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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第1章 断罪の聖女
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第7話 計画の破綻

2章まではエダさんが主人公。

明日、もう一話投稿する予定です。時間はお昼前くらいになるかな?

 ミズガルズ国営職業安定所。

 通称、奴隷市場はそれ自体が商売として運営されているわけではない。ここで働いているのは建前上、コウキの言葉で言うなら公務員なのだ。

 奴隷市場自体が奴隷を売り買いしてしまっては、見逃されるはずもない。あくまで人材を[紹介]し、[仲介]するのが、この施設の主な役割。

 つまり、何を言いたいかというと、奴隷市場に売ってお別れということはない。私は買い手がつくまで、コウキと行動を共にしなければならないのだ。

 しかし、私達の予想とは違う勢いで事態は進行していった。


 私は奴隷商人となったコウキに連れられて、国営職業安定所の奥に存在する二つ目の受付へと向かっていた。人気のない静かな廊下をゆっくりと歩く。

 チャリン、チャリンと。私の首から伸びた鎖の音だけが反響していた。壁にも必要最低限の明り窓しかないため薄暗く、身体が芯から冷えるような感覚に襲われている。普通の女の子ならこの廊下を進むことなど出来ないと思う。まるで奈落の底へと続く廊下のようなのだから。



 薄暗い廊下の突き当たりにその受付があった。受付係の顔も壁に仕切られて判別できない。ただ、渡された書類に必要事項を書き込むだけだ。


 そんな私達に、どこから現れたのか一人の男が声をかけてきた。


「お前か? 世にも珍しい洞人交じりの奴隷を持ってきたというのは」

「はいっ?」


 受付への書類を書き終わる前に、私達の背後から横柄な言葉をかけられた。突然の出来事に混乱しながら、私は後ろを振り向むく。その人はコウキが城壁の検問で名を上げた人物。ケイカさんが調べた奴隷市場へ頻繁に出入りしている貴族。

 だが、その顔に私は見覚えがあった。


(エディル、エディル侯爵………………もしかして、エディル教官?)


「受付。この奴隷の仲介は必要ない。コレは俺が責任をもって保護しよう。仲介料は後日、我が家の者が届けることとする。良いな?」

「……。承りました」


 このような展開は日常茶飯事なのだろう。

 諦めたような声で受付係が返答している。その声には、私への同情の意味が多分に含まれていた。だがここで、はいそうですかと奴隷を譲ってしまっては奴隷商人失格だ。コウキが不満げに反論する。


「ちょっと、ちょっと。お兄さん! どんな御偉いさんか知らないけど、勝手に話を進められちゃあ困るよ!?」

「わかっておるわ。このような珍獣を持ってきたのだ。それなりの褒美は出してやろう」


 現在の私の主は、私の所有権は、奴隷商人であるコウキが持つ。それを早くも自分の物かのように私の顎をグイッと上げ、見聞している。


 ……マズイ。


 コイツ、この男は……。この男は、私を知っている!!


「お前は。……お前は、ハハハハハハッ!! ハーーーハッハッハ!!! オイ、奴隷商人! 気が変わったぞ! 受け取れ!!」


 事態は最悪の展開へと転がり落ちてゆく。薄暗い廊下に高笑いが反響していた。

 エディル侯爵は自分の首で黄金に輝くネックレスを引きちぎると、コウキに向かって投げつけた。その光り輝く一品を見てコウキの目が驚きに開く。あきらかに奴隷一人分として支払うような価値の一品ではなかったからだ。


「はっ……え、ええ!?」

「あの女に居場所を吐かせようとはしていたが……手間がはぶけたわ。まったく飛んで火に居る夏の虫とはこのことよ!」


 コウキの手から私の首へ繋がる鎖を奪い取ると、強引に自分の方へ引き寄せる。


「ひゃっ! きゃあっ!?」


 私は突然の引力に身体がよろけ、倒れこむように膝をついてしまった。


 運命の神様というのは、よほど私を嫌っているらしい。

 まさかケイカさんの調べた奴隷市場に頻繁に通う貴族が、私の騎士学校時代の教官であるこの男だったなんて……!


「なっ、お……おい!」


 思わずコウキが声を荒げる。


「なんだ? コレはもう俺の奴隷だ。貴様に何を言う(いわ)れもない。……ん? 貴様……」


 コウキの顔にも、しまった!という表情が一瞬もれた。私の表情が絶望に変わる。まさか、コウキまで巻き込まれるなんて……。

 侯爵の唇の両端が、更に上へ引き上げられた。


「……なるほど、なるほどなるほど! よし、これほどの奴隷を紹介して頂いたのだ。ただ仲介料を払うだけというのも、もったいない話。特別に我が屋敷へご招待しよう!!」

「いっいえ……私は……」

「何をおっしゃるか。商人殿のその手腕、この一期一会で終わらせるには惜しい。我が家でしっかりとその商才を確かめてみたいのだ。かまわんね?」


 そういったエディル侯爵はコウキの腰に手を回した。間違っても初対面の女性に行なう行為ではない。


 ……ダメだ。

 これ以上固辞すると、この男は騒ぎを大きくしてしまいかねない。

 シグルド王の革命で、悪政や癒着をしていた貴族はのきなみ排除されていたので、この可能性を考えなかった。私達のミスだった。

 ましてや、ここは高級奴隷専用の裏受付。人通りもまるで無い。この先にあるであろう貴族専用口から出れば、私達は誰の目にも触れることなく運ばれる。


(……コウキ!)


 私は目線だけで、コウキに暴れないよう求めた。コウキの力なら、この男を気絶させ逃げることもできる。だけどここ、奴隷市場は公共機関だ。ここで騒ぎを起こしてしまえば取り返しがつかない。

 ならば、ここで全てが台無しになるより、この男にだけ知られていた方が挽回のチャンスがある。


 私の視線でコウキは振り上げかけた拳を降ろした。そう、今はどんな屈辱にまみれようとも……逃げるわけにはいかない!


「さて、それでは商人殿の若き才、俺の屋敷で存分に語ってもらおう。俺が認めたならば侯爵家専属となってもらうやもしれんしな!」


 その言葉は明らかに私達にではなく、裏受付の人間へ向けたものだった。あくまで商才のある若者を取り立てただけ。そう言いたいがために。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 強固な石造りに囲まれた奴隷市場の裏門をくぐった途端、エディル侯爵の態度は一変した。それまでの笑顔の仮面を脱ぎ捨て、私達を醜悪な笑顔で向かいいれる。


「さっさと入れ! 本来奴隷の貴様が、侯爵である俺と同席などありえんのだぞ!!」

「……くっ!」


 蹴るかのように馬車に放り込まれるコウキと私。中に入れば貴族らしく、ふんだんに金糸で装飾がほどこされ、贅を凝らした作りとなっている。そんな馬車に私達を押し込むと、侯爵は御者に出発の合図を出した。



「さて、貴様は俺を覚えているか? エダ=ヴォルヴァ=ジャーリ嬢よ」


 やはり、私を覚えていたか。


「ええ、相変わらずの暴虐(ぼうぎゃく)ぶりですね。エディル教官……グっ!」


 私が返答を返すと、理不尽にも蹴りが飛んできた。


「エディル侯爵閣下と呼べ。奴隷ぶぜいが不敬である。まったく、貴様のような小娘が聖女の地位につくと聞いた時には新王への忠誠がゆらいだわ」

「おいっ、女の子になんてことするんだ!」


 エディル侯爵の暴力にコウキが声を荒げた。しかし当の侯爵はどこ吹く風。


「この娘はシグムント暗殺事件の主犯。本来ならば即、誅殺すべき大罪人ぞ? 貴様等は今、俺の慈悲で生きながらえていることを忘れるな」

「……」

「まったく。不出来だったとはいえ、まがりなりにも俺の教育を受けた者が大罪人になるとはなんたることか」


 馬車の中で両手を広げ、これみよがしに嘆いてみせる侯爵。だが、この男が教育者としての慈悲で私達を生かしているはずがない。


「なぜ、斬らないのですか。私の首を持って王城へおもむけば英雄になれるでしょうに……」


 私の言葉に、侯爵の口がゆがんだ。


「大罪人の割には自分の分をわきまえているようだな。だが、貴様はまがりなりにも私の教え子だ。ならば、せめてもの慈悲として再教育してやらねばならんだろうよ。……それに」


 私の全身に鳥肌が立つ。この男の再教育なんて受けたくもない。侯爵の視線が私からはずれコウキに向く。そしておもむろにコウキのかぶっているフードを取り去った。


「コウキ=ヴィーブルといったか。下手な変装だ。この俺を前にして隠し立てなど出来んと知れ」

「エダが一緒じゃなきゃ気付かなかったくせに………………。ぐッ――――!」


 コウキの苦し紛れの言葉の返答は、またも腹への蹴りだった。


「貴様とて実行犯ではないにしろ共犯だ。俺に生かされていることを忘れるでないわ!」

「コウキ!」


 思わず、コウキに寄り添う私をエディル侯爵は楽しそうに見つめていた。


「顔の作りだけは良いことに感謝するんだな。これからじっくりと思い知らせてやろう。この俺の偉大さが分からん(やから)がどんな末路をたどるか……を、な」


 ある意味。

 私達が立てた作戦は、半分は成功し、半分は致命的に(まず)い方向へ進行していた。馬車の窓から覗き見れば、王城の門へと差し掛かるところだ。厳戒態勢の王城へ忍び込むことはできた。だが、この色情魔からどう逃げるか。

 それが、今の私達に最大の障害となって立ちはだかっていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「せいぜい大人しくしていることだ。飼い犬も懐く、懐かないで扱いが変わるものだぞ?」


 今日の成果に満足したのだろう。私達の事は屋敷のメイド達にまかせ、上機嫌でエディル侯爵は屋敷の中へ入っていった。自分の(かご)の中に入った小鳥ならばいつでも自由にできるという余裕だろう。私達は特に拘束もされずにメイドさんの先導の元、裏口から屋敷に入った。


「確かに人手不足だと申し上げましたが……。新人の教育にかかる負担も加味していただきたいものです……」


 溜息混じりに私達を出迎えたのは、壮年のメイド服を着た婦人だった。なんとなくシスター長マリーさんに似た雰囲気をかもし出した婦人は、この屋敷を支える女将さんの貫禄を身にまとっている。


「……一応、たずねますが家事の経験は?」


 ここまでくれば、私達のこの屋敷での役目もわかろうものだ。当分は小間使い、メイドとして使われるらしい。

 駄目元で訊ねています的な雰囲気を隠しもせずに、婦人が問いただしてくる。よほど私達が世間知らずの没落令嬢に見えたようだ。


「私は竜神殿にて巫女の位を拝しておりました。神殿の掃除、洗濯、調理は毎日の日課です。コウキは?」

「おっ、俺? ……俺だってユミルの食堂でウェイトレスやってたから最低限はできるけど、上流家庭の家事となるとどうかなあ?」


 コウキの不安もわかる。貴族の屋敷での雑事は一般家庭の家事とはまるで違う。掃除も洗濯も、一般家庭とはかけ離れた衣服や調度品を扱わなければいけないのだ。


「どっちかといえば、薪割りとか水汲みとか……体力仕事の方が向いてるかな?」

「……コウキの玉の肌を日の光に晒すのはどうかと思いますが」

「今までだって散々浴びてきたんだ。別に、俺は気にしないぞ?」

「私が気にするんです!」


 もはや正体を隠す気もなくなった私達は通常モードだ。


「……まず、最初に一つ、言っておきます」


 あ、メイド長さん(多分)のこめかみにお怒りの筋が……。


「メイド……お屋敷の小間使いという存在は清廉潔白を至上とします。お淑やかに、周囲に気をくばり、主に奉公する。自らを律し、けっしてお勤めの最中に私語などしないようにしなくてはなりません。そちらの貴方……」

「はい、エダと申します。以後お見知りおき下さい!」


 私は慌ててメイド長さん(多分)に頭を下げる。


「ええ。なるほど、少々騒がしい面もありますが、貴方は最低限の作法を見につけているようですね。ですが、そちらの貴方」


 メイド長さん(仮)の鋭い目線がコウキに向く。コウキの背筋がピキンと伸びた。


「その乱雑な男言葉はなんですか! 貴方の母上は一体どのような教育をなさったのか、皆目見当もつきません!」

「はっ……はい、ごめんなさい!」

「申し訳ありません。です!!」

「申し訳ありません、でした。です!!!」


 だって、男でしたから。とは、さしものコウキも反論しなかった。ここは大人しく怒られるが吉と悟ったみたい。小さく溜息を付いたメイド長(仮)さんは背筋を正しなおすと、私達に訓示(くんじ)を行なった。


「貴方達がどれほど期間、働くかは分かりませんが……。この屋敷にある以上、立派な淑女としての気品、お作法を学んでいただきます。それが、ひいては主人の、エディル侯爵家の品位につながります。いいですね!?」

「「はいっ!!」」


 まるでシスター長にお説教されているみたい。だけど主人とは違い、屋敷で働く方々はキチンとした人達のよう。私はその事実に安堵を覚えた。メイド長(仮)さんの後ろに続いて支度部屋に赴く。




 そんな時だった。


「あらまあ、メイド長。新人さんかい? 助かるねえ、先月逃げ出した娘達の分の仕事が大変なんだよ」

「……ええ。ですが一人はともかく、もう一人は礼儀作法から仕込まねばなりません。まったくお館様も、もうちょっと経歴を調べてから連れて来てもらいたいものです」

「そんなもの、仕事をやっていれば自然と覚えていくもんさね」

「……マリー殿も礼儀作法は問題ないのですから。あとはその言葉使いを改めてもらえれば表に出せますものを」

「悪いねえ、私は表には出られない身分なのさ。その分、裏方を倍やってるからね」

「それは、そうなのですが……」


 その豪快な声、口調。どこに居ても変わらない態度。



 それでいて慈愛に満ちた気風。











「………………ま、ま、りー……………………さ、ん?」


「あいよ。誰だい私の名前を知ってるのは? …………………………っ!」


 今、もっとも無事を確認したく。


 今、もっとも会いたかった人の一人。




 ユミルの竜神殿シスター長にして、私の母親代わり。


 ケイカさんの知らせでは、処刑間近と聞いていた、最愛の人。



 ――――――マリーさん。その人だった。

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