ゴブリンとの戦闘
訓練の目途がついた俺は早速、はぐれのゴブリンを探すため拠点から出て、川沿いを下流に向かって歩いていた。
外敵に見つからないように藪の影などを中心に移動しながら2時間ほどが経った頃、ようやく2体のゴブリンが川沿いで水を飲んでいるのを発見した。
俺は近くの藪に身を潜ませながら、改めて自分の今の装備に漏れがないか確認し始めた。
俺はいま、銃は腰にルリボルバーだけしか携帯しておらず、他の武装はサバイバルナイフと、両足の太ももにそれぞれ2本ずつ携帯している投げナイフだけだ。
対して、2体いるゴブリンの武装は、片方が50センチほどある棍棒と、もう片方が刃こぼれの激しいダガータイプのナイフだけだった。
初戦から2体同時に相手するのは危険だと考えた俺は、ここに来るまでに拾っておいた小石をゴブリンの背後にある藪の中めがけて放り投げた。
その音を聞きつけたゴブリンたちは、顔を合わせて何かを相談した後、ナイフを持った個体だけが藪のほうにゆっくりと歩を進め始めた。
その様子をうかがっていた俺は、息を殺して森側から大きく回り込むようにしてその藪に近づき始めた。
音のした藪の近くを見まわしているゴブリンの、すぐそばの木の陰にまで移動した俺は、接敵するタイミングを見計らうため、じっとその場でゴブリンの動向を観察していた。
藪の近くに何も異常がないことを確認したらしいゴブリンが、仲間の元に戻ろうと踵を返した瞬間を見定めて、俺は木の陰から飛び出した。
その音に気付いたゴブリンが振り返ろうとしている間に、俺はゴブリンの背に腰を低くして張り付き、左手でゴブリンの口元を抑え、右手に逆手で持ったサバイバルナイフでゴブリンの首元を突き刺した。
俺はくぐもった声をあげながら絶命したゴブリンを視界の中に収めつつ、バクバクとうるさい鼓動を気にしないようにしながら、ゴブリンの体を近くの木の陰まで引きずって隠した。
俺は、もう片方のゴブリンが異常に気付いていないか藪の中から川沿いに目を移すと、そこではまだゴブリンがのんきに水を飲んでいる姿が確認できた。
そこでいったん大きく息を吐いて、一度心を落ち着かせた俺は、今度こそ正面から相対しようと、藪の中からあえて音を立てながらゴブリンのもとに歩を進めた。
その音で振り返ったゴブリンは、音の正体が仲間によるものでないことに驚いた様子だったが、すぐに手に持った棍棒をちらつかせながら、俺の姿を睥睨し始めた。
俺も、ゴブリンがどんな動きをしてきても対応できるように、軽く足を折り曲げ重心を低く保ち、右手にサバイバルナイフを構えてゴブリンと正面から向き合った。
じりじりとすり足でゴブリンに近づいた俺は、ゴブリンとの距離が2メートルを切ったあたりで、ゴブリンが足を踏み出しながら棍棒を振りかぶっているのをその目で確認した。
足を踏み出し近づいてきたゴブリンの振り下ろした棍棒は、俺の持っていたナイフのすぐそばを通り、その風圧がナイフを持った右手にじかに感じられた。
そのことからゴブリンが、俺の武器を狙ってきているのを察知した俺は、左手を前に突き出し、右手を背に隠すようにしてゴブリンとの間合いを再度測り始めた。
その後何度か棍棒によるゴブリンの攻撃をいなした俺は、余裕を持って対応できているこの体の高性能さに驚きつつも、間合いとして劣っているナイフでの攻撃のタイミングをじっと見定めていた。
そして、何度も棍棒を振り、精彩を欠いてきたゴブリンの様子を確認した俺は、右手のナイフを逆手に持ち替えた。
その直後、ゴブリンが水平に大きく振り回した棍棒を、間合いを近づいた状態で、鼻先ぎりぎりで回避した俺は、振り切った状態の不安定の態勢のゴブリンに身を素早く寄せた。
左手でゴブリンの棍棒を持つ右手の付け根を強くつかんだ俺は、急に距離を縮めてきた俺に動揺しているゴブリンの胸元めがけて膝蹴りをかました。
俺は胸元の衝撃で顔を苦痛にゆがめているゴブリンに、逆手に持ったナイフを上段に構え、ゴブリンの首元に振り下ろした。
ナイフは人間でいう頸動脈あたりに突き刺さり、傷口から血を流しながらゴブリンは、その場に崩れ落ちた。
ナイフを首元から引き抜いた俺は、その手に少し返り血を浴びながら、ゴブリンから一度距離をとり、ゴブリンが死んでいるのを確認した。
川でゴブリンの返り血を洗い流した俺は、戦闘が無事に終わったことに安堵しつつも、戦闘中に本当に自分とは思えないほど冷静に対処できたことに考えを巡らせていた。
「もしかしたら、身体的な部分だけでなく、精神的なところまでこのアバターの体に引きずられているのかもなぁ」
ぽつりとつぶやいた自分の考えに、薄ら寒いものを感じつつも、おそらくこれが間違いでないことを心のどこかで確信していた。
そのまま考え続けると気が滅入りそうだと感じ、思考を中断した俺は、戦闘で疲弊した精神を休めるべく拠点に戻った。
その夜、寝床にしているうろのある倒木の上に腰かけ、味気のないレーションをもそもそと食べながら、今日の戦闘について振り返っていた。
今日の戦闘は、けがもなく余裕を持って対処できていたから、通常のゴブリン程度であれば背後をとられない限りは問題なく対処できると感じていた。
また仮に、複数を相手にしたとしても、1体ずつ相手取るように立ち回ることができれば、3体ぐらいならばこちらから仕掛けても倒すことができると判断した。
精神がアバターに引きずられていることは、確かに気味が悪いが、極限状態にある今はデメリットよりもメリットのほうが多いので目をつむっておくことにした。
思考がひと段落したところで、俺は体を休ませるため、木のうろの中に体を滑り込ませた。