第30話 祈りの一撃
第30話となります。
この戦いを描きづづけていたら、久しぶりの徹夜作業となってしまいました(笑
順次、校正が終わり次第投稿していきますので、よろしければお付き合いください。
なんとか市民の避難誘導を終えた私達は、コウキの待つ[物見の山]の山頂脇に戻って来ていた。
「……おかえりエダ、エルル」
力ない声であったが、コウキの声が私達を出迎えてくれる。
体調はどうですか? コウキ。
そう言葉を発しようとした私だったが、コウキのそばに意外な人物がいた。
「やっと戻って来たのかい。ちゃんと避難誘導は出来たんだろうね?」
「いや、ですがご無事で何よりです」
「……マリーさん、フィン殿。」
よかった、無事だったんだ!
正直、城門には姿が見えなかったので心配していたのだ。コウキの傍に寄り添ったマリーさんの手から[治癒の奇跡]の光が発せられている。疲労困憊のコウキに対して、少しでも体力を回復させようと尽力してくれていたのだ。
「コウとアンタの姿がこの山へと降りていくのが見えたんでね。侯爵邸の他の子達は最初に巨人が見えた時点で逃がしたから、心配はいらないよ」
どうやらマリーさんは、自分の今できる仕事をすべてこなしてから駆けつけてくれたようだ。侯爵邸にいた皆も無事と知ってホッとする。短い期間ではあったけど、それなりに顔見知りや友達関係にもなれていたから。
「王都に居たとは知らなかったのですが、大将とエリさんもこの山に避難できました。皆さんがご無事で本当に何よりです」
「ああ、あの人らも無事だったんだね、まったく。商売根性を発揮せずにさっさとユミルに帰ってりゃ、こんな騒動に巻き込まれずに済んだのにねぇ」
悪態をついているようで、心の中では心配している。マリーさんらしい言葉だ。
それよりも、コウキの容態はどうなのだろうか?
相棒の頭部にそっと跪いて手を当てる。ギョロっとした宝珠竜の瞳が半分、目蓋で覆われていた。どうやらまだまだ、本調子には程遠いようだ。
それでも私に心配をかけまいとしているのか、空元気を見せてくれる。
「ただ力を使い尽くしただけだから、大丈夫だよ。……それより、問題はまだ解決してないんだろ?」
そう。問題はまだ何も解決していない。ただ、王都の市民を避難させただけに過ぎないのだ。
改めて、[物見の山]頂上から王都を見下ろす。眼下の光景は、まさに灼熱地獄と呼ぶにふさわしい。赤黒い奔流がドロドロと王都内に入り込み、至る所で火災が発生して黒煙が立ち昇っている。
「………………」
あらかじめ予想していたとはいえ、王都の現状を見た私は喉から声が出なかった。私の中の戦乙女エルルも沈黙したまま声が聞こえてこない。ゆっくりと身体を起こしたコウキも、厳しい眼光を灯しながらこの光景を見守っていた。
「……避難がうまくいったのが、唯一の朗報だな」
ボソリと相棒が呟く。
「はい。ほとんどの市民は避難できたと思います。さすがに全員とは断言できませんが……」
出来る限りの事はした。それでも王都に残った全員が、あの城門にいたとは考えにくい。これは天災だ。天界の戦乙女が暴走した、天から降りかかった災害なのだ。完全に被災者を0にする事なんてできる訳が無い。
それでも私達は今ここに生きている。ならば、生き残った者の義務を果たさなければならない。
「私は、ヒルドを探してきます。皆さんはここで休んでいてください」
きっと、どこかで笑いながらこの光景を見ているはずだ。奴を討たねば、また同じ悲劇が起きかねない。
この悲しみの連鎖は、引き起こしてしまった私自身で必ず終わらせる。そんな私の想いを察してしまったのか、相棒がジト目で睨んできた。
「また一人で暴走しようとしてるな……」
うっ、私としてはそんなつもりは無いのですが。
「アンタは昔っから変わらんねぇ。それで自爆しちゃうもんだから、後片付けを手伝うアタシ等も大変だよ」
うっ、マリーさん。それを言うのは反則なのでは……。いや、別にルールなんてありませんけど。
二人がかりの視線が私に突き刺さる。
(クククっ……。まるで夫と姑、二人同時に説教されている嫁のようだな)
(うるさいっ!)
今では外だけではなく、内からも言葉の矢が飛んでくる。
(まあ、今回は二人の想いを尊重しておけ。仮に私達だけでヒルドを見つけても、どうにもなるまい?)
(……どういう意味だ?)
(今の私達だけでは、ヒルドを殺すことはできても、トキハ譲を救い出せんという意味だ)
エルルの言葉に、私は何の反論も出なかった。
手段はある。
ほんの僅かではあるが、ロウソクの火のような僅かな可能性は、ある。だが、それはあまりに現実味がない手段だ。
ならどうする?
そのわずかな可能性がなくなったら、トキハちゃんごとヒルドを斬るのか?
そんなことが出来るのか? 今の私に。自分のせいで父を失った私は、もう一度、大切な人を失う事実に耐えられるのか?
私はその場で、自問自答を繰り返していた。
(自分の世界に浸るのは、全てが終わってからにしろ。見てみるがいい。……まさかとは思ったが、ヒルドが姿を現したぞ?)
だが、この現状は私にそれほどの時間を与えてはくれない。エルルが戦乙女ヒルドを視界に捉えたのだ。
「ひゃハハはははははははぁ――――!! 燃えちゃえ燃えちゃえぇ!! みんな、……みんな。燃えちゃええええええええええっ!!!」
まるで溶岩と炎の海を舞台とするかのように、戦乙女ヒルドは王都の上空で踊るように笑っていた。その瞳には、明らかに理性などというものは無い。
もはや悩む時間など、ありはしなかった。
身体の中に戦乙女の知識を持つエルルが居る以上、この中で一番トキハちゃんを救える可能性を持っているのは私なのだ。
(額の聖宝珠だけを破壊するなら、トキハちゃんを解放できるかもしれないと。そう言っていたな?)
(確かにそうは言ったが、それがどれだけ不可能に近いかも解るだろう)
そう。動き回る相手の一点のみを、狙い撃ちにするなど不可能に近い。
それでも、覚悟を決めなくてはならない。それが例え、どんな結末になろうとも、私には、その、責任がある。
私の決意を察したのだろう。エルルは私の身体の中で、大きな溜息を吐いた。
(どちらにしろ、今のヤツを止められるのは私達しかいない。……行かねばならんか)
(ああっ!)
「マリーさん達はコウキの治癒と護衛を、お願いします!」
反論は許さないとばかりに、私は背中の翼を羽ばたかせた。もう、こうなれば不可能を可能にするしかない。であるのならば、次の一撃を天に託そう。
たとえその結末が、どのようなことになろうとも。
私は自分にそう言い聞かせながら、上昇を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ひゃハはははぁ! エルルぅ、まだ出てこない気ぃ? アンタの大切な場所が、どんどん燃えてっちゃぅよおおおおおおおおおおおおぉ!?」
相変わらず、戦乙女ヒルドは狂ったように笑いながら灰燼に帰す王都を眺めている。ヤツの狂気は、私を殺さないかぎり決して消えはしないのだろう。
だが、今のヒルドは明らかに自分の力に酔っている。ならばこの地竜の剣でヤツの額に浮かぶ聖宝珠を正確に貫く他はない。
その標的はあまりにも小さい。私の額にもある聖宝珠は精々が川原に転がっている小石程度の大きさしかないのだ。
私はヒルドの上空にまで飛び上がると、静かに腰から地竜の剣を抜いた。
(いいか、チャンスは一度っきり。今、この身体の中にある宝珠竜の力を全て使ったとしても、ヤツの聖宝珠を貫けるかは賭けだ。この一撃に全てを籠めろっ!)
(言われずともっ!)
私は腰から抜いた地竜の剣を、胸の前で垂直に構える。この身体からコウキの、宝珠竜の力が地竜の剣に集まっていく。
剣から伝わる熱が、私の胸を暖める。
この暖かさは、感触は。
私にとっては馴染みの暖かさだ。
相棒の身体から感じる、優しい温もりだ。
コウキ、そして――――――お父様。
どうか、私に。この一撃で終わらせる奇跡を――――。
大きく広げた一対の翼を合わせように閉じた。
私の身体が浮力を失い、真っ逆さまに戦乙女ヒルドに向かって落ちて行く。
戦乙女ヒルドが私の存在に気付いて、顔を頭上へと向けた。突然の出来事でヒルドの顔がこちらを向いたまま硬直していた。
(――好機!)
額の聖宝珠が私の視界にハッキリと映る。
「――――我が父の仇っ!! 戦乙女ヒルド、覚悟おぉ!!!」
まるで吸い込まれるように、地竜の剣が剣先から戦乙女ヒルドの聖宝珠へと吸い込まれてゆく。
(とったあぁ!!)
私は心の中で喝采をあげた。私は不可能を可能にしたのだっ!
そんな私を見上げたままのヒルドが、小さく、ほんの少しだけ笑って。
口を開いた。
――――私を、殺して。……エダさん、わたしを、ころして。
私の瞳が限界まで大きく広がった。
その声は。
憎っくき、戦乙女ヒルドの声ではなく。
ヤツに身体を奪われた、私達の愛すべき友。
神官トキハの声に、間違いなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
まだ13000文字ほど残っているので、区切りの良いところで分けて投稿致します。
よろしくお願いします。




