第33話 決着
お待たせしました。
第33話です。
やっと、おわった。。。
「じゃあぁ、さようなぁ、らぁああああああああああ――――!!!」
真っ赤に染まった大空に、戦乙女ヒルドの叫びが木霊する。
ヒルドの足元に、火山のように立ち上っている原初の波の溶岩が、彼女の身体を覆い隠すように、飲み込んでいる。
目の前の光景は、これまで以上に自然の摂理を無視していた。私とエルルの目線が遥か上、空の上へと向いていた。
(原初の波が、天へと昇っている――――)
(……)
私の身体の中にいる戦乙女からの返答は無い。多少は私の血を取り込んだとはいえ、聖力も根も尽き果てた、あの身体で。ヒルドがここまでの権能をまだ顕現できるとは、私もエルルも思ってはいなかった。
天まで上った灼熱の波が、再び舞い降りてくる。
そして徐々に、人の形が出来上がっていった。
身体中に流れる溶岩。頭の上から足のつま先まで。絶え間ない流れがヒルドの身体を包み込む。これまでの岩石の肌から、ドロドロの溶けた溶岩の肌に。
果たして、原初の波で造られた巨人が私達の前に完成した。溶岩の肌から時折ふき出す溶岩が、近づく者を拒む。
「これが……本当の原初の巨人」
確かに違和感はあった。あれほどの異名を持つ巨人が、ただ巨大なだけでミズガルズ大陸を席捲できるものだろうかと。踏付けという攻撃手段だけで、この大陸を作り変えられるのだろうかと。
真実の答えは今、私達の前にあった。
この溶岩の身体なら、歩き回るだけでこの大陸を焦土を化すことができるだろう。巨人が歩いた場所だけでなく、周囲を火災で巻き込み加速度的に被害を拡大できる。
(……これはもはや、人が対抗できる存在ではないな。唯一の弱点だったヒルドも巨人の中に隠れてしまった。もはや私達が滅ぶまで出て来ることはあるまい。……どうする?)
(どうすると、言われても……)
私達とて、もはや戦う力など残ってはいない。状況は絶望的だった。せめて少しでも生存者を増やすために、自分たちで抱えられる人数だけでも避難させるくらいしか手立ては無いのではないか。
そな残酷な結論を声に出そうとした私の下から、相棒の笑い声が聞こえた。
「ハハッ、こりゃ楽でいいな。……王都中に広がった溶岩を一箇所に集めてくれるとは」
実に軽い口調だ。緊張感というものが、まるで無い声色。
「コウキ……?」
「エダ、自分の翼で飛べるか?」
「はいっ、あ、いえ。その場に留まる程度なら可能ですが、高速で飛翔するとなると……」
実際、私の翼は鳥のように羽ばたいて飛んでいるわけではない。あくまで身体から放出された聖気を翼に伝えて、放出することで飛んでいるのだ。ましてやヒルドにやられた腹部の傷も、完全に癒えてはいない。満身創痍と言っても過言ではない状態だった。
「……それじゃあ、予想外のトラブルがあった時に危険だな。どれっ」
そういうと、私の相棒は下顎から生えた牙をずらして、自分の上唇に軽く刺し込んだ。当然、口の端から少しばかりの血が垂れてくる。
「舐めて」
「ふぁっ!?」
「早く。敵は待っちゃくれないぞ」
「で、……でも」
「俺の血なんて、これまで何度も舐めてるだろ?」
「それは、……そうですけど!?」
突然の相棒の行動に、私の頭が混乱する。
意味は分かってる。コウキの血で私の聖気を幾ばくか回復させる気だ。それは、分かってる。
けど、でも。私の舐める場所が大問題だった。
(これって、……キ、キスっ!?)
これまで私がコウキから血を頂いた場所は、腕であったり、首筋だったりした。それでも顔が真っ赤になるくらい緊張したのに。人間の姿ではない、宝珠竜の鱗に覆われた口であったとしても。
接吻であることには間違いないっ。
(なぜ、今更はずかしがる? お前等なんて、いつも二人の時はイチャいちゃしているだろうが)
(別にイチャイチャなんてしていませんっ! 私達はですね、節度のあるお付き合いを……)
って、私は何を言っているんだ!?
自分の中に居るエルルの言葉に、私の脳が更に混乱する。
(そんなに接吻がイヤなら、私に変わるか?)
(そっ、そんなの! ダメに決まっているでしょ!!)
(なら早くしろ! っていうか、指ですくとって舐めればいいだろ? それだけでも、飛ぶ分には事たりる)
あ、それなら……。
(まったく。お前は一度取り乱すと回復が遅すぎるのが問題だ)
エルルのため息混じりの声が、私の心にグサリと突き刺さった。
「では、コウキ。しっ、失礼します?」
「うん」
私は手をコウキの口に伸ばし、宝石を扱うかのような慎重さで血をすくいとった。意外と私の人差し指にはベットリとコウキの血が纏わりつく。これはこれで関節キスなのだが、口と口を合わせるよりは緊張しない。
私はゆっくりと指を口に近づけ、中へと導いた。
侯爵邸の時と比べれば微々たる量だけど、私の体内に入り込んだ相棒の血は身体中を駆け巡る。
私はそれを実感した後、しずかに相棒の背中から離れた。
「前と違って、相当に衝撃が来ると思うから。吹っ飛ばされないように気をつけろよ?」
「あの、コウキ? 一体、何を……?」
まるで意図が分からずにいる私の腹部に、コウキの頭が近づいてくる。もしかして、このままガブリといかれるのではないだろうか?いや、相棒が私に危害を加える筈がないのだけど。
相棒の狙いは、私の身体ではなく。腰に下げている剣だった。大きな口で器用に柄の部分に食いつき、引き抜く。
「返してもらうぞ」
「あっ……」
久しぶりに本来の持ち主の口に渡った地竜の剣は、周囲の灼熱の光に負けないくらい漆黒の輝きを放っている。
(ふむ、なるほど。その手があったか!)
私の中でエルルが相棒の意図に気付いたようで、喝采の声をあげた。
(えっ、何? どういうこと??)
(私達の相棒は堕天竜ミドガルズオルムの身体の部位、聖遺物を取り込むことによって黄金の竜気を得る。そうだな?)
(えっ、ええ……)
というか、私達の相棒って……。
(この国の竜神殿で祭られているのは、堕天竜の身体に生えていた無数のトゲの一つに過ぎん。だが、あの剣は。地竜の剣は、おそらく堕天竜の牙が素材となっている。それによって得られる竜気は、以前取り込んだ堕天竜の竜宝珠にも劣らんはず)
そこまで説明を受ければ、私にも理解はできた。
コウキは。私の相棒は、地竜の剣を喰らってこれまでに無いほどの力を手に入れるつもりなのだ!
「地の守護竜様。悪いけど力、もらうぜ」
ボソリと、それだけを呟いた相棒は。
地竜の剣を、そのままパックリと食べてしまった。
「コ、コウキ!?」
そんな取り込みの仕方で大丈夫なのだろうかと、私は心配になる。だが、そんな私の想いは杞憂となった。
宝珠竜の身体にある鱗という鱗の隙間から、黄金の光が漏れ出す。それはやがて、相棒の身体全体へと派生した。
原初の波の影響で赤く染まった空が、相棒の黄金の輝きに書き換えられてゆく。その中心に、コウキはいた。
心なしか、以前ブオリの村で顕現した時よりも輝きが増しているような気がする。
身体全体から発する黄金の竜気も相当なものだけど、何よりも相棒の口から溢れかえるかのようだ。
「GYAGUARAAAAAAAAAA――――!!」
そんな相棒の姿に反応したのか、奇怪な咆哮と共に原初の火巨人と化したヒルドが攻撃を開始した。身体の至る所から溶岩が噴き出し、まるで道があるかのように相棒へ向ってゆく。それはまるで、巨大な火山から放たれた火砕流だった。
「危ないっ!!」
反射的に原初の火巨人が放った、火砕流の射線に入ろうとした私をエルルが止めた。
(やめろっ! 私達が行ってもどうにもならん!)
(でもっ!!)
(足手まといになると言っているんだ!!!)
エルルと言い争っている間にも、灰色の煙。いや、もはや灰色の雲海と表現しても何の遜色もない攻撃が私の前を通り過ぎてゆく。
悔しいけど、私があそこに割りいっても灰色の巨大な煙に飲み込まれるだけだろう。私は奥歯を噛みしめながら、その光景を見守っていた。
相棒の元へ、原初の火巨人が放った巨大火砕流が迫っている。
その到達までの時間が長いのか、短いのか。
外野から見守る私には、とてもゆっくりとした動きに見えた。それでも、コウキの身体が黒煙に隠れようとした時。
異変は起きた。
「……えっ?」
相棒の直前で、原初の火巨人が放った火砕流が動きを止めたのだ。
(止まっ、た?)
(……いや、止まったのではない。宝珠竜が消しているのだ)
身体の中の戦乙女の指摘を受けて、改めてその光景を凝視する。確かに、火砕流の黒煙は確実に相棒を飲み込もうと迫っている。だけど、相棒が放っている黄金の堕天竜の竜気と接触した境界で、消えている。
(それだけではない。下を、見てみろ)
そう促されて地表の廃墟と化した王都を見下ろしてみる。その光景を見た私は、我が目を疑った。
「王都が、……光ってる」
まるで黄金の光に守られているかのように、相棒は王都に取り残された市民達をも守っていたのだ。原初の火巨人の放っている火砕流は相棒に到達するまでの間にも、高熱の岩石となって王都へと降り注いでいた。それさえも、覚醒したコウキは守りの手を差し伸べていたのだ。
驚愕すると同時に、私は心配にもなってきた。これほどの力を一気に開放してしまって相棒は大丈夫なのだろうか。
そんな私の心配も知らずに、相棒が吼える。
「アンタの力は、こんなもんか!? 天界の戦乙女様の切り札が、自然現象を再現するだけとは恐れ入った! なら、今度は。こっちの番だ!!」
相棒の発する黄金の竜気が、更に激しく光り出した。原初の火巨人の放った火砕流を押し返し、逆にコウキがこの戦況を押し始める。
「GUGUGUGU……ッ!!」
今だ、原初の火巨人は火砕流を放つ手を止めてはいない。それなのに火砕流はコウキに到達するどころか、瞬く間に黄金の奔流の餌食となっていた。
今思えばブオリの村でコウキが放った[宝珠竜の暖光]は、相手が人間というのもあって手加減されていたのだろう。
自分に対しての、敵意と凶器を消し去る。相棒の切り札。聖遺物の補給が必要という条件はあるが、その威力は驚嘆に値する威力だ。
やがて、相棒の攻撃は原初の火巨人にまで到達していた。もはや巨大な手から放たれていた火砕流は視認することもできない。それどころか、黄金の奔流は原初の火巨人の身体を壊し始めていた。
(なるほど。すべての敵意と凶器を消し去る黄金の竜気、か。ヒルドにとっては正に天敵だったのだな。我らが相棒殿は)
(我らが、ではないです。コウキは私の相棒ですからねっ! ……でも、確かに。ヒルドが身にまとった原初の火巨人の溶岩は、それ自体が凶器そのもの。本来、相手の身体まで害することが出来ない技なのだけど、今回ばかりは)
ヒルドにとっては、あまりにも相性が悪すぎる。
(おそらく、それだけでは無いぞ?)
(……?)
(まあ、おとなしく見ておけ。お前が望む、最上の結果になるやもしれん)
私の身体の中に居る戦乙女は、こういった勿体ぶった発言が多い。あんまり良い気分にはならないけど、今回は良い方向へと進む予言なので許してあげるか。
再び私は視線を目の前の攻防に移した。
もうすでに相棒の奔流は、原初の火巨人の腕を食い尽くし、身体にまで至っていた。すると、先ほどまでの火巨人の方向ではない若い女性の声が聞こえてきた。
「うぅ、……なんで、なんでよっ! 私の原初の火巨人は最強なはずなのに、なんで、なんでアンタみたいな存在が下界にいるのよおおおおおおおぉ!!」
原初の火巨人の中に潜んでいた、戦乙女ヒルドの身体が露出している。相棒の手によって無理やり引きずり出された彼女は、現実を受け止められずにいた。
「俺も、なぜこの世界に呼ばれたのか知りたいんだけどな。今はそんな事、どうでも良い。問題は、お前が、俺の大切な人達を傷つけ過ぎた。あまりにもな。それがお前が滅ぶ理由だ。お前は、俺を。どうしようもないくらい、怒らせたんだっ!!」
以前、大神殿の地下牢獄に投獄されて狂気に侵されたコウキも怖かったけれど、目の前の理性を保ちながら怒りを抑えきれない相棒はもっと怖い。
「あっ、アタシを殺したらぁ! この子も死んじゃうよぉ!? 仲間想いのアンタ達がぁ、出来るのかなあぁ!!?」
ヒルドが顔中から液体を垂れ流しながら、叫んでいる。だが、それでもコウキの表情は変わらない。
「コウ……」
(止めなくとも良い)
思わず相棒に声をかけそうになった私を、エルルが止めた。
(宝珠竜とて、そんなことは百も承知だ。それでも攻撃の手を止めていない、ならお前が今すべきことは、信じることだ)
(……信じる)
(そうだ。自分の相棒を、信じろ)
エルルの指摘通り、コウキは攻撃の手を止めない。それどころか、相棒の大きな口が限界まで開いた。喉の奥まで見えるほどの大口に、巨大な黄金の球体が成長してゆく。
コウキは本気だ。本気で、戦乙女ヒルドを完全に消滅する気なのだ。
私は思わず、胸の中で両手を組んで祈っていた。この戦いが最上の結果に終わることを。そして、戦乙女ヒルドに身体を乗っ取られたトキハちゃんの無事を。
「や、やめっ。やめてよぉ!? たすけ、助けて!! ブリュンヒルデ姉さまぁ!!!」
もはや、ヒルドの心は死の恐怖に支配されている。
「私は公平を期すために、降臨したのです。とはいえ、下界の世は不条理に満ちたもの。ならば、最後まで足掻いてみせなさい」
だが、そんな彼女の叫びにも高みの見物を決め込んだ長姉には届かなかった。
「あっ、あ。ああああああああああああああああああああぁ!!!」
狂ったように叫びながら、ヒルドは原初の火巨人を形作っていた原初の波を、すべてコウキへの攻撃に向けた。だが、それと同時にコウキも吼えた。
「この、世界から。消えろおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「きゃああああああああああああああああああああああぁっ!!!」
ヒルドの原初の波を全てこめた一撃も、コウキの前にかき消された。ヒルドがコウキの光に飲み込まれる。
その場の轟音が収まり、いつもの王都に海風の音が聞こえるようになった頃。
長かった戦いに、終止符が打たれた――――。
お疲れ様でした。
のこるは1,2話分戦後処理のお話を書いて、第2部1章は終わりとなります。
ここまでお付き合い頂き有難うございました。




