第10話 波乱の序章
今週末はこの一話だけとなります。プロットは出来ているのですが、自分の文章を見直していると何時までも修正したい衝動にかられ先に進みません(汗
これも試練と思って乗り切りたいですね。
「コウ! お料理に使うお湯が足らないよ! 井戸から二・三杯、水を汲んできておくれ!!」
「はい、はーい!」
侯爵邸の早朝に二人の元気な声が木霊する。
私は侯爵邸の二階の窓から、マリーさんと一緒に仕事をこなすコウキを見下ろしていた。私達がこのエディル侯爵邸に連れて来られてから一週間。意外にもエディル侯爵からの接触は今だになく、コウキも仕事に慣れて来たようでマリーさん指導の下、忙しく動き回っていた。以前はマリーさんもコウキのことを「コウキさん」と呼んでいたが、今となっては呼びやすいという理由で「コウ」と短縮して呼んでいる。
それに私達だけでなく、メイド長をはじめ約30人ほどの人員が侯爵邸に奉公している。エディル侯爵家は貴族の位で言えば二番目に高い地位であり、その上の公爵家は王族の血脈が受け継がれた家柄なので実質的に貴族の地位で言えば最上位と言えるので、これでも少ないくらいなのだ。
私が侯爵付きの秘書でコウキが台所を預かるマリーさんの下で働くメイドさん。エディル侯爵の趣味なのか、妙にヒラヒラフリフリした装飾がはためく白黒のメイド服が特徴的で可愛らしい。コウキの黄金色の髪が白の布地で反射する光を受け止めて輝き、私の目の保養となっていた。昔から印象の最悪な侯爵だが唯一、それだけは、評価してやってもいいかもしれない。
「おはようございます。エダ殿」
自分の名前を呼ばれて振り返る。そこには私と同じ年頃である青髪の若い騎士が立っていた。
「また、侯爵閣下に無理難題を押し付けられましたか? フィン殿」
「いやあ、まぁ……。エダ殿の方こそお館様の秘書、お疲れさまです」
苦笑しながらもうなじから刈り上げられた後頭部を掻く仕草に、騎士養成学校時代の懐かしい思い出が私の脳裏に去来した。タリナとはユミルの街で巫女をしていた時も文通をしていた仲だが、騎士養成学校時代の同級生と出会うのは久方ぶりだ。
その彼がマリーさんをユミルの街から護衛してきたと聞いて私は申し訳ない気分になった。
マリーさんにも、騎士フィンにも、どちらにもだ。
マリーさんは何も私に言わないけれど、この時期のユミルの街は冬篭りの準備で忙しい。いや、もうすでに忙しかったと言わなければならない。今頃はもう、北方にあるユミルの街は白銀の世界へと変貌しているはずだ。こうなればもはや高く降り積もった雪が消え、春の芽吹きが栄える頃を待たなければ帰郷することはかなわない。
更に言えば、この先の展開しだいで最悪、私達と一緒に故郷を離れなければならなくなるかもしれない。そんな状況でも、無理矢理連れて来られた王都でもマリーさんはマリーさんのままだった。
フィン殿との再会は五年ぶりだろうか?この侯爵邸で再会した時、初めは級友だとは気付かなかった。フィン殿に「お久しぶりです。……私を覚えていますか?」と言われてようやく思い出したくらいだ。騎士養成学校当時、竜神の加護を受けた私を剣で負かし私の思いあがりを矯正するキッカケを作ってくれた恩人だった。
巫女の修行に移行した私とは違い、フィン殿は騎士養成校を優秀な成績で卒業し希望通りの王国騎士団に入隊したのだが、エディル侯爵の教え子ということで侯爵直属の親衛隊に引き抜かれたらしい。十七歳という若さで連隊の副隊長だったというのだから彼の才能と、何よりも努力を誰もが認めているだろう。
「秘書と言っても表に出せない秘書ですからね。精々が屋敷の中で書類整理やお茶汲み係をするくらいです。そちらこそ、侯爵様のお帰りはまだ数日先なのでしょう?」
エディル侯爵は連日、王城にて行なわれている会議に奔走しているらしく留守にしていることが多い。それが具体的に何の会議なのかは秘書である私にも教えられていない。私達に関係する議題なのか、それとも他の議題なのか。まあ、前者であるならば私の耳に入ってこないのも当然だと思う。それよりも侯爵閣下直属の護衛であるフィン殿が戻ってくるというのは何かあったのだろうか?
「ははは……、有事にならなければお館様の使いっぱしりが私の任務ですからね。ずっと立っている護衛よりは運動になって良いですよ」
そう言ってフィン殿は笑った。相変わらず主人に振り回されているのだろう。その表情には疲れが滲み出ている。その顔を見た私は、どうしても彼が望んで今の職責に立ち向かっているとは思えなかった。
「フィン殿ほどの才覚があれば王直属の宮廷騎士になることも夢ではなかったでしょうに、騎士養成学校時代の繋がりがあるとはいえなぜ……?」
短い間だったとはいえ、彼の剣の腕は私もよく知っている。これほどの逸材ならはシグルド王だって手元に置いておきたかったに違いない。この若さで王国騎士団の連隊副隊長ともなれば将来は連隊隊長、そして連隊指令官の道も夢ではないはずだった。
「色々ありましてね……。しかし私が自分で決めた道です、今さら後悔などありませんよ。それより、元気でやられているようですね?」
「私ですか? 侯爵様がご在宅の時は毎日のように文句を言われていますよ」
ですから今は楽をさせてもらってます。と私が苦笑まじりに返答すると、彼も笑って「お互い苦労が耐えませんね」と同情してくれた。だが彼の言葉は私を指してのことではないらしい。
「いえ、エダ殿も大変なのは重々承知していますが。……彼女の方です」
「彼女? あぁ、コウキのことですか」
「ええ、唐突にお館様が二人をお連れになった時は驚きましたが……シグルド殿下の革命では私も、黄金の竜にまたがった貴方を追いながら戦場を駆けていたのですよ?」
その言葉に私は驚いた。彼もシグルド殿下の革命の始まりとなった、あのブオリ村での絶体絶命とも言える戦いの中にいたのか。二人で台所裏をパタパタと走り回るコウキを眺めながら、騎士フィンは会話が成立するギリギリの小声で口を開いた。
「……十分に警戒してください。私がマリー殿をお連れしたのもエダ殿やコウキ殿をお館様がお連れになったのも、何かあるに違いありません」
それは自分の立場をかえりみない発言だった。それでも、私を心配してくれる気遣いは昔から何も変わっていない。五年前、騎士養成校で私を影ながら心配してくれたあの頃のままだ。彼の言葉に私は心から感謝の言葉を返したかったが、あえて忠告の言葉を出さざるを得ない。本来の彼の立場で言えばこんな言葉を発すること自体、主君への叛意と見られかねないのだから。
「フィン殿、逆にご忠告申し上げます。……私達は罪人です。エディル侯爵が今後、私達をどのように扱うのか知れたものではありませんし、貴方は未来明るき騎士です。気持ちはありがたく頂戴しますが、これ以上こちらの事情に入り込んできてはなりません!」
私の言葉に彼は苦笑するかのように笑った。
「エダ殿が先代シグムント王暗殺のテロリストだと聞いた時には、何の冗談かと思いましたけどね。もし、仮にそれが真実だとしても。あなたは、貴方の正義を貫いている。私はそう、信じていますよ」
「お気持ちはありがたく……。ですが先ほどのご忠告もお忘れなきように。これ以上こちらの事情に入り込んできてはなりません!」
「はいはい。まったく、エダ殿は昔と変わらず真面目ですね」
私の再度の忠告に、彼は笑って答えた。この敵地とも言える屋敷の中で私達にここまで親身になってくれるのは彼だけだ。本当に、本当に有り難いのだけど彼を巻き込んでしまわないか、それだけが私は心配だった。
当主であるエディル侯爵の性格とは違い、この侯爵邸で働く人々はごくごく普通の真面目な仕事ぶりで好感が持てる人達だった。侯爵家ともなれば、その邸宅で働く人材も平民ではなく貴族から選ばれる。長男は跡取りとしての義務を果たすため官僚となる道を進むことになるが、次男三男や長女次女などの女性達はいつまでも実家での生活に甘んじているわけにもいかない。
騎士となって軍に入るなり、他家へ嫁入りするなり身の振り方を考えねばならないのだ。
実際問題、私のように巫女となる貴族令嬢は少数派。誰だって叶うならば平穏で安定した生活を老後まで送りたいものだ。わざわざ、神に純潔をささげ過酷な修練を望む子は少ない。
この侯爵邸にもそんな若き子息、令嬢が礼儀作法を教わるのも兼ねて奉公にきている。その役職は護衛の騎士であったり、侍女であったりと自分の身に付けたいスキルを向上させるためにこの場にいるのだ。
フィン殿とマリーさんは旧知の仲なので親しくさせてもらってはいるが、他の方々とはそうもいかない。何せ一歩外の城下町に出れば私とコウキの手配書がそこらかしこに張り出されているのだ。
「なぜお館様はこんなやっかいごとを持ち込んだのか?」という空気をビンビンに感じている。それなのにいきなり現れた新参者の私が侯爵閣下直属の秘書になんてなったもんだから、さあ大変。
お屋敷の外へは付いていけないとはいえ、家中の雑務は秘書である私の指示で動いてもらわなければならない。指示する私の方も恐縮しながらだし、指示される侍女の皆さんも腫れ物を触るかのような態度だ。
本当に意地が悪いったらない。おそらくは、この状況もあの侯爵の思惑なのだろう。仕事始めにも思ったが、今度帰ってきたら本当に毒茶でもいれてやろうか?
「お仕事には慣れましたか? コウキ」
たとえ主人が外出していても、私達の仕事が減るわけではない。料理人は一流の仕事をこなすために火に向き合うし、侍女はホコリ一つ見逃さないよう屋敷の中を清潔に保つ。
「まあ、俺はマリーさんの下に付けてもらったからね。ユミルの街とやることはそれほど変わらないかな」
「と言っても、アンタ達の職場は食堂の大将ントコだったからねぇ。褒めるべきはアタシじゃなくて大将と看板娘のエリちゃんさね」
お昼の仕事が一段落した頃を見計らって、私はお茶を片手に給仕裏におもむいた。この屋敷の主である侯爵が不在なので、それほど豪華な晩餐の用意は不要だ。なので、あくまで自分達の技術の研鑽のための仕事ということになる。いつもなら忙しく動き回らなければならない午後三時のティータイムも今は夜の仕事へ向けての休息時間となっていた。
「マリーさん、養父様の居場所はまだ……?」
「……残念ながらね。アンタ達は外出を許されていないし、アタシしか動けないのはなんともやるせないねえ」
「……申し訳ありません。私のせいでマリーさんをこんなところまで引っ張ってきてしまうなんて」
「今更それを言ってもしょうがないだろ? 今は現実に目を向けよう。ジャーリ伯爵邸に今、人の気配はないんですよね?」
「ああ、まるで幽霊屋敷のようさね。働いていた子達は一度、実家に戻っているところまではたどり着いたんだけどさ。ジャーリのヤツとパンちゃん、それにコウのお仲間さんはどこにも情報がないらしいんだよ」
「その情報って例の冒険者ギルドの……?」
「そうだよ。まったくアイツも使えない男だよ」
マリーさんはジャーリ伯爵のお姉さんであり、両親が早くに亡くなった伯爵家を結婚するまで切り盛りしていた人だ。この人にとっても王都は故郷であり、彼女自身の情報網をもっているらしい。
例の冒険者ギルドの人とは当時、マリーさんに借りを作ってしまったギルドのお偉いさんだと聞いた。「人脈っていうのはこういう時に使うもんさね」と言って調べてくれているのだ。
これから何をするにしても皆の居場所が分からなければ動きようがない。せっかく貴族街まで潜入できたというのに、ここに来て私達は足踏みをせざるをえなかった。
「せめてもの救いは、マリーさんが拘束されていなかったことです。マリーさんまで処刑されるって聞いた時には血の気が引きましたから……」
「ユミルの街にあの、フィンだっけ? 若い騎士さんが来た時にゃ、アタシももうこりゃダメかって覚悟を決めたんだけどねえ。……どうやらここの親分はアタシをエサに一応打尽にするつもりだったみたいだわね」
「そしたら俺達が、まだ何にもしていないのに飛び込んできちゃった……と」
「コウキ。それは言わない約束です」
三人そろって深い溜息をつく。まだまだ前途は多難だった。
転機は唐突に訪れた。
その日の夜、私が一日の仕事を終え自室のベッドで横になろうとした時だった。
コンコン、……コンコンコン。
窓に何かが当たっている。不審に思った私は消したばかりの明かりを再び灯し、そっと窓に近づく。すると、一羽の鳥が窓の正面に止まっているのが見えた。
「……どうしたの?お腹が空いたのかな?――――――っ!?」
時折、竜神の祝福を得た私の元にはこのように動物達が集まることがある。大抵がエサを求めて、または安らぎを求めて。鳥達は私の聖気で敵ではないと感覚で分かっているみたい。
まぁそれだけなら、そんなに珍しいことでもなかった。しかし、この子の足になにやら紙のようなモノが付いているのを私の目が捕らえたのだ。
「これは……」
手紙だった。
ゆっくりと窓を開け手紙を運んできてくれた鳥を部屋へ向かいいれると、足に結ばれた手紙をゆっくりと取り上げる。
この状況で秘密裏に手紙を私に送ってくる相手なんて一人しかいない。東の砦で別れたケイカさんからだ。私はなるべく音を立てないように、慎重に手紙を開いた。
――やっほ、コウキ・エダ。元気に潜入できたかしら?
まあ、こちらでも逐一状況は確認してるんだけどね。そちらから連絡を取る手段はないでしょうけど、こちらから確認できた情報は伝えていくわね。
まずは貴方達が一番知りたいであろう情報から。ジャーリ伯爵の拘留先が分かったわ。場所は復旧中の大神殿にある地下監獄よ。どうやら戴冠式があったその日のうちに、ジャーリ伯爵は抵抗もせずに自ら連行されたらしいわね。
それから数えれば約三週間、伯爵は投獄されっぱなしだと思われる。急かすわけじゃないけど、ちょっと拙いわね。命自体は危ない事はない。あちらからすれば大切な人質だもの、生かしておかなければ人質としての意味がない。だからと言って尋問や拷問をされていないかと言えばないとは言い切れない。早急に手立てを講じなければいけないのは確かよ。
けど、それに関して問題が一つあるわ。あの大神殿地下牢獄、以前コウキのヤツが無理矢理に脱獄して暴れまわったせいで更に難攻不落な牢獄となってる。その最たるものが牢獄に使われている金属。それまでの鋼鉄製からアダマンタイト製の牢獄になっている可能性が高いというのが此方で調べた結論よ。
残念だけど、こちらでは牢獄から伯爵を助け出す手段を私では見つけ出せなかった。ウルズちゃんの夢見でも、場所までは分かっても脱出する夢は見れなかったわ。私達は東の砦から離れるわけにはいかない。ウルズちゃんの警護もあるし、アンタ達が今だここに潜伏していると見せ続けなければいけない。
後はアンタ達の動き次第よ。なんとかして伯爵を解放して、家族みんなで帰ってきなさい。その後は私の方でなんとかするから。
いい?もう一回言うけど、必ずみんな無事で、帰ってきなさい。待ってるからね――
私は手紙のすべてを読みきると、これまで一度も呼吸をしていなかったことに気付き、大きく空気を吸い込んだ。
そしてベッドの横に置いてあるランタンの窓を開け、らんらんと光る灯りで手紙に火をつける。私はそのはかない炎を、陶器の皿の中で灰になるまで見つめ続けていた。
本当なら今すぐにでも助けに行きたい。幸いなことにエディル侯爵は私達がここにいる事を誰にも話していない。おそらくは自分だけで私達の行く末を楽しみたいのだろう。そんな趣味に付き合う義理もないけど、この状況は私達にとっても好都合だった。
失敗は許されない。一度決起してしまえば私達の現状も周りに知られてしまうからだ。
その夜、一睡も出来ずに過ごした私は結局スズメの大合唱で一日の始まりを知ったのだった。
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