第34話 戦の爪痕と無くした宝物
お待たせしました。
第34話、エピローグに入ります。明日投稿するお話で第2部1章が終了の予定です。
もうしばしお付き合いください。
すべてが終わった戦場は、静寂に包まれていた。
もはや地上から立ち昇る灼熱の空気は、涼やかな海風へと移り変わっている。ようやく、この長かった戦いも収束へと移り始めていた。
今。私達はそこら中の建物が黒い煤となり果てた、王都の大通りを歩いている。私の隣には人間の姿に戻った相棒の姿がある。そして相棒の胸の中には、戦乙女ヒルドに騙され、身体を奪われていた神官トキハちゃんの姿もあった。
コウキが放った黄金の光に飲み込まれた後、戦乙女ヒルドは完全に消滅していた。トキハちゃんの身体からはもう、聖気の気配は欠片ほども感じない。だがその事実は私の不安を助長させていた。
私はこの戦いで、既にジャーリ伯爵を自分の手で見送っている。あんな苦しみを相棒にあじわって欲しくはない。そんな私の不安は、杞憂に終わるかと思われた。
私の相棒は、自分の強烈すぎる砲撃でよろめいていた身体を立て直すと同時に、勢いよく飛び出したのだ。自身の光が収まっていないままの爆心地へ、迷いなく飛び込んでいく。
その目的は、私にもすぐ分かった。
相棒が放った光の中から、小さい人影が地表へ落ちていったのだ。所々が焼け焦げた神官服。肩にかかるかどうかといった長さの黒髪。その黒髪と対比するかのような真っ白な肌。
その落下する小さな人影を、大きな飛竜が優しく受け止めた。
「……トキハちゃんっ!」
やはり私の相棒は、友を見捨てたりしていなかったのだ。最近の私は、昔より確実に涙腺が緩くなっている。慌てて相棒の後を追いかけ、友人の顔がハッキリ見えた瞬間。私の涙腺は崩壊した。
「トキ……っ!?」
相棒の背に乗った友人に抱き付こうとした私は、その異常に気付いてしまう。
「意識が、……ない」
「……」
私の言葉がコウキにも届いたのか、それとも背中に乗せた時点で気付いたのか。相棒は沈黙を保ったまま、身体がわずかに震えている。
「コウキ!」
「はっ、はい!?」
「しばらく此方を向く事を禁じます。いいですね?」
「い、一体、なにを……」
「いいですねっ!!」
「はいっ!!」
よし、言質はとった。私はためらいなくトキハちゃんの神官服を攻略にかかった。もちろん、いやらしい意図など無い。彼女の身体に外傷が無いか確認するためだ。私は心の中でトキハちゃんに謝罪してから、神官服のボタンを外し始めた。
あの戦乙女ヒルドが気を使ってくれたのかは不明だが、意外なほどトキハちゃんの肌は綺麗なままだった。元々、ヴェルちゃん達と冒険者をやっている彼女だ。掠り傷程度の古傷はあるが、つい最近負ってしまったような傷跡は殆ど無い。
(……どう思う?)
と、身体の中にもう一人の私。戦乙女エルルに問いかける。
(先ほどの宝珠竜の一撃。私はお前に信じろと言ったな?)
(……ええ)
(おおよそ、私の予想通りだったと言えるな。私達の相棒はな、堕天竜の竜気で凶器と、そして敵意を消し去ったのだ)
凶器を示しているのは簡単だ。原初の波という溶岩流のことを指しているのだろう。だが、それだけならトキハちゃんの身体から、戦乙女ヒルドの意識が消えていることの説明がつかない。
(下界へ降臨した戦乙女は、憑代となる肉体を得なければ干渉できない。ヒルドが彼女に入り込んだようにな。つまり憑代を得る前のヒルドは精神体だったのだ)
ここまで聞けば私にも合点がいった。コウキの力は、トキハちゃんの中にとりついたヒルドの精神体だけを消し飛ばしたのだ。
(だが、全てがうまく行きはしなかった。と、いうわけだな。おそらくはヒルドの精神体が、彼女の心の奥深くまで入り込んでいたのだろう。その傷跡が大きかったのだ)
(……治癒の陽光で、治せるか?)
(厳しいな……。私達が使う治癒の奇跡は、あくまで人が本来持っている自己治癒能力を促進させるものだからな。そもそも、生物の精神に干渉すること事体が、神々の所業だ)
「つまりは、……遅すぎた。と?」
私の消え入るような声に、二人の返答は、なかった。
もしかすると、天命の丘で助け出せたのなら。まだ希望は残っていたのかもしれない。私達がもっと早くトキハちゃんの悲鳴に気付いていれば。二人の間に、絶望の空気が漂う。
しずかにトキハちゃんの衣服を元通りに戻す。この綺麗な顔を見ていると、今にも眼を開けて話しかけてきてくれそうな、そんな静かな寝顔だ。
「とりあえず、ゆっくり寝かせられる場所へ移動しましょう。今後の話はそれから……」
「……うん」
それだけを、口に出すと。私達は相棒の背に乗ってゆっくりと地上へ降りていった。
今の私達には、彼女の為に何もできる事がない。それが無性に、……くやしかった。
「――っ! お嬢様!!」
馴染みの邸宅の前に到着した私達を、一人の懐かしい顔が私達を出迎えてくれた。今は亡き養父の質実剛健な性格を現したような、質素なデザインのメイド服。
男性が気づくことはほぼ無いであろう、薄化粧。本人の性格を表したかのような働き者の手。どれもすべてが懐かしかった。
「ピッカっ? 貴方、なぜまだここに……、避難しなかったの!?」
奇跡的に被害を免れたジャーリ伯爵邸。
私達を出迎えてくれた彼女は、幼い頃から身の回りの世話をしてくれた幼馴染。伯爵家付きのメイド、ピッカだった。
「お館様も出かけられている今、このお屋敷を守るのは私達の役目ですから」
そう言って微笑む彼女の後ろから、騒ぎを聞きつけた皆が姿を見せた。皆、口々に帰還を喜ぶ言葉をかけてくれる。
「バカッ!! 皆、どうして……」
逃げないのっ!! とまでは感極まりすぎて声が出てこない……。ピッカの後ろで屋敷の皆も微笑んでくれている。
「あ、……が。……う」
私の感謝の言葉は、グシャグシャの涙のせいでうまく言葉にできなかった。
「コウキ様も無事のご帰還、家人一同、お喜び申し上げます」
「うん、ありがとう。みんなも無事で何よりだよ」
泣きじゃくる私を放って隣では実に和やかな会話が成立している。
「積もる話もあるだろうけど、まずは彼女を横にしてあげたい」
コウキが抱きかかえたトキハちゃんの異常に気付いたピッカは、即座に真剣な表情に戻った。
「……すぐに、ご用意いたします」
「うん。お願い」
ピッカを始め、皆があわただしく動き始める。私達はそんなピッカ達の後を追った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ピッカのお陰で、トキハちゃんは客間のベッドで静かに眠っている。それを確認した私は、養父の書斎へ訪れていた。
かつての主人の姿は、もう無い。私の養父は戦乙女ヒルドによって命を奪われた末に、操り人形となって私達に襲い掛かってきたからだ。その時にはもう、あの優しい笑顔は失われていた。
「……とうさま。……ごめんなさいっ」
なぜ、こんな事になる前に、そう呼んであげられなかったのだろうか。今までの私は養父を呼ぶ時に父ではなく小父様と呼んでいた。
理由なんてひどく子供じみたものだ。ただ単に、恥ずかしかっただけなのだ。
ヒルドの操り人形となって私と戦った父は、最期まで必死の抵抗を見せていた。私に向けて剣を振り上げながらも、瞳は心の慟哭を表すように涙を流していた。それが私の心をかき乱す。
「エダ、こんなところに居たのかい?」
書斎の机に手を置きながら微動だにしない私に、母代わりであるマリーさんが声をかけてくれた。
「マリーさんっ? 帰って来ていたのですか?」
「ああ、ついさっきだけどね」
私の隣に並んで、マリーさんも書斎の机に視線をうつす。そこには一枚の写真が立てかけられていた。
現役の王国騎士団長だった養父。
まだユミルの街には行っておらず、王都で冒険者をやっていた結婚前のマリーさん。
そして、騎士養成学校に入学する前の、私。
写真の中で私は、笑顔の養父に抱きかかえられながら楽しそうに微笑んでいる。この時は、まさかこんな結末になるなんて考えもしなかった。
「……あいつは。弟は、ちゃんと逝けたのかい?」
ボソリとマリーさんの口から、そんな問いかけが漏れる。さすがのマリーさんでも、あの天命の丘での出来事は知らないのだ。ならば、私には家族の最後を伝える義務がある。
「小父様は、父は戦乙女ヒルドに殺されたあと、ヤツの権能によって……。私と、……わたしとっ」
中々言葉が私の口から出てこない。こんなだから私は大事な家族を守りきれなかったのだ。
私が、こんなだからっ!
「私と、戦い、私が、送り届けました……」
ヴァルハラへ、とまではどうしても言えなかった。言ってしまったら、この現実が確定してしまいそうで。言ってしまったら、私が親殺しをしたと認めてしまうようで。
「ホントに、昔から子供をあやすのが苦手なヤツだね。最後の最後まで、娘を泣かせちまいやがって……」
そう言いながら、マリーさんは私達家族の写真を大事そうに手に取った。
「まあ、任せときなよ。このわんぱく娘も、今回で少しは成長したみたいだしね。アンタは天から見守ってなよ。アタシ等に竜神の加護を、頼むさね……」
マリーさんが穏やかに写真の中の養父に語りかけている。
もう限界だった。
マリーさんの胸の中に飛び込み、止まる気配のない涙を母の胸に押し付ける。
「ごめんなさいっ! ごめんなさい、助けられなくて。……ごめんなさいっ!!」
まるで子供に戻ったように母の胸で、私は泣いた。そんな私の頭を優しく撫でてくれる。
「弟はね。若い頃から王国騎士団で頭角を表して、その頃から求婚したがった娘達に追い回されたんだよ。でもアイツは、誰とも所帯を持とうとしなかった。職業柄、戦場で命を終える覚悟をしてたんだろうね。残された家族が、今のアンタみたいに泣くことを一番に恐れていたもんさ」
私の知らない父の昔話を母は話してくれていた。懐かしい思い出を、胸の中から引き出すように。
「でもね。赤子のアンタを城門で拾って。自分が育てると言い出した時には私も止めたもんだ。男手一つで、娘をちゃんと育てられるのかってね。……ちゃんと育てあげたじゃあないか。残りの人生、アンタのために使えて、弟も満足してたとアタシは思うよ」
「……」
もう声さえ出せなかった。声の出し方を忘れたようだった。母はそんな私を優しく抱きしめていてくれている。
私はしばらくの時を、昔に戻ったかのように、母の胸の中で泣きながら過ごした。
最後までお読み頂き有難うございました。
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もうちょいお話が進んだら、そっちで外伝も書きたいなあ。




