。やってみます」

 「そう?じゃあ、記念すべき初回今、ここで書きましょう。あなたの文芸部最初の活動よ」 うれしそうに部長が言う。

 「ここでですか?……わかりました」

 「お、早いなー何を書くんだ?」

 皆木先輩がイスを近づけながら聞いてくる。私は答える。


 「無気力な女の子が、文芸部に入部する話です」


 未だに、文芸部が具体的に何をするところなのかわからない。自分が本当に物語を書きたいと思っているのかも微妙だ。

 でも、スーパーボールに命運を託して、私は正解だったと思う。これからの高校生活が、とても楽しそうなものになる予感があふれてくる。

 原稿用紙とシャープペンシルを手渡された。私はカチカチとシャープペンシルの芯を出して、原稿用紙と向き合う。書き出しは、すでに決まっている。


後半走り気味になったのが少し反省。

実は部活、入部というエピソードはもう少ししっかりやってみたいエピソードなので、近いうちに違う形で、書きたいなぁと思っています。

七夕なので、それ系のネタで一本書こうと思ったけれど、たぶん無理です。

あと、自分でジャンル文学という項目を選ぶのが恥ずかしすぎる。

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