第5話 奴隷となった聖女
昔、廃人となるまでやりこんだネトゲが新作となって登場しました。
まあ、ROなんですけどね?(笑
まったく意識してなかったのですが、この作品にも多少の影響を与えているのかもしれません。
ガタンッ、ゴトンッ……ガタッ……。
馬車の車輪から伝わる振動が、私の身体に響きわたる。
規則的な、それでいて一切の感情を持たない乗り心地だ。
ふと思い出す。
世界樹のふもとで。
次は5万の軍勢が地上にひしめく空で。
真っ黒な鱗が光沢を放ち、二本の立派な角の間から流れたゆたう黄金の奔流。
その流れの中に納まりながら、楽しそうに身体をくねらせる竜との旅路がひどく懐かしかった。
(すべてが終わったら、またコウキの背中で旅がしたいなあ……)
だが、そんな妄想も現時点では夢物語にすぎない。
私達、人間には帰るべき家が必要なのだ。私の帰りを待っていてくれる人達の平穏を取り戻さなくてはならない。
一度は私自身の手で踏み潰した、あの暖かな家を。
それはまるで、家畜の飼料を乗せるようなみすぼらしい馬車だった。すし詰め状態で荷台に座り込むのは、この先を運命を受け入れられずに悲嘆にくれた娘達。屋根なんて上等な設備などないので、外套を頭からかぶり雨風をしのがなくてはならない。
奴隷商人の馬車だった。
そんな劣悪な現実が、周りの娘達から希望を奪っている。
私。奴隷のペルーダも、そんな娘の中の一人。
だけども周囲の子達とは違い、私は今望んでこの馬車の荷物となっている。なぜなら、この劣悪な馬車が私にとっての希望の架け橋なのだ。
私の顔はもはや王都のみならず、ミズガルズ王国中に知れ渡っている。普通ならば山陰に隠れひそむなどして、人目を避けるだろう。
なればこそ、私達はその裏をかくことにした。
雨風をしのぐために外套をかぶり、悲嘆にくれて顔をうつむかせる。これなら誰にも私の顔を見られる心配がない。
この計画のために私は髪を赤く染め、肌にも簡単には消えない赤い顔料を塗りこんでいる。背丈だけはどうしようもないので、世にも珍しいドワーフ族と人間族の子という設定だ。
髪を後頭部でグシャグシャにまとめ、麻で縫われた簡素な奴隷服に袖を通している。誰も、私が聖女と呼ばれた女だとは思わない。
馬車は一路、南へと進む。
この調子なら明日の夕刻には王都シグムントに到着する。私はふと、顔を上げ、視線を前方の地平線へと向けた。これほどまでに遠く離れていても、その高さゆえに王都の城壁を望むことができる。
周りの娘達にとっても。そして、私にとっても。
それは地獄の門に相違なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
この作戦がケイカさんから提案された時、強い嫌悪感を覚えたのはコウキだった。
「エダを本物の奴隷なんて……させられるわけないだろ!!」
椅子を後ろに吹き飛ばす勢いでコウキが立ち上がる。私のために怒ってくれているコウキには感謝の念を通しこして優越感さえ覚えるが、さすがに今は自重しなくてはならない。
「しょうがないじゃない。今の王都は超がつくほどの厳戒態勢よ? そこにお尋ね者が忍び込もうとするなら、それくらいしないと」
私達とは対面の席で、ケイカさんはウルズちゃんのいれてくれたお茶を飲んでいる。
「コウキ。私は名案だと思います。確かに奴隷とはそれまでの身分を剥奪された者が身をやつすもの。身分証明など、本来の手続きが必要ありません」
「それでエダに何かあったらどうするんだ!?」
「貴族の家で奉公するだけだから……かえって安全よ?」
私にはコウキがここまで反対する感情がイマイチよく分からなかった。確かに最底辺の身分で生活は苦しいものだろうが、死ぬわけじゃない。
ケイカさんも最初はコウキの激高ぶりが理解できなかったようだったけど、何か思い当たったらしい。
「コウキ……アンタ。もしかして奴隷って立場を勘違いしてない?」
地方から送られてくる奴隷に身を落とした娘達の仕事は、貴族または商人など裕福な家庭での雑用係だ。それ以上でもそれ以下でもない。
「……だって、奴隷の女の子って……。乱暴されたりしないのか?」
この話からして、コウキの言う乱暴って……。私はコウキの心配している理由に思い当たり、思わず顔を赤くしてしまう。
「アンタが想像してるような、ハレンチなことにはならないわよ? 奴隷にだって人権はある。もし酷い扱いをしようものなら官憲にとっつかまるから。まあ……自らの武器を活用する娘は居るかもしれないけどね?」
ケイカさんがニヤニヤしながら、私と同じく顔を真っ赤にしたコウキを眺めている。
「それでも、そんなケースはまずないわよ。雇い主だって裕福な人達だもの。わざわざ奴隷になったような娘に襲い掛かるより、ちゃんとした出自の娘達がお相手してくれてる。……期待はずれで残念でした~」
「そんな期待なんてしてない!!」
ケイカさんがイジメっ子モードになってコウキをからかっている。だが、万が一にもコウキの危惧が実現するかもしれないことも確かではある。
「まあ、エダも今や絶世の美人さんだからね。そういう可能性が無いとは言わないわ。だから奴隷商人には……コウキ、アンタがなるのよ!」
「おっ俺!? ……自分で言うのもなんだけど、こんな奴隷商人いるか?」
コウキが自分の顔を指差して困惑している。たしかにこんな美貌をもった奴隷商人は珍しい……珍しくはあるが、それが有利に働くこともある。
「コウキの顔ですと……キチンとしたメイクを施せば逆に高級奴隷商人として違和感がなくなりそうな気がします……」
「こ~んな、女王様みたいな奴隷商人にね?」
ケイカさんが空中に両手で大げさにプロポーション抜群の女王様像を描き出す。この時点でコウキはもはやテーブルに顔面をつっぷしてしまっていた。
「つまりこんな感じね。元高級娼婦だった女王様コウキが自分で奴隷商を始めた。集めた娘達は全員、田舎で口減らしされて、資金難で身売りするはめになった田舎貴族の令嬢。だけども世間の目から隠したいのでわざわざ王都にまで連れてきたっと。あら? 案外ありそうな展開ね?」
「そんな女王様のお得意先なんて、やっぱりイカガワシイ場所になるじゃないか!!」
「大丈夫よ。女王様コウキはお優しいの! 自分みたいな娘を作らないようにってワザと貴族の屋敷に売り込むのよ!!」
悲惨な状況に追い込まれる奴隷の娘さんは、大抵安宿でお相手をしなければならなくなるらしい。ならば裕福な貴族達の方が身の危険が少ない。木を隠すなら森、だ。
一度は反論するために顔を上げたコウキが、すぐさまテーブルにつっぷしなおした。
「そんな役できねえよ! 俺は演劇なんてやったことないんだぞ!?」
「演技なんて前からやってるじゃない。これまでずっと女の子の役を……ね。アンタ元々は男だったんでしょ?」
「まあ……。そうだけど」
「お得意先は私が誘導するわ。ヴェル達と冒険している時は私が斥候役だからね」
冒険者PTでの必須役ともいえる斥候役は、何も罠の発見だけが取得ではない。あらかじめ情報をあつめ、作戦を立案しPTを安全に導くのも重要な仕事だ。
「コウキ……。頑張りましょう! これも皆さんを助け出すためです!!」
「正面から堂々と殴りこむほうが、楽な気がする……」
盛大に溜息をつくコウキをよそに、私達はこれからの準備を進めていく事になったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
奴隷馬車の荷台に、夕焼けの赤い光が差し込んできた。
こんな状況でなければ西の山脈の先、霜巨人の大陸ニブルヘイムに沈む夕日をゆっくりと楽しめただろう。
まわりの娘達も、夕日を眺める余裕なんてない。もっとも私だけ別の種類の緊張感に包まれているのだが、それを知るのは私と奴隷商人となったコウキだけだ。
「……本日の移動はここまで。各自、決められた仕事を始めなさい」
奴隷商人兼業者となったコウキが、後ろの荷台に乗る私達に対して言い放った。正直、コウキのこんなにも高圧的な言葉は聞きなれない。
もしかすれば違和感に気付かれるかもと思ったが、荷台に乗った子達は自分の未来への不安で押しつぶされそうになっている。おそらくは大丈夫だろう。
コウキの言葉を聞いて奴隷となる運命の子達がゆっくりと動き出した。こんな時でも、働かなければ食事ももらえないと理解されられたのだ。
東の砦でのケイカさんの言葉に嘘はない。
よほどの器量良しでなければ、娼婦としての運命をたどる子なんて滅多にいない。いや、娼婦となれる子の方が幸せなのかもしれない。それならば、娼館の経営者からそれなりの扱いをしてもらえるからだ。
この子達に待っているのは、下働きとしての過酷な労働だろう。それでも家族の生活のため、自分を売らなければならなかった。
川へ水を汲みに行く子、薪を探しに行く子、食料の下ごしらえをする子。
それぞれが、それぞれの仕事へ散っていく。
「……アンタはこっち」
「はい」
奴隷商となったコウキに私は毎日のように呼ばれる。周りの子達から見れば、私は奴隷商人様のお気に入りに見えただろう。最初の段階で計算が出来るところを見せた私は、いつの間にか奴隷商人様の補佐を勤めていた。
いや、嘘だ。
最初からこうしようと、事前に打ち合わせていたのだ。
本当は目立たないために他の子達に混ざろうとしたのだけど、コウキが難色を示した。私達はお尋ね者。なるべく別行動をしないようにと、二人で画策したのだ。
「……どうぞ」
「……」
私は他の子達が組んできた水や薪を使い、お茶を入れる。当然、それを最初に飲むのはコウキだ。この時点で私は他の子達よりも有用であると示さなければならなかった。
計画遂行のため、違和感なく城内の貴族街に売られるようにする。
私の差し出したお茶を、コウキは憮然として口に入れる。まだまだコウキの演技が硬い。
この旅路はコウキの演技力向上の期間でもあるので、もうちょっと慣れてほしい。
「……商人様は商品である奴隷に礼など言いません。ただ悠然とお世話されていればいいのです!」
「……わかった」
周囲を確認してから、小声で演技指導をする。コウキは自分でも言ったとおり、演技しようと思うと口調がたどたどしくなり苦戦しているみたい。
「もっと偉そうに! なんでしたら、ムチで叩いてみますか?」
「……するわけないだろ」
御者用のムチを取り出してみる。本来は馬用のものなので、これで人間を叩けばかなりの痛みを与えられるはずだ。
だけども、渡された当の本人は心底嫌そうな顔をしていた。コウキだって時折私をからかってオモチャにする時がある。これでおあいこだ。
本当はこんな風にふざけている場合じゃないのもわかっている。今、私達の腕には大事な養父と養母の命が掛かっているのだ。そんなことは十分すぎるほど分かっている。
だけど……、現実を直視すると自分の心が押しつぶされそうになってしまう。
――私は弱い。
自分のことはどうでもいい。
たとえどんな傷を負おうとも、後悔など微塵も沸かないだろう。ただただ、自分のせいで大切な人が傷つくのが怖くてたまらない。
今という現実を真正面から受け止めることが、この後に及んで出来ていない。
このおふざけもコウキという存在にすがりついている証拠だ。誰かに支えてもらわなければ私は自分の足で立つこともままならない。
――――私は弱い。
明日には王都へと到着する。そこからは一瞬として気の抜けない時間が続くだろう。
もう後戻りはできない。
何度も明日からの行動を頭の中でシュミレートする。ケイカさんはどんなツテをもっていたのか、商人ギルドの偽造会員証まで準備してくれた。これなら疑われることもなく、王都に進入できるだろう。
歓喜の雄叫びを上げられるか、それとも絶望の慟哭を余儀なくされるのか。
全ては明日からの私達しだい。
だからそれまでは、どうか。今は、……今だけは、この平穏な時間を過ごす事をお許しください。
私は天に向かって祈りを捧げる。
私の信じる神が、あの戦乙女の主ではないことを信じながら。




