第22話 望まぬ再会
第22話を投稿させていただきます。
(これ、今週中に一章、書き終わるんか?)
作者の心の叫び。
空がはじけた。地がはじけた。そして、海がはじけた。
それは一瞬の変貌だった。
空は日の光が沈む夕時のように赤く染まり、海は厨房に火にかけた鍋のように、煮えたぎっていた。
コウキが放った方向に海しかなくて本当によかった。下手な方向に撃とうものなら、地上にいるシグルド王はもちろん、王都に甚大な被害をもたらすところだ。
それでもこの光景は筆舌に尽くしがたい。
まるで、地の底にあるという死者の国が地上に現界したかのようだった。
ここは、あらゆる生者の存在を許さぬ死者の窯。
ここには私達以外の生物は存在しない。できるわけが無い。
そうとしか思えなかった。
だが、そんな地獄も。幸いなことに永遠には続かなかった。
段々と、少しずつ。元の世界が戻ってくる。生者が営む、蒼き清浄なる世界へと戻ってゆく。
私はその光景を迎えて、やっと強張っていた肩をゆるめた。
「そうだ、ヒルドっ! 戦乙女ヒルドは……?」
私は視線を前方へと移す。
直撃だったはずだ。いくら完全体となった戦乙女といえども、無事で済むとは到底思えない。
しばらくすると、今だ灼熱の黒煙が残る敵地に白銀の聖光が漏れ出す。その中から、戦乙女の鎧を着こんだヒルドが現れた。
さすがに無傷とはいかなかったらしい。
身体の所々が黒く変色し、とっさに展開したであろう赤色の鎧も破損が激しい。だが、身体自体にはそれほどのダメージはないようだった。
おそらくコウキ自身も、そこまでの期待はしていなかっただろう。戦乙女ヒルドの膨大な聖気。それを幾ばくか消費させるだけでも戦果があったと言える。
「ハァ、はぁ。……やってくれたねぇ、堕天の宝珠竜。アンタ、そんなにアタシに殺されたいのぉ? じゃあしっかりと、リクエストには答えないとねえ!!」
彼女の周囲にいた神官達はもういない。コウキの一撃で跡形もなく、吹き飛んだのだろう。もう彼等の魂はそこには無い。きちんと天界へと旅立てたのだろうか? 軽蔑の感情しか持てなかった彼等だったけど、せめて魂くらいは安らかに眠って欲しいと思う。
そんなことより。目の前の現状だ。
コウキの一撃でそれなりに削れたとは言え、今度こそ相手は本気で来るだろう。それまでの余裕が消え、戦乙女ヒルドは憤怒の表情を浮かべている。
またも周囲に聖気の塊を展開させ、ヴァルハラへと向かうべき勇者を召喚しようとしているのだ。
私達の方にもそれほどの余裕はない。
コウキだって、あれほどの砲撃をそうポンポンと打てるハズも無い。
なら、これからは。
私の出番だと言うことだ。
「コウキ。気づいていますか? ヤツは、戦乙女ヒルドは、冒険者PTでの配置で言えば後方型です。……ならっ!」
どれだけ怒ろうが、ヤツは自分の肉体を用いて攻撃してこない。現にあれ程怒り狂いながらも、召喚に徹しているのがいい証拠だ。
「了解。突っ込むぞ!!」
「はいっ!!」
私の意図を察した相棒が突撃体勢にはいる。大司教や神官達という盾を失った今が好機なのだ。私は腰の剣帯から聖剣バルムンクを引き抜いた。
相手は戦乙女、しかも今だ膨大な聖気と真っ赤に染まった戦乙女の鎧で防御を固めている。あの防御を破るには、それなりの一撃を与えなくてはならない。
ならば、狙いは急所。
私達の聖気でヤツの聖気を打ち消し合い、直接攻撃を与えられれば致命傷を与えられるはずだ。
私達は、召喚を続ける戦乙女ヒルドの懐へと突貫した。
「はああああああああああああああっ!!」
「おおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
私は聖剣で、コウキは自らの顎で。
憎き養父の仇を討つべく、戦乙女ヒルドの懐へ入り込む。
(もらったっ!!)
聖剣を振りかぶりながら、私は確信した。いかに強靭な肉体を持つ戦乙女と言えども、この間合いは致命的だ。
「我が養父の仇、討たせてもらう!!」
私はためらいなく、聖剣を振り下ろした。
間違いなく、必中の間合い。
ヤツの顔が酷く、醜く、歪んだ。それは絶望の表情ではない。冷酷な笑みだ。
だが、この状況で引くわけにはいかない。
「ああああああああああああっ!!!」
私は迷いなく聖剣を振り下ろした。
キィンッ!
私の聖剣を握る手に、金属がぶつかり合う感触が走った。この感触はとても馴染みのあるものだ。決して小手でそらされたものではない。
剣同士がぶつかり合った、鍔迫り合いの感触だ。
戦乙女ヒルドは腰に何も帯びてはいなかった。
ならば答えは一つ。
ヒルドの召喚が間に合ったのだ。
「例え、どんな勇者を召喚しようとも……っ!」
今の私と相棒なら決して、負けはしない。そう言おうとした私の口が、止まった。同じく、コウキの牙も別の召喚された人物によって受け止められている。
相棒の目の前に召喚された人物に、私は見覚えがあった。
私の目の前の召喚された人物に、私は涙を抑えきれなかった。
「はははっ! 感動の再開ってヤツ? アタシってばやっさし~い♪ 思う存分、語り合いなよ? これが最後の親子の対面ってヤツだからねぇ!!」
相棒の牙を受けたのは、王都での戴冠の儀で私が刺してしまった、先代ミズガルズ国王シグムント。
私の剣を受けたのは、先ほど戦乙女ヒルド顕現の生贄となった。最愛の養父、ジャーリ伯爵。
その人達だった――――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それはあまりにも早すぎる再会だった。
今だ、私の心は養父を失った悲しみに包まれている。
その心を宿したままの再会に、私の心はひどく揺さぶられた。
会いたくなかったわけじゃない。むしろ、時間を巻き戻せたらと先ほどまでずっと、想っていた。
それが、こんな形での再会になるなんて。
なんと声をかければいいのだろう。
なんて謝ればいいんだろう?
そもそも会話が成立するのだろうか。だが、私と剣を交わらせているのは間違いなく養父だ。
その剣撃の一つ一つがひどく懐かしい。私が王都の騎士養成学校に入学する前に、稽古をつけてもらった時となんら変わらない。
私に、養父をもう一度殺せと言うのか――――?
「――――ギっ!!」
聖気で造られた傀儡と化したシグムント王の一撃が、コウキの頭部に痛烈な衝撃を与えた。
普通の人間なら頭部が陥没しているであろう一撃に、コウキは耐えた。
「コウキっ!?」
私の叫び声と同時にコウキの体勢がグラリと崩れた。先程から相棒の動きが鈍い。さすがのコウキでも、あの威力の権能を発現させた後では消耗しているのだ。
「ホラほらぁ。さっきまでの威勢はどうしたのさぁ!? 人間ってホントに愚かよねぇ。肉親だろうが何だろうが、牙を向けられたら敵なのにさぁ!」
戦乙女ヒルドの高笑いが聞こえてくる。
コウキの動きが鈍い理由は、何も疲労だけではない。
コウキは優しい。
できうる限り戦いは避け、まずは話し合いで解決の道を探ろうとする。元の世界では争いなど経験していないのだから、当然と言えば当然だ。
それゆえに明確に敵と認識した人物以外には、自分の力を十全に発揮できないのだ。
ヴァルハラへと向かったはずのシグムント王の姿は、あの戴冠の儀が行われた日の姿と何ら変わるところがない。一時は敵対したとはいえ、戦友として和解した人との望まぬ戦いは、相棒に迷いを与えていた。
「……悪い。一旦、地上へ着陸する」
相棒の症状に私は危機感を覚える。このふらつき、先ほどの痛撃で脳が揺さぶられたのだ。当然といえば当然だが、傀儡として現界したシグムント王の手に聖剣バルムンクは無い。その代わりに、人間とは思えないほどに身体能力が向上している。
それは同じく傀儡となった養父もだ。
一撃、一撃が大型の魔物と遜色ないほどの衝撃を誇っている。
先ほどまでの優位な戦況は、完全に逆転していた。
「しっかり、意識を保って! コウキ!!」
私の必死の声も、今の相棒の耳には届かない。
フラフラと、ふらつきながら天命の丘へと滑るように緊急着陸する。その間、私は相棒の背中から[癒しの奇跡]をかけ続けていた。
ズサッという着地音がしたと同時に、私はコウキの背から飛び降りた。
相棒の眼前で容態を確認する。私が目の前に居るにも関わらず瞳の焦点が定まっていない。癒しの奇跡は、患部に直接触れることで最大の効果を発揮する奇跡だ。
けど、私が相棒の顔に触ったら……。
迷った時間は、一瞬だった。
これから何が起ころうとも、私の中での最優先事項は相棒の安全だ。そこまで考えたのち、私は意を決して相棒の顔に手を添えた。
瞬く間にコウキの身体が小さくなり、鋼の鱗は白い肌へと変貌していった。比較的、平坦な場所を選んで横に寝かせてあげる。
コウキの純白の肌を隠すため、私は自分の外套をゆっくりとかけてあげた。
あれほど激しく光り輝いていたコウキの竜宝珠は今、静観を保っている。おそらくは、強すぎる竜宝珠の力に人間の姿では耐えられないのだ。
どの生物でも生まれながらに持つ自己防衛本能。
その無意識の反応が、今の相棒を落ち着かせていた。
直接的な外傷は無いに等しい。新たに得た鋼のような鱗が外的な裂傷を防いだのだ。だが、それはシグムント王の一撃が、相棒の内部へ衝撃を与えたことを意味している。
それは時として、命にかかわる重傷へと発展してもなんらおかしくはない。頭部への衝撃が危険なのは、すべての生物に共通する。
(よかった。脳震盪を起こしているだけみたい……)
相棒の容態を確認した私は、とりあえずホッと息を吐いた。患部に直接ではなかったにしろ、私のかけ続けた[治癒の奇跡]は一定の成果をあげたようだ。
「コウキはここで休んでいて下さい。しばらくの間、私が持ちこたえてみせます!」
できる限り穏やかな声で、意識が混濁する相棒に話しかける。
ここから先は、――私の仕事だ。
改めて前を向いた私を迎え入れるかのように、二人の騎士が地上へと降り立った。
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