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3.引きこもりの創作活動:2120年1月22日

 健康診断以来、わたしは薬液の生産低下に悩まされている。

 昨日、一昨日と3ccとれて持ち直しの気配をみせたのに、今朝は再び1ccちょい。

 健康診断の結果も見たが、異常はまったくない。これは体ではなく、心の問題だろう。

 気分転換のためにも、わたしには気晴らしが必要である。


「なにをしようかなー」


 わたしは引きこもりだが、それはあくまで肉体面での話で、精神面でまで引きこもった覚えはない。これでも昔は、月で名をあげたこともあるのだ。


 ……悪名だけどね。


 …………わたしに負けたヤツの嘆きの声聞くの、心の底から楽しかったけどね。


 パンパン。

 ほっぺたを軽くたたいて気合を入れる。


「バディ、劇団にアクセスして。『黄李族誅』がクソ展開になりそうなのをなんとしても食い止めなくちゃ」

「はい」


 『黄李族誅』は、お気に入りの歴史ドラマだ。21世紀にアメリカに渡って財をなした黄家と、同じくアメリカに渡って政治への道を進み大統領まで出した李家の2つの大族が、人豚事件とその後の戦乱によって滅びるまでを描く。主要登場人物だけで1000人をこえる大群像劇だ。2119年の年間入札数で日本円にして7000億新円を突破する超人気作品でもある。

 人気作品というのは難しいもので、たくさん入札されると、金を出す連中の声が展開を大きく動かす。

 具体的には、汎アジア連盟が善玉寄りの展開になるのだ。

 わたしとしては、そこは納得している。『黄李族誅』はあくまで歴史を元にしたフィクションである。政治的な偏りに目くじらをたてるのは大人げない。人間とは政治的な生き物なのである。自分だけ中立でいようなどと片腹痛いわ。


「だけど、レミとフォウの悲恋だけは、譲らんからな!」


 『黄李族誅』は、大群像劇ならではの複数展開が並列で進行している。全部見るのはとても無理だ。各視聴者は自分の好きな展開ブランチだけ見て、残りはダイジェスト版で鑑賞する。

 レミとフォウの悲恋は、現代版の『ロミオとジュリエット』だ。黄家の娘であるレミと、李家の分家の惣領に嫁として入ったフォウとが、道ならぬ恋におちるのだ。ドラマの本筋には関係のない枝葉の部分であるが、しだいに対立が深まる両家をなんとかして取り持とうとする2人の女性の、誤解と勘違いとすれ違いの、頑張れば頑張るほど裏目に出る展開が胸に刺さるのだ。本筋ではないが、人気の枝である。

 だというのに。


「こちらが現在の入札状況です」


 破滅へと落ちていくレミとフォウをなんとか救おうと、大勢の視聴者が入札していた。

 コメントもたくさん入ってる。

 『レミとフォウを助けて』『悲恋なんか現実だけで十分』『連絡のミスで二人とも自殺するとかありえない』『レミ!フォウ!家なんか捨てて逃げていいんだ!逃げろ!』

 コメントが長いヤツほど、入札している金額が小さいのもよくみる流れである。


「くっ……自分の感情に優しい展開が好きなだけで、ドラマのなんたるかもわかっていない愚民どもめっ! 安易な救いで、ここまでの二人の苦しみと悩みを虚無にする気かぁっ! 今のこの鬱展開は、過去の蓄積あってのことだろうがあっ! 二人のことを大事に思うのなら、ここに至るまでの、二人の絶望の重さも大事にしろっ! 頭に脳みそでなく綿菓子でも詰まってんのか、クソどもがああっ!!」


 バンバンバンバン。

 わたしは机を叩いて吠える。

 どれだけ騒ごうが、疎開用アーコロジーの個室の防音は完璧だ。災害疎開した人間が将来への不安や現状への怒りで個室の中でたまに荒れ狂うのは当然、という設計である。基本設計したAIは人間というものをよくわかっている。


「それでは、いくら入札されますか」


 わたしが少し落ち着いたのを見計らって、バディが声をかけてくる。


「ぬーん」


 難問である。バディが入札状況を解析したところ、レミとフォウを救おうとする有象無象はやはり数が多い。大勢は決した後だ。ここでわたしがバディの許容限度額を全額注ぎ込み、さらに宣伝につとめても、正しい流れに引き戻すことはできそうにない。


「こうなっては、正史オフィシャルは諦めて、有志を募って二次創作権を買って、正しいレミフォウ悲恋展開を作るしか……よし、やろう」


 演者や背景のデータ使用許諾は、個人として非公開利用するなら安く手に入る。『黄李族誅』に生者ライブの演者は出ていない。全員が死者復元リバイブの演者だ。キャラが大勢出る『黄李族誅』プロジェクトでは、二次創作の敷居を下げることが人気の下支えになるという計算があってのことだ。


「初期設計では数ある枝の枝のエピソードだったレミフォウの悲恋の人気が出たのも、優れた公開二次創作が何本も出たせいだもの。ここは正史よりも優れたレミフォウ公開二次創作を出すことで、正義がどこにあるかを示すべき」


 よし決めた。

 わたしはレミフォウの公開二次創作権を共同購入するプロジェクトを立ち上げるべく、ドキュメント類の作成に取り掛かった。

 そしてすぐに壁にぶち当たった。


「……ちょっと待って、ふたりの価格があがってない?」

「あがってますね。レミとフォウの使用許諾を求める公開二次創作プロジェクトが乱立しているせいで、先週の7倍にまで価格が上昇しています。どうします? 他の方が出しているプロジェクトに参入しますか?」

「ううむ……仕方がないか。人気があるのは悪いこっちゃない」


 レミとフォウの恋が微温化することが許せない同志は、思いのほか多いようだ。

 より良い二次創作ができるのであれば、主導権は同志にゆだねてもいい。わたしは広い心で、レミとフォウを主軸に据えた公開二次創作プロジェクトの概要を開いた。

 読むことしばし。


「なんじゃこりゃああっ!」


 わたしは激怒した。


「どいつもこいつも、何もわかってない!」


 驚いたことに、レミフォウ関係で有志の入札を募る公開二次創作プロジェクトのうち、半分以上が公式の展開予測を「厳しすぎる」と感じていた。


「甘々じゃん! 自殺のフリして二人でナノ結晶化して、千年後に一緒に目覚めるとか! ゲロ吐くほど甘いわ! タイトルにも族誅ってあるのに、読めていないのか!」


 歴史ドラマでもある『黄李族誅』のクライマックスは人豚事件だ。“豚飼い”の穏健派として世界中を吹き荒れる100億の憎悪を最後まで宥めようとした黄家も、擾乱を奇貨に世界をアメリカの下に統合しようとした李家も、歴史の審判を受けて族滅した。それこそ、まだ子供だった黄家と李家の孫たちも。レミフォウがいかに尊かろうが、ドラマはその死で完結しなくてはいけないのだ。


 とはいえ。

 わたしはドキュメント作成のために広げた資料に目を向ける。

 その中に黄と李の両家の子供たちが一緒に映っているホロ写真があった。


「うーん……レミとフォウはしょうがないけど、子供は救ってあげたい気持ちはわかるんだよなあ。子供に罪があっても、子供に罰を与えるのは間違ってる」


 ホロ映像のキャプションを見て、わたしの怒りは少しトーンダウンした。


「ファン・シーメイ。享年11才……死んだのが14年前だから、わたしより2才年下か」


 少女の横顔に、わたしは自分の人生を重ねる。14年前のわたしは、親との関係がいよいよ破綻する寸前で、世界が傾きかけていることなど知ったことではなかった。


「ドラマだと、レミのお兄ちゃんの娘か。そりゃ贅沢三昧な暮らししてたろうけど、金も罪も、本人の責任じゃないよな」


 子供が大人の都合で殺される展開は、ドラマであっても落ち着かない。わたしの現実がドラマに侵食するからだ。


「ま、それは子供のことで……すでに大人だったレミとフォウにはたいした罪がないけど、二人の思いを完成させるためには、死ぬしかないよね! それもすれ違いの自殺! 美しい!」


 やはり自分で作るしかない。

 わたしは自分の思いをドキュメントにまとめ、公開二次創作プロジェクトに応募した。

 バディの予測では条件達成はかなり厳しいが、ひょっとしたら世界のどこかにいる魂の同志に大金持ちがいるかもしれない。

 伝われ、わたしのこの思い。


「そろそろ睡眠予定時間です」

「うん……バディ、後は頼む」

「わかりました」


 わたしは興奮さめやらぬ思いで、ベッドに潜り込む。

 目覚めるまでに、何件の参加申し込みがあるだろうと思いながら睡眠誘導波のうねりに身を委ねる。


 翌朝。採取できた薬液は4ccだった。

 適度に感情を発散させるのは、健康によいと証明された。

 あ? 公開二次創作プロジェクトの入札数?

 この地球には100億も人間がいるのに、愚民ばっかりだということが証明されたよ。

 滅ぼすしかないんじゃないかな? こんな堕落した地球文明は。


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