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17/17

17.最後の語り

 バーナード様とアーティの結婚式から4年以上の月日が流れました。

 平民を熱狂させた恋物語のヒーローとヒロイン、そして二人の間に生まれた娘は、お伽噺の主人公として圧倒的な人気を誇っています。

 とはいえ、バーナード様にとっては退屈しのぎの遊び相手に過ぎなかったアーティが、本当の意味で幸せになれたか。

 それについては『否』と答えるほかありません。


 妊娠中の妻が心静かに過ごせるように──表向きはそういった形で、結婚式の直後からバーナード様とアーティはテイラー公爵家の領地の中でも、とりわけ寂しい村に生活の場を移されました。

 これはアーティの義父母となった公爵夫妻の意向です。どのみち産前産後は社交界に出られませんからね。

 アーティの教育は、各貴族の養女になるテストと結婚式をクリアすることのみに絞ったもの。産前の数か月と、産後1年程度でより詳細な教育を施そうとお考えになったのでしょう。

 しかし公爵夫妻にはお気の毒なことに、バーナード様はさらなる女性関係のトラブルを犯してしまいました。

 アーティが産前ならば寂しい一人寝は致し方のないこと。でもやっぱり、我慢が出来なかったようですね。

 なにしろ、10代後半から貴族の未亡人を相手に派手に遊び回っていた方ですし。諸々のストレスも相まって、性衝動がコントロールできなかったようです。


 アーティとバーナード様はひっそりと別居の道を選び、ほどなくしてアーティは女の子を出産しました。

 表向きには、アーティは産後の肥立ちが思わしくなく、その後も体調が回復していないことになっています。

 嫡男の妻が男児を生めないのであれば、親戚筋から養子をとるか、後妻を迎えるために離縁しなければなりません。貴族の庶子の娘などを愛人に据えて、男児を生ませる方もいらっしゃいますが──いずれの方法も、世紀の恋の主人公である2人には相応しくない。

 ですのでバーナード様は『真実の愛を貫く』ために『ご自分の意志』で、未来の公爵の座を次男であるエイモンド様にお譲りになりました。

 ええ、あくまでも表向きの話ですよ。

 とはいえ素晴らしいお伽噺はここに完結し、平民の芝居小屋では人気の演目になっております。


 実際のところバーナード様は酒におぼれ、大変暴力的であるため、小さな屋敷に幽閉状態になっておられるとか。

 アーティは素朴な村の人たちの協力を得ながら、シェイラと名付けた娘をしっかり育てているそうです。


 テイラー公爵家もミルバーン公爵家も、表向きは毛筋ほども傷つきませんでした。

 バーナード様は『爵位を懸けた恋』のヒーローとして人々の記憶に残り続けるでしょう。

 アーティの命は救われ、娘も生まれた。

 それでも時折、自分を諫める心の声が聞こえます。私はアーティに対してとことん意地悪で、冷徹を通り越して醜悪ですらあったと。


 とはいえ後悔はしておりません。

 私がバーナード様との婚約を破棄したところで、アーティがバーナード様と結ばれる道はなかったでしょう。

 侯爵家あたりの令嬢を私の後釜に据えるために、アーティは容赦なく殺されていたはずです。

 ならば聖女のように心を広く持って、アーティをテイラー公爵家の手の届かない地に逃がすか。

 ええ、彼女が身ごもっていなければ考えることもできたかもしれません。

 けれどテイラー家にとって将来の火種になりうるお腹の子を、ミルバーン家が匿うわけにはいきませんでした。平民が貧困にあえぐなか、贅沢な暮らしを享受する貴族という点では、私たちは同じ穴の狢なのですから。


 4年以上前、アーティが私に向かって宣戦布告したとき、なんて度胸のある娘だろうと新鮮な驚きを覚えたことも事実です。

 そして彼女が私を救ったことも事実。私はあんな男と結婚せずに済んだ上に、シンデレラの『優しい義姉』として平民からの支持も得ました。

 アーティとの2か月が楽しくなかったと言えば嘘になります。死んでほしいと恨む気持ちと同じくらい、生きてほしいとも思いました。

 けれど私たちの関係の限界を思えば、それを口にすることはできない。


 考えても詮無いことですが──アーティが貴族の娘に生まれていれば、私たちはよい友人になれたかもしれませんね。

 ええ、わかっています。彼女に地獄の苦しみを与えた私が、どの口で言うのだと自分でも思いますよ。

 でも彼女は本当に頭のいい子で、私の仕掛けた罠をいくつかかいくぐりましたから。そう、酒に溺れればいいと思ったこともありますし、買い物依存になればいいと思ったこともある。

 未来のことは分かりませんが──あの子はきっと娘を立派に育て上げるでしょう。私に刃向かってこない限りは、そっとしておくつもりです。


 私はもうすぐ王太子妃になります。アーティのように気骨のある娘が側妃になってくれればいいのですが。そうすれば、退屈のしない毎日が送れるのではないかしら。

 何しろ4歳も年上の、前代未聞の年増王妃ですもの。並外れて男らしく、雄々しくお育ちになった18歳のフレデリック様にとって、私が単なる都合のいい存在であることは重々自覚しています。

 国一番の高貴な血筋の娘が、夜ごとの夜会や諸国の王族との交流を完璧にこなすこと。期待されていることはそれだけでしょう。


『貴女は最初の時点から愛されていなかったの』

 結婚式の日にアーティの耳元で囁いた、あの言葉は己に向けて発した言葉でもありました。

 2歳で婚約し、18歳になるまでよそ見もせず育った私は、恋をしたことがありません。バーナード様と結婚すれば愛を育めるのではないかと期待しておりましたが、結局、愛だけに頼るだなんて愚かだということを知りました。


 フレデリック様は私に愛を囁いて下さいます。けれど私はそれを信じられません。私の心は永遠に凍ったまま。

 ふふ、自己憐憫に浸るようで恥ずかしいですわね。もう二度とこんなことは口にしませんわ。王太子妃として、未来の王妃として尊重して頂ける限り、私は弱くあってはなりませんし。

 アーティ同様、私の未来もまだわかりませんが──ミルバーン公爵家の娘として、私はどこまでも誇り高く生きていくつもりです。

★コミカライズ開始のお知らせ★

本作『婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われた私-お飾りの妻は嫌なので「真実の愛」と共に破滅させます-』

【漫画・カコイミスコ先生】

12/25より、マンガBANG、コミックシーモアにて先行配信されています。

挿絵(By みてみん)

※コミカライズ開始にあわせてタイトルを変更いたしました。

【旧タイトル】

婚約者から「平民を愛人にしたい」と言われました~私はお飾りの妻になるつもりはありません、真実の愛を貫いて破滅してください~

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― 新着の感想 ―
コミカライズから来ました。レイクンと男装イブリン(笑)に一目惚れしたのですが、まさかの原作において空気…! フレデリック殿下のあれ(※作家活動)といい、コミカライズ版でキャラクターの掘り下げが行われて…
とても面白いです。仕返し素晴らしかったです!
真実の愛情は、むしろイブリンとアーティの間に存在する気すらしました。これを友情と呼べるのかわかりませんが… アーティはきっとこれからも、イブリンのことをずっと敬愛して、感謝しているのではないでしょうか…
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