第13話 復活の白光
お待たせ致しました、週末いつもの投稿です。今週は一話だけ……。
頭とプロットには物語が出来ているのに、いざ書くと脱線しちゃうんですよねえ。。。(笑
「いい加減にしな。……あたしゃ、いい加減、堪忍袋の尾がきれたよ!!」
その場で崩れ落ちた騎士フィンの前に立った私の養母は、彼の首筋に振り下ろされかけた凶器を払いのけて、そう言い放った。
周囲にエディル侯爵の剣によって斬られたマリーさんの黒い髪が舞い上がる。マリーさんにとっても咄嗟の行動だったので完全に剣撃を反らしきれなかったのだ。
私はその光景を寿命が縮まる思いで見つめていた。
「マリーさん!」
「騒ぐんじゃないよ! 大丈夫、ちょいと掠っただけさね」
エディル侯爵の前に立ちはだかるマリーさん。メイド服の肩口が破れ、赤い血が滲む。その光景を前に、私は悲鳴をあげた。だが肩で息を継ぐエディル侯爵とは対照的に、当のマリーさんは落ち着いたものだった。
「……このシスターぶぜいが、この俺にあらがう気か!?」
再び剣を正眼に構えドスのきいた声で威圧する。そんなエディル侯爵の前に立ったマリーさんは更に一歩を踏み出した。もはや密着するかのような距離で見上げている。
「ずいぶんと威勢がいいけどね、アンタに私が殺せるのかい? いや、ここにいるアタシら全員、アンタは殺せない。……図星だろ」
「――ぐっ!」
侯爵がその気ならマリーさんの首が飛んでしまうような間合いだ。
だが、マリーさんの言葉は的を射ていたらしい。これほどの距離であってもエディル侯爵の剣は動かない。ただ、獣のような唸り声で睨みつけるのみだ。
あまりに想定外な状況に私とコウキの顔は驚きのまま、表情を変えられずにいた。一体何が起こったのだろうか? まるで頭がついてこない。そんな私達にマリーさんの声が降りかかる。
「いい加減、頭を冷しな。このバカ娘! ……よく考えれば分かることだよ。この男はなぜ、この段階に来てまでアタシ等を生かしておいたのか。新王派への駒になるから生かしといてやる? 違うね。貴族派にとってもワタシ等は絶対に外せない切り札なのさ!」
再び侯爵の顔を見上げたマリーさんは不敵な表情で微笑した。
「貴族派にとってもアタシ等は、絶対に失えない、希望だった。だからこそアタシ等を処分して英雄になるより、傀儡として利用するように貴族派の公爵に命令されている。……どうだい? だいたい合ってるだろ?」
マリーさんの推理、いや真実は的確に的を射ていたらしい。マリーさんの前で剣を構えながら唸り、動けずにいる。
「女、なぜそこまで知っている!? 貴様、何者だ!?」
マリーさんに向かって吼える侯爵。親の仇を見るかのようにマリーさんを睨みつける侯爵がふと、マリーさんの顔で何かに気付いた。
「貴様、……貴様、まさか! 王直属の機密防衛神官[ギュルヴィ]の者か!?」
「おっ、さすがは腐っても侯爵の地位に居るだけのことはあるね。人相や規模はおろか、存在自体が部外秘の機関なんだけどねぇ」
と、良いながら自分の身嗜みを整えるマリーさん。さりげなく右手を左肩に当てると、瞬く間に淡い白光が自らの裂傷をふさいでしまった。治癒の奇跡自体はそこまで高度な奇跡ではないが、驚くべきは奇跡の発現速度だ。
「……機密防衛神官? 一体、何を……」
私の呟きに答える前に、マリーさんは自分の後ろで膝をつく騎士フィンに声をかけた。
「騎士フィン。ミズガルズ国王シグルドの名において命ずるよ、この先の会話は貴殿にとって無用の知識だ。この部屋から今すぐに退出しな」
「マリー殿、しかし私は……」
「聞こえなかったのかい!? アタシは今[王の名において]と言った。その意味を知らんアンタじゃないだろ!!」
「はっ、はい!」
マリーさんの大喝によってようやく正気に戻った騎士フィンだったが、そんな彼にもう一方からの命令が飛来する。
「この女を殺せ!」
こんな命令をするような人間はこの部屋に一人しかいない。動揺する騎士フィンに対して、口に泡を浮かべながら狂ったように声を張り上げる侯爵がそこにいた。
「侯爵閣下、……しかし」
「この女は王の名を勝手に使った大罪人だ!! 貴様、大恩あるオレとその女、どちらを信じるというのだ! この愚か者め!!」
その顔にはもはや狂気という感情しか残っていない。
「裏切るならば、病床に就く貴様の母親もろとも容赦はせんぞ! 殺せ!! 殺すのだ!!!」
両者の命令で、板ばさみとなってしまい動けずにいる騎士フィンがそこにいた。彼の胸の内で、正義と家族との愛がせめぎ合う。剣をもつ手は今も剣を支えているのが不思議なほど震えていた。
「アタシは無理強いしないよ。アンタの運命は、アンタ自身が選ぶんだ。そうすりゃ、竜神様は人に、あらゆる勇気を与えてくださると……アタシは信じてるんだよ」
「マリー殿……」
マリーさんの言葉で彼の剣がわずかに下へ降りた。それは殺意の無い証。彼は彼の中の正義に殉じようと決断したのだ。だがそれは、あの男の狂気があふれ出すキッカケともなる。
「こ、……の。役立たずがあああああああああああああ!!!」
侯爵の剣が、マリーさんをかばうフィン殿へと振り下ろされる。自らの決意を固めた彼はマリーさんの前へと立ちはだかった。私の養母を守る為、自ら凶刃の前に立つ。その顔はどこか晴れやかで、笑っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アンタの運命は、アンタ自身が選ぶんだ」
マリーさんが騎士フィンに言った言葉は、私の胸にも深く、深く突き刺さった。今、彼は自分の騎士道を貫き通すと誓ったのだ。たとえ、周りの人間に迷惑をかけることになろうとも。
対して私はどうだろう。
戴冠式のあの日以来、私は周囲の声ばかりを気に病んでいた。私のせいで囚われの身になったジャーリ伯爵。私のせいで殺されそうになっているシスター長。そして私のせいで共犯者となってしまったコウキ。
私の人生は他人を幸福にするためにあった。それが正義で、それが巫女たる自分の人生で、私の宿命だと信じていたから。けれど、運命は私を順風満帆に受け入れてはくれなかった。自らの出自の秘密、天界の戦乙女としての私と人間としての私。一体どちらが本物の私なのだろう?最近はそんなことばかりを思い悩み、苦しんでいた。
なら本当の私って何なのだろう? 私は何を成したいのだろう? 今更になって自問自答してみる。
啓示で受けた最終戦争を止めること? 戦乙女の手から故郷を守ること?
なんだそれは。私は英雄にでもなろうとしていたのか?
こんな戦乱の世で英雄になろうとする人間は[竜騎士の楽園]行きの馬が待ち受けると誰もが理解している。
人間一人ができることなんて、たかがしれている。なら私は私にできることを、精一杯やるしかない。
ジャーリ伯爵を救出し、コウキやマリーさんと一緒にユミルの町に帰るのだ。今救うべきは世界ではなく、国や街ではなく、たった三人だけでいい。
そう、今は、それだけでいい!
「こ、……の。役立たずがあああああああああああああ!!!」
マリーさんを守ろうと身体を投げ出した騎士フィンを斬り捨てようと、エディル侯爵が勢いよく剣を振り上げた。だがもはや、私がそんな暴虐を許せるわけもない。ちょうど真後ろのベッドにいた私は戦乙女の身体能力を活かして飛び出した。後ろから片手で侯爵の振りかぶった剣先を素手で掴む。普通の人間がこんなことをしようものなら右手の指すべてが飛んでいただろう。
だが――――!
「それ以上の狼藉は許しません」
顔を真っ赤に充血させた侯爵がこちらに振り向いたのち、ありえないモノを見たかのように私の身体を凝視した。
「き、キサマ。なぜ結界の中で奇跡が使える!?」
そう、私の身体から王城内では結界で使えないはずの戦乙女の聖気が、僅かながら立ち上っていたのだ。
「竜神殿の結果の効力はいまだこの身に降り注いでいますが、一つ勘違いをしているようですね。外で使えないのならば……この身の中で使えは良いだけのこと!」
剣を掴んだ私の右手からは、赤い血が刃を伝って流れていた。当たり前なのだけど、私の身体に人間の血がちゃんと流れている証拠のようで妙に安心する。
「エダっ!」
「大丈夫。心配無用ですコウキ。侯爵の剣が斬っているのは私の皮一枚だけ、それ以上の傷を負わせられません。どうやらこの男、地位の高さに胡坐をかいてまともな修練もしていないようです。こんな男の剣に、私は負けません!」
「おっ、おのれぇ――!」
剣を力ずくで取り替えそうとする侯爵の力を横に受け流し、関節を決める。手首の稼動域以上の力を横に加えれば、素人同然の人間などこんなものだ。堪え切れなかった侯爵は、アッサリと剣を手放してしまった。
「少し、眠りなさい」
そのまま、剣の柄で侯爵のみぞおちへ一突き。
「グッ――!?」
みずから戦場の前線に立ったことも無い男など私の敵ではない。一応重症にならぬよう手加減はしたのだけど、吹っ飛ぶように壁に激突した侯爵はそのまま意識を失った。
私はすぐさまマリーさんの元へ駆け寄る。
「マリーさん、ご無事ですか!?」
「ああ、おかげさんでね。まったくアタシももう若くないんだからコキ使わないでほしいねぇ」
マリーさんに怪我がないのは分かっていたけど、そう問わずにはいられなかった。
「……ごめんなさい」
反射的に謝ってしまう。私のせいでマリーさんは来たくもない王都へ来るハメになり、こんな窮地におちいった事実は間違いないからだ。だが、マリーさんの愚痴がこぼれた理由は私ではなかった。
「ああ、アンタに言ったんじゃないんだよ。あのシグルドの坊ちゃんにさ」
「シグルド王が、マリーさんを?」
「ああ、先代からの頼みで続けてやってるってのに使い方に容赦がないんだよ。まったく」
そういえば先ほどのマリーさんの言葉には、一介の竜神殿の責任者以上の立場を匂わせていた。たしか、機密防衛神官? 私にはまったく聞き覚えのない役職だ。
「あ、あの……」
「詳しい話は後さね。それよりも、力を取り戻したんだね?」
ここで言うマリーさんの力とは、間違いなく私の聖気の件だろう。
「はい。あの戴冠式以来、私自身が封じてしまっていた力でしたが、ようやく」
今の私にもう迷いはなかった。私に世界を救うなんて大それた力はない。出来るのは、身近にいる人達の幸福を守る。それだけだ。
私の顔をみたマリーさんは「フンッ」と一つ鼻を鳴らすと、首から何やら首飾りのようなものを取り出した。それをそのまま私に放り投げてくる。
「シグルドの坊ちゃんからの預かり者だよ!」
「はっ、はい!? あっとっと……」
突然、マリーさんから投げられた首飾りを私は慌ててキャッチする。十字架にも見えた首飾りは、剣の形をしていた。そして、大きさこそアクセサリーサイズだが私にはその剣に見覚えがあったのだ。
「これは、……聖剣バルムンク?」
「ああ、アンタが立ち直ったら渡してほしいってね。坊ちゃんから託されていたのさ。……力を籠めてみな」
といっても私の聖気は今だ、身体の中でしか発現できていない。身体からもれ出た聖気は神殿の結界の影響で霧散してしまっている。どうすれば、……あ、そうだ!
「……うっ!」
一つの天啓を授かった私は首飾りとなった聖剣の剣先を、右手の傷口に差し込んだ。
これなら……!
そんな、私の予想は的中していた。首飾りのミニチュアと化していた聖剣バルムンクに私の血が垂れ落ち、元の長剣へと黄金の光を放ちながら変形する。久しぶりの聖剣は、私のことを確かめるかのように右手へ納まった。
「思いっきり振ってみな。アンタは勘違いしていたみたいだけど、聖剣バルムンクは下界のあらゆる存在を切断する[破樹]。それは何も物だけじゃない」
マリーさんの指示通り聖剣を上段に構えると、手の平の傷口から聖剣の柄へ聖気を送り込み、思いっきり振り下ろした。
「えええええええぇっい!」
私のふるった聖剣バルムンクは、部屋の空気を斬った。何も目標物がないままに剣を振り下ろしたのだから素振り同然の行為だ。
ただ、何もない空間で放ったはずの一撃に私は妙な手ごたえを感じていた。まるで雲を斬ったかのような、または雪を斬ったかのような、もしくは天を斬ったかのような。
その瞬間。
私達を抑えつけていた神殿の結界が、パアァン!という破裂音を王都中に響かせながら、消滅した。それと同時に私の身体の中で抑圧されていた聖気が噴きだす。私は久しぶりの感触に涙が出そうなほどの安心感を得て、思わず両腕で自分の胸を抱き締めながら呟いた。
「――やっと、やっと、戻った!」
感涙に浸る私を、マリーさんが温かい目で見守っていてくれている。やっと、やっとこれで戦える。私を信じてくれる家族のために、私が救いたいと願う人達のために……!
と、
「……エダぁ~?」
感動に打ち震えていた私の後方で、なんとも情けない声が聞こえてきた。私はそれで、自分の相棒の境遇を思い出したのだ。
い、いけない。コウキがまだ拘束されたままでした!
「早くこの拘束具、なんとかして……」
「ご、ごめんなさい! 今、外しますからね……。あれ、あれ?」
「無理だよ。これ、俺の力でもビクともしないんだよ。普通の鉄の鎖くらいなら引きちぎれるんだけどさ……」
慌ててコウキの座るベッドへ行き鎖を引きちぎろうとした私だったが、拘束具の鎖は重い金属音を鳴らすだけでヒビが入る気配すらない。そもそも宝珠竜のコウキを拘束する時点で普通の鉄では役不足だ。
「ああ、こりゃ普通の鋼じゃないね」
マリーさんも私の横から顔をのぞかせてつぶやいた。それと同時に私の方へ顔を向けてニヤリと笑った。厚さ三センチはあるだろうか、コウキの両手首、両足首を囲った拘束具は短い鎖で繋がっており怪しい存在感を放っていた。
だが例えどんな金属であろうとも、この地上で作られた物質であり限りは今の私には問題にもならない。
「コウキ、両手を前に。そのまま動かさないでくださいね」
そう伝えると、私は腰に戻していた聖剣バルムンクを再び抜き放った。身体中の聖気を、聖剣に集中させる。私はとくに力を入れることもなく、ただただ聖剣の自重に任せるようにして斬りつけた
一閃、二閃、三閃。
鋼鉄の拘束具と聖剣の接触に音は無かった。両手の間に伸びる鎖から、右手、左手の拘束具まで。コウキの肌に傷をつけないよう慎重に。
コウキを縛っていた枷はあっさりと床へ落ちた。次は両足の拘束具だ。
「今度はベットに腰を下ろして。両足をこちらに出してくださいね」
「えっ?」
「えっ?」
私は当然の指示を出したつもりなのだけど、当のコウキは何やらやりにくい空気をかもしだしている。
「エダ、それはちょっと。……恥ずかしい」
確かに人へ向けて足を広げるなんて淑女としては大問題だろう。けれど今はそんなことにこだわっている状態ではないし、一刻も早くコウキを開放してあげたい気持ちのほうが強かった。
「何を言っているんですか。いつもは俺は男だと言って淑女のマナーも習おうとしないのに……」
「いや、エダやマリーさんはいいんだけど……」
そういうとコウキの目線が私達をすり抜けて後ろの方角へ向けられる。そこには今だに此方を呆けたように見続ける騎士フィンがいた。と同時に今の私達の格好が本来、男性の前に立つような姿でもないことを思い出す。マリーさんはともかく、今の私とコウキは夜伽用の肌が透けるほどの薄布しか身にまとっていない。
「……フィン殿。いつまで私達をそのような目で見ているのですか? さっさとそこの男を連れて出て行きなさい!!」
自分の今の格好を思い出した私は、顔を真っ赤にして騎士フィンを怒鳴りつけた。
「りょ、了解しました! 失礼します!!」
「それと私とコウキの衣服を持ってくるようメイドに伝えなさい。いいですね?……って聞こえたのかしら?」
私の怒鳴り声で理性を取り戻したのだろう。
ようやく現状を把握できたフィン殿は慌ててエディル侯爵を担ぎ上げ、逃げるように退出していった。普段は沈着冷静な好青年なのに、トラブルに対応する力はまだまだなようだ。まあ、そのあたりは私達も同様なのだけれど。
それより今の私達はすぐにでも動かなくてはならない。今回の一件で私達の正体はすぐにでも屋敷中に広まるだろう。それに王城内にあるこの貴族街は広いようで狭い。
他のトラブルが舞い込む前に私達は、ジャーリ伯爵を救出しなければならないのだ。
軍記モノでも良く言われる台詞ですが「英雄」なんて理想を思い描く人は、狂人か自殺願望者しかいないと作者は思います。
魔王=敵国の王 勇者=暗殺者 と考えてしまうのは頭が捻くれてしまっているからでしょうか?w




