第24話 原初の巨人
ラスボス登場。第24話です。
一章はあともう少し、もう、すこし。。。
聖気で造られた仮初の身体が崩れてゆく。
私は養父にとって、良き娘であれただろうか。
子供の私はお転婆で、手間ばかりをかけていたような気もする。
それでも、私が見送った養父の最後は。
私の見間違いでなければ、笑っているようだった。
まるで天へと昇ってゆくかのように、聖気が消えてゆく。
両手を胸の中で握り、私は養父が竜騎士の楽園へと行けるようお祈りした。
本当なら何時までも祈っていたい。
けど、私にはまだ果たすべき使命が残っている――――。
私は養父への祈りを終わらせると、改めて上空の敵へ眼光を移した。
「もう、私の心に迷いはありません。養父の最後を見取った今ともなれば、私の成すべき使命はもはや只一つ。
戦乙女ヒルド。――覚悟っ!!」
上空に漂う養父の仇へ向けて、聖剣バルムンクを突き付ける。このままヤツを野放しにしておくことは許されない。これまでの召喚で、かなりの聖気を使ったのだろう。覚醒した当初の絶対的な圧迫感は、もはや感じない。
シグルド王が、コウキが作ってくれた道を無駄にしてはならない。
この地上に生きる人々を守るため、そして亡き養父の無念を晴らすため。
私は自らにかけた誓いを果たすのだ。
そんな私を上空から見つめていた戦乙女ヒルドは、複雑な表情を浮かべていた。
その表情から読み取れる感情は、苛立ち。まるで自分の思い通りに動かない玩具に癇癪をおこしている子供のような、そんな表情だ。
「もういいや。……めんどくさい」
ヒルドの口が僅かに動く。普通ならば私の耳に届かないようなボソッとした声が私の耳に届く。
「めんどクサイ。めんどくさいめんどくさい、めんどぉくぅさぁい――――――!!!」
本当に子どものような怒りようだ。もしかしてあの戦乙女は、善悪の判別がつかないのだろうか? 人の子供が無邪気に虫を潰すように、彼女は大人として在るべき分別がまるで無いようにも見える。
「こんな遊びに本気になっちゃってぇ、バッカじゃないのぉ!? 人間なんてアタシ達のオモチャなんだから! アタシが死ねって言ったら喜んで死になさいよぉ!!」
その言動にはもはや、理屈の欠片もない。
「皆が、大司教のような狂信者だと思わないことです。人は皆、自分だけの意思を持ち、自己の理念で生きる道を決める。……それが、人間なのです」
だが、私の言葉はこの子供のような戦乙女の胸には届かないだろう。
「うるさい、五月蠅いうるさい。うるさああああああああっいぃ!!」
案の定、馬耳東風。
もはや、彼女には私が何を言おうと意味は無いだろう。
そして、ふて腐れた戦乙女はとんでもないことを言い出したのだ。
「……もう、飽きた。……帰る」
「……はっ?」
「帰るって言ったのぉ! もう人間なんて管理してあげないんだから。勝手に戦争でも何でもして滅べば?」
そう言うと、本当に戦乙女ヒルドは私達に背中を向けた。慌てて私はその背中に怒号を飛ばす。
「待てっ!! これほどまでの惨劇を作っておいて、無かったことにできると思っているのか!!!」
「知らないわよぉ、そんなこと。もうこの世界なんて増えるだけ増えてぇ、殺し合ってぇ。勝手に滅べばいいのよぉ……」
「……今、なんと?」
「し~らないぃ」
言うべきことは言ったとばかりに戦乙女ヒルドは翼を広げた。今の私に空を飛ぶ手段は無い。無論、私の横に居るシグルド王もだ。このままでは、むざむざと養父の仇を逃がしてしまう。
焦りの感情が私の身体を走った。
が。
「……エルルの言う通り、管理者としての責務を放棄することは許しません。ヒルド、戻るのです」
どこからか、声が聞こえる。
目の前の戦乙女ヒルドとは明らかに格の違う、威厳を持ち合わせた声。下界に生きるすべての生物を理屈なしで屈服させ、隷属を強要する。
そんな声。
東の水平線から、新たな一日を告げる日の光と共に。
また、新たな戦乙女が天界より降臨する。
青みがかった銀髪。
黒と紺と紫の暗色が支配する戦乙女の鎧。
手には如何なる者の心臓も貫くであろう、夜闇の槍。
そして、すべての感情を射抜く冷徹な瞳。
戦乙女姉妹の長姉。ブリュンヒルデ。
新たな絶望が、私達の前に降臨した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「戦乙女の長姉たる私が命じます。ヒルド、撤退は許しません。もはや、この大陸の管理者はそなた一人。その責務、見事果たすのです」
朝を告げる陽光が、戦乙女の長姉ブリュンヒルデの夕闇に包まれた身体に降り注いだ。
その姿は今まで何度も見てきた。
最初は天命の丘で祈りを捧げた時。
二度目は王城での革命の際、シグムント王の傍らで。
その威光に、私は慣れたはずだった。
だが今、私はその姿を見て畏怖の感情を抱いている。
口は乾き、首元から足の指先にいたるまで震えが止まらない。
正に女神の降臨、そのものだ。
「ね、ねえさまぁ……」
ヒルドが姉の降臨を受けて、情けない声を出している。先程までの傲慢ぶりが嘘のようだ。
「情けない声を出すものではありません。私達が支配すべき下界の者たちも、この場には居るのですよ」
字面では優しい印象を受ける台詞だが、その声色は戦乙女の頂点に立つ者のそれだ。その証拠に、一度は情けない声をだしたヒルドが今は全身を硬直させている。
「貴方にはアレがあるでしょう? このような状況になっては仕方がありません。私が許可しましょう。[原初の巨人]をその身に降ろしなさい」
――――原初の巨人?
私達にとって不吉きわまりない単語が彼女の口からつむがれる。
「そんなぁ、ねえさま! アレは、アレだけはっ!!」
私達だけでなく、ヒルドの顔面も恐怖に染まっていた。
「このような状況に追い込まれる貴方が悪いのです。いたずらに聖気を消費し、自分は何もしないという怠慢がこの状況を引き起こしたと自覚なさい」
ブリュンヒルデの言葉にヒルドは沈黙した。ぐぅの音も出ないとは正にこのような状態だ。
自らの妹を黙らせた戦乙女の長姉は次いで、私の方へ視線を向ける。
「エルル。いえ、エダでしたか。今回も私は傍観にてっします。存分に戦いなさい、己の信じる者のため、己の守りたい者のために」
「……」
その言葉に私は声を出すことができなかった。果たして、この女神のような威光を放つ戦乙女は何を考えているのだろうか。
その考えが一向に読めない。
私達を処分するだけなら、ブリュンヒルデ自身が動くだけで簡単に済む話なのだから。
実の姉に突き放された戦乙女エルドはしばらくの間、沈黙を保っていた。私達に背を向けているため、その表情をうかがい知ることはできない。
だが、再び私達の前に見せた顔は今までとは違った狂気に満ちていた。
「あ。……あハっ。あははははあははっはああああああああああああああああああああああああああああああ!!!
本当はここまでするつもりもなかったのにぃ、エルル。アンタのせいだからぁ。
アンタ後悔するよぉ?
あの時、自分の父親に殺されておけば良かったってねぇ!?
もぅ、この大陸にぃ……、次の朝日は昇らないぃ――――」
ニタリという擬音が聞こえるような醜悪な笑顔を、戦乙女ヒルドは見せた。両腕を十字架のように広げ、天を仰ぎ見る。
まるで、自らを天への供物にするかのように。
自分のすべての聖気を、天へ捧げるように。
やがて、彼女の頭上に今までに無いほどの巨大な聖球が浮かび上がった。
まるで、この地の降りた太陽。
それは、彼女の身体に残るすべての聖気だ。
「来なああああああああああああぁ? かつて、この大地を自らの肉体をもって創生した原初の巨人。始まりの始祖。すべての生命の父。
ユううううううううううぅ、ミいいいいいいいいいいいいいぃ、ルううううううううううううぅ!!!」
上空に浮かぶ、白銀の巨大な聖球が赤く、茶色く、変色していく。
そのすべてを、戦乙女ヒルドは自分の身体へ降ろした。
顔が、腕が、足が。際限なく、巨大化を続ける。
彼女の足は海を歩き。
彼女の腕は城を砕き。
彼女の息は暴風を生み出す。
その姿は、数多くの巨大な岩で形作られた巨人。岩と岩の切れ目に溶岩のような赤い川が流れる。
ブリュンヒルデは楽しそうな寸劇を見るかのように、竜神像の上で微笑んでいた。
「大地創生の時代。この下界の地を自らの身体で創生した[原初の巨人ユミル]。ヒルドは最後の切り札として、大いなる神々より彼の魂を授かっているのです。さぁ、わが妹エダ。貴方はこの巨人を退けられますか?」
実に楽しそうな声が頭上から降ってくる。私はその声に、答えることは出来なかった。
なぜなら、ゆっくりと原初の巨人となったヒルドが動き始めたからだ。
その向かう先には、この国で最も多くの人が集まる都市。
王都シグムントがあった――。
最後までお読みいただきありがとうございました。
他の戦乙女の名前とカブるので、
ブリュンヒルド→ブリュンヒルデとします。
他の話も時間がある時に、順次修正していきます。
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