第15話 熊人族とパンちゃんの正体
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第15話をお届け致します。
今回と次回で、1部の序盤から伏線を張っていたお話がようやく表に出ます。忘れちゃった!という方は第1部1章、7~8話を読み返してみてください。
「どなた様、かね。旅の、お方かい? 申し訳ないが、水と食料を……」
そう言った壮年の男性は、見るからに弱っているようで膝をつき倒れ込んでしまった。
一瞬、密偵のように自身の気配を消しながら動いているのかと警戒した俺だったが、実際はただ弱っているだけのようだ。
慌てて駆け寄り、自分の身体の倍は幅がありそうな背中を支えてあげる。
「エダっ! みずっ!!」
「はいっ!」
エダは丁度、今晩の夕食の準備のため鍋に水を溜めていたところだ。この水だって皇都から運んできた貴重品なのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「飲み込めますか……? ゆっくりでかまいません。ゆっくり、ゆっくり……」
鍋に張った水からコップに汲みなおして、エダがゆっくりと倒れた壮年の男性の口元へと運んでゆく。必死の思いで炎竜から逃げていたのだろうが、幸いなことに見た感じ酷い怪我を負っているわけではなかった。
少しずつゆっくりと喉を鳴らした水を嚥下した時には、俺もエダもほっと胸をなでおろしたものだ。
「エダ、俺が横にするから治癒をたのむ」
「はいっ」
まだスクルドさん達の馬車が到着していない今、毛布などという気の効いた物はこの場には無い。自分の膝を枕にしてその場で横にしてあげようとした俺は、自分の膝の感触に違和感を覚えた。
(あれ、……この感触。髪の毛っていうよりは、……毛皮?)
横にしてあげた壮年の男性の後頭部が、妙にゴワゴワしている。人間の髪というよりは、どちらかといえばパンちゃんを抱っこしている時のような……。それにこの髪から突き出た可愛らしい耳は一体。
「熊人……だね。つい最近、受け入れを開始したところだったんだけど……」
「スクルドさん……」
突然の声に、膝を折った俺達が上を向くとスクルドさんが心配そうに見下ろしていた。俺達がこの男性の介護に紛糾する間に、スクルドさん達が追いついてきたのだ。
「エダちゃん、悪いけどそのまま治癒を続けておくれよ。アタイ等ドワーフにはしてあげられないからね……」
「……はい」
それだけを言うと、スクルドさんは村はずれの方向へ顔を向けて叫んだ。
「そこに居るアンタらっ! アタイ等は敵じゃないよ、食料も水も豊富とは言わないが備蓄がある。出ておいで」
どうやら、焼け焦げた家屋の影に隠れていた人達がまだ居るようだ。それでも、このような災害の後だ。この場に突然現れた俺達を警戒しても無理はない。村人達は、おそるおそるといった感じで姿を見せた。
「アンタ達は、旅人さんかい? 本当にあの赤い竜とは何の関係もないのかい?」
人数にして十人くらいだろうか。老若男女が入り混じった集団だった。赤ん坊を抱きかかえているお母さんまでいる。その中で、一人の男性が前に出て声をかけてきた。
「もちろん。こんな状況なのに申し訳ないんだけど、アタイ等の方こそ驚いているんだ。あの炎竜が来襲したのは今回が初めてかい?」
口調こそいつもと変わらないが、出来るだけ優しい声色を使ってスクルドさんが情報を聞き出そうとしていた。村人達の声には、今だに恐怖の感情が滲み出ているのだから当然の対応だとは思う。
「当たり前だっ! せっかく新しい土地をもらってこれからは穏やかな生活を送れると思ったのに……、なんで、なんでこんなことにっ」
集団の奥からも、村民達のすすり泣く声が聞こえてくる。だが、そんなこの場の空気を変えたのは俺の相棒の声だった。
「はい、おしまいですっ。あとは安静にさえしていれば、明日にでも目を覚ますでしょう。コウキ、夕飯の準備を再開しましょう。予想外に人数が増えてしまったので薪は沢山いりますよ?」
「あ、ああ。……でも」
普段と変わらない優しい声で、エダが食事の用意をしようと提案してきた。
そんな食事を取る空気ではないような気もするのだが、俺の相棒は終始穏やかな声で作業を再開している。改めて鍋に水をはり、馬車から食材を引っ張り出していた。
村人達がそんな彼女を茫然と眺めている。
「……いくら悲しいことがあっても、お腹は空くものです。それにお腹が空いているからこそ、心は寂しくなるものでもあるのですよ? さあ、食事を用意しますのでまずはお腹を一杯にしましょう?」
そう言うと、ニッコリと微笑んでエダは手を動かし始めた。その言葉は俺に対して放ったものではない、今回の被害にあったこの村の人達に対してだ。
「そうだね。アンタ達は疲れているだろう、食事の準備が出来るまで休んでなさいな。あ、エダちゃん。どうやら赤ん坊もいるようだから柔らかい食事を……」
エダの意見に同意したスクルドさんは、二人で今晩の献立の相談に入っている。近くの森の方から賑やかな声も響いてくる。この声はヴェルとパンだ。どうやら一足先に薪を集めてくれているらしい。
「……そうだな、腹が空いては戦も出来ぬってな。じゃあ俺も薪拾いを手伝ってくるかっ!」
そう呟くと、俺は分厚い旅装束の袖をまくり上げて森へと向かう。被災者の人達に今必要なのは何よりも温もりなのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
臨時の災害避難所と化した村はずれの平原。
そこでは、薪の炎が周囲の暗がりを打ち消しすと共に、ようやくそれなりの話し声が聞こえるまでになっていた。
すでに暖かい食事が被災民の方々に行き渡って俺達がほっと一息ついた頃、最初に出会った壮年の男性の意識が回復した。
「あっ、まだ起き上がってはいけませんよ! 少なくとも明日までは安静にしていないと……」
「ありがとう、お嬢さん。もう十分休ませてもらったよ。……この度の迅速な支援、まことに感謝致しますスクルド様」
意識を回復したと同時に起き上がろうとした男性を慌てて制止するエダ。そんな彼女に礼をいいつつも壮年の男性は、その場で胡坐をかきつつスクルドさんに頭を下げてきた。
「やめておくれよ、アタイ等は偶々通りがかっただけさ。夜が明けたらレイキャヴィークに使いを出そう。こんな主要街道に程近い内陸部に炎竜が出るなんて、ドベルグル皇国としても早急に対応を講じなければいけないからね。アンタ達も一時、ヴィリンガホルトの港街に避難してもらうことになる。多少は不自由をかけるとは思うけど我慢しておくれな」
「……ははっ、重ね重ねのご温情、村を代表して感謝致します」
さすがはこのドベルグル皇国の政を取り仕切るセッパ家の長女さんだ。このような緊急時の対応は、お手の物ってところだろう。この村の被災者の皆さんもスクルドさんの言葉を聞いていくらか安心したようだ。お腹が膨れて緊張の糸が切れたのか、所々で平原の草をベッドに横になる姿も見受けられた。
ようやく一息ついたところで、俺は今まで心の中に溜めていた疑問を口に出す。
「そういえば、この大陸の国民のほとんどはドワーフ族だって聞いていたけど。……獣人の人達も居るんだな」
ユミルの街で亜人族の人ともある程度、会話をした記憶がある。だが熊人族の人とは出会うことはなかった。頭にぴょこんと突き出た、ふわふわの丸い耳が実にチャーミングだ。
そう思って頭の中で浮かんだ言葉を口に出しただけなのだが、なぜか場の空気が静まりかえってしまう。
「えっ、なに? なんか俺、拙いこと言った?」
「コウキ、[獣人]という表現は差別用語です。この場合は熊人族の方々と表現するのが正しいと思いますよ」
慌ててしまった俺に、エダがすかさずフォローを入れてくれる。なるほど外国の人に[ガイジン]って呼ぶようなものか。
「悪いね。この子はまだこの大陸に来てから日が浅いんだ。勘弁してもらえるとありがたい」
スクルドさんが微妙な空気になった間を取り持ってくれる。俺も失言を詫びるために頭を下げた。
「知らなかったとはいえ、申し訳ありませんでした……」
「いえ、貴方様は我等にとっての命の恩人。多少の言葉違いでどうこうしようとは思いませぬ。それよりも……」
熊人族の長が俺の下半身に視線を移した。今の俺は生地の厚い旅装束を着ているので、特に見られるような状態ではないのだが……はて?
「その子は、もしかすると……」
その子? そういえば先ほどからパンが俺の足に頬ずりをしている。お腹いっぱいになって気分が良いようだ。日本に居た時、飼っていた愛猫にも同じように甘えられたものだ。
だが、その俺の足元に居るパンがどうしたのだろうか?
そう思って口を開こうとしたのだが、俺の言葉は別の人の叫び声に阻まれた。
「……その白と黒の毛色。もしかして、もしかしてフェンなのかい!?」
被災者の集団から長に代わって、一人の中年女性が飛び出してくる。その表情は、久しぶりの家族と再会したかのような喜びに満ちていた。
「クゥン?」
俺達が聞いたことも無い名前に、呼びかけられたパンが反応する。だが、当のパン本人も熊人族の中年女性とは初対面のはずだ。
「知らないのも無理はないけどね。アタシは貴方の叔母さんだよっ!」
突然の告白に、俺達の頭が真っ白になった。
この人、今。何て言った!?
最後までお読みいただきありがとうございました。
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