第19話 愛する人との別れ
第19話をお届けします。
この先、暗い展開になっていきますので苦手な方はご注意を。
天命の丘上空で、天使化したトキハちゃんとの戦いは続いていた。
攻撃手段はお互いに聖気を用いての乱打戦。
お互いが闇夜の空を駆け巡りながら、交わりあう瞬間だけ白い火花が飛ぶ。聖槍で斬りつけ合ったり、聖気で生成された小剣を投げ合ったり。
聖気を纏う者同士の戦いは、限りなく不毛だ。
お互いの一撃はお互いに傷を負わすことができず、ただ力を削ぐのみ。
聖気と聖気の勝負は、お互いに力を打ち消し合う消耗戦にしかならないからだ。決着はどちらかが力尽き、地上へと墜落することで決着する。
だが、この勝負。有利なのは私達の方だった。
なぜかと言えば、理由は単純。私には相棒がいるからだ。単純に攻撃の手数が倍になるだけでなく、コウキには堕天竜の力もある。
それは天上の聖気をもって戦う者には天敵と言ってもいい。
だが、私の愛機には絶対的な戦闘経験が足りていない。絶対的な力をいくら持とうが、使い方が分からなければ意味がないのだ。
だから私は、その舞台を整えることにした。
私は自分の聖気の全てを使ってでも、引き分けに持ち込むだけでいいのだ。最後の〆。トリは、コウキのものだった。
ギィィィィィン――!
再び、お互いの聖槍が激しくぶつかり合う。お互いに間合いが大きく離れたところで、私は口を開いた。
「もう、これくらいにしませんか? この勝負の結末はもう、トキハちゃんにも見えているはずです」
「ハァ……、ハァ、ハッ。……確かにそうですね。エダさんと私では聖気を扱う練度が違うようです。付け焼刃では相手にもなりませんか」
私がコウキの背中からそう告げると、トキハちゃんは荒く息をつきながら答えた。
私は勿論、トキハちゃんを害する意思なんてない。短い間であったとしても、彼女は共に戦った仲間でコウキの大事な友人だ。
このまま行けば、彼女の聖気は底をつくだろう。そこを拿捕するのが私達の思惑だった。
トキハちゃんも今のままでは勝ち目が無いことを自覚している。
だが、彼女の表情はまだ何かを残しているかのような余裕があった。
「まあ、こうなることは分かっていましたよ? さすがエダさん。年季も入っている上に二人がかりなんてさすがですねぇ」
ボロボロになった神官服を抑えながらも、トキハちゃんの口が減ることはない。あの温厚な彼女が出したとは思えない毒舌っぷりは、私の神経を逆撫でしていた。
「コウキは私の相棒です。私達は一心同体、卑怯呼ばわりされる謂れはありませんね。……それに年齢で言えば貴方の方が年上でしょう?」
私の乗るコウキの胴体がプルプル震えている。女の戦に情けはないのだ。
「トキハ。もう十分だろう、降参しろ。俺はお前に傷ついてほしくは、ない」
コウキが穏やかな口調で降伏勧告を口にした。だが、女の私にはトキハちゃんの気持ちが理解できた。
別に彼女がコウキに恋愛感情を寄せているとか、そういう話ではない。
これは女という生き物の意地の話だ。
目の前の同姓に負けたという事実を、決して認めるわけにはいかない。女の意地なのだ。
「……」
「……」
私達とトキハちゃんの間で沈黙が続く。
(エダ、どう思う?)
私にしか聞こえない声で、コウキが私に語りかけてきた。
(どう思う? とは?)
(もちろん、トキハのことだ。エダは本当に彼女がトキハだと思う?)
コウキに言われて、あらためて私は目の前の少女を瞳に捉えた。
(見た目は背中の翼以外、私の知るトキハちゃんに間違いありません。性格は正反対ですけど……)
(うん、俺もそう思う。俺の意見も同じだ。身体はトキハのものに間違いない。……身体は、だけど)
(心は別の者だと?)
(エダだって、自分の心の中に戦乙女が居たんだろ? なら……)
(……)
私はコウキの考えを否定できなかった。確かに、今のトキハちゃんは天界の何らかの影響を受けていると見て間違いない。
私達の知るトキハちゃんは実に神官らしい少女だった。性格は温和、常に笑顔を絶やさず、ヴェルちゃんやケイカさんを見守っていた。
それが今はどうだろう。まるで私達を殺すためだけに降臨した、天界からの刺客のようだ。
そういえば、戦乙女エルルも私の眼を使って行動を監視していた。ならば……。
(仮に、トキハが天界の刺客に取り付かれて意識を奪われているのだとしたら……エダは、どうすれば彼女を解放できると思う?)
そのコウキの質問に対する答えは、一つだ。
(額の聖宝珠です。私やコウキも含めて、額の宝珠は力の源泉です。これを失うような事態ともなれば能力の発現はもちろん、最悪の場合は命にも関わるかと)
(……。危険な賭けだな)
私の言葉を、コウキはゆっくりと飲み込むかのように受けとめた。
(はい。ですが逆を言えばあの聖宝珠こそが唯一、トキハちゃんを操る不埒者が外へと出している本体になります。ならば、答えは一つ)
(うん。なんとか額の聖宝珠を狙ってくれ。……慎重にな?)
(勿論、承知していますよ!)
少しでも狙いがずれれば、トキハちゃんの命も危ない。間違ってもそれだけは避けなければ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私達が今後の作戦を立て終わった時。
それまでの静寂を破ったのは、地上からの声だった。
「放てえええぇぇ――!!」
地上から、狂気に満ちたような号令が私の耳に届いた。
「ちょっ! アブなっ!?」
慌ててコウキが回避行動に入る。まるで狙いをつけていないかのような、白光の弾丸が私達を襲った。
「コウキっ!?」
「イテテっ! ……なんだコレっ? 矢かと思ったら尖ってないし、なんか光ってるし……」
「あれは……、[聖球]です! 邪まなる者を滅する加護が込められた、神官の数少ない攻撃手段です!」
私の声を聞いているのか、いないのか。コウキが自分の身体に、数個の聖球をぶつけられて慌てている。
「一つ一つの威力自体は大したことないけど、あの弾幕を受けたら身動き出来ないぞ!?」
コウキの言葉通り、地上で祈りを捧げていた神官すべてが私達に向けて[聖球]を放っている。受けたところでダメージはないが、衝撃はある。雹の嵐の中を無理に進むようなものだ。
「コウキ! シグルド王はまだ到着していないのですか!?」
私達と別れた後、シグルド王とその配下の兵達も現地へと向かっているはずだ。彼らに地上を制圧してもらえれば、まだ動きようもある。
だが――。
「まだだ。急いでもあと数分はかかる場所にいる。……俺達でなんとかするんだ!」
「くっ!」
「……っ! しっかり捕まってろ!」
コウキはそう言うと、地上へと首を向けた。
頭から突っ込むように地上へ突っ込んでゆく。それはもはや降下ではなく、落下だった。
私の頭の血がサーッと脳天へ昇る感覚がした。コウキが行なったあまりの急降下に、私の血流が追いつかない。
私が相棒に乗りなれているとはいえ、この感覚は始めてだ。
思わず私が目をつぶりそうになった時、コウキの身体から聖気が流れ込み私の身体を守ってくれる。
これは先ほどコウキが見せてくれた[ニーベルングの加護]の応用だ。
私の身体の内側に聖気を浸透させるのではなく、外側にまとわせることで私の身体を守ってくれている。私とて、聖気を扱う者としてこれくらいの芸当は出来る。聖気を武器とし、鎧とすることは、私の戦乙女としての身体が無意識に行なっていることだからだ。
だが、コウキはそれを秘技にまで昇華させてしまった。
無意識に聖気を鎧として使っている私に対して、コウキのソレは意識的に大量の聖気を展開し、私まで守ってくれているのだ。
簡単なようでいて、これは難しい。
普通の人間で言えば、身体に流れる血流の勢いを意識的に操作するようなものだからだ。
(何時の間に、こんなワザを覚えたのですか!?)
私は心の中で驚嘆した。おそらくコウキは練習などしていない。只々、直感的に出来ると理解し、無意識のまま、意識的に使ったのだ。
私は自分の愛機であるコウキに、盛大にツッコミを入れたい気分にさせられたが地上はもうすぐそこだ。
改めて、地上の祭壇を見る。
全員で50人ほどはいるだろうか? 全員が竜神殿における高位神官の証である法衣を身に纏っている。
その中心に、懐かしい顔がいた。
元、竜神殿大司教モーズだ。
だがその顔は、昔の沈着冷静な趣きはまったく無く狂気に包まれている。
「背教者が向かってくるぞ! 聖女様をお守りするのだ!! 撃てええええええええっ!!!」
それは彼の喉が潰れるのではないかと心配するような、絶叫だった。顔色は土気色に変わり、眼は真っ赤に充血している。
私達に向けて再び聖球の集中砲火が浴びせられた。しかし今度はコウキも負けてはいない。そんな豆鉄砲が効くかと言わんばかりに、地上へと向けて突貫する。
私の身体にも数え切れないくらいの弾幕が襲い掛かった。
「コウキ! 無茶しないでください!!」
思わず私の口から苦情が出る。だが、コウキの突撃は止まらない。
おかしい。
私はこの状況に違和感を覚えた。
状況は私達に圧倒的に有利なはず。敵である天使化したトキハちゃんを追い詰め、地上にいる狂った神官達の弾も私達には通じない。私の相棒がここまで決着を急ぐ理由が分からなかった。
「コウキっ!?」
私はもう一度、相棒に向かって叫ぶ。
その時に、私は気付いた。
相棒の首が、祭壇にいる大司教や神官達の方向とは僅かにずれていることに。
私達が追い詰めたトキハちゃんの姿が上空にないことに。
天命の丘の最上段。
十字架に貼り付けられた、ジャーリ伯爵の首に、トキハの凶刃が突きつけられていることに。
私の瞳に、彼女の冷酷な笑顔が映り込む。その笑顔にコウキは気付いていたのだ。
「やめてえええええええええええええええぇぇぇ!!!!」
私は思わず、届きもしない右手を必死に伸ばしながら叫んでいた。
養父様の首に聖槍の刃が食い込む。
次の瞬間。
私は……、最愛の養父を失った。
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