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2.ふざけた話

 私が戻ったことで、バーナード様の使用人たちは慌てふためきました。


「何を慌てているのです。私は必要なものを取りに戻っただけですよ。まだ嫁ぐ前とはいえ、この屋敷の家具はすべて私の持ち物。そして寝室には私の私物がたくさんあるのですから、文句を言われる筋合いはありません」


「そ、それはたしかにそうですが、バーナード様は仕事に集中なさりたいと。どなたもお通ししてはならないと」


「私の寝室に行くだけだと言っているでしょう。バーナード様の執務室とは離れています。貴方達が騒ぎ立てなければ、何の問題もありません」


 大貴族同士の結婚では、男の側が新居を用意し、女の側が中身を用意するというのが常識となっています。

 テイラー公爵家は王都の一等地にあった某伯爵家と、隣接する某子爵家の屋敷を大枚をはたいて買い取り、立派な新居を建ててくださいました。三階建ての豪勢な屋敷です。

 ミルバーン公爵家側は、それに見合うだけの立派な家具を全部屋分用意しました。先に住むことになったバーナード様の新しい衣装も、一流の仕立て屋に相当な数を作らせ、クローゼットに収められています。

 そして2か月後にこの屋敷の女主人になる私が、結婚式の当日から何不自由ない暮らしが送れるように、何十着ものドレスや宝石などが搬入されているのです。

 もちろんこれらは結婚の持参金とは別です。持参金は結婚式の朝に送られるのが一般的で、両親が私のために用意した持参金は莫大な金額になります。


「さあ、そこをおどきなさい」


 私は大階段の前でおどおどしている執事と侍女頭に言いました。彼らは、先に新居で暮らし始めたバーナード様付きの使用人です。

 とはいえ、彼らにとって私は未来の女主人。逆らえるわけはありません。

 彼らが隅に避けたので、私は磨き抜かれた大階段を上り始めました。ところどころに泥が落ちています。つい先ほどは無かったものです。

 バーナード様の執務室は2階の左端。私が寝室として使う予定の部屋は3階の右端です。続き部屋になっていて、プライベートな居間と書斎、衣裳部屋と浴室と化粧室がまとまっています。

 泥は私の寝室まで続いています。ええ、まるで農民が畑仕事の後にそのままやってきたかのよう。


「……綺麗だ、アーティ……」


 開いているはずのない寝室の扉。するはずのないバーナード様の声。私は不用心さに笑えばいいのか、情けなさに泣けばいいのかわからなくなりました。


「こ、こんな綺麗なドレス、アタシなんかが着てもいいんでしょうか……」


「かまわないさ。君を綺麗にするのが僕の楽しみなんだから。この薄桃色のドレスは、アーティにこそよく似合う」


 ドアの隙間から、覗くつもりは無くても部屋の中が見えました。絨毯の上に、泥の付いたみすぼらしいブーツが放り出されています。声の主たちはどうやら寝室の奥の衣裳部屋にいるようです。


「愛する女が着飾ると、こんなにも心が揺さぶられるものなんだね。ああ、そのドレスにはルビーのネックレスが似合いそうだ。揃いのイヤリングもあるよ」


「で、でも、これはバーナードの奥さんになる人のものでしょう?」


 バーナード! 私は仰天しました。聞こえてくる娘の声は、発音の仕方からしてどう考えても平民です。身分差も考えず呼び捨てにさせるとは、二の句が継げません。


「愛のない結婚だよ。家同士のしがらみと言うやつさ。公爵家の嫡男の責任として致し方無いが……僕が真実愛しているのはアーティ、君だけだ。君とお腹の子どもを必ず幸せにして見せるから、待っていて」


 お腹の子ども! 私は卒倒しそうでした。しなかったのは、公爵令嬢としてのプライドに他なりません。


「僕はあの女には指一本触れるつもりは無い。結婚して二年もすれば、産まず女としてどこかの別荘へでも追いやるさ。しがらみが強すぎて、離婚は難しいだろうが……二年の間に君をどこかの貴族の養女にして、愛人として迎え入れる。愛人とはいっても、実質はこの家の女主人さ」


「バーナード、そんな夢みたいな話……でも、信じていいのよね?」


「もちろんさ。両親はなんだかんだ言って、僕に甘いからね。いずれは君と、お腹の子のことも温かく迎えてくれるよ」


「きっと優しい人たちなんだよね。アタシ、きっと大丈夫だよね」


 もちろんさ、というバーナードの声を聞いて、私はこぶしを握り締めました。

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― 新着の感想 ―
[一言] まだ婚約をしただけで結婚はしていない以上は、 イヴリンが持ち込んだ物は当然イヴリンの物。 それを勝手に他人に渡すのは、窃盗か横領になるだろうに。
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