第17話 因縁の決着
お待たせしました。第17話をお送り致します。
このお盆休み中に、なんとか第一章を完結させたいのでもう少々お付き合いください。
(第二章もありますけどね^^;)
この場を照らす光と呼べるものは、私達の頭上を照らす月明かりと彼らが持つ松明のみだった。
だからといって戦乙女である私と、優れた五感を持つコウキに気付かれずに、目の前に立っているこの男の実力は計り知れない。
彼の今の姿は、以前の放浪の戦士だった時代とは似ても似つかない。動きやすさ重視で愛用していた皮鎧姿も今は昔。この暗がりでも黒光りするような、漆黒の全身鎧を身に纏っていた。
それと同化するようでいて、それでも存在感を放つのは彼の右手に握られた魔剣グラム。幅広の刀身は闇夜の黒に包まれ、掘り込まれた古代文字が赤い血流のように怪しく光り輝いている。何よりも鍔の中央に鎮座する巨大な金剛石が、この剣が神代より伝わりし魔剣なのだということを示していた。
「シグルド王」
「シグさん?」
「――久しいな、二人とも」
久しぶりの第一声を発した彼の言葉は、意外にも再会を懐かしむような穏やかな声だった。
彼の後ろにいる護衛の兵士を止めると、彼は単身で私達の前に一歩を踏み出す。
「まったくお前達と来たら、何時いかなる時も騒動の中心にいるのだな」
その溜息交じりの苦笑に、私達は言葉を返すことができなかった。今ではミズガルズ国王の地位についている彼が、今の私達にとって敵か味方か判断できなかったからだ。
普通に考えるならば今のシグルド王が私達の味方であるとは考えにくい。その原因は他の誰でもない私自身だ。
彼は、シグルド王は。
――私の未熟さゆえに、父王を失ったのだから。
「……コウキ。ここで待っていてくれますか?」
私は相棒の背から飛び降りると、鱗に覆われた頬に触れながら決意を固める。
「だいじょうぶ?」
コウキのギョロっとした瞳に半分ほど目蓋が降りてきた。他人から見ると睨んでいるようにも見えなくもないが、これは私を心配してくれている表情だ。この世界にコウキが来てから一番長い時間を過ごしている私には解る。
「ええ、これは私の責任。私が乗り越えなければならない試練の地でもあるのですから」
そう言って、コウキに微笑みかける。
「エダはいつもそんな感じに自分だけで背負い込むよね。もうちょっと相棒を頼ってくれても良いと思うんだけど?」
どうやら信頼されていないように感じてしまったらしく、すねているらしい。
「大丈夫ですよ。危なそうだったら、コウキが空から私を掻っ攫ってください」
そう私が微笑みながら言い返すと、コウキはしばらく目蓋を閉じ……そしてパッチリと瞳を見開いた。
「了解……。まったく、世話のやける相棒だよ」
「ごめんなさい……。でもそれは、お互い様です」
二人で軽く苦笑したのち、私は視線を前へと向けた。
ここを乗り越えなければ、私はこの先の未来を歩めない。この愛らしい相棒との明るい未来を、私の手で掴み取るのだ。
ゆっくりと、足を進める。
私の歩みに合わせて、シグルド王もと歩を進め始めた。
最初はゆっくりと、徐々に歩が速まり、一足飛びの間合いにお互いが入った瞬間。
私達の足が、大地を蹴った。
正に一瞬。
私の聖剣バルムンクが、シグルド王の魔剣グラムが。お互いの首筋へと渾身の斬撃を抜き放つ。
白金の軌跡と漆黒の軌跡が交差した。
一瞬、お互いの剣が交わり、キィンッという鳴き声が闇夜に響き渡る。
剣撃の風圧で周囲に土埃が舞い散ったのち、私達の短すぎる決戦は終止符を告げた。
無音の静寂が、その場を支配する。
先に口火を切ったのは私の方だった。
「……なぜ、斬らないのですか?」
「……エダ殿こそ。聖剣バルムンクを持ってすれば俺の首を跳ねることなど容易いだろうに」
お互いの首筋に、一滴の血が垂れた。
「私は、……親の仇なのですよ?」
私とシグルド王の眼光が交差する。
だが、彼の答えは私の予想を裏切るものだった。
「俺は、……そうは考えていない。忘れたか? 俺は、エダ殿の中に潜む戦乙女と剣を交えた男だぞ」
彼の言葉は前回の天命の丘での事件を示していた。忘れるはずもない、私が始めて戦乙女として覚醒した。あの時だ。あの時の私は身体の自由を完全に戦乙女エルルに奪われていた。私はただ、身体の中で泣き叫ぶ他なかったのだ。
「一人の少女も救えずして、何が王か」
「ですが……、けどっ!」
「見くびってもらっては困る。俺はもちろん、親父殿もな」
私が直も反論しようとした声を、彼はさえぎった。
「俺はミズガルズ王国の王族だ。……今となっては国王だ。その職務は国を、民を、ミズガルズ大陸に生きるすべての者の平穏を守る守護者となることだ。
――――それはエダ殿も、例外ではない」
人間族という生き物は感情にひどく左右されやすい生き物だ。たとえ理性で分かっていても、感情が納まらない限り衝動を抑えきれない。
これまでの間、私は数多くの激情を抑制できずに解き放ってきた。そんな事件のたびに、相棒に、家族に、あるいは戦友に救われてきた。
その意味では私の前に立つ王も、間違いなく私の戦友だ。
この大陸で二人だけの、神からの啓示を受けた――――戦友。
私は救済の啓示を、シグルド王は破滅の啓示を。
なぜこうも正反対の啓示を神は私と彼に託されたのか。私達に啓示を示した神が敵なのか、それとも味方なのか。それは天界へと登らない限り、誰にも分からない。
ならば。
己の信じる道を、進む他ないではないか。
「まったく貴方と言う王は……、いずれヴァルハラへ帰還した時に父王からお説教を貰いますよ?」
「それこそ望むところ。父王がなし得なかった大陸の平穏、ヴァルハラへの土産に丁度いい。さぞ、悔しがる親父殿の顔が見られるに違いない」
そう言うと、シグルド王は笑った。
私達はお互いの首筋に当てた剣を離し、腰の鞘へと戻す。もはや私にも、彼にも戦意はなかった。まあ、初めから無かったという気もするが。
もし彼が本気なら、私の首などすでに空を飛んでいるはずだ。何故ならば、ミズガルズ大陸最強の剣士、英雄王シグルドは今、私の目の前にいるのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、必要な儀式ではあったとは言え時を無駄にしてしまった。……急ぐぞ」
先ほどまで笑顔だった彼が、真剣な面構えに戻る。それは私達とてそうだ。私達がこの天命の丘へ来た目的は、シグルド王との決着をつけるためではない。
「あの松明の群れはやはり、――死の行進ですか?」
死の行進――。罪人を、天界へと浄化させるための、浄化の儀式。
「まず、間違いない。俺とて部下の報告を聞いて飛び出してきたのだ。大司教め、何度暴走すれば気が済むのか」
彼の言う大司教とは、やはりあの人か。
「大司教モーズ様……ですか?」
「……」
私の言葉にシグルド王は沈黙をもって答えた。
大司教モーズとは大神殿の責任者として以前、実権を握っていた人物だ。
私の前でコウキを無理矢理拘束し、暴走させた張本人として更迭されたと以前、殿下だったシグルド王に聞いたことがある。
それ以来、接点がまるで無かった私達は今現在の大司教の情報などまるで持っていなかった。
「あの一件。コウキ殿が暴走した一件以降、大司教モーズは蟄居を親父殿から命じられていた。当初こそ、大人しくしていたらしいのだがな。裏で神殿関係者と連絡を取り合っていたらしい」
そこまでは私も知っている。問題はその後だ。
「奴は、……モーズは。何やら新しい[聖女]を擁立した新教団で教主に納まり、暗躍しているらしいのだ」
その時に私は気付いた。私とコウキが上空から見た松明の灯りは、シグルド王のものではない。
明らかに松明の数が少ないのだ。
それに思い立った瞬間、天命の丘の方角を仰ぎ見た。
それまでゆっくりと移動していた松明の灯りが、ピタッと止まっている。それは彼らが目的地に到着したことを示していた。
私の後方にいたコウキも事実に気付いた。
その場で大きく羽根を広げ、豪快に羽ばたかせ始める。そして、私の血から得た聖気を身体中に纏い始めた。これはコウキの飛行準備だ。
「エダッ!」
「……コウキ?」
私の後方でコウキが叫ぶ。その声は今までに無いほどの緊迫感に包まれていた。
「今気付いたんだ! あの松明の中に、懐かしい臭いがある!!あれは、あれは……!!」
その言葉を聞いた瞬間、私はシグルド王に背を向けるとコウキの背に飛び乗った。
慌てた様子で、シグルド王が忠告してくる。
「待てっ、二人だけでは危険だ!」
「貴方達は後から追ってきてください! 私達だけで先行します!」
私の声と同時にコウキの足が地面を離れた。そのまま上昇を続け、天命の丘へ首を向ける。十分な高さを確保したコウキは羽根を精一杯広げたまま動きを止め、滑空体勢に入った。
「コウキ! 急いで!!」
「合点、承知!!」
再び、私の身体に突風が襲い掛かった。だが、今の私にはそんなものを気にする余裕もない。私の頭の中ではジャーリ伯爵の事だけが駆け巡っていた。
(おじ様、……とうさま! どうか、……どうかご無事で!!)
だから、コウキの呟きも私の耳に入らなかったのだ。
俺の良く知っている臭いが、二つある――――と。
最後までお読みくださりありがとうございました。
明日、明後日と投稿予定ですのでお付き合いのほどお願い致します。




