アイン村での生活
水桶を持った俺たちは、村の共用の井戸に向けて足を進めていた。
「ところで、助けてもらった身でこう言うのもあれなんですが、俺みたいな余所者が勝手に村で生活していいんですか?」
「まあ、この村に完全に住むってなったら、村長には話を通さないといけないけど、しばらく滞在するくらいなら別に大丈夫だよ。もともとこの村は開拓村で割と余所者にも寛容だしね」
「そうだったんですね。なら安心して助けてもらったお礼は返せそうです。恥ずかしながら、碌にお金も持ってない身だったので……」
「心配しなくてもあたしもお金でお礼してもらおうなんて思ってないよ。それにここじゃ物々交換が多くて、外から来た商人相手ぐらいしかお金は使わないからね」
そんな話をしているうちに、俺たちは井戸の傍まで近づいていた。
井戸には先客がいたようで、筋肉質な大男が水桶にせっせと水をくんでいた。
アネモネさんは、その男の姿を確認すると声をかけた。
「おはようさん、グラン」
そう声をかけられた男は、水を汲む作業を中断すると、顔をこちらに向けた。俺の姿を確認して、少し疑問に思ったようなそぶりを見せたが、特に気にする様子もなく返事をした。
「アネモネか。そいつは新入りか?」
「まあね、森で倒れているのを助けたんだ。これからしばらくはあたしの家で居候すると思うからよろしくね」
その言葉を受けた男は俺に顔を向けると、ぶっきらぼうに言葉を発した。
「グランだ。鍛冶師をしている。アネモネとは狩り道具の整備なんかで顔を合わせることが多いから、その時はよろしくな」
表情とは裏腹に気さくな感じでグランさんは言葉をかけてきた。
「聖吾です。しばらくアネモネさんの家でお世話になると思うので、よろしくお願いします」
その言葉を聞いた彼は、頷いて返すと、手に水を汲んだ桶を持って自らの家に戻っていった。
「ちょっと無愛想な奴だけど、悪い奴じゃないから武器の手入れとかも頼んでみたらいいよ。何かしら対価は必要だけど、仕事は丁寧だしね。特にあんたの持ってたナイフ類は刃こぼれが少し目立ったからね」
「そうですね、今度手入れを頼んでみたいと思います」
そう返事をした俺は、井戸から水を汲む作業を開始した。
共にその作業をしながら、アネモネさんは今後の予定を話し始めた。
「幸いにもグランとの顔合わせは済んだから、朝食を取り終えた後はあたしがよく利用する薬屋に案内するよ。あたしの手伝いをするならそれなりに利用することが多くなりそうだからね」
「了解です。その後はどうしますか?」
「そうだね。その後は、この前仕掛けた罠の様子を見るために森に向かうんだけど、ついて来れそうかい?」
「ええ、体の方は問題ないのでついていきますよ」
「それはありがたいね。一人いるだけで全然大変さが違うからね」
そう返事した彼女に、俺はいつも一人で狩りをしているのかと気になって、声をかけた。
「いつも一人で狩りをされているんですか? 自分はあまり狩りに詳しくないのでそのあたりのことを良く知らないですが……」
その言葉に、彼女は一瞬悩むそぶりを見せながら、返事をしてきた。
「まあね。この村ができた当初は、ほかにも複数人狩りを生業としている村人がいたんだけど、村である程度農作物の生産の目途が立ったあたりから、狩りをやめたり、他の場所へ移動してしまったやつが多くてね」
「そうだったんですね。納得しました」
相槌を返した俺に、彼女はさらに言葉をつづけた。
「今でも狩りをたまにするやつはいるんだけど、これ専業でやっているのはあたしだけだね。特に、この村の近くの森は、魔物が出てくるところが多いからね」
そんなことを話しているうちに、水を汲み終えた俺たちは家に向かって移動し始めた。
家につき母屋の中に通された俺は、朝食の準備をする彼女の手伝いを申し出たが、作り置きがあるから特に必要ないとのことで、椅子に座って家の様子を確認していた。
母屋はそれなりの大きさで、一人暮らしするには少し大きいような気がした。リビングにあたる部屋には台所とテーブル、ソファなどがあり、あとは今は使ってないであろう暖炉があった。
比較的シンプルな内装の広々としたリビングで待っていた俺のもとに、アネモネさんが朝食を運んできてくれた。
朝食は、フランスパンらしきものに、スープ、ちょっとした果物が添えてあった。
「簡単なもので悪いね。いつもは一人だから、あまり食事にはこだわってなくてね」
そう発した彼女に、俺はとんでもないと恐縮しながら言葉を返す。
「ちゃんとした食事を出していただけるだけでもありがたいです。森でさまよっていた時は、碌なものを食べてなかったので」
「そういえば、森で遭難していたんだったね。どのあたりで遭難したのかわかってなかったのかい?」
「森のどの辺りかは分からないですけど、周囲にはゴブリンやウルフ、あと異様に長い爪を持ったクマの魔物がいました」
その言葉を聞いた彼女は、クマの魔物といったタイミングで少し眉をしかめた気がしたが、何事もなかったかのように言葉を返した。
「聞いた感じだと、結構森の深くに迷い込んでしまっていたみたいだね。よくそれで無事だったもんだね」
「ええ、何とか生き延びましたけどウルフに囲まれた時はさすがに死ぬかと思いました」
「ウルフに囲まれてよく生きてたね。あの魔物は単体じゃそんな強くないけど、群れになると急に脅威度が増すからね」
「やっぱりそうだったんですね。いつの間にか周りを囲まれていて、あの時は本当に死に物狂いで逃げましたよ。まあその途中で力尽きてしまったんですけど……」
そんな他愛もない話をしながら食事を終え、器を洗い終えた俺たちは、さっそくアネモネさんの馴染みの薬屋に向けて出発した。
アネモネさんの家を出て、村の中心部に向かって移動し始めた。移動している最中、ところどころに小麦らしきものが植えられており、青々としたその身を空に向けてめいいっぱい伸ばしていた。
しばらく歩いていると、どうやら目的の建物に近づいたようで、アネモネさんが俺に向けて説明し始めた。
「あの木で作られた柵の中の家が目的の薬屋だよ。あそこで、傷薬とかあとは狩りで使うような匂い消しや魔物除けの香なんかを買ってるんだ」
彼女が指さした家には、木の柵の隙間から、天日干しされている薬草らしきものや、庭の隅で育てられている謎の植物などが見て取れた。
アネモネさんの後ろについてその家の前までついた俺は、庭にある薬草類を食い入るように見つめていた。彼女はそんな俺の様子に少し苦笑しながらも、入るよ、と俺に声をかけ家のドアに向き直った。
ドアのノッカーをたたいた彼女は、返事も待たずにドアを開けて店内に入っていった。
俺は急いで彼女の後を追い、店内に入った。
店の中は背の低い棚がいくつかおいてあり、そこに品物の見本が置いてあるようだった。
奥には、カウンターがあり店内の奥に進むほど、薬草のものらしき匂いがむわっと漂っていた。
カウンターには誰もおらず、カウンターの奥の扉に向かってアネモネさんは大きく声を上げた。
「ローズ婆、いないのかい」
その声を受けてしばらくたったころ、奥の扉から一人の年老いた女性が出てきた。
その女性は、白くなった髪を後ろで一つに括っており、ダボっとした黒いローブを羽織っていた。
「いったいどうしたんだいアネモネ、こんな朝早くから来るなんて珍しいじゃないか」
そう発した彼女は、アネモネさんの後ろにいる俺の姿を見て、何かを納得したようだった。
「その坊やがこの前言っていた森で見つけた子かい? 結構深い傷だって聞いたけど、もう動けるようになったんだね」
「ああ、魔法薬を持っていたらしくてね。それでもう動けるようになったんだ。しばらくあたしの家で狩りの手伝いをしてもらうことになったから紹介しに来たんだよ」
その言葉を聞いた俺は、アネモネさんの隣に立って、自己紹介を始めた。
「聖吾です。しばらくアネモネさんの家でお世話になります。よろしくお願いします」
「よろしくね、私はローズだよ。一応薬師をやっているもんだ」
顔合わせを終えたタイミングを見計らって、アネモネさんはローズさんに向かって話した。
「どれぐらいの期間かはまだ決めてないけど、しばらくはふたりで狩りをするだろうから、ここに来る頻度も増えそうだからその時はよろしくね」
「わかったよ。薬はいつもより少し多めに作っておくよ」
その返事を聞いたアネモネさんは頷くと、じゃあ帰るか、と俺に声をかけ扉に向かって歩き出した。
俺は、一度ローズさんに会釈すると、アネモネさんの後について店を出た。
家に戻る途中、これから狩りで森に向かうのかと少し緊張で身を固くしながら彼女の背を追った。
アネモネとローズの口調が似ていて申し訳ないです。出来るだけどちらが話しているのか区別できるように書いてはいきたいと思います。




