第14話 血の盟約
やっと、やっと第一章のラストへ突入していきます。
あと数話で新天地の物語である第二章へ移行する予定ですので、もう少々お付き合いください。
「さて、問題はこれかどうするか……ですね」
私はテーブルに両肘を付きつつも、手の平で自分の両顎を支えながら呟いた。
「どうするかって、ジャーリ伯爵を救出しなきゃ!」
私の隣の席に座るコウキから、ごく当然の意見が飛んでくる。
うん。それはそうなんだけど……。
「それはもちろん。でもケイカさんからの情報によると伯爵が拘束されている場所は、あの大神殿の地下牢獄なんですよね……。経験者からの意見はありますか?」
「経験者って……。俺もいつの間にか投獄されていたってクチだから、詳しい間取りとかは分からないぞ? それに脱出した時は冷静じゃなかったからなあ。マリーさんは? 何か秘密の脱出口とか知りません?」
私達の目線がテーブルの対面に据わるシスター長に集まった。
「あっちは竜神教の大神殿の管轄だからねえ。犯罪者以外は、よっぽど高位の神官じゃなきゃ入り込んだことさえないだろうね」
「「ううぅ~~ん」」
屋敷の皆には夜のお勤めが終わり、侯爵は寝てしまったと伝えていた。自由の身となった私達は、今後の作戦について自室で話し込んでいる。
何と言っても、ケイカさんからの手紙だけではあまりにも情報が少ない。時間がないのは確かなのだけど、だからといって無謀な行動に出ることは避けたかった。何と言ってもジャーリ伯爵の命がかかっているのだ。
だが、これから行動するならば人々が目覚め、動き出す夜明けまではまだまだ猶予はある。行動を開始するなら今なのも確かだった。
「そうなると、竜神殿の結界をぶった斬ったのは時期尚早だったかも……?」
あれだけの広範囲にわたる結界だ、おそらくはかなりの人数の神官が関わっていたはず。結界を破られた衝撃は術者にも伝わっているのは間違いない。
「そりゃしょうがないさね。そうしなきゃ、コウは今でもスキモノ侯爵へのお供え物のまんまだ。そりゃ、さすがに可愛そうだわね」
マリーさんのフォローにコウキは何度も頷いた。私が聖剣バルムンクでコウキを解放しなければ、今でも拘束されたままだったに違いない。
「アンタ、前に持ってた翼はどうしたんだい?」
マリーさんが私にたずねる。たしかに空を飛べるなら大神殿への侵入も楽になる。作戦の幅も広がるだろう。だけど――。
「残念ですけど、あの時の翼は私の物じゃないんです。私の中に潜んでいた、戦乙女エルルがマリーさんを助け出すために貸し出した幻影の翼……」
それは、彼女が私に王殺しの烙印を押すための布石にすぎなかった。それを成した今、私の背に翼はない。
「今はどうなんだ?まだエダの身体の中に潜んでるのか?」
「……いない、ように思えます。あの時、私の背中を支配していた気配は感じられませんから。……ですが油断はできません」
「下界の人間ぶぜいに天界の神様方の思惑なんぞ分かるワケないわねえ。なにか対策できないもんなのかい?」
私はマリーさんの問いに沈黙をもって答えた。対策なんて私が教えてほしいくらいなのだ。今の私は、いや今でも私は親愛する皆を傷つけてしまいかねない存在でいる。それでも、そんな私にも守るべき家族と相棒がいるのだ。ここで足を止めるわけにはいかない。
そんな決意を声に出そうとした時、コウキの耳が何かを捉えた。
「……まった。何か外が騒がしい。これは、鎧の金属音?――マズイかも、もう気付かれた?」
「えっ、嘘!?」
あまりにも早い事態の推移に慌てる私とコウキ。そんな私達に比べてマリーさんは冷静だった。どうやら何かに気付いたようだ。
「やっぱり……。神殿の結界を聖剣でぶち破ったのがいけなかったみたいだね。……ハァ」
マリーさんのジト目が私に襲い掛かる。
「だって、だって! バルムンク振ってみろって言ったのマリーさんだもん!」
「だもんって、子供かいアンタは……。一回ソレで戦った経験があるんだろ!? それぐらい把握しておきな!このバカ娘!!」
「なにそれっ! マリーさんこそシグルド王から託されたんでしょ? 責任取ってよ!!」
昔のように大声を張り上げながら親子喧嘩を巻き起こす。これまでの私は自分への規律に凝り固まっていたのかもしれない。こんなにマリーさんと言い合ったのも何年ぶりだろうか。なんだか昔の子供時代に戻ったようで無性に楽しかった。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? どうする? かなりの人数の騎士がこの屋敷を包囲してるぞ」
そんな私達の親子喧嘩を止めたのはもちろんコウキだった。苦笑いを浮かべながら見守ってくれている彼女の顔は、とても嬉しそうだ。
「アタシのことなら心配いらないよ。さっき色ボケ侯爵にも言っただろ? この国の貴族はアタシ等に無理できないって。だけど問題は……」
マリーさんが最悪の事態は回避できると保証してくれる。
だけど……。
「たとえ命を取られなくても拘束される危険性はあります。それではジャーリ伯爵を救出にいけません」
「かといって、屋敷を包囲しているのは普通の騎士達だ。危害を加えたくはないかな」
そう。今屋敷の周囲を警戒しているのは自分の職務に忠実な騎士達だ。王城内であんな爆発音が起これば何かあったかと動くのは当然。そんな自分の職務に忠実な人達に危害は加えたくない。
「……私が説得して、道を空けさせましょうか? おそらく外で包囲している連中は顔見知りのはずです」
「それじゃ時間が掛かり過ぎさね。アンタが騎士団長だっていうなら別だけどね」
部屋の隅で私達の会話を聞いていた騎士フィンが、遠慮がちに口を開いた。ありがたい意見ではあるけど、それでは時間がかかりすぎるとマリーさんが指摘する。
「……仕方ありませんね、こうなれば奥の手です。 ――地上がダメならば、空から行きます!」
私はそう宣言して、席を立った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マリーさんと騎士フィンに事情を話した私はコウキを連れて自室に戻っていた。なぜなら騎士フィンはもちろん、母親代わりであるマリーさんにも余り見せたくなかったからだ。
もちろん作戦自体は相談済みだ。私の提案にマリーさんはゆっくり頷くと、背中を叩いて送り出してくれた。
「なら、元気よく行ってきな! 大丈夫、こっちの心配は要らないよ。後々、合流する算段はつけてるからね!」
後々の算段というのはよく分からなかったけれど、マリーさんがそこまで言うのなら大丈夫だと思う。機密防衛神官[ギュルヴィ]というマリーさんの役職も気になるけれど、まだ私達にはやる事がのこっていた。
私は自分用にあてがわれた私室にコウキを招き入れると、ドアのカギを閉めた。
「エダ……。なんで部屋のカギを閉めるの……?」
そんなことは決まっている。多分、今の私の顔は真っ赤になっているだろうし、この先の行為で更に赤くなるかもしれない。これから行なう行為を他の人に見られたくないからだ。
ゆっくりとコウキへ向き直った私は、自分の胸へ手を伸ばした。うつむきながら、ゆっくりと前で結ばれた執事服のヒモをほどいてゆく。本当に顔から湯気が出そうなほど熱くなっているのを自覚していた。
「ちょっ、エダさん!? 一体何をしようと……」
コウキは女性。同姓同士だから恥ずかしくない……。恥ずかしくないったら、恥ずかしくない!
私は時分自身に何度も言い聞かせる。
そもそも、私の肌なんて最初に出会った荒廃の島ですでにバッチリ見られているじゃない! そんな余計な思い出を頭の隅から引っ張り出したら、更に顔が熱くなった。
「コウキ……。血を、私の血を吸って下さい」
私は、コウキに一歩近づき、嘆願した。
今着ている執事服をはだけさせ、胸元を露出させる。正確には右側の首筋をあらわしたのだが、どっちでも良い。
「えっと、あの……その……」
私ほどでは無いにしろ、コウキの顔にも赤味が増していた。顔を真っ赤にして、ぷるぷると震えているみたい。そんな可愛い顔を見ていたら、こちらが我慢できなくなりそうになる。
コウキから動く気配はない。ならば私からいくしかないでしょう!?
自分が妙な興奮状態におちいっているのは自覚している。けど、こんな顔のコウキを前にして、私の理性は崩壊を抑えきれずにいた。
私は自分の胸元をはだけさせたまま、コウキに近づく。
私が一歩近づくと、コウキも同じように一歩後ずさった。
ふふ、もう後がありませんよ?
コウキの背中に部屋の壁が密着した。
「さあ、観念してください。コウキ」
「えっ、エダ?」
「私だって恥ずかしいのですよ? ですがコウキの力を取り戻すためです」
コウキを抱き締めながら耳に向かってささやく。私とコウキでは、頭一つ分も彼女の方が背丈が高いので顔を鎮めると丁度いい。何が丁度いいって彼女の胸元に私の顔がぴったり収まるのだ。
「以前。ユミルの街の大将の食堂でウエイトレスをしていた時、コウキは私を求めてくれましたよね?」
「いいかたっ! 言い方が変!?」
「あの時も私、びっくりはしましたけど嫌ではありませんでしたよ?」
「だから、いいかたぁ!?」
私の後ろでコウキの手が行く場をなくしてうろうろしている。これくらいにしてあげましょうか。からかっている私も一杯一杯ですしね。
「ごめんなさい、ちょっとからかいすぎました。でも、コウキ。この状況を打破するには、コウキの力が必要なんです」
「……それはわかってる。でも、なんていうか、勘なんだけど。以前の地の守護竜様からもらった竜宝珠を取り込んだ時とは違う気がする」
コウキは顔を真っ赤にしながらも、事態を冷静に見れているみたい。
「うまく言えないんだけど、守護竜様とエダの力は……別物だから」
「……はい。それは私も思います。私の、覚醒した戦乙女の血の力が、コウキの身体にどんな影響を及ぼすか。正直、賭けの部分が大きい」
本当なら、もっと余裕がある時に検証しておけば良かった。だけど今は時間がない。
「私を信じて下さい」
「……エダ」
「今まで情けない場所ばかり見せてきましたけど、……でも! 私はいつまでもコウキの傍にいます。居たいです、それだけは本当ですから」
今更、言葉を覆い隠す必要もない。まだ出会って数ヶ月の私達だけど、これは私の自分に対する誓いだった。
コウキの顔から赤らみが消えた。お互いの瞳をじっと見つめ続ける。時間にするならば短い時間なのだろうが、とてつもなく長く感じたその時間はコウキの口から紡がれた言葉によって終わりを告げた。
「――わかった。俺もエダを信じるよ。また俺が暴れだしたりしたら、今度はしっかり止めてくれよ?」
「この剣と、私の信念に誓って――」
コウキの手が私の両肩を掴み、一度ゆっくりと離れる。唇の間から覗くコウキの犬歯が大きく、鋭く変化していた。
なぜだろう。凶器ともいえるその牙が今は、とても愛おしく感じる。
コウキの顔がゆっくりと下がり、私の首筋へ。
「……いくよ」
「はい、どうぞ、私の血を。 吸って下さい。私を、信じて――――――――」
その瞬間。
エディル侯爵の屋敷から、戦乙女の象徴たる白銀の閃光が柱となって天へ昇った。
これこそ、新たな宝珠竜誕生の瞬間。
私達の新たな門出だった。
遅まきながら総合評価100pt達成しました!
これもこんな駄文を読み続けてくださる読者さまのお陰です。
今後ともよろしくお願いします。




