13.総仕上げ
農家に生まれて乗馬クラブの馬糞掃除をしていた娘のシンデレラストーリー。平民から公爵令嬢、そして公爵夫人となるサクセスストーリー。国民熱狂のシナリオは完成に近づいています。
8大公爵家の中でも、ミルバーン公爵家とテイラー公爵家はどちらも1・2を争う権勢を誇る家柄。いえ、近年はテイラー公爵家側が少しばかり優勢だったでしょうか。
アーティを我が家の養女にするためにかかった費用、それは莫大な金額になります。
なにしろ男爵家から侯爵家まで4つの家に謝礼が必要でしたしね。もちろん、我がミルバーン家も謝礼を頂きましたし、彼女の実家である農家にも当然お支払いいただきましたから、正確には6つの家にですが。
それに私の新居となるはずだった屋敷の家具・調度類、衣装や宝石類の代金の補填。アーティの教育費と、身の回りの品々にかかった費用。
結婚式や披露宴のプラン、着用する衣装などもすべて変更いたしました。だって、私が着る予定だったウエディングドレスをアーティに着せるわけにはいきませんでしょう?
私だって女です。仮縫いで袖を通し、心浮き立たせた日のことを覚えていないわけがないのです。
それと新居に搬入していた衣装──あの日アーティが無断で着ていた衣装──あれをそのままにしておくことができるでしょうか。本音を言えば切り裂きたい。すべて燃やしてしまいたい。
ですからトラウマになったという理由で、嫁入り道具の衣装と宝石はすべて一新させて頂きました。家具・調度類にはさほどの思い入れはございませんでしたから、新調したのは私の寝室の分だけです。
それらは結婚式の後、すぐに入れ替えるつもりです。
引き取った品々の後始末は従僕のテッドと侍女のエリスに任せようと思います。あの2人ならば、私の意に適うやり方で処分してくれるでしょう。
アーティに公爵夫人らしい買い物の仕方を学ばせることもできましたし、披露宴のプランを練ることは、女主人としての勉強の一環。無駄なことなど何もありませんわ。
そうそう、慣例として結婚式の朝に渡すことになっている持参金は、テイラー家側から辞退の申し入れがございました。
とはいえこれは貴族社会のマナーでございますから、アーティにはそれなりの持参金を持たせるつもりです。
その代わりテイラー家からは、アーティに対する我が家からの財産分与の肩代わりとして、領地の一部を譲渡して頂くことになりました。
2か月という短期間で、テイラー公爵家の財力は大幅に弱くなったと言っていいでしょう。
テイラー公爵夫妻は、アーティとバーナード様が家を盛り立てていくことを期待していらっしゃるようです。
財産の目減りは一時的なもの、バーナードは頭脳・精神力・体力、そのいずれも優れた貴公子だから回復はそう難しくない──何だかんだ息子に甘いご夫妻が、お腹の底でそう思っていらっしゃることを私は知っています。
実際にどうなるかは、現時点では神のみぞ知るというところでしょうか。
「たくさん新調したけれど、結婚式には『古いもの』が必要ね。アーティ、これを貴女にプレゼントするわ」
結婚式を翌日に控えて、アーティの顔からは笑顔が消えていました。どうやらマリッジブルーに陥ってしまったようです。
私は彼女の頭に、手に持っていたものをそっと被せました。
「これは私のおばあ様のベールなの。いえ、あなたにとってもおばあ様になるわね。50年近く前のものだとは思えないくらい綺麗でしょう?」
「そんな大切なものを……私に下さるんですか?」
「ええ。最近のものと違って分厚いけれど。昔はいまよりもっともっと、慎み深いことが美徳とされていたから、女性の顔は隠すべきものだったのよ。それに、最初に花嫁の顔を見るのは花婿の特権という考え方でもあったし。私もいずれ嫁ぐでしょうから、お母様のベールは譲れないけれど……義妹である貴女には、このおばあ様のベールを使ってほしい」
私はアーティのベールをめくりあげ、にっこりと微笑みました。
新しいもの、古いもの、借りたもの、青いもの。この4つがあれば花嫁は幸せになれると言われています。
「新しいものはウエディングドレス。古いものはこのベール。借りたものはテイラー公爵夫人が用意してくださることになっているわ。そして青いものは、花婿であるバーナード様が。ねえアーティ、きっと素敵なお式になるわね」
「お義姉様……っ!」
アーティの茶色い瞳に涙が浮かびます。感極まったように抱きついてくる彼女を、私は優しく抱きしめました。




