第3話 女の子と竜なのに不恰好な力
第3話となります。
コウキ君が宝珠竜としての力の使い方が分からず四苦八苦しております。
まともな竜として活躍できる日は来るのでしょうか……?
2019.5.1改稿
東の山脈から真っ白な太陽が顔をのぞかせる時刻に、俺は目を覚ました。
時折起きて、焚き火に枯れ木を足していたお陰でなんとか朝まで凍えずに済んだようだ。
体を丸くし羽根で包み込むように囲っている俺の中心には、枯れ草をベッド代わりにして彼女がまだ安らかな寝息をたてている。
さすがに枯れ木や葉っぱで寝場所や屋根まで作る時間がなかったのだ。
彼女はひたすら恐縮していたが現実問題、俺がテント代わりになったほうが一番安全なのだと説き伏せた。
まあ、竜であるこの体は変温動物(多分)なので体温が高いわけではない。せいぜい風除け程度にしかならなかっただろう。
いたずらに体を動かして彼女を起こしても可哀想だし、俺には体を動かさなくてもできる事があった。
何かといえば決まっている。
俺の額に紅く光り輝く「竜宝珠」から力を引き出す練習だ。
昨日出会った自らを地の守護竜と名乗った竜からは意識を中に向け、俺が持っている力を引き出せと言われた。
彼の竜の前で出来た事と言えば彼女との「何か」の繋がりの糸を作れた事だけ。
しかしその繋がりも今は切れているような気がした。
正直、余りにも抽象的なアドバイスだったのでこれ以上何をやれば良いのか分からないが、彼女が起きるまでの暇つぶしにはなる。
外から見ればただの二度寝に見えるだろうその行為に、俺は全神経に集中することにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん……んう……」
自分の体の内側で響いた声が静かな朝によく響いた。
彼女が目を覚ましたようだ。
「おはよう。よく眠れた?」
俺はなるべく優しい口調で朝の挨拶をする。
目を覚ました彼女はゆっくりと微笑みながら挨拶を返してくれた。
「おはようございますコウキ様。おかげさまでゆっくりと休めました」
とは言っても実際は寒かったのだろう。俺は最後の薪を焚き火の中に投げ入れる。こんな屋根もない場所で寝ても疲れなど取れはしないだろうし、いつまでも野宿をしているわけにもいかない。
俺は今日の日程について彼女と話し合うことにした。
「それで、これからどうするかということなんだけど」
俺がそう話をきりだすと彼女は笑って即答した。
「それならば今度こそ、私達の街[ユミル]にお出で下さいませんか? シスター長にコウキ様をご紹介したいのです」
シスター長って彼女を竜神探しに送り出してくれた神殿の偉い人だっけ。
宗教関係で女性が高位の地位となるのは違和感を覚えるが、地方の竜神教神殿では人手不足でままある事らしい。
彼女の提案に俺はうれしい反面、不安もよぎった。
「気持ちはすごくうれしいんだけど……こんな怪物が街に近づいて怖がられないか? って話だったよね?」
俺達が出会った当初、世界樹に住む守護竜様に会いに行くか、彼女の住むユミルの街へ行くかで一度前者を選んだのは俺の姿が原因だ。
竜というよりは蛇と言った方が正しいような、今の自分の体で果たして受け入れてもらえるのか。
もし日本なら確実に駆除か、よくて動物園行きだ。
俺の言葉に彼女は慎重に言葉を選びながら答えた。
「そんなことはありません。……と言いたいところではあるのですが、ユミルでは様々な人種が交易の為、混在しております。竜崇拝は人間族の宗教なのです」
ふーむ。やっぱりすべての種族が同じ宗教ってのおかしいもんな。
あ、それなら。
自らの考えのなさに恐縮しきりな彼女に、今考えついた計画を告げた。
「ならさ、街の近くまで一緒に行こう。そこで一旦別れてそれぞれがすべき事をしよう」
「お互いがすべき事……ですか?」
「うん。エダさんは一度戻ってシスター長に俺の事を相談してみて。それで神殿が受け入れられそうなら、それからお邪魔する」
結局、朝の時点では俺の能力に変化はなかった。ならば身体的能力について確認しておきたかったのだ。
いい案だと思ったのだが、彼女は不安げな顔を見せて……。
「ですが……お腹はすきませんか?」
と、心配してくれた。
そういえばそうだった。
確かに、転生してからこっち食べたのは樹海に実っていた果実のみだ。あれはあれで甘く美味しかったのだが、この巨体ではエネルギー源としては圧倒的に足りない。
かといってそこらで狩りをしたとしても現代人の俺が猛獣のように生肉を食べられるかと問われれば、はなはだ疑問だ。
「できれば食料だけこっそりと頂けると助かります……」
神妙な口調でお願いする俺に、彼女はクスリと笑いながら請け負ってくれた。
さあ、本格的な異世界探訪の始まりだ!
俺が転生し彼女と出会った[荒廃の島]を後にすると、人間族の大陸だと言う[ミズガルズ]に到着した。その光景に、俺は改めて異世界へ来たのだという実感が沸いてきたのだ。
大陸を隔てる大河の先には、広大な平原に野生の命というものが溢れていた。俺は彼女を背に乗せ平原を疾走し始める。
荒廃の島にはなかった色々な生き物の匂いが鼻に飛び込んでくる。例えるならばアフリカのサバンナをイメージしてもらうと分かりやすいと思う。
これならば猟をして食料を確保できるかもしれない。男ならば誰もが一度は抱くであろう冒険心に俺の心は沸き立っていた。
「この大陸は様々な生き物が生息しております。それというのも西の火の大陸から暖かい空気が、東の霜の大陸からは冷たい空気が入り込むことで過ごしやすい四季が形成されているのです。ですが…」
移動中、彼女がこの大陸について色々説明してくれていたのだが、どうやら良い事だけではないらしい。
両側の大陸から吹く風と共に[魔素]と呼ばれる異聞素もやってくるという。
それはあらゆる生き物を[魔物化]させてしまう悪魔の風。
人間族の王はこの事態をなんとかするため、魔物の討伐をしなければならなかった。
異世界というからには魔物が跋扈しており、食物連鎖でいうところの下位の存在である草食動物の繁殖数はどうなるのだろうと思っていたが、この世界にはこの世界のシステムがあるらしい。
雨が降れば草木が生え、それを草食動物が食べ、肉食動物が捕食する。
そこまでは俺のいた世界と変わらない。
問題は「魔物化」だ。
草食動物でも「魔素」を一定量取り込んでしまうと魔物化し、肉食動物との関係性が逆転してしまう。
体格だけで言うなら草食動物の方が、肉食動物よりも大きい場合が多いのだ。草食動物でもそれだけの凶暴性を持つなら肉食動物が魔物化すれば人間にも被害がでる。
つまりは自然界の食物連鎖を人間が司らなければならない。この世界にも冒険者という存在があるらしく、軍と協力して魔物討伐をしているのだがあまり芳しくないのが現状らしい。
彼女は俺の背に乗りながらこの世界の基本を色々と教授してくれた。
俺の乗り心地にもすっかり慣れたようだ。
「ようし、それじゃあ更にペースあげるぞ」
「え? はっ、ちょっちょと、まってくださああああああああい!」
それでも俺の最大速度での乗り心地にはまだ慣れていないようだ。俺はこの大陸の心地よい風を満喫すべく速度を上げていったのだった。
[ユミル]の街の入口付近、人気のない場所にまで来て俺は彼女を降ろした。
まだ三半規管がうまく働いていないようで、転びはしないもののフラフラしている。
お昼まで体感時間で3時間くらいはあるだろうか。
「それじゃあ、太陽が真上に来た時にここで落ち合おう」
「はい。それぐらいの時間でしたらお届けできるかと思います」
それでも、笑顔で元気に返事をしてくれる彼女が眩しかった。
よし。これからの時間は自分の検証だ。俺は気合を入れなおして行動を開始した。移動の途中で見つけた森の中に、体を動かすには丁度いい広場があったのだ。
俺はここを自主トレーニングの場所にした。
朝には出来なかった、この竜の体を使ってできる事を確認する。
まずは竜らしいことができるかどうか。
空を飛べないのは確認済みだが、竜といえば[ブレス]だ。
その根源は、前世の知識では腹の中に火袋があったり魔力で吐いたりなど様々だが……。
朝の瞑想では魔力的な物を感知する事はできなかった。
とりあえず思いっきり息を吸い込み、思いっきり吐いてみる。
目の前の草がただ、なびくだけなのがとても寂しい。
ええい、つぎだ、次!
羽を思いっきり羽ばたかせて衝撃波をだす。
そよそよと、またもや草がなびくのみ。
これならどうだ!
半ばヤケクソになりながら、生前大好きだった漫画の呪文を唱え呪文を大声で叫ぶ。
ただただ……、恥ずかしいだけだった。
結局、俺にできる身体的な武器と言えば、
噛みつき攻撃、引っ掻き攻撃、尻尾を振りまわす攻撃
のみという散々なる結果となった。
更にここまで試してみて、俺はイヤ~な予感に取付かれてしまったのだ。
「もしかして、俺って、竜じゃなくて蛇なんじゃ……」
いやいや! こんな羽根が生えて、額に宝石がある蛇なんて……。守護竜様だって希少な飛竜種だって言っていたじゃないか!
空を見上げれば「コウキ様を信じています」と言わんばかりの彼女の笑顔が浮かんでいる気さえする。
諦めたら試合終了だと自分に言い聞かせて、俺はひたすら自分探しに徹するのだった。
しばらくして。
この世界を救済するなんて問題外な結果に、俺は自信をなくしてしまった。
周りでは、小鳥がまるで俺をあざ笑うかのように泣き声を響かせている。
「俺は、この世界で生きていけるのかな……」
地面に大の字になりながら、ちょっと弱音を吐いてみる。
この世界に来て初めての眠気が襲ってきた。ちょっとだけと自分に言い聞かせながら目蓋を閉じる。
転生物の物語では、主人公は必ず大活躍するはずなのに……。真っ暗な視界の中で俺は自問自答を繰り返した。
どれだけの時間目を閉じていたのだろうか。ふと目を開き、真上を見上げると太陽の光が元気よく降り注いでいる。
その眩しさを遮る為に、思わず顔の上に羽根を被せて日傘代わりにしてしまった。
ん? 眩しい?
「やばっ、もうこんなに太陽が真上にきてる? 遅刻だ! 畜生、スズメ?の奴も寝坊したな!」
自分が寝坊した事を鳥の鳴き声のせいにしながらも起き上がると、彼女との待合場所へ俺は大急ぎで向かおうとした。
しかし、人目に付かない場所を選んだ為、待ち合わせの場所からかなり離れている。
三十分ほどは間違いなくかかるだろう。拙い、間違いなく遅刻だ。
体力だけは有り余っているこの体だ、なんとかせんかーい! とばかりに尻尾をバネのようにぐるぐる巻きにして力を入れてみると。
これまで体験したことのない浮遊感に、俺は包まれていた。その後。血の気が引くような落下の感覚へ続いてゆく。
「これはっ、ひょっとして。俺、空を飛んでる?」
いや表現が違う。正確には[跳]んでいる。
気がつけばそこまで小さくない森を、半分ほどジャンプしていたのだ。
「これなら間に合う!」
俺の心に歓喜の念が沸き起こる。
その勢いのまま、まるで子供の頃、夜店で買ったカエルのおもちゃのように。俺は何度も跳躍して目的地に急いだ。
あっという間に集合場所へと帰還した俺は、大きめのバケットを片手にぶら下げて待っていてくれるの彼女を空中から確認する。
「とう!」
まるで変身物のヒーローのように彼女の目の前にドスンッと着地した。
「ひゃあ! コウキ様?」
突如真上から巨大な生き物が降ってきて驚いたのだろう、彼女は尻餅をつきながらも、俺だとわかって安心したように息をついた。俺は事あるごとに彼女を驚かせているような気もするが、可愛い女の子に悪戯をしたくなるのは男の子のサガである。
「ゴメンゴメン、驚かせちゃったね。待った?」
「びっくりしました……コウキ様。飛べるようになったのですね!」
彼女は驚きながらも、目をキラキラさせ、息を巻いている。
そんな彼女に俺は意気揚々と言い放った。
「いや、羽根を使って飛んだんじゃないんだ。尻尾でジャンプした!!」
「は?」
予想に反して微妙な空気が周りを支配する。山脈から吹き付ける風が妙に涼しい。
「す、すごいですよ?! それほどの高さにまでジャンプできるなんて!」
正気に戻った彼女が必死にフォローしてくれるが、確かに、よく考えれば、あまり格好のいい移動法ではない。正気に戻った俺はちょっと泣きたくなった。
そんな俺を見ていた彼女はなんとか話題を変えなくてはと思ってくれたのだろう。抱えていたバスケットを俺の前に差し出してきた。
「コウキ様のお口に合うかどうかわかりませんが、昼食をご用意させていただきました! 食べませんか? ね?」
その優しさが身にしみる。
それでもバスケットを受け取り蓋をあけると、香辛料の刺激が俺の鼻に染み渡ってきた。
豚肉っぽい肉と野菜がソースで味付けされたサンドイッチは、こちらの世界にきてから初めてのまともな食事。
口の端から涎が垂れて止まらない俺はさっそく一つ取ってもらい口に運んでもらった。
手が羽根になっているので自分で取る事ができないのだ。
竜の口だと若干噛みづらいが、その味は絶品だ。
「これ、全部食べていいの!?」
まるでおやつをもらった子供のような口調で眼前に迫る俺に、彼女は笑って一つ、また一つとサンドイッチを差し出してくれた。
正直、量的には物足りないが俺は彼女の持ってきてくれたサンドイッチをペロリと平らげた。今は食後の果実水を飲んでいる。彼女の持つグラスから長い舌でチロチロと舐めていく。
レモンのような柑橘系の酸味が実にいい。
単純な奴だと自分でも思うが、今までのマイナス思考もすっかり吹っ飛んでいた。
「そうだ。神殿の皆さんの反応はどうだった?」
彼女と別行動した理由を思い出したずねてみる。
「報告した時は皆さん半信半疑でしたが、本当の事だと分かったらお迎えしなさいとのお言葉を頂きました。正門からお迎えすると一般の信徒の皆さんがビックリしてしまいますから、すみませんが裏口からお出で頂けないでしょうか? との事です」
本当は正門からお出迎えするのが当然なのですがすみません。と頭を下げる彼女。
「逆にありがたいよ。変に目立ってしまうと色々面倒そうだしね」
化物みたいに恐れられるのもイヤだし、逆に神様と崇められても困ってしまう。
俺の言葉に安心したのか、彼女は一息ついて笑顔に戻ってくれた。
「コウキ様。お口にソースが付いていらっしゃいますよ?」
そう言いながら持っていたハンカチで俺の大きく開いた口を拭いてくれる。
その時だった。
あの、守護竜と対面した時の彼女との糸の繋がりが一瞬見えたのだ。
「ど、どうかされましたか? 私もしかして何か失礼な事でも」
俺の目が突然見開いた事に驚いた彼女は心配そうに顔をうかがっている。
「ちょっと変なお願いするけど、俺の顔もう一度触ってみてもらっていい? 両手で」
「え? は、はい」
思いもよらない俺の頼みに、彼女は困惑しながらも両手を差し出してくれた。
俺も自分の顔を彼女の手の間に近づけてゆく。細い十本の指が俺の竜の顔に触れると、確かに感じる。
(今度こそ……!)
自分の意識を彼女へと繋がる糸伝いに、奥深くに溶け込ませていった。
少しずつ光り輝く白銀の線を伝って、意識の中ではあるが彼女の方へ近づいてゆく。
おそらく到着したのだろう。線の先には光り輝く大きな何かがあった。文字通り真っ白になり、目の前の彼女を見ているはずなのに何も見えない。
まるで太陽を長時間直視していたかのようだ。もしかしてこの状態が永遠に続いて失明するんじゃないかと思った瞬間。
視界が一瞬にして晴れた。
というより現実世界の視界に戻ったみたいだ。
ふと目の前を見ると、呆然とした表情で口を開けたままの彼女がいる。
……ん? ……目の前?
俺の竜としての体格なら、彼女の顔を見下ろしていなければならないはずだ。
普通の人間の女性と竜との体格差は相当なものだからだ。
「コ、コウキ様……な、なのですか?」
彼女は何を言っているのだろう? 俺は俺に決まっているだろうに。
「そ、そのお姿は……」
彼女に指摘されて自分の体を見下ろしてみる。
顔の横には眩しいほどの金髪が垂れ下がっている。おかしい、この体に毛なんてなかったはずだ。
上半身を見てみる。生前に俺にもあるはずのなかった二つの膨らみが控えめではあるが確かに存在した。
下半身を見る。ああ、なんてことだ。俺は自分に降りかかった変化に、思わず現実逃避しそうになった。
なぜなら、俺は、女の子になっていたのだから。
「と、とりあえずこれを羽織ってください!」
下着一枚身に着けていない俺に、彼女は真っ赤になって上着を貸してくれた。
元男だとしても丸裸はさすがに恥ずかしい。
ありがたく受け取って身を隠したが、これだけで街の中に入っていくわけにはいかないだろう。
「えっと、エダさん。申し訳ないけど何か着る物を持ってきてくれないかな?」
「は、はい! ……少々お待ち下さい。今取ってまいりますのでえええええ」
彼女は顔を両手で覆いながら街に向かって走っていった。もしかしたら俺が驚かさなくても、生来の慌て者なのかもしれない。
結局、俺が街に入れたのは、それから小一時間経過してからだった。
持ってきてもらった服は彼女の私服だそうで、多少の恥ずかしさはあったが有難くお借りした。
当初は街の裏口からこっそりお邪魔させてもらう算段であったが、これなら正門をくぐっても何も問題はないということで、俺と彼女は堂々と正面から行くことにする。
違う意味で目立っているような気がしたが、気にしたら負けだ。
正門に近づいて来るとさすがに正門前には関所があり、門番と検査官が入場時の検査をしている。
しばらく列に並んでいると俺達の順番がきた。
俺達を見た検査官が珍しい物を見るかのような表情で、親しげに話しかけてきた。
「なんだ、エダじゃないか。わざわざ正門から来るなんて珍しいな」
「お勤めご苦労様です、ベオさん。本日は神殿へのお客様をお連れしたのです」
彼女にこう説明された検査管のベオさんは、俺の顔を見ると感慨深げに口笛を吹いてから口を開いた。
「こりゃまたえらいべっぴんさんだ。この[ユミル]に何の御用ですかな? お嬢さん」
さすがにまだお嬢さんと呼ばれるのには慣れないが、ここで怪しまれても面倒だ。
俺は愛想よく自己流の女言葉で返答する。
「お疲れ様です検査管さん。今回はエダさんのご好意で竜神殿へお祈りに来ましたの。しばらく滞在する予定ですのでよろしくお願い致します」
なるべく丁寧にお辞儀をする。
どうやらキチンと話せているようだ。竜の姿じゃ、彼女以外の人間と会話できるか怪しかったからなあ。
なるべくしおらしく話したつもりではある。が、自分でしゃべっておいてなんだが正直、気持ち悪い。
俺の言葉を信じてくれたのか、はたまたエダさんの人望か。すんなりと[ユミル]の街に入り込めたのであった。
「これは……」
「お気に召して頂けました?」
検査が終わり、街の入口に立った俺はこれが異世界の街かと感動に打ち震えていた。
俺の反応に満足したのか、彼女は得意満面だ。
正直、自分の体に起きた変化にまだ慣れていないのだが、すっかり好奇心の方が勝ってしまった。大通りは石畳で敷き詰められ住居もまた石造りだ。行ったことはないが写真でみたギリシャの観光地のようだった。大通りの両脇には露天が軒を連ね、元気のいい声が飛び交っている。
また往来を行き来する人々も千差万別だ。一般的な人間から頭に耳の生えた獣人、二本の大きな角を付けた兜をかぶった縦より横幅の方が広いようなドワーフ、中には背中に大きな羽根をつけた半竜人など人種のるつぼだ。意外とこれなら竜の姿でも問題なかったのかもしれない。
まるで初めて都会に来た田舎者のようにキョロキョロしてしまう。
俺達が目指す竜神殿は、この大通りの一番奥にあるらしい。
露天から立ち上る香ばしく濃厚な匂いに負けそうになるが、今の俺は一文無しなのだし我慢しなければならない。周囲の誘惑を振り切るかのように、俺達は竜神殿へと足を急がせた。