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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第1章 断罪の聖女
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第31話 やさしさ と あまさ

最速投稿!

第31話です。

今日一日で駆け抜けますので、よろしければお付き合いください。

追記:本日17時、21時頃に投稿する予定です。

「――――ぐっ!」


 ヒルドの聖宝珠へと吸い込まれるはずだった一撃を、私は無理やり肘を引くことで軌道を変更した。

 無理な動きをしたせいか、腕の関節が痛む。それでも私の身体には、痛みよりも歓喜の想いが駆け巡った。

 なぜなら、私の聞いた声が間違いなくトキハちゃんの声だったからだ。

 今、彼女の懐かしい顔が目の前にある。上空から降ってきた私は、彼女の身体に飛び込むように体勢を整えた。

 彼女の顔も身体も、ヒルドだった頃のまま変わる所もない。いや、逆か。そもそも戦乙女ヒルドが支配していた時も、髪や瞳の色こそ変わってはいたが、顔立ちや体格はトキハちゃんのままだった。


「……心配かけちゃって、ごめんね?」

「意識を取り戻したのですねっ! いえ、いいえ。私こそ、私の方こそ……」


 助けてあげられなくて、ごめんなさい。そう言おうとしたのだけど、感極まった自分の感情が邪魔をしてしまっていた。


 そんな私を抱きしめたトキハちゃんは、こんな私にも優しく声をかけてくれる。


「お礼……。しなきゃね?」


 どうして彼女は、この土壇場でヒルドから意識を奪い返せたのだろうか? 感情の高ぶった私はそんなことも考えなかった。


「そんな、お礼なんて。私は……。わたし、は」


 私の身体の中で、必死に叫ぶエルルの声を聴いていなかった。


「お礼に、お父さんに。……会わせてあげるね?」


 戦乙女の鎧の隙間から、腹部に激痛が走った。なんだろう? 力が、抜けていく。


「大丈夫。[竜騎士の楽園](ヴァルハラ)で、お父さんが待ってるよ。……はぁやぁくぅ。行ってやりなあああああああああああぁ!!!」

「……え?」


 この短剣は、彼女がいつも護身用に身に着けていたもの。

 私は神官ですから不要なのですけど、万が一のために持っていなさいってケイカちゃんが。と苦笑しながら、ハーフエルフの少女から譲り受けたもの。

 大事に、だいじに。宝物のように大切にしていた短剣。


 それが今。

 私の腹部に突き刺さっていた。



「あ、……あ。ああ……」


 (まず)い。これ、ちめい、しょ…………。


 身体から血液が抜け出るたびに、私の意識が遠のいていく。


 そんな私を救ったのは、私の中に居るもう一人の私だった。


「……ちっ! 古典的な、手に、騙され、おって……!」


 背中の翼がかろうじて私の身体を支えている。彼女と意識を交代したことによって、腹部の痛みは嘘のように無くなった。

 私の代わりに、彼女(エルル)が痛みを引き受けてくれているのだ。


 目の前の光景を見れば、私を刺した短剣の刃を美味しそうに舌で舐めるトキハの姿。いや、違う。やっぱりトキハの意識は戻っていなかった。すべては戦乙女ヒルドの卑劣な罠だったのだ。


「ふふふ……。同族と人間の混血の血って、初めて舐めたわぁ。案外イケるもんねぇ」


 そう言うヒルドの身体に、どんどん聖気が充実していくのが感じとれる。この一瞬で、私達の立場は完全に逆転していた。


「……ぐっ。ほんとうに、本当に戦乙女らしいな、お前は。まるっきりヒトを、人として見ていない」


 そんなエルルの言葉を、トキハちゃんに成りすました戦乙女ヒルドは嘲笑(ちょうしょう)をもって答えた。


「戦乙女っぽくないのはアンタの方でしょぉ? 人間族なんて、たかがこの下界に存在する生物の一種。何故、そこまでこだわるぅ? むしろ……」


 そこで戦乙女ヒルドはそこで一旦、言葉を止めた。私の身体(エルル)は沈黙を保っている。


「むしろ、なぜ人間などという害虫を守ろうとするのぅ? アンタだって知らされているはず。人間という存在は、この下界を欲望のままに跋扈(ばっこ)する破壊の化身だということをぉ」


 ギリッ。


 自身の身体が奥歯を噛み締める音を、私は僅かに耳の中へとらえた。


「人間とは、アタシらの父たる神々が過去、唯一。間違って造ってしまった失敗作ぅ。失敗作はぁ、処分されるべきぃ、なぁ、のぉ、……だぁ!」


 ヒルドの聖気が大きく膨らんでゆく。


「……一つ、朗報を教えてあげましょぉ。この身体の中にはまだ、彼女は存在しているよぉ? すでにアタシの意識に飲まれかけてはいるけどねぇ。さあ、たいへん。早く助けてあげないとねええええええええぇ!!」


 ヒルドの周囲に展開された聖気が、地上の原初の波を引き寄せる。


 ぐるぐる。そして、どろどろ。


 彼女の周囲で渦を巻く。もはや、原初の波は自然の法則で流れる溶岩ではなくなった。


 坂を上り、山を登り、殺戮の限りを尽くすために。正しく、下界の人間を滅ぼすために。


 原初の波を操る戦乙女ヒルドは、神の勅令を果たす。


 火神(ロキ)の炎と化した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 それはまるで、空に吊らされた溶岩のカーテンのようだった。もしくは、天から流れ落ちる灼熱の滝だった。


 私の身体は戦乙女ヒルドの不意打ちによって、致命傷に近い手傷を負っている。これ以上の継戦は困難なのは、私以上に今現在も苦痛を味わっているエルルが一番理解しているだろう。


 だが、この現状が私達に退却を許してはくれない。

 これまでは自然の流れのままに進んでいた原初の波は、今やヒルドの手の内にある。彼女がその気になれば、郊外へ逃げた市民はともかく[物見の山]へ誘導した市民達は逃げ場がない。もし彼女が殺意をもって原初の波を動かせば、溶岩は物見の山を覆いつくされるであろうことは容易に想像できる。


 まさに絶対絶命。

 私達はトキハちゃん以外に、王都の市民1500を人質に取られたも同然なのだ。


(貴様はまったくもって甘すぎる! 一人の少女と王国の平穏。騎士ならばどちらを優先すべきか、理解しているだろうにっ!!)

(……)


 私はエルルの言葉に何も言い返せなかった。

 そう悪態をつきながらも、エルルは自身の腹部に[癒しの陽光]を当て続けている。戦乙女とて下界の身体を得てしまえば、その構造は普通の人間と変わらない。まずは、出血を止めることが最優先だ。


 だが――。

 当たり前のことなのだが。

 私達の回復を悠長に待ってくれるほど、(ヒルド)は慈悲深くもない。

 一切の慈悲もなく。戦乙女ヒルドの背後を流れ落ちる原初の波が、私達に向けて溢れかえってきた。


(エルル、回避をっ! あと物見の山を背にしてはダメっ。私達が回避した溶岩が、避難した市民に直撃してしまう!!)

(まったく、注文の多いことだなっ! ――――っ)


 悪態をつきながらもエルルは私の指示に従って、回避行動を取り始めた。それでも相手は液体の溶岩。しかもその動きは、蛇のようにしなやかで動きがよみづらい。その水滴すべてを避けるのは不可能だった。

 戦乙女の鎧に溶岩の水滴が落ちるたびに、白銀の鋼を通して高熱がエルル()に襲い掛かる。


「あははハハっ! もっと、もっと踊りなさいよぉ!! 大丈夫、この大陸はアタシが一から作り直してあげるぅ。今度は人間なんて劣等種が存在しない、もっと。もっと自然の摂理に忠実な大陸をねえぇ!!!」


 ヒルドが何やら楽しそうに叫んでいるが、今の私達に返答する余裕はない。


(この溶岩は斬れないのかっ!?)

(無茶いうなっ。先ほどのお前の一撃で、あの宝珠竜の血から授かった力は使いきった。只の溶岩ならともかく、あの原初の波は聖気で操られている。聖剣では斬れんっ!)


 絶望の二文字が私の頭によぎる。

 私はこのまま、何も救えずに終わってしまうのか。ならばあの時、私がトキハちゃんごとヒルドを滅していればよかったのか?

 私の脳裏に様々な後悔が浮かんでは消えた。


 どうする? どうする!?


「――しまったっ!?」


 思い悩む私の心に、エルル(現実)からの声が響いた。反射的に意識の窓から外の光景を見る。そこには、背後から流れるような原初の波が、私達の身体を包み込もうとしている映像が写っていた。


 この瞬間、私は死を覚悟した。


 ごめん、トキハちゃん。すみません。ジャーリ伯爵(とうさま)


 ……ごめんなさい。――――コウキ。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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