第16話 隠され続けてきた、熊人族の風習
毎日投稿じゅういちにちめっ!
第16話をお送りします。
今回の話はちょっとグロめです。
読んでいて苦手やわーと思ったらバック!
熊人族の里は元々、このムスペルスヘイム大陸の西方に連なる山脈の奥地にあった。元々、亜人族という存在は身体のどこかに動物的特長が現れている人類種の総称なのだが、その中でも熊人族は一つだけ特異な能力をもっていた。
身体の動物的特長と人間的特徴の比率を、自分の意思で変化させることが出来たのだ。
つまりは完全な熊にもなれたし、ほとんど人間と見分けがつかないくらいに変化させることもできた。それはこの厳しい山の生活で生き抜くための、生存本能が与えた奇跡だった。
春から秋にかけては森や畑の恵みを人間の姿で作り出し、厳しい寒さと豪雪に襲われる冬は普通の熊のように家族単位で冬眠した。
熊人族にとって熊の毛は、自前の防寒具としての役目もあったのだ。
そんな、厳しくも静かな暮らしが長く続いたある日。
幸せな生活は突然、終わりを告げた。
かの有名な、火の巨人と霜の巨人の戦争[巨人大戦]が勃発したのだ。
戦地は両巨人大陸に挟まれた人間族の大陸「ミズガルズ大陸」。国境の役目と同時に防壁の役目も果たしていた熊人族の住む山脈は、あっという間にドベルグル皇国の機械兵団の駐屯地となってしまった。
巨人戦争に巻き込まれた熊人族は、新たな新天地を求めて大移動を決断する。だが、そう簡単に理想の新天地が見つかるわけもなく、熊人族は追い込まれていった。
切羽詰った当時の熊人族長老は、最後の手段を選択した。
このままでは今年の冬を乗り切れないことを悟った彼等は、自分達を里から追い出す要因となったドベルグル皇国の軍勢へ向かったのだ。近代兵器を主戦力とするドワーフ族の戦力となることは出来なかったが、熊人族の怪力と俊敏さは戦闘以外の場所で縁の下の力持ちとして活躍した。
戦後。熊人族はその献身ぶりが高く評価され、皇都レイキャヴィークでの滞在が許されていた。ドワーフ族は特に種族差別などの意識がない種族だったので、暖かく迎え入れることができたのだ。(ただしエルフ族以外)
「せんせー」
「はい、コウキくん!」
「その(ただしエルフ族以外)って?」
「その辺りは説明し始めると脱線しちゃうので、希望者のみ補習で教えます」
「えっ、いや。けっこう……っす」
「そお? じゃあ、続けるね。――こほんっ」
それでも彼等は自分達の里を取り戻したかった。部族での意見を取りまとめた族長は、ドベルグル皇国の首相と戦乙女スルーズ様に別離を申し出た。これは彼等の命を賭けた行動だった。なぜなら熊人族はすでに戦争に参加しており、多くの軍事機密に触れる仕事もこなしていたのだ。彼等から西の霜巨人へ情報が漏れるかもしれないと危惧するのは当然である。
その時ドベルグルの戦乙女、スルーズ様はおっしゃった。
「わざわざ大変な山奥に戻ることもあるまい。平穏な平原で、新しい暮らしを始めてみてはどうかの?」
それは自由を取り戻したい熊人族と、情報を持っていかれては困るドワーフ族、双方が妥協した結果だった。
実際、周囲に便利な都市がある平原は暮らすには申し分ない場所だった。森の恵みを平野の小麦に変え、山の穴倉に冬眠しているはずだった冬は暖炉のある暖かい家が用意された。
だが、この生活に反発する者も当然いた。
このままでは熊人族の誇りが失われてしまうと主張する強硬派が台頭してきたのだ。そんな彼等は当時の族長の声も聞かず、元の山脈での厳しい暮らしに戻っていった。
「……こんなところかね。今日の授業はここまでっ!」
「「わぁー! ぱちぱちぱち」」
辺りが暗闇に包まれた村のはずれ。冷たい冬風が吹く草原で、年少組の拍手が鳴り響いた。なぜかと言えば被災者の皆さんに暖かい食事を配り終わった後、焚き火を囲みながらスクルド先生の歴史の授業が行なわれていたのだ。
いや、たしかにこの人達の事情は知りたかったんだけど。ここまで詳しく説明してくれるとは思わなかった。
一方のエダさんは先生の講義を清聴したのち、何やら考え込んでいる。
「ドベルグルの軍事機密を知っている者達は、……山へ戻ることを許されたのですか?」
パンちゃんの頭を膝に乗せて寝かしつけているエダが、ポツリと独り言のように質問した。
「それは流石にね。山での生活に戻りたいって主張したのは比較的若い世代の熊人族達だったからねぇ。もともと軍事機密と呼ばれる情報は、長老達にしか把握させてなかったみたいだから」
「機密の漏洩は、ないと?」
「親父殿はそう考えたみたいだねぇ。さて、話を最初に戻そうか。そうなると、そのフェンって熊人族の赤子がパンちゃんに似ていたんだね?」
そういってスクルド先生は、熊人族の中年女性に尋ねた。
「は、はい。私たち熊人族の中でも特異な毛色だったので……」
確かに、この場にいる人達の毛並みは茶色か黒がほとんどだ。パンちゃんのような白黒の熊人族は一人たりとしていない。先天性白皮症の一種なのだろうか?
「その子の母親は、……私の妹だったのですが。山の里出身の男と恋仲に落ち、嫁いだのです。最近、山の里からの連絡がパッタリ途絶えていたのでとても心配していました……」
ということは。
この人はもしかして、本当にパンの叔母さんかもしれないってことか?
「でも、パンちゃんは人の姿になれないっすよ?」
と、ヴェルが異論をとなえる。確かにそうだ。しかしヴェルは知らないのだ、人ではないにしろパンは姿を変化させる能力をもっていることを。
「……変化の仕方を、習っていないだけかもしれません」
その言葉に被せるような勢いで、俺は口を開いた。パンが何処で生まれ、なぜミズガルズの山にいたのか。全ての謎が解けそうだったからだ。そしてある程度、俺の中でもこの話の先が読めていたのだ。
「それはもしかして……、食べ物が関係していませんか?」
はっ、と。目の前の女性が驚いたように顔を上げる。どうやら核心に近づいているようだ。
「なぜ、それをご存知なのですか!?」
驚いているのはこの女性だけではない。周囲で話を聞いていた熊人族の人達も、俺の発言に驚きを隠せないでいた。
「もうかなり前になりますけど……。出会ったばかりの頃、パンが間違えて魔物化した動物の肉を食べてしまった時があったんです」
俺の言葉に、エダが思い出したかのような顔を浮かべた。もはや懐かしいと言っても良いくらいの思い出だ。
俺がこの世界から来てからしばらくして、パンが家族に加わった。母親を見つけることが出来なかった俺達が、パンを連れて王都へ向かっている時に事件は起こった。
俺達の目を盗んで、パンが廃棄しようとしていた魔物の大ウサギを食べてしまったのだ。その時は、食べた魔物そっくりのウサギに変化していた。
「……」
驚きの声をあげた中年の女性は、そこから先の言葉を見つけられないでいた。どうやら話にくい内容のようだ。
そんな彼女の想いを汲み取ったのか、俺達が最初に手当てした村長が床の中から口を開いた。
「そこから先は、我が熊人族にとって重大な機密を含む内容となります。本来ならば外部に漏らしてはならぬ掟なのですが……」
チラリと、村長が視線をスクルドさんとヴェルへ向けた。
「ドベルグルの姫様方がおられるならば……、いたし方ありますまい。この儀式は我ら熊人族の風習として、そして必要な儀式として存続してきました。両親の小指を詰め、自らの赤子へと与えるという課程を経て……人の姿を得るのです」
覚悟はしていたのだが、実際に自分の耳で聞くと寒気が走る風習だ。ふと、目の前にいるパンの叔母さんかもしれない女性の左小指に、視線がいってしまう。
――指が、ない。
いや、あることにはある。だが、第一関節から先に伸びて爪に至るまでの部分が無かったのだ。さらに続けて村長さんの指にも思わず注目してしまった。
ゴクリと無意識に唾を飲み込んでしまう。
まるで結婚指輪の代わりだとでも言いたいのだろうか。二人の左小指は、その絆を誓い合うかのように短かった。
俺の視線に二人とも気づいたようだ。村長は観念したかのようにポツリポツリと語り始めたのである。
「この風習の起源は、もはや何処にも記されておりません。何代にもわたり続けられてきたから、としか言いようがありません。わが子の歳が二つほど巡った記念の日に、物心がついてしまう前に。そして乳離れを果たし、身体の変化に耐えられる歳になったその日に、この儀式は行なわれて来ました……」
「「「「……」」」」
絶句して言葉も無い俺達に対して、まるで懺悔するかのように熊人族の告白が続けられている。俺の元居た世界にだって、人食いの風習が近代まで残っていたという民族の話は聞いたことがある。
それは、愛する家族の魂を留めるために。または、厳しい自然環境を生き抜くために。
だが、その行為には確かに愛情が存在しているのだ。それだけは、理解してあげなくてはならない。
「パンちゃんは……、熊人族なんですか?」
「……おそらく。この能力を他の亜人族がもっているとは聞いたことがありません」
その言葉を最後に、その場はお開きとなった。明日だって俺達のやるべきことは山ほどある。それに、何時またあの炎竜が来襲するかも分からないのだ。
休める時には十分に休養をとるべきなのは、その場の誰もが理解していた。
早々に、自らの身体を休めるために横になる。
草原のベッドに身体を横たえながら、親代わりである俺達に挟まれて気持ち良さそうに眠るパンの姿を只々、見守り続けていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
引き続き本作をよろしくお願い致します。




