第29話 押し寄せる波
お待たせ致しました。
第29話となります。
正直このお話は不要かなとも思いましたが、思ったよりペンが走ったので投稿してみました。
まったりお読み下さい。
王都の城壁にたどり着いた戦乙女ヒルドの[原初の波]は、瞬く間に城壁に用いられた岩石を溶かし始めていた。行き場を失った溶岩流が城壁に沿って流れてゆく。その灼熱の包囲網が王都の中を炎獄へと変え始めていた。
だが幸いな事に、避難できる箇所が王都の直ぐ傍に一箇所だけ存在した。この天命の丘から王都を挟んで反対側に、小高い山がそびえ立っているのだ。その山の頂上には王家直轄の施設が作られている。
[物見の小山]と呼ばれるここは、いち早く敵の来訪を発見するための物見やぐらとして有効活用されていたのだ。
私とエルルは誰よりも早く[物見の山]の頂上に降り立つと、背中に乗せていた相棒をゆっくりと降ろした。
「コウキ、しばらくここでゆっくりしていて下さい。私達は王都の皆さんをこちらへ誘導してきます」
私の言葉が聞こえたのか聞こえないのか。相棒は大きな瞳を鱗の目蓋で閉じたまま、動かない。
(おいっ、急ぐぞ! 少しでも多くの命を救うのだろう?)
「……分かっています。コウキ、もうしばらくの辛抱ですからね?」
今だに目を覚まさない相棒を置いて、私達は再び戦乙女の翼と宝珠竜の羽根をはばたかせた。
(すでに郊外へと脱出した奴等は問題ないだろう。地形的に見れば、[原初の波]は最終的に一番標高の低い海へと流れ落ちる。問題は……)
(この騒ぎで逃げ遅れ、今だ王都の中にいる人々ですね……)
王都シグンムンドは首都なだけあって、このミズガルズ王国の中でも群を抜けて人口が多い。戦乙女ヒルドが[原初の巨人]を顕現してからそれなりの時間が経過している。それでもこれだけの人数が避難するとなれば、時間がかかって当たり前だ。
今の段階で王都の民の三分の一、およそ3000人が今だ城壁の中で列を作っていた。すでに[原初の波]による熱気が伝わっているのだろう。夕方でもないのに真っ赤に染まった空と空気中の熱が、都民に混乱を与えている。
(どうする? 今、いっせいに避難誘導を呼びかけようものなら、逆に大混乱を引き起こすぞ?)
(……)
身体の中から声をかけてきたエルルの言葉に、私は何も返答できなかった。誰だって自分の命が一番大事なのは分かりきっている。今、[物見の山]への避難を呼びかけたなら3000人の暴徒がそちらへ向かうことになるだろう。そうなれば[原初の波]が迫る前に犠牲が出かねない。
どうする? ……どうする?
私の頭の中で様々な案が浮かび、沈んでゆく。どの案も冷酷な事実を示していたからだ。
――全員は、助けられない、と。
こうして名案が浮かばない間にも[原初の波]は確実に迫っている。私のこめかみに熱の影響ではない、焦りの汗が垂れ落ちた。
そんな私の中で、ふと。戦乙女エルルが名案を思いついたとばかりに微笑んだ。
(ん? ……これなら、ふふっ。面白い見世物になるかもな?)
独り言にしては妙にハッキリとした声だ。
(なんだ? 何か、名案が……?)
(名案? 名案か、確かに名案だな。実に楽しい案だ)
こんな危機に直面しているというのに、私の身体の中の戦乙女は笑っていた。
(なんだっ! どんな名案が浮かんだ!?)
私の必死の問いにも、戦乙女は笑って中々答えてくれない。私がシビレを切らして再度、声をかけようとした時、戦乙女は口を開いた。
(要は民衆を落ち着かせて、誘導できれば良いのだろう? 何一つとして問題のない案だ。――恥をかくのはお前だけなのだからな)
そして、戦乙女エルルの言葉を頭の中で把握するにつれ、私の顔は真っ赤にほて上がっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おいっ! なんで列が何時までたっても進まないんだ!?」
「早く進めっ!!」
王都の外へと通じる城門を前にして、大通りを埋め尽くす人々が足を止めていた。皆、口々に焦りのこもった怒声をあげている。
「落ち着けっ! 落ち着くんだ!!」
王都の警備兵が必死でなだめるも、民衆の焦りは納まる気配がない。押し寄せた人達に対して、城門の幅が圧倒的に狭いのだ。我先にと城門に飛び込もうとしてしまえば、転倒した人に後続の足が襲い掛かる。それだけは防がなくてはならなかった。
「熱い、熱いよ……」
「誰か、助けて……」
もうすでに集団の後方では[原初の波]の熱が襲い掛かっている。人々の顔に絶望の色が付き始めた。
その時。
一人の天使が、降臨した。
――落ち着きなさい。我が愛しき、ミズガルズの民よ。
その場の誰もが、私の姿を見上げていた。そして私は、これまでの人生で味わったことのない恥ずかしさを身に染みるように味わっていた。
今の私は戦闘中でもないのに、大げさなくらいの聖気を自分の身に纏わせている。身にまとうは例の露出が激しい戦乙女の鎧。さらにはエルルの手によって、右側の背中から生えたコウキの羽根も戦乙女の翼のように見せている徹底振りだ。こんな役の時にかぎって、身体の奥底に引っ込む戦乙女エルルが、ひたすらに憎たらしい。
「……天使さま? 天使様だっ!!」
一人の、母親にしがみ付いていた少女が私を指差して叫ぶ。そんなにキラキラした瞳で私を見上げないでほしい。私の羞恥心はとっくに限界を迎えているのだから。
――私はこの大陸を見守る、守護天使エルル。この私が降臨したかぎり、もう大丈夫ですよ。
――さあ、集団の後方。半数の民は私について来なさい。あちらの[物見の山]へと避難するのです。慌てずに、落ち着いて……。
ただひたすらに、優しい言葉で民衆を刺激しないように注力する。ここで私まで慌ててしまったら、その焦りはすぐにでも広まってしまう。今度こそ、取り返しがつかない事態となるのだ。
ほとんどの人は、私を天使だと思って大人しくついて来てくれる。私の存在に戸惑いながらも、周囲の行動に従っている人も。
だが、上空に居る私の顔を見て声を上げる人がいた。
「お、おいっ……。アレ、ジャーリ伯爵のトコの聖女様じゃねーか?」
「伯爵家の聖女様って、もしかして前の王様を刺したとかで手配されていた娘か?」
「間違いねぇよ! 俺は昔、あの娘が騎士養成学校に行っていた頃から知ってるんだ!」
眼下のざわめきが、どんどん大きくなってくる。
私は柔らかに微笑む顔の裏で、痛烈に舌打ちをしていた。そうだ、よくよく考えてみれば、この城下街はかつて私が住んでいた最初の故郷でもあるのだ。
あの頃の私はタリナと二人で、毎日のようにこの街を走り回っていた。私の顔を知る人が居てもまったく不思議ではない。
まずい。
私の感情に焦りがつのる。このままでは避難が完了する前に[原初の波]が追いついてしまう!すでに城下街の端からは、火災による黒煙が立ち昇っている。
私達に残された時間は、あと僅かだ。
そんな時だった。私の正義を証明する声が、意外にも避難する集団の中から聞こえてきたのだ。
「おいおいっ! ウチの元従業員を悪くいうヤツは、どこのどいつだ!!」
この野太い、そして無駄に遠くまで響く声。この声に私は聞き覚えがあった。ひどく懐かしいもう一つの故郷でよく聞いた声。
「ふぇ~。エダちゃんてば、綺麗だキレイだと思ってたら、天使様だったの~? お~~い、エ~ダ~ちゃぁ~ん!」
もう一つの懐かしい声。仕事に慣れない私とコウキをいつも気遣ってくれた元気で優しいお姉さん。
二人のこの場の緊張をものともしない態度に、私は思わず目頭が熱くなる。
ユミルの街で私達をウェイトレスとして雇ってくれた食堂の大将と、その一人娘にして看板娘のエリさんだった。
「お前等、良く聞け! さっき兵隊さんに聞いたんだけどな。エダの嬢ちゃんへの手配は、解除されてるってよ!」
「つまりは誤解だったってこと。私は信じてたもんね~」
今だ多少はざわついていたいたが、二人の協力のお陰でゆったりとではあるが事態は沈静化してゆく。本当に私への手配書が無効になったのかは、今は調べようもない。けど、こういう時の論争は大きな声で言った者が勝つのだ。荒くれ者も多数あつまる食堂を長年支え続けた二人の言葉の力強さに、不安げな市民も納得せざるを得なかった。
ありがとう、大将。……ありがとう、エリさん。
私は二人に感謝しながら、再び避難誘導を始めた。
最後までお読み頂きありがとうございました。
恥ずかしがるヒロインは最高ですね(迫真
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