第9話 不治の病
毎日投稿よっかめ!
第9話をお届けします。
現実に存在する病気ネタはちょっと不安です。不快になる方がいなければ良いのですが。
――白血病だ。
白血病とは簡単にいえば血液のガンだ。本来骨髄でつくられるはずの血液細胞、つまり赤血球、白血球、血小板が減少してしまう奇病。切り傷を塞ぐ役割を持つ血小板が血液中にないので血が止まらない。体内に侵入してきた病原菌に対抗する白血球がないので病気にかかりやすい。まさに今のウルズちゃんの症状そのものだ。
「ちょ、スクルドさん、なにも本人の居る前で言わなくても……」
エダがウルズちゃんを心配して口を開いた。だがそれをさえぎったのはウルズちゃん本人だったのだ。
「いいんです。コウキお姉ちゃん、私も知ってることですから。……前々から、スクルドお姉ちゃんから聞いていたことなんです。私の身体はいつ壊れてもおかしくないんだって。だから私は外の世界を見てみたくてヴェルお姉ちゃんに無理をいいました。もっと広い世界を見てみたいって」
当初、ヴェルはウルズちゃんの病を治すためにミズガルズに来たと言っていた。だが、真実は逆だった。自らの死期を悟ったウルズちゃんが広い世界を見てみたいとヴェルに頼みこんでいたのだ。
ウルズちゃんの独白を聞いた俺は何も言葉を発することが出来なかった。現代医療にうとい俺でも知っている事実。それは俺の元いた現代医療でさえも完治は難しいという事実だった。
今回のミズガルズから始まった旅だって、ウルズちゃんは本当に楽しそうだった。それは残り短い命をそれでも精一杯たのしもうという彼女の願いだったのだ。
天上の間に、重い沈黙が続いた。
「……ヴェルお姉ちゃんのおかげであたしの知らない世界を見ることができました。もうこれ以上の」
――迷惑をかけられないです。
ウルズちゃんはきっと、そう言おうとしたのだろう。
そこまでウルズちゃんが言葉を口にした時、ゆっくりとスルーズ様とウルズちゃんの居る玉座に近づいていたパンが彼女の頬をベロンと舐めた。
「――きゃっ」
「……」
そして自分の顔を擦り付けるようにウルズちゃんの身体を撫でてあげている。
それはこの子なりの、無言の励ましの言葉だった。知り合ってから短い時間ではあるものの、ウルズの友達となったパンが生きることをあきらめるなと言っている。
その純真無垢な瞳が、ウルズちゃんの心に生きる勇気を与えてくれると信じて……。
「ありがと……、パンちゃん」
「……クゥーン」
スルーズ様の胡坐の中から立ち上がったウルズちゃんが瞳に涙を浮かべながら、ふかふかのパンに両手を広げて抱きついている。
その光景を見届けたのち、スルーズ様がおもむろに立ち上がった。
「確かに、この子らはわらわの眷属と言っても良いくらいの者達じゃ。強さの象徴でもあるわらわでは壊すことは出来ても癒すことはできぬ。ふむ、この場にエルルが参ったのも運命というものか」
そういうと、スルーズは俺達の方向へ視線を移した。その視線の先には俺でも、スクルドさんでも、ヴェルでもなく。俺の相棒、エダがいる。
「癒しの象徴である戦乙女のそなたなら、本来の力を取り戻せば癒せるのではないか? エルルよ」
「……」
――えっ?
突然のスルーズ様の発言に、全員の視線がエダに集まる。それが本当なら、灯台下暗しなんてもんじゃない。なぜ、これまで話してくれなかったのだろうか?
「……無理だ」
だが、相棒の身体に入り込んだ戦乙女エルルは無常にも否定の言葉を発していた。
「ど、どうしてっすか?」
ヴェルが悲しそうな声をあげる。
「今の現状では一つの身体に私とエダ、二人の意識が二分している状態だ。つまり私の精神体も力を半分しか出せていないのだ。むろん、片方が意識を消してしまえば解決するのだが……」
それはエルルとエダ、どちらかの明確な死を意味する
エルルはそれ以上を口にしなかった。二人を助けるためには、どちらかの意識を犠牲にしなければならない。それは俺達には到底受け居られない事実だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦乙女スルーズの謁見を終えた俺達は、セッパ家でお世話になることになった。スルーズ様の木造屋敷とは違い、ドワーフの鍛冶師らしい石造りで堅牢な屋敷だ。本当なら久しぶりの実家にはしゃぐはずだったヴェルとウルズも、あの話を聞いたあとでは元気な声も出てこない。
せっかく用意してもらった豪華な夕食も味が分からないほどだった。俺とエダ、セッパ3姉妹にケイカとパン、誰もが黙々と食事を進めている。
静かな食卓が永遠と続くような空気だったが、どうしても最初に言っておかなければならないことがあった。
「とりあえずこれだけは言っとく。エダ、変なことだけは考えるな」
普段は決して相棒には向けない厳しい視線で言いくるめる。
俺のいう変なことが何を指しているのかは、ここに居る誰もが理解していた。天上の間から退出する際にエダの人格は戻っている。
「コウキ、でも……」
「誰かの犠牲が必要な奇跡なんて、俺は認めない」
いつになく険しい表情で、俺は相棒にせまった。
「私も、エダお姉ちゃんが居なくなるのは、イヤです」
ウルズちゃんも彼女用に用意された、消化しやすい雑炊を見つめながら呟いた。その瞳には涙が浮かんでいる。彼女だって幼いながらも色々と経験してきたのだろう。自分のために奔走し、絶望してきた家族の姿を。
「ウルズ、大丈夫だからお姉ちゃん達にまかせておきな。ほら、アンタはこうなるとすぐ身体を壊しちゃうんだから。ベッドにいくよ」
スクルドがウルズを抱き上げ、自室へと連れていく。ちなみにトキハも開いている部屋を使わせてもらっていた。スクルドさんがわざわざメイドさんを一人、付けてくれている。心配でたまらないのか、ウルズの部屋にエダとパンも二人の後を追って行ってしまった。
ウルズとスクルド、そしてエダとパンが食堂から出ていくのを確認した俺は、ヴェルに話しかけた。
「ヴェル。ひとつ、頼みがある」
さすがのヴェルでも、この空気では神妙にならざるをえない。
「……なんすか?」
「セッパ家くらいの家格なら裏の活動ができる人材もいるだろ。その人に、エダを監視してもらってくれ。ミーミルの泉へと出発するまでで良い」
そこまでしなくとも、と言葉にする人間はここにはいなかった。俺の顔が何時になく険しいということもあるが、エダの暴走癖はヴェルもケイカも理解しているからだ。
セッパ家の食卓に重い沈黙が流れる。
そんな空気をぶち破ったのは唐突な、窓からの侵入者だった。
「邪魔するぞ」
「スルーズ様!?」
ガタンと両開きの窓の扉が開き、外の冷たい風が室内へと入り込む。それと同時に食堂へと舞い降りたのは、このドベルグル皇国の戦乙女スルーズ様だった。
「また抜け出してきったすか?」
ヴェルが呆れたように自らの皇を見つめている。だが、当の本人はそんな目線に文字通り目もくれず、暖かな食事に目を輝かせた。
「うむ。城の食事は冷めてしまってうまくないのだ」
憤然としながらも空席の多くなってしまった食卓に着き、素手でおかずの羊肉をつまみ食いしている。
「それはしょうがないっすよ。スルーズ様くらいの立場になったら、何重もの毒見は当たり前っす」
「ふん。下界の毒ごとき、わらわに効くはずもなかろうに心配性な奴らよ」
ヴェルの指摘を無視しながらつまみ食いを続けるスルーズ様だったが、この場の雰囲気を読み取ったようだ。
「なんだか暗いのう。もしかすると昼間の件か?」
「……それ以外に何があるというんですか」
とっさに口からだした俺の声に、多少の怒気がこもってしまう。だが、この国の守護者様は気にする事もなく食事を続けていた。
「……一番手っ取り早い方法を言ったまでじゃ。どうしてもエダという娘の人格を失いたくないというなら、危険な方法もある。聞きたいか?」
それなりに空腹が満たされたのか、スルーズ様が食事に専念していた口を会話に使い始めた。それまでのふてぶてしい顔から、緊張感のある真面目な表情へと変化する。
「ミーミルの泉、ですか?」
これまでの情報を照らし合わせれば、それ以外の方法はないだろう。
「うむ。神々の知識を得られるなどという話がその昔、出回ったようだがの。そんなものは眉唾よ、かの泉にあるのは……苗木だ」
「……苗木?」
訳が分からないとばかりに聞き返してしまう。なぜなら、かの地には地下から噴き出す間欠泉によって作られた洞穴だとスクルドさんが説明してくれたばかりだ。つまり大量の硫黄を含んでおり、そこに植物が生きられる要素などどこにもないはず。
「うむ。実に分かりやすいぞ? かの地に生える樹木などはアレくらいのものよ。さすがは次代の世界樹、世界樹の子よな」
「世界樹の、苗木!? そんなものが下界に存在するのですか?」
ケイカがスルーズ様の言葉で驚きのあまり席から立ち上がった。
「それが、するのじゃ。かの地にだけじゃがの。地より噴出す間欠泉とはのぅ、いわば世界樹の老廃物を排出する噴気孔なのじゃ。大地から膿を吐き出し、自身の正常な脈流を維持するための循環装置じゃの」
つまりは世界樹のトイレなのか? ミーミルの泉って!? と若干場違いなことを考えてしまう。そんなところに生えているのか、世界樹の苗木って。なんだか身体を癒すというより、病気が更に悪化しそうな気がする。
「ちょいと、嫌な光景を想像してしまった……」
そんな俺の反応にも、スルーズ様は動じない。
「ふむ、人には変に感じるかもしれんか。だが、動物界ではままある育成法であるぞ? まだ胃が未発達な赤子のために、母親が自らの胃で消化しやすくなった食物を与えるという行為はな」
「うう~ん、勉強になるっす!」
ドベルグル皇国に君臨する戦乙女様に、ドワーフ族であるヴェルは素直に感心している。
「その世界樹の苗木がな。年に一度、花を咲かせるのじゃ。そこから取れる蜜こそ我等がヴァルハラへと導く勇者に飲ませるという世界樹の蜜酒。飲んだ者の身体に強靭な身体をもたらすといわれる、神々の酒じゃ。……じゃが、言うまでもないが過酷な道ぞ?」
「当たり前です。それしか手段がないというなら、やり遂げるまで。いいな? ヴェル、ケイカ」
「もちろんっすよ! トキハちゃんとウルズを元気にするためっすからね!!」
「やれやれ。それしか手段がないとはいえ自分から死者の国へ足を突っ込む気分だわ……」
もはや俺達にこれ以上の選択の余地はない。
この力の象徴たる戦乙女様がいうのだ。世界樹の苗木までの道のりは苛烈を極めるだろう。それでも行かなくてはならない。
俺達の大切な家族を救うために――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もしよろしければ感想・評価・ブクマをお願い致します。




