第4.5話 幕間
今回の幕間は始めての三人称での文章に挑戦してみました。
まだまだ勉強中の身なので、文章におかしなところがありましたらご指摘していただけると嬉しいです!
冬の到来が間近なユミルの街。
この季節にもなると道には冬篭りの準備に精を出す男達がひっきりなしに行きかっている。
ミズガルズ王国のなかでも最北端にあたるこの街は、真冬にもなれば積雪は五メートルにも及ぶ。各々の家が一様に冬の準備に追われていた。
一階の窓、玄関は戸締りを厳重にして外から木板をあてて補強する。これからは二階の一番大きい窓がその家の玄関だ。食器から寝具、冬篭り中の仕事道具まですべて二階に上げ、ガランとなった一階は保存食となる干し肉や野菜が積み込まれる。一冬をすべてこの食料で乗り切ろうというのだから床が見えないほどの量だ。
シスター長マリーが暮らす竜神殿でも冬篭りの準備が始まっていた。この街、唯一の大工である棟梁が埋もれる高さにある窓をすべて補強してくれているし、他にも街の多くの男衆が薪割りや立木の補強などに汗を流していた。
その代わりにマリーを含むシスター達は、他の家で冬篭りの準備を手伝っている。なにしろユミルの街の特産品の一つが冬の間に女衆が作る絹織物なのだ。春までの仕事分の材料の確認や機械の調整は繊細で男衆にはできない。女達の戦場だ。
「はいハイ! 今日も頑張って行っておいでよ! 雪が降るまでにもう二週間もないからね!」
そう言ってシスター達を竜神殿から見送るのが最近のマリーの日課だ。
マリーとて怠けているわけではない。自分では口に出さないが、織り方の腕ならユミルの街で一番の達人だ。シスター達を見送ったのち、各々の家に出向き若い子達の先生となるのだ。雪が積もり始めれば外を出歩くこともままならなくなる。
「さーて、私もいくかねえ……。この一週間でいっぱしの織手になってもらわないとね!」
マリーは威勢よく腕まくりをしながら、今日の教材の準備を始めた。
この街はそれほど大きな街ではないけれども、それでもマリーの生徒である街娘達は50人ほどもいる。
まるっきりの初心者から、もう一段階腕を上げれば商品になる中級者まで千差万別。そんな若者達の実力に見合った仕事の手ほどきをしなければならないのだ。ちなみにまだまだ商品になるほどの織物を作れない子達の作品は春先の男衆の衣服になる。荒っぽく使われることになるので頑丈第一だと口すっぱく言ってやらないといけないのだ。
本日の教材を手押し車に載せ、さあ出発だ!というところで事件は起きた。なにやら大通りの先からこの季節には似つかわしくない、砂煙が上がっているのがマリーの視界に写ったのだ。しかも、どうやら目的地はこの竜神殿らしい。
「ありゃまあ、また何かあったのかねえ……。エダったら年頃なのにちっとも落ち着きがない、こまったもんだよ」
まだまだ遠目ながらも、こちらに疾走してくる馬はあきらかに農耕馬ではない。貴族様が移動に使う駿馬だ。こんな田舎街で騎士様の乗るような馬に跨っているのは、伯爵の地位にある弟の養女であり、マリーにとっても愛娘同然であるエダの帰郷以外ありえないのだ。
(でも、おかしいね。弟の話じゃエダは革命の救世主として聖女になるって話じゃないか。おいそれと里帰りできる身分じゃないはずなんだが……)
顔を見せてくれるのは嬉しいのだが、この時期に帰郷というのはなにやらおかしい。
マリーとて可愛い娘の晴れ舞台を見たいとは思う。だけども時期が悪かった。今この時期に彼女がこの街を離れれば、冬の準備が終わらないまま雪が降りかねない。断腸の思いで弟に任せたのだ。
砂煙がどんどん近づいてくる。一体何事かと周りの家の連中も道ぞいに集まってきた。
そこでマリーは違和感の正体に気付いた。駿馬に乗っている騎手が明らかにエダではない。全身鎧を着込んだ王国騎士団の騎士だ。
「竜神殿シスター長、マリー殿でありますでしょうか?」
王国騎士はマリーの傍にまで馬を進めると兜を脱いだ。若い騎士だ。ここまでの道のりを全力で駆けて来たのがわかるほど埃と汗にまみれている。
「……はい。私が夫に代わりユミルの竜神殿を預からせていただいております」
「ミズガルズ王国騎士団、王都防衛隊の騎士フィンと申します」
自己紹介をする騎士フィンの表情は悲しく、苦悩に満ちていた。その顔を見て、間違っても良い報告ではないことをマリーは悟る。
「昨日、王都の戴冠式にて先代ミズガルズ国王シグムント様の暗殺事件が起こりました。犯人は……聖女として同日戴冠式に出席された、この竜神殿の巫女エダ殿です」
その言葉は、すぐにはマリーの頭に入らなかった。頭の中が真っ白になる。この若い騎士は一体何を言っているのだろうか。なおも騎士フィンの言葉が続く。耳には届いているものの頭の中に入ってこない。
混乱するマリーの意識に、ようやく言葉が届いた。
「貴方を王都へ連行するよう命ぜられています。どうか妙な気を起こされませぬよう」
ユミルの街の竜神殿責任者にして巫女エダの母親役。シスター長マリーの意識はこの言葉を最後に暗転した。
馬車の車輪の音と馬のいな鳴き声でマリーの意識が現実へと戻って来た。
あの若い騎士が介抱してくれたのだろう。竜神殿の庭に設置されているベンチでマリーは横になっていた。
ゆっくりと身体を起こす。
先ほどの出来事はもしかして夢だったのだろうか?そんなはかない希望は、目の前で優しく看護してくれている若い騎士の顔が視界に映りこんだことで霧散した。
どうやらこの騎士は私の身柄を確保するために先行してきたらしい。マリーが気を失っている間に、後続の馬車も到着したようだった。
「……肩をお貸ししましょうか?」
マリーを看病していた騎士が手を差し伸べる。
「……いえ、自分の足で歩けます。ですが一つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
「聞きましょう」
エダの嫌疑が嘘か真かは分からないが、現状では自分が王都へ連行されるのは確定事項だ。もし拒否などすれば私を含め、街の皆にも嫌疑の目が向けられるかもしれない。
「冬篭りの準備の引継ぎをしてまいります。一刻ほど時間をいただけませんでしょうか?」
「……承知致しました。ですが単独行動を許可することはできません。自分が同行しても?」
「もちろんです。許可をくださり、有難うございます」
マリーに逃げ出す気など毛頭ない。この騎士フィンも理解はしているのだろう。むしろこの申し出はマリーの立場を悪くしないための好意だった。
朝送り出したシスター達にしばらく留守にすると連絡をいれ、竜神殿で力仕事に精を出していた男達にも頼めるだけの仕事をお願いする。盛大に苦情を言われたが隣に立つ騎士を見た途端、何かが起こったのだと察してくれたようだった。
この忙しい時に街を離れることを謝罪している彼女に迷いの色はない。
そこに、先ほどまで気を失っていたシスター長マリーの姿はなかった。
(嘘か真か。王都に行けばわかることさね……。ハッキリとしているのは、あんの、バッカ娘がまた何かやらかしたってこと。まったく……いい加減、楽隠居させてくれないかねえ……)
騎士フィンが連れてきた馬車の中で、マリーは大きな溜息を吐いた。しかしそれは絶望の溜息ではない。どんな時でも希望の灯を消すことはない。ユミルの大女将さんは大事な娘の窮地を救うため、王都への殴りこみを決意した。
「マリー殿、もうすぐ王都に到着しますのでご準備を……」
「……わかりました」
ユミルの街を出発してから二週間。
マリーを乗せた馬車は王都シグムントを目の前にゆっくりと進んでいた。移動のためとはいえ、夫以外の異性とこれほどまでに長期間二人きりになることなど久しぶりだ。竜神殿は男子禁制というわけではないのだが、竜神に貞操を捧げたシスター達の生活の場が中心となる。
もちろんユミルの街で大人の男性と会話することなど日常茶飯事なので苦手というわけではないのだが、状況が状況だ。
「王都に到着する前に……少しよろしいでしょうか?」
この二週間、マリーと騎士フィンは必要最低限の会話しか交わしていなかった。だからだろうか、もう少しで到着というところでフィンの方から話題を振ってきたのはマリーにとっても意外だった。
「なんでしょう?」
エダの所業が事実であるならば、国家の敵となった家族に何の用事があるのかと思わず身構えてしまう。
そういえば、この若き騎士はマリーと対面した時から何か悲しそうな表情を浮かべていた。
「私は……巫女エダと騎士養成校の同期でした」
「まあっ! エダのお友達でいらしたのですか?」
「……いえ。友達というほどの関係でもなかったのですが、色々な意味で彼女は目立っておりましたから。同期で彼女のことを知らない者はいないでしょう」
エダは優秀な反面、自我が強く訓練でも上官に真っ向から意見する場面も少なくなかったらしい。「儂の教育かお前の教育か、なんとも騒がしい娘に育ったものよ」と弟が愚痴ってきたこともある。その時はアンタが甘やかすからだと、弟のジャーリ伯爵に責任を押し付けたものだが、確かに頑固な性格は私ゆずりなのかもしれない。
「成績優秀な反面、色々と問題を起こしていたこともありましたが、それは同期である私達の不遇をなんとかしようと奮戦してくれたからなのです」
騎士フィンは王都の上空に広がる暗雲とした空を見上げながら言った。
「当時の私達は上官の無茶な命令にも軍人だから従わなければならないと、頑なに信じきっておりました。命令を拒否すれば、それは軍という秩序を乱すことになります。その先は軍の崩壊を意味すると。ですが彼女は自らの信念を貫き通していました。助けられる命がそこにあるのに何故助けないのか?と」
マリーとて弟のジャーリ伯爵と共に王都で子供時代を生きてきた人間だ。ミズガルズという国を守るため、時には非情な選択を迫られる時もあることを理解している。だがエダはその選択を受け入れることが出来なかった。
「私達の代の教官は侯爵出の貴族でした。出世街道をうまく進めずに苛立ち、騎士養成校の教官という自分が許せず、未熟な生徒でも過酷な討伐任務を強要していたのです。そんなある日、事件が起きました。ある討伐任務の最中、報告とは違う狼の魔物と遭遇しました」
マリーは思わず息を呑んだ。以前ブオリの村に出現した熊の魔物ほどではないにしろ、魔物化した大型肉食動物は災害そのものだ。通常であれば大規模な討伐隊が組まれ、数ヶ月単位で慎重に対応されるべき事案だ。
「彼女は撤退を侯爵出の教官に進言しました。しかし教官は自身の出世欲のため、そのまま討伐を命令したのです。ですが私達にとっても狼の魔物などという危険な討伐は初めての事例で、足が動きませんでした」
それはそうだろう。とマリーは思った。十を少し過ぎた年頃の少年少女が相対する魔物では間違ってもない。
「その場には恐怖で硬直する生徒と、狂ったように前進を命じる教官の声のみが響いていました。私達がようやく自身の命を失う覚悟を決めた時、彼女は動いたのです」
騎士フィンの言葉にはエダに対する尊敬の念がある。今となっては王殺しのテロリストとなったマリーの娘を、この若き騎士は信じていた。
「目の前の光景が信じられませんでした。まるで翼を持っているかのように飛び出した彼女は一撃で喉を突き、狼の魔物を仕留めたのです。そしてその勢いのまま狂喜乱舞する教官を殴りつけ、昏倒させてしまいました」
その事件は意識を取り戻した教官の申告で問題視され、エダは上官への反逆という罪で休学という事実上の退学処分となった。その場に居た生徒の必死の弁明により数日後、エダは復学を許された。が、生徒がそのことを告げにジャーリ伯爵邸を尋ねた時には、彼女はもう王都に居なかった。
ガタンッと旅の間続いた馬車の振動が止まり、二人の間に静かな空間が支配する。
マリーを乗せた馬車は、いつの間にか王都の正門へと辿り着いていた。相変わらず検問待ちの長蛇の列が続いている。
騎士フィンはその列の最後尾に馬車をつけると、マリーに向かって寂しく微笑んだ。
「だから私は信じているのです。彼女、エダ=ヴォルヴァ=ジャーリは正義を貫いた……と」
若き騎士フィンの言葉に、マリーはゆっくりと頭を下げることで感謝の意を示した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エダは巫女としてユミルの街に来るまで王都で生活していた。
六歳から十二歳まで、幼年の騎士養成学校に通っていたのだ。それは万が一、マリーやジャーリ伯爵に何かあったとしても強く生きていって欲しいという願いからだった。
元々素質はあったのだろう。エダは、同年代はおろか上級生をも打ち負かすほどの剣の腕を身につけていた。マリーはてっきり、そのまま王国の騎士団に入るものだとばかり思っていた。大事な娘が軍人となって危険な戦におもむくのは複雑な気持ちだったが、それが彼女の意思ならば尊重しようと。
そんなエダ十三歳の春。
結婚と共に王都からユミルの街に移り住んだマリーは、夫の代わりにユミルの竜神殿のまとめ役を押し付けられていた。娘の年齢と変わらないシスター達と一緒に祈りを捧げ、料理を作り、懺悔を聞く。忙しくも充実した毎日を送っていた。
そんな時だった。
遥か遠くの王都で充実した生活を送っているはずの娘が、その足でユミルの街にやってきたのだ。本来見につけているはずの鎧甲冑ではない。ボロボロのマントで巫女服を覆い隠しただけの、くたびれた格好を見て一体何があったのかとマリーは驚いた。
「巫女になるための修行がしたい」
驚くマリーを前にしてエダは短く、言葉をつむいだ。
ボロボロの格好に反比例して彼女の眼光はランランと光り輝いている。それは只一つの希望を胸の内に秘めた人間の姿だった。
マリーは迷った。
王都に帰れと叩き出すこともできた。せっかくの出世街道を投げ捨てるのかと叱責することもできた。
だが、そんな月並みの言葉でこの娘が考えを変えないことも承知していた。
無理に叩きだせば、この娘は別の街の竜神殿で巫女になろうとするだろう。そんなことになるならば自分が監督した方が安心できる。マリーはそう考えた。
それからエダは、まるで取り付かれたように巫女の修行に没頭した。
巫女は天界の神々に己を捧げる存在。家事やマリーの手伝いだけを行なうシスターとは立場が違う。
ユミルの街を拠点にして様々な街の司祭へ教えを請いに出かけ、懺悔の間で祈りを捧げる。自らを神の存在へ近づけるために必要最低限の飲食しか許されない。そんな苦行が二年も続いたある日。
ユミルの街へ着てから、いっさい表情を変えなかったエダが満面の笑みで懺悔の間から飛び出してきた。
ついに神からの啓示を受けたと。
この娘は遂になどと言っているが、わずか二年で神の声を聞くなど竜神教始まって以来の快挙だ。普通の巫女や神官は神からの啓示を受けるのに一生をかける。
これはある種の奇跡なのだ。そう何度もあっては神様も暇なのかと思ってしまう。
しかもその内容が衝撃的だった。
世界の終焉を予言する啓示。
こんな大それた啓示は前代未聞だ。王都シグムンドにある竜神教の総本山である大神殿に伝われば大混乱におちいるだろう。
悩みになやんだマリーは大神殿への報告を待つことにした。最愛の娘が嘘を言っているとは思わないが、この啓示が事実かどうか確認しなければならないと思ったのだ。
それから数日後、娘にとってもマリーにとっても運命の出会いが待ち構えていた。
その少女を見た瞬間、娘の受けた啓示は真実であったのだと確信する。
眩い黄金の波を頭部になびかせ、エメラルドのような大きな瞳を持った、少し自信なさげな、この世の人物かと疑うほどに煌めく竜の少女がマリーの前に現れたのだから。




