第21話 亡者の行進
お待たせしました。第21話の投稿です。
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コウキの一閃が、わずかばかりとはいえ戦乙女の身体を覆う聖気の装甲を貫いた。
「……ハァ?」
なんとも気の抜けた声が戦乙女ヒルドの口から洩れる。彼女自身、自らの身体に傷を付けられるなどと思っていなかったのだろう。心底何が起こったか分からないような表情で茫然としていた。
だが、それも時間にすれば数秒の話。
現実を受け止めた彼女の顔は、次第に怒りに囚われていった。
「アンタさぁ……。今、なにをしたぁ?」
本来ありえないはずの一閃。
先ほど、コウキが評した戦乙女ヒルドの実力は掛け値なしの真実だ。今の私達には、彼女に髪の毛一本ほどの傷を負わせることは出来ない。それほどの絶対的な聖気量の差があるのだ。
だが、今のコウキの一撃は不可能を可能とした。不可思議な一撃だった。
「アンタみたいな畜生でも、血は赤いんだな?」
「……アぁ?」
「てっきり俺は、青が緑の血でも流れているかと思ったんだが?」
そう挑発するコウキの身体にも異変が起きていた。
赤く、まるで心臓のように脈動しながら点滅する竜宝珠。私はこの相棒の姿に既視感を覚えた。
とは言っても思い出すまでもない。
あの、大神殿で大司教モーズによって不当に拘束され、相棒が荒れ狂った。あの時だ。
と、するならば今回もコウキは正気を失っているかもしれない。私は慌てて相棒に声をかけた。
「コウキっ!? ちゃんと意識はありますかっ!? コウキ!!」
「……だいじょーぶ。同じヘマはしないさ。マジギレしてるのは確かだけどな!」
鼻息荒くしながらも、意外にも冷静な口調でコウキからの返事がきた。マジギレという言葉はよく分からなかったけれど、相棒が怒ってくれているのは感じ取れる。
一先ず安心とばかりに私は大きく息を吐いた。
「私が言うのもなんですが、怒りに支配されてはいけません」
「ホントにお前が言うな! だな。でもまぁ、心配はいらない。アイツは絶対に許さない、エダ、行くぞ!!!」
「はいっ! ジャーリ伯爵の無念。娘である私が果たします!!」
私達の意識が再び一つになった。
たとえ、敵がどんなに強大でも、相棒と二人なら何とかなる気がするから不思議だ。
そんな私達の視線の先には、イラついたように顔を伏せる戦乙女ヒルドがいた。右の手のひらで自分の顔を隠していても、感情が爆発しているのが見て取れる。
「……ムカつく。ムカつくムカつくムカつくっ!! 妹だと思って優しくしてりゃあ調子に乗りやがって!! ……き~めたっ。アンタは魂だけを天界へと連れていく。自分の姉の恐ろしさを思い出しなっ!!!」
吐き捨てるように言い切ったヒルドの聖気が、動き出した。ヒルドの身体を覆っていた膨大な量の聖気が、一つ、また一つと分離し始めたのだ。
白光の球体となった聖気、その数六十ほどだろうか。彼女の身体を守るかのように浮遊している。
すると、戦乙女ヒルドは意外な方向へ声を発した。
「アンタ達っ! 聖女様が命令するよ……。今すぐ、……死にな!!」
その声は私達へと向けられたものではなかった。
その声の行き先は、地上の大司教モーズ。そして狂信的な神官達へと向けられたものだ。
いくら聖女と崇めている存在だとは言え、いきなりそんな命令をされて即座に行動に移れる者などいない。特に大司教モーズは、自分の利益を最優先に考える俗物だ。
だが、私の予想はあっけなく裏切られた。
「おおっ、聖女よ! ご命令通り、私共は神の身元へと馳せ参じます。どうか、どうかヴァルハラへと導きたまえ!!」
大司教モーズをはじめ、その場にいるすべての神官達が懐から短剣を取り出した。そして、全員が規律正しく短剣を掲げると。
自らの首へと、恍惚な表情のまま、自らの命を差しだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私達の眼下には、凄惨な光景が広がっていた。
大司教モーズ、他五十名が一切の乱れなく、自らの首に短剣を突き刺したのだ。
こんな光景は現実にはありえない。
まるで任務に忠実な騎士が優秀な司令官の号令に従うかのように、全員が一斉に、自らの命を終わらせたのだ。
その光景を見せつけられた私達は、声を出すこともできなかった。
それでも状況は進んでゆく。
自ら命を絶ったはずの大司教と神官達は、狂気の宿った笑顔を浮かべながら果てている。そんな彼らの身体から、何かが出てきた。
それらは一様に、ある方向へと導かれるように集まっていた。
そう、戦乙女ヒルドの居る方角へ。まるで魂が天へと昇るかのように。
「さあ……、いらっしゃい。アタシの可愛い子羊たち。アタシの愛と共に新しい身体を与えましょう」
戦乙女ヒルドが凄まじく似合わない言葉と共に、自身の周囲に展開していた聖気の球を動かす。
その聖球の中に、次々と彼らの魂が入っていった。
そして、まるで卵が孵化するかのように、彼らに新しい身体が、新しい命が与えられる。
「なっ、なんという事を……」
「……」
私はそれだけを声に出すのが精いっぱいだった。コウキに至っては声にすらならない。
「これがぁ、アタシの権能ぉ。大神たるパパから与えられた戦乙女としての力、[亡者の行進]。下界から天界へと昇るすべての魂はアタシの僕となる」
確かに。
私を含め9人存在すると言われる戦乙女の使命とは本来、地上の魂を天界へと導くことだ。選別し、選択し。本当の勇者のみがヴァルハラへの道が開ける。
だが、この戦乙女は。
一時的だとは思うが、神へと捧げられるべき魂を自分の兵とすることができるのだ。
「さぁって……。アンタ達、さっき何て言ってたっけぇ? 二人で勝てる方法を考える? それぇ、今でも思いつくぅ?」
戦乙女ヒルドの周囲には、彼女の聖気によって身体を得た神官達が浮いていた。もはや数の優位さえもない。しかも彼らから感じる力は、人間であった時の比ではない。それは簡易的ではあるが、完全な天使化だった。
生ける亡霊となった神官達の手から再び聖球が浮かび上がる。生前の彼等の聖球とは大きさも輝きも段違いだ。
「さあ、楽しいダンスタイムといきましょうかぁ? あは、…あはっははハハぁ―――!!」
戦乙女ヒルドの享楽的な笑い声が発せられると共に、神官達は攻撃を開始した。
「コウキ――。避けてっ!」
私は迫りくる銃弾に危険を感じ、相棒に声をかけた。だが私の指示に反して、相棒の身体はピクリとも動かない。
「コウキっ!?」
もしかしてこれも敵方の新たな攻撃だろうか? 私の脳裏に最悪の状況が浮かび上がる。この状況でコウキまで動けないともなれば、今度こそ私達に勝機はない。
しかし、私の心配は杞憂に終わった。
(大丈夫。俺にまかせて)
と言う相棒の声が私の身体の中へ入ってきたからだ。
次の瞬間。
私達の視界は、数十もの聖球の光に包まれた――――。
それは、私の意識では、かなり長い時間を聖球の光に包まれていたようにも感じる。そんな時間だった。
が、実際には一瞬の出来事だったようだ。
私が周囲の光景を目に取り戻した時、ただ一つを除いて何も変わってはいない。
そう。戦乙女ヒルド、敵側には何の代わり映えもない光景が広がっている。
変わったのは私達の方だった。
相棒の頭部にある竜宝珠からの真紅の光が、まるで太陽のように発せられている。その光が、相棒の首を伝い、背を伝い。私の全身にまで及んでいる。
私の視界が白光に包まれる瞬間。コウキは無数の聖球に向けて口を開いていた。
その状況から、私は直感的に相棒が何をしたのか気づいたのだ。
コウキは、私の相棒は、聖気を、喰った。
「何が楽しいダンスタイムだって? こんなんじゃステップの一つも踏めねえぞ?」
今度は戦乙女エルドが驚愕する番だった。私達を包みこむはずだった聖球は、すべて相棒の胃袋に収まっている。赤、金、銀。様々な光が、色とりどりの色彩が、私達の身体を走っていた。
それまで、狂ったように笑っていた戦乙女ヒルドの表情が、ピタリと固まる。
「……あぁ? アンタ、ナニモンだ!?」
冷酷な笑顔から表情が消え、やがて憤怒へ。
まるで人が変わったかのように、彼女から余裕が消えた。だが同時に、何かに納得したような表情で口を開いたのだ。
「あぁ、あー。……アタシもねえ。分かっては、いたんだわ。この下界に竜として存在してるってことは、元々は天界で君臨していた神々のどなたかってこと。アンタ、天界じゃ何て呼ばれてたんだい?」
コウキが、天界の神様?
確かに、コウキは天から流星のように降臨した宝珠竜だ。それは荒廃の島で目撃した私自身がよく知っている。
天界の神々が、下界へと降臨する際に竜となることも知っている。
でも、一緒に過ごすうちにそんな意識も無くなっていた。だって、コウキはとっても、色んな意味で人間らしかったからだ。
知識としては知っていても、自分の相棒が神様だなんて思えなかった。こんな戦乙女を送り出した連中と、一緒の存在だなんて信じたくもなかった。
「さぁてねぇ……。それは俺も知りたいとこなんだわ。俺はウチの相棒とは違って、身体の中に別人格が存在したりはしないんでね」
コウキはそう言うと一旦、口を閉じた。そして、再び口を開く。
「俺の方こそ聞きたいね。俺みたいな、聖気を喰らえる神様ってのは天界に居るのかい?」
「……」
戦乙女ヒルドからの返答は無かった。
もちろん、私の知識にもそんな規格外な神様なんていない。
分かっていることは、一つだけ。
私の跨っている相棒は、たとえどんな存在であろうとも、私の相棒である。
――それだけだ。
そんな私をよそに、私の相棒は更なる一手を放とうとしていた。
(エダ。ちょいと一発、デカいのを撃つ。バックファイアで吹っ飛ぶなよ?)
(えっ? ちょ、あのっ? コウキ?)
唐突すぎる警告を受けて、頭が混乱する私を置き去りにしながら、コウキの顎が大きく開いた。
それと同時に、相棒の額で光る竜宝珠の輝きが更に増してゆく。
(エダの血をもらったおかげかな? それとも伯爵を殺したヤツへの怒りか。身体中から俺の頭へ叫ぶ声が聞こえるんだ。ヤツを 許すなってな!!)
大きく開いたコウキの口の中へ、竜宝珠の光があつまってゆく。赤く、黄色く、そして白く。
灼熱の炎が凝縮し、光となった時。
私の相棒は、口の中の枷を解き放った。
[宝珠竜の核炎獄]
かつて、シグルド王へと向けられた、すべてを灰燼と化す炎熱の奔流。
だが、この熱さはあの時の比ではない。あまりの熱量に、そばに居る私はただ、相棒を信じて目を閉じる他なかった。
「なっ!? ……マジかよ!? おい、お前等! アタシを――――」
(遅せえっ!!)
もはや私の視界は赤と黄色と白の世界に染まっていた。
その中でコウキの短い叫び声が聞こえた瞬間。
この世の終わりかと思えるほどの轟音と、赤く染まった地獄の光景が、私を待ち構えていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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