第8話 火の国の戦乙女
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第8話をお送りいたします。
「お、これは……」
「本当に素晴らしい景色ですね……。ドワーフの皆さんがここに皇都を作るのも分かる気がします」
最後の山を登りきった俺達の眼前に現れたのは、俺の元居た世界で見られないような巨大な火口に雨水が降り積もった火口湖だった。
俺の言葉を補足するかのようにエダが感嘆の声をもらしている。
だがそれも無理のない光景だ。昔、宮城県の蔵王温泉に浸かりに行った時、お釜とよばれる火口湖は見た記憶はある。けれども、申し訳ないがあの時見た火口湖とは規模が違う。まるでダム湖のような広大な面積で広がる水面は、エメラルドグリーンとはこれの事だといわんばかりの宝石のような輝きを誇っていた。
標高的にはもう、普通の樹木が生い茂る箇所ではなくなっている。まるで庭先で塀代わり使われるような低い背丈の高山植物が巨大な火口湖の周囲を取り囲んでいた。
「にゃははっ、感動してもらえて嬉しいっす。この火口湖は皇都が建設される以前からあったとされるドベルグルの神秘っすからね。しかも詳しい理屈はよくわかんないっすけど、鍛冶の焼き入れの工程で使うと鋼のねばりが段違いに良いんすよ」
「だからこそ、皇都レイキャヴィークはここに建設されたのさ。まさに鍛冶師の聖地だね」
俺とエダの横に立つセッパ姉妹が、解説してくれている。そういう専門的な知識がない俺達にもこの火口湖のすごさは肌で感じられた。
「しっかし、いくら死火山といっても火口のすぐそばに都市を建設するなんて……、何というか度胸があるよなぁ」
万が一、再噴火などしようものなら大惨事だ。たぶん、逃げる間もなく溶岩や火山灰の煙に巻き込まれるだろう。
「実際に数百年前、噴火したって文献は残ってるらしいけどねぇ。ま、そん時はそん時だねっ」
「そっすね~」
と豪快に笑うセッパ姉妹。いや、そんな軽い調子でいいのか? とも思わんでもないのだがこれがドワーフ族の気風というものなのだろう。
「お姉ちゃんたち~、早くいこー」
「クォン!」
もうすでにかなり先まで行ってしまっている幼年組が、こちらに向けて声を上げている。
「この先、この湖なんていくらでも見れるんだから。さっさといくわよ!」
「そうは言うけどな。お前ら俺とヴェルにほとんどの荷物持たせといて、それはないんじゃないか……?」
ヴェルの警備役であるハーフエルフ、ケイカの発破をかけるような言葉に、俺はあきれるような苦言をていした。
ヴェルは戦闘であれだけの大槌を振り回すだけあって、体格に似合わないほどの力自慢だ。俺も宝珠竜の身体の恩恵もあって、それなりに自信はある。あるのだが、だからと言ってこれほどまでに大量の荷物を持たせるというのは、イジメに近いのではないだろうか。
「アンタ達を違って私達はか弱いんだから。適材適所ってやつね」
「理不尽だ……」
いくら俺達が力持ちだからと言っても、疲労を感じないというわけではないのだ。
「コウキ姉、もうすこしっす。がんばるっす!」
俺の横でドワーフの少女が励ましの言葉をかけてくれる。身体は女性だが心は男。となりの少女が頑張っているのに、俺が音を上げるわけにはいかない。
そんな男としての小さなプライドを守るため、俺は改めて自分の足に力を籠めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……るねっさ~んす……」
重い荷物を担いでようやく皇都レイキャヴィークへとたどり着いた俺は、その門構えを見上げて一言呟いた。
「何よ、るねっさんすって。ぼーっとしてないでさっさと行くわよっ」
「お、おおっ」
アホみたいに大きく口を開けながら城門の前に立つ俺に、ケイカが呆れたように声をかかけてきた。門の規模としては巨人の侵攻を想定したミズガルズよりも質素ではある。あるのだが、柱や壁の隙間を空けない精密さ、それらに彫りこまれたさり気ない装飾は間違いなくハンドメイドだ。別に金の装飾で絢爛にしているわけでもない、たださりげなく自国の技術力を見せ付けている。
門を潜り抜けた先は、いかにも職人街といった雰囲気で埋め尽くされていた。ほぼすべての家の煙突から窯を燃やしているであろう白煙があがっている。
道を歩く人々もほとんどがドワーフの職人さん達だ。元建設系の職業についていた俺にとって、ここは楽園であることは間違いない。多少は職種が違うかもしれないが、物を作ることを極めるという根本的な構成欲求が刺激されるのだ。
「まずは、お城に行ってスルーズ様に謁見してもらおうかね」
スクルドさんがご近所さんに挨拶しに行くみたいな軽い口調で歩を進め始める。
「おいおい、そんないきなりお邪魔して失礼じゃないのか?」
相手は一国のトップ、いや現地の生ける神様だ。きちんどアポを取ってからでなくて大丈夫なのだろうか。
「むしろ、顔を見せないと後で拗ねられるっすよ」
「寂しがり屋なお方なのですか?」
「本人はかたくなに否定するっすけどねぇ。表向き怒っていても内心喜んでいるっすよ」
そんな会話をしつつ、これまたさり気ない彫りこみが見事な木製の門をさも当然のように突き進んでゆく。ミズガルズの石造りの西洋風なお城とはまったく違う、どちらかと言えば日本風の木造屋敷だ。
それにしても部外者の俺が心配になるほどに警備は手薄だ。もし他国のスパイが侵入してきたらどうするのだろうか。
それでも文官らしき人達は忙しく通路を歩いている姿が見える。なぜか女性の比率が圧倒的に多い。まるで大奥の世界に迷い込んでしまったかのようだった。
「たっだいまーっす!」
仮にも王の間へと続く扉だろうに、ヴェルはいつものごとく元気いっぱいに開け放った。そのあまりの乱雑さに俺やエダの方が心配になったくらいだ。
「やっと帰ってきおったか。この不良娘どもめ」
部屋の奥から威厳のある声が聞こえてくる。口調の割には若い女性の声だ。っていうかこの屋敷といい聞こえてくる女性の口調といい、北欧の人にしては妙に和の一文字が混じっている雰囲気はなんなのだろうか。
そんな俺の疑問を解決する間もなく、俺達の集団の中から一人の少女が飛び出した。てってって、という擬音が相応しい歩き方で近づくとちょこんとあぐら座りの中へ腰を下ろした。
「するーずさま、ただいまですぅ」
「うむ。元気そうで何よりって、気安くわらわを椅子代わりにするでないっ」
そんなことも言いながらも、ニッコリと笑ったウルズちゃんを膝の上からどかさない辺りやはり子供には甘いようだ。
この戦乙女スルーズ様が居るこの空間は、天上の間という名で呼ばれているらしい。周囲を薄布のカーテンで覆い隠すことができるようになっており現地神という立場上、普段お客さんと謁見するときはカーテンごしに応対するらしい。
そんな家族団欒の光景がしばらく続いた後、戦乙女スルーズ様は俺達の方へと視線を移した。
「ようこそ、と歓迎したものかどうか。迷ったぞ? エルルよ」
俺達を前にして開口一番、スルーズ様はそう言った。その視線は明らかに俺達の後ろにいるエダへと向けられている。
「お久しぶりです、スルーズ姉様。この度は突然の来訪をお許しくださり、感謝しておりますわ」
「別に許可なんぞ、だしてはおらんがの」
「ご冗談を。もしスルーズ姉様がお許しになられていないのなら、私はこの大陸に足をつけることすらできていないはず」
口調はエダに似ているが、あきらかに人格が変わっている。もういい加減慣れても良さそうなものなのだろうが、なぜかこの戦乙女エルルという人格が表に出てくると緊張してしまう。
「まぁの。わらわの娘達が同行しておるのだ、許可せんわけにもいくまい」
「ふふふ、相変わらず自分の子供達にはお優しいのですね?」
「言うでないわ、たわけ」
今までの戦乙女とは違って、エルルはスルーズ様とは親密な関係のようだ。その会話は仲の良い姉妹を連想させる。なんとも仲むつまじい光景である。
「それで? お主が自分の管理すべき大陸をほうってまで、わらわの地に来た理由は報告を受けておる。じゃが、本気か?」
「……ええ」
スルーズ様の鋭い眼光がエダの身体に居るエルルに突き刺さる。それでもエルルの顔はビタ一つ揺るがなかった。
「あら。もしこの可愛い姉妹達が同じような状況なら、姉様だって同じことをするでしょう? 姉様も気付いておられるはずです」
そう言ってエルルは、スルーズ様の膝にすわるウルズちゃんを見つめた。
「姉様の大切な子、ウルズと言いましたか。彼女の病は血毒病ですね?」
それまでの暖かな空気が一変した。
エルルの言葉に、スルーズ様の目蓋がわずかに動く。俺は最初、その病名を聞いただけでは理解できなかった。なぜなら俺の生きていた日本では聞いたことのない病名だったからだ。だが、次のスクルドさんの言葉で俺はある病名に良く似た症状だと気付いてしまった。
「ウルズの病気はね。ほんの僅かな切り傷でも出血が止まらない奇病なんだ。しかもその病のせいか、体調も崩しやすい。これまではなんとか持っていたけどこの先のことは誰にも保障はできないのさ」
このスクルドさんの説明で、俺は一つの病名が脳裏によぎった。この世界では治療法はおろか、予防法や原因さえ突き止められるはずがない病。
……白血病だ。
ちなみに[血毒病]という名称は白血病の別称としてはありません。
病状を調べていった結果、思い浮かんだ作者のオリジナルです。
さて、明日の分の準備をしないと。。。。
今後ともよろしくお願いします!




