第18話 桃色の霧
毎日投稿じゅうさんにちめっ!
第18話をお送りします。
兵士が笑顔を失った時が本当の窮地だと、どっかで読みました。
だからと言って、緩みすぎも良くないですよね。
「くれぐれも、本当にくれぐれもご注意ください!」
と、見送ってくれた熊人族の村長さんに言われながら俺達は出発した。
彼とて、命の恩人である俺達が死地に向かうのを歓迎したくなかったのだろう。やさしい人(くま?)である。
あと二日ほどの平原の旅を経て、俺達は問題の魔の森へとさしかかる。正に敵地と呼ぶに相応しい危険地帯だ。更に言えばこの熊人族の村を襲った炎竜の狙いが俺達になる可能性も、まったくもって否定できない。俺達はいっそうの覚悟を胸に抱いて出発した。
二日後。
魔の森に近づくにつれ、空気がヒンヤリと冷え込み更に湿気が増してきた。下着がジメジメして気持ちが悪い。
背の高い森に前方の視界が遮られているので確認することは出来ないが、この森の奥には氷河地帯が存在するのだろう。気温の低下と湿気が増しているのはそのためだ。
「うう、中々に冷え込んで来たな……」
「にゃはは、コウキ姉も鍛え方が足りないっすね~」
「お前等と一緒にされても困るぞ?」
身体を震わせながら外套の前を閉め始めた俺を、今だ薄着のヴェルが笑いながら話しかけてきた。子供は風の子とはよく言ったものだ。コイツ、俺より平均体温が五℃ほど高いのではないだろうか?
そんな他愛もない言い合いをしていると、御者をしてくれている引率の先生から注意を頂いた。
「はいハイ、無駄口はそこらへんにしておきなよ? さっきも言った通り、ここからが本当の正念場だからね」
言葉は軽い口調だが、スクルドさんの顔は緊張に満ちている。「ここからが本当の地獄だ」が決め台詞の戦闘狂王子をイメージしている暇はない。
幸いと言っても良いのかどうかは分からないが、俺達の前には申しわけ程度ではあるが通路は開かれていた。熊人族の村長が言っていた、男達が狩りに使う獣道だ。
ここが、魔の森の入り口というわけだ。
「丁度いいと喜ぶべきなのか、それとも誘われていると嘆くべきなのか……」
「どちらにしろ、原生林の中を進むのは無謀です。これほどの規模の森で道なき道を進めば、どちらの方角に進めば良いのすら分からなくなるでしょう」
「だな……」
そう相棒に返事を返しながら、目の前の森に想いをはせる。
この世界に無理やり落とされた頃、エダと出会った後に初めて向かった世界樹の樹海よりかは広大ではないと思う。それでも無計画に飛び込んでしまえば、方向感覚を狂わされて遭難してしまうのは簡単に想像できる。それに加えてこの魔の森では、なにやら怪しいピンク色の霧が奥の暗闇から漂っていた。
なんとも気味の悪い光景だった。
「一応、ここから浄化の魔法を使った方がいいかな?」
そう呟いて、自身の耳につけたイヤリングに手を伸ばす。これは西の魔法具職人街でスクルドさんとエダ、この二人とデートした時に購入した魔法具だ。見た目の上では一流の細工が施された装飾品にしか見えないが、中に内蔵された魔石が発動すれば防毒マスクの役目を果たす珠玉の一品だ。
「いや、ここがアタイらの目的地ってわけじゃないからね。あくまで到達すべき地は、ミーミルの泉一つだけだ。こんな所で魔道具の無駄遣いは避けたいところだよ。一応、前回来た時には身体への影響はなかったはずだ。あくまで前回到達した場所までは……だけどね」
慎重論を唱える俺に、スクルドさんは積極的な方針を打ち出した。
確かに。
このイヤリングはとても便利な魔道具なのだが、その効果は永遠と使えるわけではないらしい。ちょっと不安ではあるけど、本番のミーミルの泉に到達した時にはもうガス欠。なんてなったら笑うに笑えない。ここはこの身体一つでなんとか突破するしかないようだ。
だからと言って、わざわざ危険な森に飛び込むこともないよな……。
……そうだ!
「エダ、ちょいちょい」
俺は猫を呼ぶかのように手を振って、相棒を呼び寄せる。
「……どうしました? コウキ」
「ん? いや、ちょいと試してみたくてね。お手を拝借っと」
俺は理由も語らずにエダの手を自分の顔に当てた。いつも通り俺の身体は宝珠竜に変化する。服が破れないかと心配することなかれ。そろそろいい加減、破れる前に収納の奇跡でお片付けするのにも慣れてきたのだ。
俺の体はエダから血を貰った時に覚醒した、白銀の宝珠竜の姿に変貌する。
「これなら、わざわざ森を突っ切らなくてもひとッ飛びだろ!」
俺は高らかに宣言すると、大空に向かって飛び立った。
たった……。
……あれっ!?
「うえっ。なんだこりゃ、聖気が……。あ、ああ~~……っ」
ズドーン!
颯爽と恰好よく上空に飛び出した俺だったのだが、森の上を突っ切ろうとすると不思議な力が身体にまとわりついてくる。
あわれ、俺はほとんど進むことなく馬車の前方に墜落してしまった。地面に広がった泥水が実に臭い。
「ズルはいけない。と、いうことですか……。いかに宝珠竜とて、身にまとう聖気を打ち消されては飛ぶことにままなりません」
エダがため息をつきながら、俺の身体を人間の姿へと戻してくれる。うう……、名案だと思ったのに。
隣に立つスクルドさんやヴェルに至っては、ほっぺを限界まで膨らませた爆笑寸前のおたふく顔だ。
「こっ、これも魔女の魔力ってやつなのかねえ。……さてっ! 馬車での快適な旅はここで終わりだ。馬も可哀そうだけど野に放つ」
笑いをこらえながら、スクルドさんが持ち運べるだけの食料や資材を馬車から取り出してゆく。ここまで俺達を連れてきてくれた二頭の馬も、たずなを外してあげている。
「それじゃ、帰りはどうするんすか? スクルドねえ?」
「んー、それこそコウキ君に飛んでもらうか、歩きかねえ」
「え~、めんどいっすよぉ」
「しょうがないだろ? こんな所で馬車に繋ぎっぱなしにしておいたら、それこそ魔物の餌食になって可哀そうだ」
「……うー、確かに。……元気で暮らすっすよ?」
それだって飼われるのに慣れた馬が、この大自然で生き残れるかという疑問も残る。こうなればなるべく早く神々の蜜酒を手に入れて迎えに来てやらないとな。
自分を縛るものが無くなった二頭のお馬さんは、これまで世話をしてきたヴェルの頬を一舐めすると野へ向かって走り去っていった。
「さてっ、ここからが本番だ。……覚悟はいいかね、諸君?」
「「「おーっ!」」」
スクルド先生の掛け声にヴェルとエダは、明るい返事でもって雄たけびをあげた。
緊張してばかりでは疲れてしまうという理屈は分かるが、もうちょっと緊張しても良いような気がするなと感じた俺は間違っているのだろうか……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うう、森の中は薄暗いっすねぇ~」
まるでお化け屋敷は間違って入ってしまった子供のように、ヴェルが情けない声を上げた。
けどその気持ちは理解できる。まるで、日本のゲームによく出てきた迷いの森のようだ。
上を見上げれば高々とそびえたった針葉樹林の葉が何重にも重なり合い、太陽の光を遮っている。さすがに松明が必要なほどではないが、いざ戦闘になったらと思うと面倒な事この上ない。
今度は足元へと視線を向けた。最近まで雨でも降っていたのだろうか、頭の上からぽたりポタリと落ちてくる水滴が土の地面をぬからせている。靴の裏に泥が付いて歩きにくいったらない。
「気を抜くなよヴェル? ここはもう敵地だ。炎竜だっていつどこから襲い掛かってくるかも分からないんだぞ」
「わかってるっすよ~」
巨大な身体の炎竜はこの森の中では動き回れないかと思ったのだが、意外と木々の間隔は空いている。これでは、逆に不意打ちされる可能性だってあるかもしれない。
警戒しすぎて悪いことはないのだ。
慎重に慎重を重ねて、俺達は魔の森の中の奥深くへ歩を進め続けた。
まるで同じ道を永遠に歩いているかのようだ。もう、時間の間隔さえも定かではない。
「もうちょい頑張りなよ? 熊人族の村長の話では、この道の先に男達が狩りの途中で休憩する小屋があるって話だからね。ヴェル、アンタもパンちゃんに乗りっぱなしでサボるんじゃないよ!」
えー。というヴェルの情けない声が聞こえてくる。
ここまでの道中、ヴェルが軽いとはいえ人一人の重さを抱えてもパンの足に疲労の色は見られない。
「この子は、ヴェルちゃんを背中に乗せるのが気に入ったようですね。さすがに私達とは基礎体力が違います」
「クゥンッ!」
まだまだ皆、気持ちに余裕があるようだ。
それ自体は悪いことではない。戦いの中で笑みを忘れた兵なんてものは、碌な結末を迎えないのだから。
しばらくして。
あれほど快調なペースで魔の森を進んでいた俺達だったのが、なんだろう。俺だけが妙な違和感を感じ始めた。
「おいヴェル! ちょっとペースが速すぎだ。歩きの俺達の身にもなってくれ!」
「え~、早く休憩小屋に着いたほうが安全っすよ~」
俺の言葉に対して不満げに反論するヴェル。
まあ、確かにそうなんだけど。朝から歩きっぱなしの割には皆の歩く速度がまったく落ちない。いや、むしろ速くなってきている……?
「エダも注意してやってくれよ。疲れた身体で炎竜となんか闘いたくないぞ? 俺は」
そう言いながら隣を進むエダの顔をのぞき見た時、俺の違和感は確信に変わった。
「大丈夫ですよコウキ。なんだか今日はとても調子がいいのです。今なら炎竜も片手で投げ飛ばせそうなほどですっ!」
「……なにっ?」
やっぱり変だ。あの沈着冷静なエダが、こんなことを言うなんて。しかも妙に顔が赤い、まるで酒に酔っているかのような表情だ。
クソッ、これが森の魔女の力なのか!?
俺達はこの森に入った時から罠にかかっていたのだ! もう一度、先行しているヴェルとパンへと視線を移す。「なんかとっても楽しいっす~!」とか言いながら、二人はその場でグルグル周りながらはしゃいでいる。拙い。俺が言うまでもなく、これは明らかに異常事態だ。
原因は簡単に予想がつく。
やっぱり魔の森に蔓延しているこの、――――桃色の霧のせいだっ!
俺は隣の相棒に向かって、叫ぶような声で指示を飛ばした。
「エダっ! イヤリングの浄化魔法を発動させろ!!」
「だから~、必要ないって行ってるじゃないですか~。今の私は無敵ですぅ~」
ぽわぽわした笑みを浮かべながら、エダは俺の指示を聞こうとしない。くそっ、このままじゃ小動物の魔物でさえも対処できるかどうか怪しい。
しょうがない、こうなれば強硬手段だ。
「エダ、動くなよ?」
「……ふぁい?」
桃色の霧がもたらす多幸感で、エダはもはや眼の焦点さえも合っていない。今の彼女に冷静は判断は不可能だろう。俺は浄化魔法を発動させるため、エダの耳についているイヤリングに手を伸ばした。もう少しで彼女の耳に手が届く。
だが俺のその判断は、あまりにも遅すぎた。
「――えっ?」
今まで問題なく動いていた俺の腕が、今は他人のものであるかのように意思を受け付けない。まるで石像のように俺の体は指一本、動かせなくなっていたのだ。
拙い、これは拙いっ!
必死に身体を動かそうと試みるが、どの箇所も神経が繋がっていないかのように反応してくれない。相棒の耳まであと数センチだというのに。だが口さえも動かないので、言葉を発することが出来ない。
そして、事態は更に最悪な方向へと転がり落ちていった。
俺の視界が、だんだんと桃色の霧のカーテンに閉ざされてゆく。
先ほどまでは広範囲で薄く広がっていたピンク色の霧が、……俺の周囲に集まってきているのか?
――コウキぃ?
――コウキねえぇ?
先行していたヴェルや、そばに居るはずのエダの声さえ遠く、とおくから聞こえてくるようだ。視界も今や真っ赤に染まり、皆の姿を見ることさえ叶わない。
油断なんてしているつもりはなかった。だがミズガルズ大陸で戦乙女ヒルドと戦い、城のような大きさの原初の巨人さえも退けた自分に、過信があったと言えばそうなのかもしれない。
今の俺に叶うヤツなんて、いやしない。知らず知らずの内に俺は、自分の力に酔っていたのだ。
……くっそ、これじゃ、ヴェルにを気を抜くな、なんて言った、俺が、一番なさけないじゃ、ないか――。
そんな風に自分自身に悪態をついたところで、俺の意識は完全に暗転した。
最後までお読み頂き有難うございました。
今現在、プロットの修正も終了して執筆に全力を傾けております。
あと何日、毎日投稿が続けられるか分かりませんが。できる限り続けますので、よろしくお願いします!




