第36話 終わりの始まり(中編)
もう一話、本日21時過ぎに投稿させていただきます。
それで、本当に、第2部1章の終わりです。
王城の侍女の皆さんの奮闘によって、自分で言うのもなんだが私とコウキは輝かんばかりの女神となった。特にコウキは、闇夜のようなドレスに星々のような宝石の輝きが黄金の長髪と相まって、星空のように輝いている。対する私は、相棒と対比するかのような純白のドレスに白銀の装飾品。編みこまれた銀髪は、頭部から垂れ下がることなく結ばれていた。
「どうぞ、こちらへ……」
全ての準備が整ったとばかりに、老年のメイドさんの案内をうけ大きな扉の前に立つ。この先が謁見の間だ。コウキは来た事がないだろうけど、私は以前同じように着飾ってこの扉の前に立ったことがある。
言うまでもない、当時は殿下であったシグルド王の婚約者にされかけた時のことだ。あの時のシグムント王のようにシグルド王が玉座にすわり、その前には重臣達が列をなして私達を出迎えるはず。
私と肩を並べる相棒は、擬音をつけるとするならカチンコチンに身体を硬直させている。本人の話からすれば、元々の世界では貴族でも何でもない一般の平民として生活していたそうなのでこのような状況に慣れていないのも当然だ。
「行きますよコウキ。覚悟は良いですか?」
「……もっ、もちろんっ!」
あからさまに顔が強張っている相棒を見て、これは私がしっかりしなければと自分に気合を入れなおした。
私達が足と一歩踏み出すと同時に、扉の前に立つ衛兵が扉を静かに押した。扉の隙間から私達へ向けて謁見の間の光が差し込んでくる。
一瞬その光に私達の視界を奪われたが、すぐにありえない光景が私達の前に飛び込んできた。
「……えっ?」
「……はぁっ?」
その光景が私達の視界に飛び込み、脳が認識するまで間に数秒の時間を要した。コウキにいたってはポカーンと口を開けたまま絶句している。
だが、それも無理の無い光景だった。
シグルド王は謁見の間の最奥、最上段の王座に悠然と腰を下ろしている。それはごく当たり前の光景だ。
異様なのは、玉座に続く赤い絨毯の両側に整然と並んだ貴族の重臣達が膝をつき、頭を垂れていたのだ。しかもその頭を下げる方向が、シグルド王ではなく私達の方向へ向けられている。
「これは、……いったい、何が」
「良くぞいらした。天界より降臨せし戦乙女、エダ殿。そして天界の宝珠竜、コウキ殿」
私が疑問の声を出すと同時に、シグルド王が言葉を発した。それはまるで他国の王族を歓待するような口調だ。
城門をくぐる前は、てっきり糾弾される立ち位置に追いやられるとばかり思っていたので彼のこの態度には驚いた
更にシグルド王は驚くべき行動にでた。前に進むよう促された私達と同時に、自らも玉座から立ち上がり壇上から降りてきたのだ。
かくして玉座へ至る階段の前で私達はシグルド王と邂逅した。そして、あろうことか私達の前でミズガルズ国王が跪いたのだ。
「……エダ=ヴォルヴァ=ジャーリ殿、コウキ=ヴィーブル殿」
「……はい」
「ひゃ、はい!」
あまりの急展開で相棒の口がうまく動いていない。しかし、それを笑う者はこの場にはいなかった。
「ミズガルズ王国全国民を代表して、貴公らに感謝の言葉を伝えさせて頂きたい。昨日、この王都にいた全ての者は目撃していた。あの恐ろしい炎熱の巨人の侵攻を食い止めた、勇者の姿を」
そうか、そう……だったんだ。
シグルド王の言葉を聞いて、私はようやく自分達の今の立場を理解した。昨日起こった戦乙女ヒルドとの戦いはあまりにも大規模だった。私達としては王都にまで戦火を広げてしまい慙愧の念に耐えなかったのだが、その代わり王都の市民全てが私達とヒルドの戦いをその眼で見届けていた。
私達は、あの戦いで知らず知らずの内に自らの正義を証明していた。その結果が今の私達を救ってくれたのだ。
「ですが、王よ。先王であらせられたシグムンド王を刺したのは間違いなくこの私。その事実は……「その件については、私から話そう」」
ここまで持ち上げられても困ってしまう。そう思った私が口を開くと、言葉の途中で乱入者が現れた。
(ちょっ、ちょっと!)
(その件については、実行した私の方が説明しやすい。やれやれ査問会だと聞いていたが、まさかこちらから査問する会だとはな)
私の身体の中にいる戦乙女が、大きく息を吐いたような気がした。確かに、想定をはるか彼方に投げ捨てたような状況ではある。
(……罪人に逆戻りとかはやめてよね)
(なんの策略も無く自分の不利を話そうとしていたくせによく言う。まあ、任せておけ)
私の意識が身体の奥底へ押しやられる。その代わりに戦乙女エルルが、この身体を支配するべく前へ飛んで行った。
「お初にお目にかかる……ふむ、初めてではないか。私を覚えているか? 人間族の王シグルドよ」
「……忘れられるわけが、ありますまい」
(ちょっとっ! いくらなんでも言葉使いが乱雑すぎ!)
外の光景を凝視しながら、私はエルルの一国の王に対する態度に冷や汗をかいた。頭を下げていた重臣達の間にも思わず頭をあげそうになる方達までいる。だが、そんな顔を上げた重臣達の顔が凍りついた。
なぜなら、目の前に居る私からこの場にいる全員が目を離せなくなったからだ。
これは本当に私の身体なのだろうか。磨きぬかれた大理石が敷き詰められた床が鏡のように今の私の身体を映し出している。 姿形は今までの私と何ら変わるところはない。なのに、私には無いこの威圧感は何なのだろうか。
いや、でも。
これが本当の戦乙女の姿なのだ。私のような身体だけ、権能だけを借りた存在ではない。これが、本当の、天界から降臨した神々の使徒。
「我が名は戦乙女エルル。このミズガルズ大陸を大いなる神々より預かる管理者である」
そう言うと同時にエルルは大きく開いたドレスの背中から、純白の翼を展開する。
……バサっ。
静まり返った謁見の間に、翼が羽ばたく音だけが響き渡った。白銀の聖気に包まれた無数の羽根が周囲に舞い散る。
その事実は誰の目にも明らかだった。今、自分達の前に立つ存在は、天上の存在なのだと。もう一人の私は否応なしにその現実を突きつけたのだ。
「人間族の王よ」
「……はっ」
「清聴せよ。お前の父親であるシグムントを殺害せんとしたのは、この娘ではない。……私だ」
エルルの言葉に周囲の重臣達がどよめく。無理もないだろう、自分達の主がよりにもよって信仰していた神々の使徒から断罪されたのだ。
「……」
シグルド王は口を開かない。今、目の前に親の仇が居るというのに、エルルの命じたとおりに清聴する姿勢を貫いている。
「東の大陸のドワーフ、西の大陸のヴァイキング、北の大陸のエルフ。どの一族も我ら9人の戦乙女の姉妹達が管理者として見守る任を受けている。このような事態となった発端はな、先の戦いで原初の巨人と化したもう一人の管理者。戦乙女ヒルドが神々へと上申したのだ。この大陸にとってもはや人間族は害にしかならぬ、と」
重臣達のどよめきが更に加速する。
「なぜ、なぜでありますか!? 我らは龍神様を信じ、崇拝してきたのですぞ!」
耐えきれなくなった一人の重臣が声を上げた。だが、エルルの視線を直視できないのだろう。私の瞳がその重臣へと視線を移すと、逃げるように再び顔を伏せた。
「お前達人間族は、欲が深すぎる。個人の欲を満たすため、同族すらその手にかける。長い時の間、見守り続けたヒルドはついに愛想を尽かしてしまったというわけだな」
「そ、そんなことは……」
「無いと言えるか? 私とてこの身体の中で、この騒乱のすべてを見ていた。そこの男が権力を欲するあまりに、人質をとってまでこの身体の貞操を奪おうとしたこともな」
あ。ずっとうつむいているから気づかなかったけど、重臣の並んだ列の真ん中ぐらいにいる男。エディル侯爵、いたのね……。
エルルの視線がエディル侯爵の頭部へ注がれる。それに重ねて「何てことをしてくれたのだ」という他の重臣達の視線を浴びた彼が頭をあげた。
「あれは、あれは私だけの責任ではないっ! あれは公爵様による会合でっ!!」
自分の進退が窮まったエディル侯爵が混乱した頭で叫び出す。それは誰もが墓穴を掘ったと感じた言葉だった。
「貴様ぁ! 何を言うか!! 我らはそんな非道には加担しておらぬ!!!」
周囲から避難の叫びが侯爵に向けて浴びせられる。だがこの混乱ぶりが、この国の堕落っぷりを如実に物語っていた。
「そして何よりも、原初の巨人と化したヒルドに対抗するための軍勢に、そなたら貴族派と呼ばれる人間がなぜ参陣しなかったのか? あのような危機でさえ一致団結できぬ国がまともであるはずがない。違うか?」
このエルルの言葉がトドメの一撃だった。
「正に返す言葉もないとはこの事だな。エルル殿、コウキ殿、そしてエダ殿。このような事態を招いたのは俺の管理が行き届かなかった何よりの証拠。この場の全員を代表して謝罪させていただきたい……」
エルルの前に跪いていたシグルド王が、床に額がつくほど深く頭をさげた。
「……この国は生まれ変わらなければならん。新たな王、新たな体制、新たな政治。すべてを一度洗い流さなければならん。たとえそれでどれほどの血が流れようとも……な。シグルド王、私はこの大陸の管理者として、それを期待しても良いのか?」
「……我が命に替えても」
「貴様の命などいらん。我々戦乙女は、真の勇者のみを[竜騎士の楽園]へといざなう。生前に未練を残した惰弱者が行けると思うな」
それは戦乙女エルルなりの、シグルド王への激励の言葉だった。そのような後ろ向きな態度でこの国を変えられるものか、という叱咤の言葉だった。
「重ね重ねのお言葉、痛みいる。では、言い直そう。この剣にと戦士の魂にかけて。私はこの国を一つにまとめ上げ、東西の列強に負けぬ国をつくりあげる」
シグルド王は戦乙女エルルの前に立ち、腰の剣に誓った。彼はやはり王である前に、戦士なのだ。今この場で、彼女の眼光を唯一受け入れられるのは彼だけ。
この胆力こそが。彼を王となるに相応しいと言わしめる、何よりの証拠だ。
「……我が前で誓えるか?」
「無論」
私の視界からでは分からないけど、エルルの放つ威光が少しだけ柔らかくなったような気がした。
「では、私から言うことはこれ以上何もない。だがこの場に居る全員、肝に命じよ。もう一度、このような堕落ぶりを見せるようなら、今度は私がこの大陸から人間族を排除する。この身体に、そのようなことをさせてくれるなよ……」
それだけを言い残すと、私の背中から翼が消えた。
謁見の間に広がった戦乙女の威圧感も、私の意識が外に向くと同時に霧散する。一瞬だけ、エルルが目をつむったのだろうか。私の視界も闇に閉ざされた。でも次の瞬間、私の意識が謁見の間の空気を感じる。私は自分の意思で自分の眼を開き直した。
「……ふぅ。……あっ」
これまでも数回、この意識の交代をこなしてきた。それでもこの感覚には今だに慣れはしない。ふらりと、私の身体が落ちそうになる。そんな私を、横から力強く支える存在がいた。
「……お疲れさん」
私の頬に黄金の髪がサラリと触れた。
「……はい」
やるべきことは、もう一人の私がやってくれた。これからのことは、一休みしてからで、いいよね?
今は、今だけはこの温もりを感じていたい。
私は相棒の胸の中で、ゆっくりと目を閉じた。
そんな時だった。
「も、申し上げます!!」
謁見の間の扉を突き飛ばすように開きながら、一人の衛兵が飛び込んできた。私達も含めて全員の視線がそちらへと集まる。
「……何事だ!?」
真紅の絨毯に膝をついていたシグルド王が立ち上がり、威厳ある声をもって問いかけた。かなりの距離を走ってきたのだろう。身にまとった鎧はホコリにまみれ、顔には大量の汗が垂れている。
「港に、シグムンド港に。軍船が現れました!!」
「慌てるな。軍船に旗はあったか? 色は?」
ミズガルズ王国の中枢が集まる場に飛び込んできた衛兵に緊張が走る。それでも自分の職務を思い出したのだろう。呼吸を落ち着けた衛兵は、新しき王の命に大声で答えた。
「あ、赤の布地に緑の紋章っ! 繰り返しますっ!! 赤の布地に緑の紋章であります!!!」
本日21時過ぎに、もう一話投稿させていただきます。
第2部2章の開始時期は、まだ未定です。なるべく早めに開始したいなあ。




