第37話 終わりの始まり(後編)
投稿が遅くなり、申し訳ありませんでした(汗
第2部1章の完結となる、37話をお送りします。
ちょい、長めですのでゆっくりとお読みください。
王城の謁見の間から続くベランダ。
そこからは城下の様子が一望できる、王の展望台だ。私達は衛兵の報告を確認するべく、そこから城下街の外れにある港へと視線を向けた。正直このべランダには良い思い出がない。ここは私の中にいるもう一人の私が、先王シグムンド陛下を刺した場所に他ならないからだ。
身を乗り出すようにべランダの柵へ体重を預ける。そこからの視界は絶景の一言に尽きた。その先の大海には、大型の軍船が姿を見せている。その船には大きな鋼鉄製の煙突が立ち並んでいた。
「あれは、……蒸気船? この世界に、そんな技術があるのか!?」
「……コウキ?」
隣で港を眺めていた相棒の声が、私の耳に飛び込んでくる。
「――っ! 大至急、外交官を港へ向かわせろ! くれぐれも先方を刺激するな、国賓待遇でこの城まで連れて来るのだ!!」
「はっ! ――ただちにっ!!」
報告に来た衛兵が、王の命により即座に踵を返した。そのまま王国の中枢である政務室へと向かったのだろう。王が国賓待遇で出迎えろと命じたのだ。緊急とはいえ、ミズガルズ王国としても無様な歓待をみせるわけにはいかない。
「疲れているだろうが、二人にも立ち会って頂きたい」
「……えぇ」
配下の者達に指示を下した後、シグルド王が私達にもそう要請してきた。私の隣からイヤそうな声が響いてくる。
そんな相棒の声に、私は心の中で賛同した。私の身体の中にいる戦乙女エルルがどう考えているかは知らないがいい加減、国の事情に首を突っ込むのも疲れてしまった。
そろそろ一度、ゆっくりさせてもらいたいものだ。
「以前も言ったと思うが、どうか自分達の価値というものを自覚してもらいたい。特にコウキ殿、その、ジョウキセンという単語についても詳しく」
どうやら私の相棒は余計な一言を呟いてしまったらしい。これはどうあがいても私達を離してはくれないだろう。私はもうしばしの労働を覚悟した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうしてこうなった……」
一人の男を隔てた反対側から、相棒の疲れた声が聞こえてくる。なんとも情けない声だとは思うが、今度ばかりは私も同じような立場に置かれていた。
見下ろしてみれば、先ほどまでと同じように謁見の間中央に敷かれた真っ赤な絨毯の両脇に並ぶ重臣達。ただ先ほどまでとは違うところと言えば、先ほどまでは見上げていた玉座が真横にあるというところだろうか。
つまりは私達は今、聖女としてシグルド王の真横の位置に立っていた。
まあ、それはこれからの出来事に比べれは、些細な問題になるとはこの時は思いもしなかった。
「もうまもなく、ご到着されます!」
静かな謁見の間に衛兵の声が響く。
一体、あの蒸気船とかいう船の持ち主は何物なのだろうか。周囲の反応からみて、王国の中枢をになっている方々でもあのような船は見たことがないようだ。
私の知る船とは、大きな帆で海風を受けて進む帆船のことを指す。軍艦であるならばそこに大人数でオールで漕ぐ運動が加わるガレー船の要素が加わる。それがこの大陸でいうところの[船]だ。
それがどうだ。先ほどの船はオールが無いばかりではなく、帆さえも無かった。その代わりと言わんばかりに数本の巨大な煙突が煙を上げている。まさに未知の技術が使われた、未来の船だった。
コウキの話によれば、燃える石で水を熱した際に生じる蒸気で駆動する船らしい。この国にそんな船、それ以前にそんな技術さえ存在しない。
先端技術の発達はそのまま国の強さに直結する。シグルド王もそれを重々分かっているからこそ、突然姿を現した不明船を国賓待遇で迎え入れているのだ。
そんなことを考えていると、廊下の方からコツコツと足音が聞こえてきた。
音が軽い。
この音は鎧を着こんでいないばかりか、……もしかして、女性?
「この足音、そしてこの匂い。……もしかして、まさか?」
反対側に立っているコウキの呟きが私の耳にも届いた。……一体、誰だというのだろう?
最初に扉の先から見えた足は、人間のものではなかった。
獣の足だ。
白い毛皮に、黒い毛皮。
それに続くのは、人間の褐色に焼けた細い足。
「……う、そ」
「お久しぶりっすね。シグルド……王様っすか今は。エダねえ、コウキねえもお久しぶりっす!」
――ヤット、アエタ。パパ、ママ。
真っ赤な異国のドレスに身を包み、いつもはボサボサの頭をサラリとなでつけた少女。そして獣の方は、私達が最後に顔を見た時よりもありえないほどに成長しているけど。
私達の大事な子供を、見間違えるわけがない。
「ヴェルちゃん……。……パンちゃん!」
「お前らっ!」
このお城から逃げ出してから、もう一度会いたいと何度切望したか分からない。私達のもう一人の家族の姿だ。思わず玉座の横から飛び出そうとしてしまった私達を、シグルド王が手で制した。
「まずは自己紹介からっすね。アタシの名は、ヴェルザンディ=セッパ=ドベルグル。ドベルグル皇国の代表としてきたっすよ!」
「……えっ?」
友人であるはずの少女の言葉が、中々私の頭の中に入ってこない。
自分の五感すべてが、この光景を現実だと伝えている。だけど、それでも私は自分の認識を疑った。
目の前にいる少女は。コウキの冒険者仲間である[ごちゃ混ぜのノルニル]のリーダー。ヴェルちゃん、その人だったのだから。
「確かに、初めましてではないな。だが、この場で改めて名乗らせていただこう。ミズガルズ国王シグルドだ」
「にゃはは。アタシも別に騙すつもりはなかったんすけど……。隣国の皇族が東の砦に住んでいるとは、さすがに大っぴらにはできないっすよねぇ」
皇族? じゃあヴェルちゃんは、お姫様だったの!?
でも、ドベルグル皇国なんて名前は知らない。おそらく、ミズガルズに住む人々のほとんどが知らないはずだ。周りを見渡せば、貴族の重臣達はそろって青い顔を見せている。どうやら知らないのは私達だけらしい。
「この国の人達は、あの東の山脈の向こうにある国の名前なんて知らないはずっすよ? 巨人大戦が起きたのだってずいぶん昔のことっすからね」
まるでお姫様らしくない、何時もの口調で話すヴェルちゃんは次々と爆弾発言を繰り返している。つまり、ヴェルちゃんは。東の大陸、火の巨人の大陸からやってきたと言っているのだ。
今だに頭の回転が追い付いてこない。
そんな私達を楽しそうに見つめるヴェルちゃん。いや、ヴェルザンディ姫に向けてシグルド王が口を開いた。
「突然ではあったが、ヴェルザンディ姫の来訪を心から歓迎しよう。残念ながら今現在、わが国は先日までの戦の復興に全力を注がねばならん。大したもてなしも出来ぬが、許していただけるか?」
「いやいや、長居をしてご迷惑をおかけするつもりはないっす。アタシはただ、友達を迎えにきただけっすから」
そう言うヴェルザンディ姫の視線が、私とコウキに注がれた。これは疑う余地もない。ヴェルちゃんの目的は、私とコウキだ。
「彼女達は我が国の大切な聖女、……迎えに来たと言われても困るな」
「大切なんすか? ……のわりには、酷い目にばかり会っているようっすけど?」
シグルド王の言葉に対して、あくまで天真爛漫に、ヴェルちゃんはこの国の急所を突いてくる。そもそもこの場自体が、私達への謝罪を目的にもうけられている。しかしそれにしても、ヴェルちゃんはどこからその情報を……。
そんな私の疑問は、あらたな人物の登場であっさりと解決した。
もはや抱き上げることも出来なくなってしまったパンちゃんの巨体の影から、またもや見知った人影が姿を現したのだ。
「姫様……。詳細はこちらに」
「ふむふむ。ありゃ、こりゃ酷いっすね。まるっきり政情の安定しない騒乱の国そのものじゃないっすか。こんな国にアタシの大切な友人を置いておくわけにはいかないっすね」
スッと現れた女性は、数枚の紙をヴェルちゃんに渡している。どうやらこれまでの私達の災難ぶりを記した記録が書かれているようだ。
でも、それよりも。ヴェルちゃんと同じ真紅に染められた礼服を着ているこの人は。
「……ケイカさんっ」「ケイカっ!?」
まるで出で立ちが変わっているけど、この恩人の顔を見間違えるわけもない。
王都から東の砦へと逃亡してきた私達をかくまって、更に養父を救出するために私達を送り出してくれた恩人。ハーフエルフのケイカさんだ。
まるでしてやったりといった顔を私達へと向けているケイカさん。私は東の砦を出発する時の彼女の言葉を思い出していた。
――まっ、行けば分かるわよ。どっちにしろ東の火の巨人の大陸に私達は亡命するんだから。
確かに、そんなことを彼女は東の砦で言っていた。
つまり、ケイカさんはヴェルちゃんの正体を知っていたのだ。全てを知ったうえで、私達を王都へ送り出したのだ。
この人間族の国ミズガルズと、火の巨人の大陸ドベルグル皇国。
もし戦争状態になったとしたら、あの港に停泊している蒸気船の技術力を見れば結果は分かりきっている。ミズガルズ王国の民からすればあの蒸気船は未来の乗り物に見えたことだろう。あの文明の力をもってすれば、今だ剣と竜神の奇跡に頼り切っているこの国などひとたまりもない。
ヴェルちゃん達は、武力外交をもって私達をこの国から奪おうとしているのだ。
「本来であればアタシの大切な友人達を害したこの国には、制裁を与えなければいけないっすけど……」
ヴェルちゃん、いや、ヴェルザンディ姫の言葉に、脇に控えた重臣達がビクリと反応する。
「コウキねえもエダねえも、そんな乱暴は望むような人じゃないっすからね。その結論は二人に委ねるっすよ」
そう言うと、ヴェルザンディ姫はニカッと笑った。
重臣達は彼女の言葉に沈黙を守っている。いかに人を超越した力を私達が持っているとはいえ、今回の騒動で国力が落ちているこの国に戦争をする余裕などない。ならば数人の人間を引き渡せば問題は解決するのだから、言う通りにしておこうといったところか。
ならば、あとは。私達が決断するのみ。
私は目線だけでコウキの意思を確認すると口を開いた。
「ヴェルザンディ姫。私達の意思をお伝えする前に、一つだけお願いがございます。よろしいでしょうか?」
「どうぞっす」
「有難うございます。今現在、我が屋敷にて一人の少女が意識を取り戻すことなく眠っています。この者に救いの手をさしのべてあげて頂けないでしょうか?」
「その子は、お二人にとって大切な方っすか?」
「……おっしゃる通りでございます」
「ならば、是非もない……っすね」
「ご温情に感謝いたします。私達でよろしければこの身、姫様にお任せ致します」
この場にケイカさんがいるのだから、私の言う少女がトキハちゃんだというのは分かっているはずだ。住み慣れたこの大陸を離れるのは少し寂しいけれど、あれほど発達した文明を持つ国だ。もしかしたら、トキハちゃんを目覚めさせる希望がもてるかもしれない。
あとは彼の承諾の言葉を待つのみだ。その場にいる全員の視線が、シグルド王へと集中した。この国にとって、聖女の冠を持つ私達は復興のシンボルとなるだろう。それは私も重々承知している。
それでも、私はトキハちゃんを目覚めさせたい。
大事な友人の笑顔をもう一度、見せてほしい。
これは大より小を取る、国の政治としてはありえない判断だ。本来ならばシグルド王が受け入れるはずのない提案。それでも、私達はトキハちゃんを救いたい。
しばらくの沈黙ののち、シグルド王が口を開いた。
「……委細、承知した」
脇に控える重臣達に重い空気が流れる。これは事実上、ドベルグル皇国の武力外交に屈した形となったからだ。損得勘定で得を取ったとはいえ、面白くはないだろう。
「シグルド王。先の戦乙女の言葉。ゆめゆめ、お忘れなきように。私にとってもこの国は大切な故郷、静穏な、国民の皆が笑い合える国になることを切望します」
私の言葉にシグルド王からの返答は必要なかった。只々、重くうなずいた彼を見て私達は玉座のある檀上から降りてゆく。
もう、この場に用はない。とばかりに私達は玉座に背を向けた。
「じゃ、お邪魔しましたっす!」
自分の正体を明かした今でもなお、いつもの調子なヴェルちゃんに、私とコウキは静かに苦笑した。
これから先の道が、一体どうなってしまうのか。突如決まった異国への渡航に不安がないと言えば嘘になる。けど、ヴェルちゃんは今。私達のためを想って、自らの地位を明かしたのだ。ならば、私達は彼女を信じよう。
「……いきましょう、コウキ。なんとしてもトキハちゃんを救う手立てを探すのです!」
「おう、もちろんだっ!」
謁見の間から退出しながら、私は自ら誓いを宣誓するかのように、相棒と拳をぶつけ合った。
これで一区切りとなる第2部1章の完結となります。
2章からは新天地である火の巨人の大陸へと、コウキ君とエダさんは向かうことになります。はてさて、彼女達は友人であるトキハちゃんを救い出すことができるのでしょうか?
2章の開始までしばしお待ちください。
最後までお読みいただきありがとうございました!




