第1話 ~東への逃亡~
お待たせ致しました。第2部の本格始動となる第1話をお送り致します。まったりな更新ペースですがお付き合い頂ければ幸いです。
俺は無我夢中になりつつも、王城から飛び出した。
何処へ向かうか? なんて考える暇もない。とにかく、錯乱状態にあるエダを静かな所で休ませなければならない。現状で俺がやるべき最優先事項だった。
(こんな事なら、堕天竜としての力も少しは残して置けばよかった……クソッ!!)
黄金に光り輝く宝珠竜の姿であったならば、凶行を侵したエダのフォローも出来たかもしれない。だが、先の革命での戦闘で俺もエダも新たに得た力を使い果たしていた。今の俺の姿は、異世界転生時と変わらない黒光りした爬虫類にコウモリの羽根が生えたような容貌だ。大多数の人が見れば、邪竜や怪物にしか見えないだろう。
当然、大空を飛び回る力も消えうせている。ならば以前発明した[跳躍飛翔]つまり大ジャンプで逃げるしか手はなかったのだ。
大空から見下ろせば、王都中の大通りに小粒のような民衆がひしめいている。
俺の跳躍飛翔は一度のジャンプで500mほど移動できるが、所詮はジャンプしているだけの行為。空を直接飛ぶより効率が悪いのは言うまでもない。一国の首都である王都を一度のジャンプで飛び越える程ではないのだ。
バサッバサッ……。――――――ドゴンッ!!
俺の竜化した姿が、豪快な風切り音と着地音を伴って城下の大通りのど真ん中に降り立った。風圧と振動で、大通り沿いの露天の屋根がめくり上がり、地面の石畳に亀裂が入る。それと同時に周囲から驚愕の声や悲鳴が聞こえてきた。平穏な城下町にいきなり怪物が現れたのだ。周囲の反応は至極当然だった。
その反応に、俺は自分の迂闊さに気付いたのだ。
(しまった……! こんなトコに降りたら更に誤解が広まる……!)
だが、すでに時は遅し。
大通りにいた老若男女全ての視線が俺に注がれる。その視線には恐怖の色がありありと見て取れる。新しき王の誕生をこの目で見届けようと王都に集まった人達は一瞬の静寂の後、大混乱に陥った。
「何あれ? 魔物!?」
「なんで……王都に魔物がいるんだ! 騎士団に通報しろ!!」
「逃げろ!! 魔物が王都に入り込んだぞ!!!」
一瞬のざわめきの後、我先にと逃げ惑う騒乱が大通りを支配してしまった。
このままでは、先ほどの二の舞になってしまう!
(ゴメン、エダ。もうちょっと我慢して……!)
既に周囲は俺達の出現により大パニックとなっている。
俺は背に乗せた彼女に謝罪しつつも再び尻尾に力を込め、王都を脱出するべく再び跳躍した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから先は逃げの一手しかなかった。
この世界に転生し宝珠竜の姿になって、最初に出会ったのがエダで本当に幸運だったと実感している。
これが他の一般人であったならば、弁解の余地もなく魔物として通報、もしくは退治されていただろう。啓示を受けたエダだからこそ、異形の存在となった俺を受け入れてくれたのだ。
だからこそ、王殺しの罪を負ってしまったエダを見捨てるなんて論外だった。
正直、この逃亡自体も正解なのかどうかも分からない。俺達が逃げることにより、ジャーリ伯爵の立場は再び最悪のものとなるだろう。
いや、伯爵だけじゃない。今まで懇意にしてもらった全ての人達に迷惑をかける逃走劇である。
それでも。
それでも俺は逃げの一手を打たざるを得なかった。
あの場に留まれば、俺はともかく彼女の結末は悲劇的なものになっていたのだから。
「ハア、はあ、はあぁぁぁ――――。これだけの距離を稼げば一晩は大丈夫かな。エダ?今日は此処で休もう?」
「…………」
時刻は夕刻。
俺は息を荒く乱しながらも、人気のない草原を今夜の宿に選んだ。
すでに地平線にて日の光が真っ赤に染まり、夜の帳が落ちかけている。
実に半日の間、俺は必死の跳躍飛翔を繰り返していたのだ。疲労は限界に近づき、俺自身どこに向かっているのかも定かではない。とにかく王都の追っ手から逃げなくてはという考えしか、俺の頭の中にはなかった。
俺の言葉に対しての彼女からの返事はない。
まるで人形のように脱力し、自分で動く活力を失っている。
西から吹き付ける冷たい風が、すでに厳しい冬の到来を告げていた。
たとえ人気のない草原であろうとも、誰とも会わずに一晩凌げるという保証はない。宝珠竜としてのこの身体は、再び人々に恐怖を植え付けてしまう。
人の姿に戻ればなんとか誤魔化すことも出来るかもしれない。しかし王城での竜化の際、聖女としてのドレスをボロボロに引き裂いてしまったので、人間の姿に戻れば素っ裸という体たらくだ。
それに、いざという時に竜の姿じゃないと彼女を連れて逃げられない。
どちらにしろ火を熾す道具さえないので、俺の自分の羽根で雨風をしのぐ他なかった。
彼女を覆い隠すかのように羽根と胴体でとぐろを巻き、ドーム状の簡易テントを作成する。これなら快適でないながらも一晩は明かせるはずだ。そんな俺を中から見上げながら、彼女は王都を脱出してから初めての笑顔を見せた。
いや、笑顔というよりは苦笑に近い。悲しみに包まれながらも、昔を思い出したように彼女の口から声が聞けた。
「懐かしいですね……覚えていますか? コウキ」
「ん? 何が??」
「私とコウキが初めて出会った日の夜も、貴方はこうして私を雨風から守ってくれたじゃないですか」
ああ、俺とエダが出会った日。世界樹の麓でミドガルズオルムと邂逅した夜も、こんな風に一夜を共にしたっけ。
「ああ、そんなこともあったっけ……。時間にすれば数ヶ月前の事なのに、遥か昔の出来事のようだよ」
「そうですね……。あの頃の私は頑なに竜神教を信仰していました。神からの啓示を受け取り、世界の救世主となられる竜神様を補佐する自分の未来に酔っていたのです」
だが、その天界の神こそが彼女達人間族の敵だった。当時は矢次早に事態が進展していった為、彼女は今更ながらにこれまでの自分を思い返しているようだ。
「あれから色々ありました……。私は戦乙女の身体となり、コウキは天界の宝珠竜と堕天竜の力を得た。ですが、それが苦難の入口であったのも事実ですね……」
「でも、後悔なんてしてないぞ? そもそも、エダと出会わなければ路頭に迷っていただろうし」
「……そうでしょうか? 私などが居なくともコウキなら――」
最後の彼女の言葉は、風の音で酷く聞こえにくかった。「そうでしょうか?」までは聞こえたんだけど。
「ゴメン、ちょっと最後の声が聞き取れなかった」
「いえ、なんでもありません……。もう寝ましょう? 明日、またどんな災厄が降りかかるか分からないのですから」
そう言うと俺の体の中で更に身体を丸め、彼女は両目をゆっくりと閉じる。更なる苦難を予言するかのような予言の巫女の言葉を、俺は否定することが出来ずに一晩の寒風を耐え凌ぐのだった……。
「コウキ? ……起きて下さい、コウキ!」
やはり宝珠竜の身体は変温動物の特性を持っているのかもしれない。冬の冷たい風を一晩中浴び続けた俺の身体は、どうにもうまく反応してくれなかった。
「もうちょっと暖かくならないと動けないよ……」
まだまだ朝焼けが始まったばかりの早朝。
まるでトカゲが身体を温めないと動けないかのように、俺の体は動きが鈍い。お天道様がもうちょっと活動的になってくれないと、調子が出ないのだ。
「眼を開けるくらいは出来るでしょう!? アレを見てください。街、と言うより砦? の門が見えます! もし手配が周っていれば面倒な事になりかねません!」
今持てる力を振り絞って重い両目の目蓋を上げると、目の前には腰に手を当てているエダの姿があった。まるで朝寝坊を叱るお母さんのように、慈愛の篭った目で俺を叱咤している。
良かった。
昨日の焦燥ぶりが嘘のように普段の彼女に戻っている。
ユミルの街でウェイトレスの仕事こなしていた時、朝の弱い俺を毎日のように起こしてくれていた日々が実に懐かしい。
「……砦の門? 平原のど真ん中にそんな物があるわけ……、あれ? あれは……東の砦!?」
「東の砦というと……コウキがヴェルちゃん達と冒険者家業をしていたという火の巨人大陸側の防衛拠点である、あの?」
「うん。あの火山灰と赤土が混じった砦の色は、間違いない。そっか、無意識の内に見知った道を通ってきたのか。俺は」
俺が暴走の末に彼女を傷つけ、その事実に耐え切れずに逃げ出した。その逃亡先に本拠地としたのがこの東の砦だった。そこでヴェル達に出会い、三人娘の明るさに俺は救われたのだ。
「この時間帯なら表に出ている人間は少ないか……。よし、エダ。なんとか俺の衣服の目処がつきそうだよ?」
「……といいますと?」
「この東の砦には、恥ずかしくも頼もしい鎧を俺に作ってくれた鍛冶屋さんがあるんだ」
今現在の最優先事項は、目立ちすぎる宝珠竜の姿をなんとかする事だ。
俺は今だ運動を拒否する自分の身体に鞭を打ち、東の砦の工業地区へ向けて飛び立った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(やっぱり鍵は掛かってるか……。ヴェル、ごめん!)
俺は心の中でドワーフの少女に謝罪し、玄関の鍵を破壊した。
此処、[ヴェル=セッパ]の鍛冶屋は東の砦における有名冒険者PT[ごちゃ混ぜのノルニル]のリーダー、ヴェルが店主を勤める鍛冶屋さんだ。店頭には店主の趣味全開な防具やら武器が所狭しと鎮座している。
俺が鍛冶屋さんであるこの店に服を探しに来たのには、以前訪問した際に違和感があったからだ。
カウンターの横を突っ切り、前回注文した[戦乙女の鎧]を試着した部屋へ向かう。体の小さなドワーフ用の家を宝珠竜の大きな身体で徘徊するのはかなり狭い。なるべく周りの家具を壊さないよう、最新の注意を払った俺達は目的の試着部屋へ辿り着いた。
「やはり此処はヴェルちゃんのお店でしたか。私は初めてお邪魔しますが……素肌の上に鎧を着ようというのですか? 肌着が無ければ色々問題があるかと思いますが」
「それがどっこい。このお店には……ほら?」
「あらっ……これは見事な」
エダが感嘆の声を漏らした。鍛冶屋な筈のこの店の試着部屋に、所狭しと様々な衣服が並んでいたからだ。鎧の下に着込む肌着から、日常生活で着るような衣服まで多岐に渡るラインナップにエダの目が見開いている。
「俺もヴェルに裁縫の技術があるとは聞いてないんだけど。前回この部屋に通された時に同じ印象を持ったんだ」
「ヴェルちゃんほどの鍛冶師なら、裁縫の腕も一級だということでしょうか?」
「うーーん……。そればっかりは本人に聞いてみないと何とも言えないなあ。兎も角、今の俺達には必要な物が揃ってる。ヴェルには後で謝っとくから此処で身支度を整えよう」
俺も勿論だけど、エダも今だ王城で用意された月の巫女のドレスを着ている。ああいう祭典の場での衣装は、普段の街中では奇異な目で写るのも当たり前のことだ。
俺は人間の姿に戻ると早速、エダと共に街中でも目立たない衣類を漁り始めた。
「凄いですね……。普段着のみならず下着までありますよ?あ、これはコウキのサイズに合いそうですね。どうぞ?」
「うっ……。前々から言ってるけど俺は元男だって。女性用の下着はちょっと抵抗が」
「何を言ってるんですか。今は誰が見ても完璧な女性でしょうに……。キチンとした下着は淑女の義務です!」
「だから淑女じゃないってば!」
この時ばかりは、これまでの事件を忘れたかのように和やかな空気が場を支配した。エダだって女の子だ、可愛い服に憧れがない筈が無い。この時間が少しでも彼女の癒しになればと、俺達は服選びを楽しんだ。
「こんな感じでしょうかね。本当はもっとコウキに似合う服があるのですが……」
「だから目立っちゃ駄目だってば!」
さすがにワンピースやスカートはご勘弁願いたい。
俺の必死の抵抗に若干不満そうなエダだったが、自分だって地味目の服を選んでいる。さながら殉教の旅を続ける尼さんと言った感じだ。俺は一人旅を続ける女性商人といったところか。
本当なら鎧や剣も失敬して完全装備で。という案もあったのだが、残念ながら女性用の鎧は需要が低いため完全オーダーメイドだ。だからこそ俺は、あの痴女にしか見えないような[戦乙女の鎧]を発注してしまったのだから。
「ヴェルが留守にしている事は近所の人間なら知っているはずだ。泥棒と間違われないように早々に退散しよう」
「はい。正に泥棒そのものではないかとも思いますが、後払いという事で!」
確かにやっている事は空き巣そのものだ。
その事実に俺達は二人して苦笑すると、[ヴェル=セッパの鍛冶屋]の裏口に向かった。家の中からなら鍵を普通に外して出れるだろう。
俺達がそう思い行動した、その時。
「だぁれえ……? おねえちゃん? 帰って来るなら先に連絡してよ。もぉ~~」
誰も居ないと思っていた家に、幼い声が響き渡った。
最後までお読み頂き有難うございました。
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