第23話 お父さん。
お盆進行第……何日目か忘れましたが。
第23話です。
今回も暗い内容ですが、ある意味お盆にふさわしいのかもしれません(不謹慎
天命の丘、祭壇の前。
大司教や神官達の躯が並ぶ前で、私と二人の騎士。
先王シグムントと私の養父、ジャーリ伯爵との闘いは続いていた。
いくら戦乙女の鎧と自らの聖気で守られていても、この戦力差は如何ともしがたい。すでに私の身体には、無数の切り傷ができている。
「はぁ、はぁ。……さすがは、私の目標としていた方々。一筋縄では勝てませんね……」
こめかみから滝のように汗が伝い、あごの先端からポタリぽたりと水滴となって地面へと落ちてゆく。
このままでは、悪戯に体力を失うばかりだ。私の心に焦りの感情が積もっていた。
戦乙女ヒルドの権能によって作られた二人の身体は聖気によって出来ている。私の手に持つ聖剣バルムンクの力[破樹]は、下界のあらゆる物質を切断するもの。天界の聖気とはすこぶる相性が悪い。
それに加えて、この二人には疲れというものが無い。戦闘が長引けば長引くほど、私の不利が大きくなるのは火を見るより明らかだった。
「どうしたのぉ? 聖気の身体を持っているとはいえ、所詮はただの人間。戦乙女であるアタシ等の敵じゃないはずだろぉ? ホラ、ひと思いに殺っちゃいなよぉ!」
戦いを続ける私達の上空で、見世物を見るかのように戦乙女ヒルドが盛大に野次を飛ばす。お前に出来るハズがないだろう? と顔に書いてあるかのようだ。
「卑怯な……。貴様も戦乙女なら自らの剣で戦ったらどうだ!?」
無駄と分かりつつも、挑発してみる。
「あいにくさま~。アタシはアンタ達と違って、か弱い乙女なのよぉ。肉体言語で語る野蛮人と一緒にしないでねぇ?」
「……クソっ!」
盛大に睨めつけてやりたいが、目の前の戦いが最優先だ。少しでも油断しようものなら一瞬で斬り伏せられる。
それに、自分でも分かっていた。
私の剣撃が、明らかに鈍っていることに。
頭の中では分かっている。私の養父は死んだ。私の前で、トキハちゃんの身体を奪った戦乙女ヒルドに、……首を刎ねられた。
私の目の間で起きた出来事だ。それは十分に分かっている。
だが、理性よりも感情が私の身体を拘束する。私の心は今、乱れに乱れていた。
私はもう一度、養父を死に追いやらねばならないのか――――?
――――キィン!
「きゃぁ!?」
思わず、悲鳴が私の口をつく。
突然の衝撃に吹き飛ばされた私は、思わず地面に尻もちをついてしまう。
最初から無謀だと理解している戦いだった。
二対一。
それも相手は人間族を代表する剣豪の二人。
シグムント王の連撃に対応していた私は一瞬、ジャーリ伯爵の姿を見失った。近年は騎士職を引退し、屋敷で悠々自適な老後を送っていた小父様だったが、元々は王国騎士団長の職を任じられていた猛者でもある。
一方のシグムント王は言わずもがな、ミズガルズ王国の頂点に立っていた人間族の英雄王だ。単純な剣術の勝負では話にもならない。
私の手にあった聖剣が弾き飛ばされ、少し離れた地面へと突き刺さった。
「……っ。グっ!?」
慌てて起き上がろうと地面に手をついた私の右手に激痛が走る。どうやら、聖剣を弾かれた時に手首を痛めてしまったようだ。
だが、そんな私の都合に二人は待ってはくれない。私はとっさに地面に転がったまま、横へ飛んだ。
ズシャッ!
土の地面に剣が突き刺さる鈍い音。その音を耳元で聞いた私は、左手で起き上がり距離をとった。
私の背後には巨大な竜神像、神官達の屍、そして脳震盪で今だ立ちあがれない相棒の姿がある。
もう後退はできない。
これ以上、コウキに二人を近づかせるわけにはいかない。そんな私の考えを見抜いたのか、戦乙女ヒルドがまるで遊びに興じるように口をはさんでくる。
「騎士道精神にのっとれば、一対一が正道だよねぇ? シグムント、貴方はもう一人をお相手してあげなさい? きゃはハっ!」
「――なっ? きさまっ!!」
ヤツの言うもう一人なんて、この場に一人しかいない。私の後ろで横になっている、私の相棒、コウキのことだ。
私の手元に聖剣はない。変わりに聖槍を作り出し、シグムント王とコウキの直線上に陣取った。聖剣に比べれば切れ味は心元ないが、聖剣を取りに行く仕草を少しでも見せようものなら、あの二人はその隙を見逃さないだろう。
私の中で緊張が走る。
私がこれまであの二人相手にまがりなりにも戦えていたのは、二人が私一人を見ていたからだ。私の戦乙女としての頑強な防御力で耐えていたからなのだ。
(ジャーリ伯爵とシグムント王。あの二人が別行動を取るとなれば……)
私ごときでは、コウキを守り切れない……!
ミズガルズ最強の二人が、歩を進め始めた。その四つの目にはかつての輝きを見ることは叶わない。あの二人は、完全に戦乙女ヒルドの操り人形と化しているのだ。
せめて、コウキだけでも……。
私が自らの命を覚悟した時。
ジャーリ伯爵の後方を歩いていたシグムント王の足が、止まった。
二人の更に後ろに、誰かが居る。
「あのような輩の傀儡と成り果てるとは……堕ちたな、親父殿」
現ミズガルズ国王シグルド。
その漆黒の鎧と魔剣グラムが、月夜の明かりを浴びて輝いていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「貴様達は彼女を保護しろ。……数で押そうとも被害が増えるだけだ」
背後に控える護衛の兵にコウキを託すと、シグルド王は再び歩み始めた。
その歩みの一切の迷いはない。彼の鋭い眼光は、ただ一点。自らの父に向けられていた。
戦乙女ヒルドに操られた二人は、シグルド王へと剣を構え直す。
その瞬間を、私は待っていた。
正反対の位置にいる私とシグルド王が、同時に駆ける。
私はジャーリ伯爵に、シグルド王はシグムントに、同時に斬りかかったのだ。
「まったく、遅いにもほどがあります。もしや、怖気づいて逃げたのかと思いましたよっ!?」
剣撃を交えながら、私はギリギリのところで間に合った戦友に声をかけた。
「無理を言うな。エダ殿と違って俺は生身の人間なのだ。あのような大爆発を前にして迂闊に近づけるか!!」
「私を婚約者に迎えようというわりには、不甲斐ないですねっ!」
「ああっ! 王命であったとは言え、あの時の自分に少々後悔しているところだ!! エダ殿と付き合っていては、命が幾つあっても足りん!!!」
「言いましたねっ!?」
「言ったとも!!」
お互いがお互いの相手と剣を交えながらも、私と彼の減らず口が止まることはない。
相棒ほどではないにしろ、この型破りな王との付き合いも長いのだ。
一度お互いが、距離を取り牽制の間となる。その隙を見つけて、シグルド王はチラリと戦乙女ヒルドへ視線を向けた。
「あれが、貴殿と同じ存在である戦乙女か?」
「ええ、名はヒルド。一緒くたにされたら舌を噛み千切りたくなるほどの下種です」
言外に、一緒にするなという意思を込めて睨みつける。
シグルド王はわざと私の視線に気づかないふりをして、話を続けた。
「なるほど、あの醜悪な顔を見れば理解もするというものだ。まったく、神話において女神と称えられる戦乙女がアレではな。俺の信仰心も揺るぐわ」
吐き捨てるように呟きながら、シグルド王は再び視線を戻した。というか、今。彼は聞き逃せないことを言わなかっただろうか?
「何ですかっ!? その神話というのはっ! 龍神教の神話に戦乙女の記述などっ!」
こうして話している間にもジャーリ伯爵の剣は私に襲い掛かってくる。本来なら無駄口など叩いている暇などないはずなのだが、不思議とこなせていた。
「王族のみに伝わる機密事項だっ! これ以上はご勘弁願いたいなっ!!」
それはシグルド王とて同じ。いくらシグルド王が強いといえども、相手は英雄王とも呼ばれた御方だ。だがそれにしては、なんというか、剣筋が素直すぎる気がする。
その事実に、彼はとうに気づいていた。
「やはりな。これがあの英雄王と呼ばれた親父殿の成れの果てと思うと、情けなくて涙がでそうだ。やはり主がアレではな」
シグルド王の視線が、上空で私達を見下ろす戦乙女ヒルドに向けられた。
「あぁっ!? ……今なんつった、人間」
「聞こえなかったのか? 戦乙女殿は耳が悪いと見える。蘇らせて駒とするならば、もう少しまともにせよと言ったのだ。このような頭脳の欠片もないような親父殿ではなっ!」
シグルド王の頭上にシグムント王の剣が振り落とされる。その一撃をわずかに身をそらすことで回避した彼は、自分の父の脳天に、容赦なく魔剣グラムを叩き込んだ。
血も脳も、王の頭部から出ることはなかった。
当たり前といえば、当たり前だ。あの身体は元々、聖気で造られたまがい物なのだから。
それでも自分の実の父親であるシグムント王を、彼は実にアッサリと、斬り裂いた。
その光景に、戦乙女ヒルドは驚きの声を上げる。
「……アンタ。ホントに人の子ぉ? 確かに身体は私が用意したものだけど、魂は間違いなくシグムント王のものよぉ。間違いなくアンタは今、親殺しをやらかした」
果たして、その言葉の矢はシグルド王に突き刺さったのだろうか? そして、私にも、同じことができるのだろうか。
悩む私をよそに、彼はヒルドの言葉を一笑に付した。
「我らは王族だ。その責務は王国の安寧であり、人民の幸福を守護すること。民草のように感情で行動を左右していては、我らが責務は果たせぬ。なにより、死して王国に仇なす亡霊と化したなどと恥以外の何物でもない。せめて、子である俺の介錯で送り出すのが情けというものだ。そして――――」
それは貴殿とて同じだぞ、――――エダ殿。
彼の言葉は王族、そして貴族であるならば当然の理屈だった。民からすると貴族なんて威張り散らすだけの存在にも思われているが、本来の貴族の職務は王族に代わりとなって自らの領地に安寧をもたらすことにある。
その本質は、王族も貴族も何ら変わりはしない。
私は今、覚悟を試されているのだ。
貴族の位を返上し、感情の赴くままに行動する道を選ぶか。
それとも、
ジャーリ伯爵の地位を受け継ぎ、自らの感情を抑制し、民を守護する道を選ぶかの。
ふと、
今まで、私が間断なく受けていたジャーリ伯爵の剣撃がピタリと止んでいることに今、気づいた。
先程も言ったが、今のジャーリ伯爵に疲労という概念はない。自身に勝利を呼び込むためには常に攻撃を加え、私を疲労の限界へと導くのが最良の策だ。
なのに、どうして?
戸惑う私を前に、目の前の天使化したジャーリ伯爵の身体に、ありえない現象が起こっていた。
「あれは……、な、涙?」
一度は首を刎ねられ、戦乙女ヒルドに強制的に兵器として利用されて、私と戦っていたジャーリ伯爵の虚ろな瞳から。
大粒の涙が垂れていた。
それを見た私の瞳にも、大粒の涙があふれ出す。
そうか、父も。血は繋がってはいないとはいえ、最高の愛情を注いでくれた父も。
私を愛してくれていた。
今の私にできること。
それは、愛する娘に剣を向け続けるこの悪夢を。
一刻も早く、終わらせてあげることだったんだ――――。
「オいっ! 何をボーっとつっ立ってんだ! 殺せ!! 目の前の敵を殺すんだよぉ、この役立たずがっ!!!」
上空の戦乙女ヒルドも、この異変に気付いたようだ。ありとあらゆる罵詈雑言を、私の父に向けて放っている。
だが、私の最愛の父は。その言葉に耳を傾けることはなかった。
私は大粒の涙を流しながら、地面に突き刺さった聖剣バルムンクを引き抜く。もう手首の怪我も痛みを感じない。
私はゆっくりと歩を進め、父の前に立った。
「お父さん、……パパ。
貴方が生きている間に、そう呼べなかった親不孝者の私を、どうかお許し下さい……。
……これが私の、最後の親孝行です。
私が何時の日か、お父さんの居るヴァルハラに辿り着いたら。
思いっきり、おもいっきり……叱ってください。
さようならっ、お父さん――――――――――――!」
もはや視界は涙でさえぎられ、まともに見ることは叶わない。
今の私は相当に、ぐちゃグチャな顔をしているだろう。
それでも私はしっかりと。
最愛の父を、私の手で、――――見送った。
というわけでジャーリ伯爵、ここでご退場です。
最後に少しでも娘と会話させてあげた方がよかったかなとも思いましたが、未練がましいので止めました。死んでもらう時はスパッとやらないと、実は生きてましたパターンにしたくなっちゃうのです。
お父ちゃん、今までありがとう。ごめんね。
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