第26話 もう一人の私(前編)
投稿が夜になってしまい申し訳ありません。
第26話です。
やっぱりというかなんというか。お盆休み中に終わりませんでした(泣
一章の終わりまでもう少し、気長に、お付き合いください。
「その声……、貴様は?」
(――戦乙女がわざわざ教えてやろうかと言っているのに、その口ぶりは何だ?)
忘れるはずもない。その声。
私が思案にくれる真っ只中。自分によく似た声が突然、心の中に飛び込んできた。
(戦乙女……エルル。もう一人の、私)
(そうだ。お前の相棒の力で、ようやく表に出れた)
(……なんだと?)
コウキの力が、もう一人の私、戦乙女エルルに――?
(知らなんだか? ……いや、知らぬのも無理はない。私とお前は同じ身体を共有する存在。貴様の相棒がこの身体の血を吸った時、わずかながらも宝珠竜の力が流れ込んできたのだ)
知らなかった……とは言えない。
確かに私も感じていた。自分の血を、相棒に分け与えた時の充足感。あれは、錯覚ではなかったのだ。
けどコウキの力の影響が、彼女にまで及ぶとは思いもしなかった。
(――――それで、どうする?)
(どうするとは、何だ!)
(無論、この窮地を切り抜ける方法だ。……貴様が私を信じるならば、教えんこともない)
その言葉を、私はお前など信じられるかと跳ね除けたかった。
私の中にいる、この戦乙女は敵だ。
この身体を使ってシグムント王を刺し、私を重犯罪人とした女だ。
この女のおかげで私とコウキは、どれだけの苦難をこうむったことか。
(それは、違う)
……心を読まれた!?
(何が違うというのだ!)
おもわず、自分の動揺を隠すように叫んでしまう。
(あの日、あの戴冠の儀を受けていたら。お前達は今、ここに居ない。考えもしなかっただろう。自分たちが、この王国の貴族連中に狙われていることに)
私達が、狙われていた?
続けざまに、衝撃の真実を突き付けられた私は言葉が出ない。
脳裏にエディル侯爵との一件が思い浮かぶ。侯爵に囚われた私達は、その場で処刑されることなく利用されようとしていた。
貴族派側の切り札として。
血筋を最上の価値とする貴族連中には、降って沸いた聖女という存在が面白くない。私は一応は貴族だとはいえ伯爵令嬢。侯爵や公爵家からすれば下賤の血筋だ。コウキに至っては、出自さえ定かではない風来坊である。
当初は暗殺の線で計画されていたとしても、まったくもって不思議ではないのだ。
でも、……だからと言って。
(9人いる戦乙女も内情は色々あってな。そして私が特に嫌いなのが、あの女だ)
私の中の戦乙女が、下の巨人を見たような感覚がした。
(理由は言わんでも分かると思うが……)
確かに、あれは無邪気と言うには余りにも冷酷で、残忍だ。
(今の私は敵ではない。まぁ、味方でもないがな。私は17年前、この身体に降臨してしまった。もはやお前と私は一心同体。必ずやお前も、この身体も、私のものにしてみせる。
――――そのためには、こんなところで終わってもらっては困るのだ)
この戦乙女は、私の前でハッキリと公言した。私から、この身体を奪うと。他の人から見れば、その乗っ取り宣言に忌避感を抱くかもしれない。
だが今の私にとって、彼女の歯に衣を着せない発言は清々しいものに聞こえたのだ。
彼女とてこの身体が生まれてから17年間、捕らわれの身となっていたのだ。ならば、正々堂々と競えばいい。
(聞くだけは、聞きましょう。ですが、実行するかどうかは私が判断します。……それでも?)
その言葉を聞いて満足したのか、私の中の戦乙女はゆっくりと口を動かしだした。
正直に言えば。
完全に彼女の言葉を信用したのかといえば、YESとは言えない。今だに私達の敵だという認識も変わってはいない。
けど私はおそらく、自分の一生分の時間を彼女と共にしなければならないだろう。
ならばいい加減。ここで白黒を着けてやる。
私の中の闘争本能に、火が付いた瞬間だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ダ、エ……。エ……ダ。エダッ!!」
自身の心の中でエルルと話していた私は、コウキの何度も呼ぶ声にようやく気付いた。
「すっ、すみません。色々とたてこんでまして……」
ああ……、思わず意味不明な弁解を展開してしまった。
「何でボーっとしてたのか知らないけど、いよいよヤバいぞ! 原初の巨人が、海を出る!!」
コウキの緊迫した声に今度こそはっきりと、私は現実に戻ってきた。慌てて眼下の景色を覗き込む。今までほとんどが海中に隠れていた巨人の脚部が、膝下くらいまで現われていた。
更に王都方面を望む。
王都へと戻り、万が一の対策をとると公言していたシグルド陛下は、王城の城壁に騎士団を展開している。前衛に歩兵、中衛に弓兵、後方に支援と砲撃役の神官といった万全の体勢だ。
だが、彼等の出番は、本当に最後の最後。
私達が失敗して王都への侵入を許した際に、その身を盾として殿となる役目。都民が安全な場所まで退避する時間を稼ぐ、文字通りの壁役だ。
なんとしても、これ以上の侵攻は許容できない。正に、本当に、最後の正念場だ。
「コウキ、この状況をなんとかできるかもしれません。地上に降りてください!」
相棒は唐突に言い出した私の要請に、ギョッとした風に反応した。
「バカ言うなよ! 今、地上に降りたりしたら踏みつぶされるぞ!?」
この戦乙女ヒルドが化けた原初の巨人ユミルは、特に何か攻撃するという素振りはまったくない。この巨人の武器は何よりも、その大きさと重さだ。この巨人が歩くだけで、周囲に甚大な被害をもたらす。正に存在自体が兵器なのだ。
その岩石に包まれた肌により、あらゆる武器を弾き、通った道には荒野が残る。神話の時代における最強の巨人だ。
「この巨人の正面じゃなくていいんです。むしろ、人目につかない場所……」
キョロキョロと首を振り、周囲に都合のいい場所が無いか探してみる。原初の巨人から見て、正面奥に王城、左には竜神教の大神殿、右には……。
城下街を海風から守る防風林。
――あそこだ!
「コウキ! あの林へ向かってください!!」
「えっ? あんなとこに、なんで?」
「事情は着いてから説明します。時間がありません、早く!!」
私の真剣な表情に相棒はしばらく沈黙したのち……、しっかりと頷いてくれた。
その林は原生林ではない、植林でつくられた人工的な防風林だった。木々の葉には、うっすらと冬の到来を示す白い雪が積もっている。林の向こうからは、城下街を脱出する人々の喧騒が聞こえてくる。あの巨人を空に見れば、普通の人間など逃走の選択肢しか取れないのも無理のないことだ。
私は到着と同時に相棒の背から飛び降りると、相棒の正面に回り込んだ。
「……エダ?」
私の不可思議な指示に不安を覚えたのか、相棒が訝し気な声をあげた。そんな相棒の顔に、私は手を伸ばす。
コウキとはもうすでに短くない時を共に過ごしている。不思議に思いながらも、私の手を拒否しようとはしなかった。
私の手がコウキの顔に触れた瞬間、いつも通りに人間の姿の相棒が顔を見せる。服も何も用意する余裕がなかったので、この人気の無い防風林にまで来たのだ。
この相棒の玉の肌を、私以外の誰にも見せてやる気はない。
「さむっ、……それで? こんな処まで来て、俺を人間に戻して、何をするんだ?」
自分の肌を寒気から守るように両手で胸を隠しながら、相棒は私の答えを待っている。
そう言われて、私の顔面温度が急激に上がった。事態は一刻を争う。早々にやるべき事を済ませて、戦場へと戻らなければならない。
相棒の裸体という刺激物を前にして、私は顔面が赤く染まるのを自覚しつつ大きく深呼吸をした。そして、あらかじめ用意していた言葉を勢いよく口から放った。
「コウキを、……ください!」
「ふあぁ!?」
私の言葉への相棒の反応は、驚きの擬音だった。
一瞬の静寂が、私達を包み込む。
今、私は。何と言った?
緊張のあまり、先ほど自分が何を言ったのかも定かではない。
「おっ、俺が欲しいって。ど、どういう意味で、でしょうか?」
普段私に使わない相棒の敬語が、混乱ぶりを表している。
えっと、………………………………っ!!!
もしかして、私は今。……とんでもない発言をしてしまったのでは、な、ないでしょうか!?
もともと赤かった私の顔が、さらに沸騰してしまう。
「えっと、えっとっ! ちっ、違うんです!! 私が言いたかったのはそういうことではなくてですね!?」
「う、うん。だろうね、ってエダさん落ち着いて!?」
コウキと私、二人ともワタワタしてしまう。
もうっ! こんなことしている時間なんて無いのにぃぃ!!
結局、私とコウキ。二人の感情が落ち着くのにしばらくの時間を要してしまった。うぅ……。
「そ、それでは? 改めて? ど、どうぞ?」
相棒の方から話をふってくれる。
私はもう一度深く深呼吸すると、今度こそ、あらかじめ用意していたセリフを口に乗せた。
「コ、コウキの血を。わ、私に下さい!!」
今度こそちゃんと言えたはず。
自分が提供する立場だとそんなに気負わなかったのに、お願いする立場になるとこうも緊張するものなのか。これではまるで、まるで……!!
「俺の血を、エダに? ……それって、さっきのヒルドがしたみたいにってことか?」
未だ顔面を沸騰させている私とは対象的に、相棒の顔は再び緊張を帯びた顔に戻った。
「……はい。戦乙女ヒルドは養父の血を取り込むことで完全体へと昇華しました。私は戦乙女として、翼も、聖宝珠も持たない半端者です。あの原初の巨人を止めるためには、完全なる私の力が必要なの、ですが……」
私の言葉を聞きながら、コウキが難しい顔をして考え込んでいる。私が、自身の中に居る戦乙女と話したことは言わない方がいい。
と考えていたのだが、この相棒には私の考えていることなどお見通しだったようで。
「エダ。その情報、どっから得た?」
と言いながら、ジト目でこちらを睨んできたのだ。
えっと……。
私は必死で都合の良い言い訳を考える。だが、その数秒が命取りだ。
「以前、戦乙女エルルから得た知識で……」
「今更か? 以前からそんな知識があったのなら、これまでの窮地でなぜ使わなかったんだ?」
うっ。
ずずいっと、相棒の顔面が私に近づく。
実際のところ、数秒とはいえ、沈黙してしまった時点で自分から白状したようなものなのだ。
「え~だ~?」
これは、もう。観念するほか無いみたい。
私が諦めて口を開こうとした時、
(見てられん。……交代だ)
私は、私の中に居る彼女に身体を乗っ取られた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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