異変
翌朝、日が昇り始めて間もないころ、俺はローズさんの朝食の誘いを断って、急ぎ足でアネモネさんの家に戻っていた。
少し歩いて母屋の扉の前についた俺は、ドアを気持ち強めで叩いた。
しかし、俺の呼びかけに返ってきたのはただの静寂だけだった。
アネモネさんが家にいないのを確認した俺は、そのまま母屋の前で装備を整え、村の裏門まで足を運んだ。
裏門では相変わらず、アーロンさんが門の傍で、槍を肩にかけたたずんでいた。
俺は彼のそばを、会釈しながら足早に通り過ぎようとすると、彼の方から声をかけてきた。
「気を付けろよ。今までも何度か夜までにアネモネが戻ってこないことはあったから、気負いすぎるな。落ち着いて行動しろ」
少し乱暴な言葉遣いに反して、諭すような落ち着いた口調で話しかけてきた彼の声を聞いて、俺は自分の中でくすぶる焦燥の気持ちを静めるべく、一度深呼吸をした。
「すいません、少し焦りすぎていたようです。忠告していただいてありがとうございました」
そう礼を言うと、彼は顔をこちらに向け気にするな、と言って手を振った。
ある程度考える余裕ができた俺は、今日どうやってアネモネさんを探すかを頭の中で練り始めた。
アネモネさんは何度もこの森を探索しているはずなので、森で方向感覚を失ったということはまず考えられなかった。
となると考えられるのは、狩りの途中で何らかの不測の事態に遭い、身を隠さなければいけなかったか、あるいは魔物か何かに追われて森の深層にまで入り込んでしまって、日が暮れるまでに村へ帰ることが難しいと判断して森で一夜を明かすことを決断したかだろう。
最悪の事態というのも考えたが、何度もこの森で狩りをこなしてきた彼女がたまたま今回失敗したというのは考えにくかったし、考えたくもなかった。
とにかく俺は、彼女が現時点で生きているという前提の下で行動することにした。
とにもかくにも、おそらくアネモネさんがいるとしたら森の深層だろうと当たりを付け、俺は森の中に足を踏み入れた。
そして森を探索する中で、アネモネさんが自分では対抗できない相手に追われている場合も考えて、スモークグレネードやスタングレネードの準備をしておくことにした。
今インベントリに入っていないスモークグレネードを3個60ポイントで交換した。
これで手持ちはスモークグレネードが3個、スタングレネードが同じく3個となった。
残りのポイントはだいたい380ポイントほどになった。
回復用のポーションもまだ残り3個あるので、万一アネモネさんが負傷していても大丈夫なはずだ。
狩りの時に通ったルートをマップを見ながら移動して3時間ほどが経った頃、だんだんと森の深層に入り始めてきたのか、遠目に魔物を確認できる数が増えてきた。
見かける魔物は、ほとんどがゴブリン達ばかりで、ウルフはまだ見かけてはいなかった。
マップを確認すると、ゴブリンの砦までおそらくあと2時間ほどだろうと思われる距離まで移動してきていた。
今見掛けるゴブリンたちは、おそらく砦からあぶれた個体か、おそらく俺の襲撃で砦から活動拠点を移したものなのかもしれないと考えながら、探索を続けていた。
そうして1時間ほど探索を続けていたが、なかなかアネモネさんの痕跡を見つけることが出来ず、俺は少し焦り始めていた。
もしかしたらすれ違いで村に戻ったのかもしれないとも思いつつも、とりあえず今日中は捜索を続けようと気持ちを切り替え移動を続けていると、俺は段々と違和感を感じ始めた。
今俺は、砦からだいたい1時間ほどの距離にいるのだが、明らかにゴブリンとの遭遇頻度が多くなっていた。
砦を襲撃してから、わずか半月にも満たないほどの短期間でここまで数を増やしてテリトリーを守ることは不可能だと考えられたから、もしかするとゴブリンたちの活動の拠点が砦からずれているのではないかと俺は疑い始めた。
それを確かめるために俺は、ゴブリンと遭遇した地点にマップのマーカー機能を使って印をつけていった。
その結果、仮にゴブリンの活動域の中心に近づくにつれてゴブリンの数が増えるとすると、明らかに砦がゴブリンたちの活動の中心ではなく、砦から川の下流側に進んだところ辺りがちょうど活動の中心になっていることがマップから確認できた。
そのことから、おそらくゴブリンたちは何らかの原因から砦を出て活動域を移動していることが理解できる。そして、その原因が今回アネモネさんが狩りから戻って来られない原因となっている可能性も否定できなかった。
俺はしばらく考えた結果、彼女を見つける何かしらの手がかりがある可能性に賭けて砦側に足を向けることにした。
ただこのまま直線的に砦に移動するとしたら、ゴブリンたちと戦闘することは避けられないから、少しでも時間が惜しい現状ではあったが、俺は安全を重視して、大きく迂回しながら砦に向かうことに決めた。
砦に向けて移動をしてから2時間が経ち、明け方に村を出発してから6時間ほどが経ち太陽が真上に昇ったころ、ようやく俺は砦をその視界に収めた。
砦の周辺は、不気味なほどに静かで、明らかに異常があることを感じさせた。
その様子に俺は警戒心を最大にまで上げて、ゆっくりと砦に向けて足を進めた。
結局砦につくまで何事もなく移動した俺は、砦の壁の開口部に何かがあることに気付いた。
それは細い蔦を使った何かで、砦のそれぞれの開口部に地面すれすれで設置してあり、罠か何かのように見えた。
それを確認した俺は、ゴブリンが罠を使った場面を見たことがないので、魔物ではなく人為的に作られたものであるかもしれないと思い始めた。
罠である可能性があるので気を付けて蔦の様子を確認した結果、これは罠というよりも、警報装置のような役割を果たすものであることが推察できた。
ここにきてようやくアネモネさんのものかもしれない痕跡を見つけることが出来て、俺は逸る気持ちを抑えながら、慎重に砦内部に足を踏み入れた。
砦内の様子は、俺が襲撃したときのものとほとんど変わっていなかったが、一つだけ目に見えてわかる変化があった。
それは砦内の建物で、2つあった開口部のうち片方は俺がグレネードで潰したが、もう片方はまだ入り口として使えるものだったはずなのだが、その開口部は何か大きな鋭いもので無理矢理えぐられたような跡があり、辺りに瓦礫が散乱して入り口の体をなしていなかった。
その痕跡を見た俺は、この砦で何か異常があったのは間違いないことを確信しつつ、建物内の様子も確認すべく、瓦礫でぐらつく足元に気を付けながら、ゆっくりと中に入っていった。
展開が遅くて申し訳ないです。次回からそれなりに話が動くはずです……多分。