第18話 新しき聖女
明日、もう一話投稿する予定です。
まったり読みつつお待ちください。
護衛の騎士を引き連れたシグルド王を残したまま、私達は空の上から天命の丘へと急行した。近づくにつれ、これまで私達の視界に入っていた松明の灯りが大きくなる。それと共に多数の人影が見えてきたのだ。
その中に数人がかりで巨大な、何かを持つ集団がいる。
「あれは……、十字架?」
「うん。人と同じくらい大きな十字架に……何かが、付いてる。なんだ?」
「何かの儀式用の祭器でしょうか? そこまで大きなモノは覚えがありませんが……」
「うん。もうちょい待って、もう少し近づけば……なんとかっ!?」
私より夜目が効くコウキがいち早く状況を把握してくれる。宝珠竜の五感は私達、人間のソレより遥かに鋭敏なのだ。
私がそんなことを考えていると、コウキがいきなり速度を上げた。
「コウキ。一体何が……って、きゃあああああああああ!?」
あまりの速度に、私は目を開けることすら出来ない。それほどまでの速度を、私の相棒はこの一瞬で叩き出した。
「一体どうしたんですか!?」
身体に襲い掛かる暴風に耐えながら、私は声を張り上げる。少々苦情めいた口調になってしまった私だったが、次のコウキの言葉を頭脳が理解した瞬間。
私の頭の中は、真っ白になった。
「あれはっ! 磔の十字架だ!! あの十字架に、伯爵が! ジャーリ伯爵がっ!!」
コウキの必死の叫び声が、私の右耳から左耳へと通り抜ける。なぜなら、その光景が私の眼にもしっかりと分かるほど近づいていたからだ。
私の視界の先には、無残な拷問の傷跡が残る上半身を曝け出しながら、両手の甲を釘で十字架に打ち付けられた。
――――最愛の養父の姿が映し出されていた。
「どけえええええええぇぇっ!!」
天命の丘。
巨大な竜神像が奉られる祭壇の上空でコウキの怒声が木霊する。コウキのこの軌道、祭壇の最上段に飛び込むつもりだ!
コウキの背中に乗る私は、怯む身体を叱咤しつつも飛び出す姿勢を整えた。先ほどでも分かるようにコウキは着陸が苦手だ。このまま突入すれば、先ほどと同じようなクレーターが祭壇に出来上がる。
そうすれば、磔にされたジャーリ伯爵にまで危害が及びかねない。圧倒的に数で劣っている私達が単独行動をするなど愚の骨頂だ。
それでも私は覚悟を決めて、飛び出す瞬間を待ち構えていた。コウキが激突するその瞬間、ジャーリ伯爵を助け出すのは私の役目だからだ。
しかし、結果として私の予想は裏切られた。
地上の祭壇に衝突する瞬間。
「――ぐっ!?」
コウキの身体に、何かがぶつかった。
それもただの礫の類ではない。私の身長の数倍はありそうな、大岩がぶつかったかのような衝撃だ。だが、そんな大岩なんてあるはずもない。
衝突の瞬間に私が見たのは、宝珠竜の姿となっているコウキにぶつかってきたのは、人影だ。
空中で吹き飛ばされたコウキは、必死で体勢を立て直す。背中に乗っていた私も、振り落とされないようにしがみ付くのがやっとの有様だ。
コウキが翼をはためかせ、必死でその場に留まろうと試みる。
「ッチ……。誰だっ!?」
ようやく体勢を整えたコウキが、舌打ちしながらも激突してきた人影を視界に捉えた。
その姿は、コウキはもちろん私であっても良く知る人のもの。
「安心して良いですよ。エダさん、コウキさん。伯爵はまだ生きていますから」
とても、聞き覚えのある声だった。
「あ、貴方は……」
「お久しぶりですね~、コウキさん。エダさんも元気そうで何よりです」
彼女は以前会った頃と何も変わってはいなかった。
纏うは竜神殿の神官服。艶のある黒髪を肩のあたりで切り揃えたセミロングと、ミズガルズでは珍しい茶色の瞳。
そして、彼女独特のゆったりとした口調。
何もかもが、私の脳裏に浮かぶ温和な彼女そのものだ。
いや。
ただ一つ、以前の彼女と違う箇所を私は見つけた。
それは、彼女の背中から広がる純白の翼。
意外すぎる人物の姿に私達は、声を失った。
「ト……、トキハ?」
「はい。こんな場所で再会するなんて意外でしたねぇ、ヴェルちゃんとケイカさんはお元気ですか?」
彼女はかつて、コウキと共に戦乙女の呪縛から私を解放してくれた恩人。
東の砦の有名冒険者PT[ごちゃ混ぜのノルニル]の回復役。
コウキの冒険者仲間、トキハだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まったくもぅ。あんな勢いで突っ込んできたら、私達だけじゃなくて小父様もふっとんじゃうよ? 考え無しな点で言えば、コウキさんはヴェルちゃんに匹敵してるね」
と穏やかに笑いながら、彼女はその場にいた。
ある一点を除けば、彼女の姿は以前と何も変わらない。
だが、その一点が大問題だ。
「トキハ。……お前、天界の人間だったのか?」
コウキが吐くような声で言葉を紡ぐ。まだ、この現実を受け止めきれないようだ。
「う~~ん。ちょっと違うかな? コウキさんと一緒に冒険していた時は、間違いなく私は人間だったから」
「……人間、だった?」
コトハちゃんの言葉に私達は困惑した。
彼女の言葉を信じるなら彼女はつい最近、天使化したことになる。かつて、革命の折に私達と戦ったシグムント王のように。
「どうしてだ、……どうしてなんだよ! トキハ!!」
コウキが悲痛な叫び声を上げる。彼女は戦乙女エルルに身体を奪われた私の姿を見ている。天界の尖兵となることの危険性は分かっているはずだ。
コウキの叫びを聞いたトキハちゃんは寂しそうにしながらも、口を開いた。
「ごめんね、コウキさん。でも、私は力が欲しかった。この世にはびこる理不尽に耐えうる力が、どうしても。そうしたらね? 以前会った天使様が力をくれたの」
彼女はそう言うと、綺麗に切り揃えられた自身の前髪をたくし上げた。
私とコウキの瞳が限界まで丸くなる。
「竜宝珠……? なんでトキハの額に…」
「いえ、竜宝珠ではありません。あれは、戦乙女の証。聖宝珠です!」
天界の神々が地上に降臨する際、下界の環境に適当するために宝珠竜へと変化する。私が以前、堕天竜ミドガルズオルムより教えてもらった知識だ。竜宝珠とは、堕天した竜の聖宝珠が赤く染まることによって発現する。
そして竜以外の生物が聖宝珠を持ちうるケースは、天上天下においてただ一例しか存在しない。
天界の神々の恩恵によって、聖宝珠を分け与えられた聖女。
戦乙女と呼ばれる神々から祝福を受けた9人の娘しか、存在しないのだ。
かつての仲間の変貌に驚く私達に、戦乙女と化したオトハはニッコリと微笑んだ。
「コウキさんと一緒にした冒険は楽しかったよ? でもね、それぐらいじゃ世界は何も変わらない。貧困にあえぐ人も、寒さに凍える人も、理不尽な暴力にふるえる人も居なくなったりしない。じゃあ、どうしようか?」
私達は人を超越した力を手に入れた。私は戦乙女の身体と能力を、コウキは神々の化身たる宝珠竜の権能を。
だからと言って、私達にできることなんてたかが知れている。今の私達に救えるのはごく身近にいる親しい人達だけだと、私は侯爵邸で思い知ったばかり。
世界を救済するなんて、そんな大それた偉業は、人としての分を超えた行為なのだと。
「……」
トキハちゃんの言葉に、私達は沈黙をもって答えた。
「私はね、気付いたんだ。この地上に存在する力じゃ、どうにもならない。……なら、天上の御力を授かる他ないってね?」
トキハちゃんはそう言うと、自分の右手から聖槍を顕現した。私と同じ、[武器創造の奇跡]だ。
聖槍を構えたその笑みは、もはや私達の知る温厚で優しい少女のものではない。
私は覚悟を決めざるをえなかった。
このままじゃ……、やられる!
「じゃあ、まずは。……力比べといこっか」
まるで散歩にでも行くかのような言葉と同時に、トキハの翼が大きく羽ばたいた。それと同時に、彼女の身体に聖気が立ち上る。
戦乙女の、戦闘開始の合図だ。
コウキが叫ぶ。
「やめろっ! お前となんか戦いたくない!!」
それでも、彼女は止まらない。
「コウキ、覚悟を。今の彼女は話し合いでは止まりません!」
「……。くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
コウキの叫びをあざ笑うかのように、トキハちゃんは聖槍を手にし、
私達に向けて、襲い掛かってきた。
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