第6話 奴隷商人とのカンケイ
次回から本格的に物語が動き始めます。
はたしてコウキ君とエダさんは無事に切り抜けられるのでしょうか?
相変わらず、王都の入口である城壁から伸びる検問の列は長い。
いや、厳戒態勢となっているなら尚更だ。普段なら身分証を提示するだけで通れるはずなのに、荷物の一つ一つまで調べ上げているらしい。
そんな会話が列の前方から聞こえてきた。
「お前さんの荷物は大丈夫かい?」
「ああ、別に怪しいものなんか積んじゃいないがね。変な疑いを掛けられることだけは勘弁してもらいたいもんだわ」
「先代の王様が殺されたんだって? まったく迷惑な話だよ」
「まったくさ」
前方で馬車一杯に積荷を載せた商人が話しこんでいる。
こういう状況での検査官はある意味、神経質な人間の見本となる。王都内で何か事件が起きれば、それはすなわち自分達の責任となるからだ。
私は一抹の不安を拭いきれずにいた。
三人で頭を捻って考えたこの作戦。更に、ウルズちゃんの夢見という破格の能力が支えてくれている。
(だいじょうぶ……ぜったいだいじょうぶ……っ!?)
頭の中で祈るように繰り返すその言葉が、逆に緊張感を高めてしまっている。そんな私の手をコウキの手がやさしく包んだ。
周りの娘達の目があるため、あくまでさり気なく。
(……そう。絶対に大丈夫)
そう言われたようだった。
なんて私の手は現金なのだろう。それまで痙攣するかのように震えていた手が、コウキの手の温もりを得て静まってゆく。
「次の者!」
私がもやもや考えている間に順番が回ってきたようだ。私は他の娘達と同様、絶望の沼に突き落とされたかのように顔を伏せる。
その私の耳に飛び込んできたのは、意外にも奴隷商人となったコウキの罵声だった。
「ちょっと~? なんでこんなに待たせられなきゃならないの!? この後の商談に間に合わなくなるでしょうが!!」
声色は確かにコウキのもの。だが、その苛立った声に、私の肩は演技ではなくビクッと跳ねた。
今のコウキは私と同じく、変装した姿を周りにさらしている。髪を黒く染め、肌は褐色。黒と灰色が混じった装束は妖艶な雰囲気をかもし出していた。
確かにケイカさんとの打合せで「堂々と行きなさい!」とは言われていた。
下手に隠そうとすれば、かえって怪しまれる。ならばいっそ目立つくらいで丁度いい。
にしたって、目立ちすぎではないですか? コウキ……!
この場で私に手伝える事は何もない。あえてあると言うならば、コウキの言葉に身体を震えさせることだけだ。
「まったく日にちがかさめば、かさむほど! 儲けが無くなるってのに!! それともアンタ達が出してくれるの!?」
「まあまあ、お姉さん落ち着けって……。今、王都では厳戒態勢がしかれててだな……?」
「だから、そんなことウチラには関係ないってのよ! この娘達をエディル侯爵様に届けなきゃいけないの!! 遅れたらアンタ達が責任とってくれるワケ!?」
その言葉が検問官の額に汗を降らせた。本当はエディル侯爵という侯爵家に直接交渉できるような人脈なんて、コウキはもちろん私やケイカさんにもない。あるのは、情報としてこの名前の貴族がある場所に頻繁に出入りしているということだけだ。
虎の威を借りるようで少々情けないけど、お役人にとって、この名前は絶大な効力を発揮した。
「しっ失礼しました……。では通行証と身分証を拝見致します」
「まあっ……アンタ達も大変なのは見ればわかるわ。迅速にお願いね?」
先ほどまでの怒声から反転、撫でるような甘え声。
(ヤケクソ気味にも聞こえますが……。覚悟を決めたようですね。さすがはコウキです!)
そんな私の考えなど知る由もなく。
あわれ、顔を真っ赤にした検問官は、キチンと確認したのか不明のままコウキに通行証と身分証を返却してしまった。
「どお~も!」
コウキの攻勢はまだ終わらない。ご丁寧にも撫でるように、検問官のほおを撫でながら馬車に乗り込む。
何もそこまでしなくても、と私が思ったのは心の中に嫉妬の感情が湧き出たからだろうか。それとも、ここまでの覚悟を決めてくれた感謝の心か。
少なくとも私の中で暴れる心臓は、コウキの一芸でいつの間にか平静を取り戻していた。
「コウキ……貴方には立派な演者の才能がありますよ」
「…………」
私の溜息交じりの小声が、前方の手綱を持つコウキに届いたかどうかは定かではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
城門での喧騒とは一変して、見慣れた王都の城下町は一応の平穏を保っていた。さすがに以前の、聖誕祭の時のようなお祭り騒ぎのような空気ではないが、大通りに露天が並び、色とりどりの食料が並んでいる朝市は普段どおりに見えた。
ただ、……心なしか待ち行く人々の活気が沈んでいるようにも感じる。
その中を王城へと向けてゆっくりと馬車が進んでいた。
これから向かう場所は、事前に私達の間で相談済みの場所。
奴隷市場だ。
当初、東の砦での作戦立案時にコウキはこの場所に嫌悪感を示した。
「いくら奴隷馬車の荷物がエダ一人じゃ怪しまれると言っても、人身売買の片棒をかつぐってのはどうなんだ?」
以前、コウキの元いた世界の話を聞いたことがある。それはまさに夢の中の世界のようだった。
街には捨てるほどの食料があふれ、薪で沸かさずとも飲める水が簡単に出る魔法の筒が家々に配備され、人を襲う魔物なんて存在もありはしない。
最初にその話を聞いた時には「それって天国って意味じゃないですよね?」と思わず確認したほどだ。
そんな世界だ。もちろん喰うに困って身を売る娘達などいるはずもない。そんな世界から来たコウキには、王都の奴隷市場なんて悪漢の支配する地獄にしか見えないのだろう。
だが、この世界での奴隷という存在はコウキが思いこんでいるような世界とは少し違う。
確かに。
この奴隷市場が、彼女達にとっての地獄の門であることには違いない。人という存在にとっての最底辺。
だけど、それでも。彼女達の人生がここで終わるわけではない。もし本当にそうならコウキだって私だって、彼女達を奴隷市場に連れて行こうとは思わない。
彼女達はここで、生きるための仕事を得るのだ。
決して、死ぬために来るわけじゃない。
「……終わりましたか?」
「ええ……、じゃあ後は本命。アンタの番」
「……覚悟は、できています」
その声色はいつもと変わりない。私の大事な相棒コウキのものだ。
ただ、その高圧的な女言葉は二人きりになっても奴隷商人の女、そのままだった。
あらかじめ、決めていたことだった。
王都に入ったら何処に目があるか分からない。だから、どんな時でも私達は奴隷商人と、その商品である奴隷。その立場を忘れるわけにはいかないと。
「あっそう……。じゃ、じゃあ行きましょうか?」
「……はい」
一瞬のどもり声がコウキの緊張を私に伝えてくる。
コウキは私以外の娘達を、強固な石材で建てられた国営職業安定所の受付に預けてしまった。名称自体はいかにもな施設だが、周りからは蔑称で呼ばれている。
[奴隷市場]と。
建前では、乞食におちいってしまう国民を救うために設立された施設。実態は[仲介料]と言う名の金銭をもらって奴隷を紹介する施設になりさがってしまっている。
そう。
ここからが本番だ。ある意味、他の子達をこの奴隷市場に連れてきたのは、彼女達の安全を少しでも確保するためだった。
「……ほいっ。さっさと付けなさい」
コウキが私に投げてよこしたソレは。
首輪だった。
厚手の皮で作られたソレは、多少の刃物では切れもしない。しかも締め穴も数多くあり、私の首周りにピッタリとした締め心地となる。これでよほどの時間をかけねば、首輪を切る際に首まで切れてしまう寸法だ。
首輪の正面には鋼鉄で作られた鎖が伸びる。その鎖の行き先は当然、ご主人様の手の中。
「つけたね? ホラッ!グズグズしてないで行くよ!! ……あんたの新しい主人がお待ちなんだからね」
「……はい」
行き先は中央大通りをひたすら進んだ先にそびえ立つ、王城だ。城下町に住むのは平民達。特権階級の貴族達は王城の仲の貴族街で生活している。
ここからが勝負だ。
事前のケイカさんの調査では王城の門をくぐったが最後、一切の魔法、奇跡は使用できない。ならばこの先は、自分の身体一つでの戦いとなるだろう。
覚悟を決めよう。そして必ずやジャーリ伯爵とシスター長を助け出すのだ。
「ひゃっ!?」
「さっさと歩くんだよ!」
「はっ……はい!」
唐突に首輪が引っ張られた。
実はこの[奴隷市場]は入口にある通常の受付の他にもう一つ、特別な奴隷を扱うための受付がある。通常扱う奴隷の娘達とは違う、大貴族専用のVIP対応で扱うべき高級奴隷のための窓口が。
それは一般の商人が入ってくることのない通路の更に奥にある。王都の臣民はこの施設にこんな対応があるなんて思いもしないだろう。
付けたばかりの首輪を引っ張られつつも、私は足早にコウキの後を追った。
ちょっと首が苦しかったけど、それがコウキの仕業だというなら怖くない。
いや、今後もたまには……。
いやいやっ!? 私はこんな時に何を考えているの!?
自分のバカな考えを頭から振り払うと、あくまでゆっくり。そして怪しまれないように顔を伏せ。
鎖の音を、ちゃりんチャリンと響かせながら、足を進めた。
ウチのメインヒロインさんが変な趣味に目覚めそうで怖いです。
ちゃう、ちゃうんや……。
作者の思惑やないんや。エダさんが勝手にしゃべったんや……。




