第2話 地の守護竜と繋がった糸
第二話目になります。
調べれば調べるほど北欧神話の名前ってゲームや漫画で使われているんですね(笑)
2019.5.1改稿
北欧神話らしき世界に転生してしまった俺は、この世界で初めて出会った少女、エダと一路世界樹に向っていた。
衣食住を早急に何とかしたい俺は、当初エダの故郷である人間族の街[ユミル]行きを提案した。だが、この姿では無用な混乱を呼びかねないとも言われてしまったのだ。
間違っても神様と思われる容姿ではないと自分でも思う。
エダ自身いきなり竜神に出会うとは思いもしていなかったようで、ある人物に知恵を授けてもらおうとしていたという。
「地の守護竜?」
これまたRPGっぽい単語が出てきたもんだ。
これからのことについて話し合いながら、俺達は目的地に向って歩いている。
まあ、俺は未だにほふく前進だが。
「これより先、世界樹の麓。誰も寄せ付けない樹海の奥の洞窟におられる守護竜様は、創生の時代からこの世を見守っておられると。シスター長に教えて頂きました」
歩きながらも両手を胸の前で握り締め、祈りのポーズをとる彼女はなるほど、確かに西洋の巫女さんのようで様になっている。
「ということは、この先の樹海に集落があるってこと?」
人が生きていくためには、ある程度の生活基盤が必要だ。
ある程度は自給自足でいけるのかもしれないが、一人で何もかも揃えるというのはこの世界の文明規模としてはかなり難しそうに思えた。もっとも竜なんだから人間と同じ物を食べているとは限らないのだが。
(今、歩いてる道も舗装道路どころかまるで獣道だもんなあ……。)
ところが、彼女は不思議そうな顔で俺の考えを改めて一蹴した。
「いいえ? 世界樹周辺は人間族の大陸の中でも聖地として崇められている地です。
人はおろか、獣でさえもこの地には長時間滞在することは許されません」
「じゃあ、その守護竜さんは霞でも食べてるのかな?」
俺なりのジョークだったのだが、彼女はハッキリとは否定しなかった。
「私も、いえ私達人間族でも守護竜様に拝謁を許されたという話は聞いたことがありません」
それ。ホントに存在するんだろーな。
かなり疑わしいがどちらにしろ、もうすぐ太陽が沈む。
本日の拠点としてはとりあえず雨風を凌げる樹海の入口まではたどり着かなければならない。
「エダさん。俺の背中に乗ってくれる? ちょいと急ごう」
「そんな。竜神様にまたがるなんて恐れおおいこと……」
また竜神様って言ってるし。仰々しいし、恥ずかしいから名前のコウキで呼んで欲しいんだけどなあ。
「急がないと夜になる。その前に焚き火の準備もしなきゃいけないし、食料も調達しなきゃいけない。この羽根で空でも飛べればいいんだが、残念ながら飛び方もまだわからないんだ。乗り心地は悪いだろうけど我慢して」
恐縮している彼女を半ば強引に背に乗せ、俺は旅路を急いだ。
しばらく進んでいると驚きの事実に気がついた。
以前も言った通り、俺の体には足がない。
そのため蛇のように体をくねらせて進むのだが当然、乗り心地は最悪だろう。
そんな俺の背に跨りながらも、彼女はうまくこちらの動きに合わせバランスをとっていた。
てっきり途中で休憩を入れていかないと彼女の体が持たないと感じていたので、俺は思わず問いかけた。
「すごいね。気持ち悪くない? かなり乗り心地悪いと思うんだけど」
率直すぎる俺の問いかけに彼女は笑って答えた。
「私の生家は騎士の家系でしたので。これくらいで根を上げていては一人前の人間とは認めてもらえません」
この世界の主な移動手段は車でも蒸気機関車でもなく、馬。しかもキチンとした馬具さえもない時代だ。
裸の馬を操るくらいの技量がなければ跨れもしない。こんな少女が一流の騎手のような技術を持っていて当然の世界なのだ。
所変われば人も変わるものだなと、感心してしまった。
もし俺が人間だった頃にこんな乗り物に乗ったら即、嘔吐してしまうだろう。
首を背に向け彼女を見てみるとたしかに細身だが、とても引き締まった足腰をしている。
それに。
自分でもよく分からないが、彼女を乗せていると妙に心地よい。まるで今までなかったパーツが背中にピッタリとはまったような満足感を俺に与えてくれる。
決して彼女のお尻の感触を満喫しているわけではない。無いったらないのだ。
「もしかしたら、これが運命の出会いってヤツなのかな?」
「……えっ!? 何かおっしゃいましたか? 風の音で上手く聞き取れませんでした!」
「いいや、何でもないよ。それじゃあ、ペース上げるよ! しっかり掴まってな!!」
「はいっ! って、きゃあああああああああああ!!」
俺は身体をくねらせる速度を一段階上げ一路、世界樹の麓へ爆走していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
走りながら自分が乗せている人間を観察するという我ながら器用な技を披露しながらも、俺は順調な工程で進んでいった。
夕暮れ前やっと樹海の入口に差し掛かり、ここで一晩雨露を凌ごうと彼女に言いかけた時だった。
突然、頭の中に声が響いた。
――――何者じゃ。我が領域に立ち入る侵入者よ。
俺は思わず彼女が背に乗っているのを忘れ立ち上がった。
「ひぃやあ!」
背の上に乗っていた彼女が可愛いらしい悲鳴を上げながら地面に転がり落ちてしまう。
「コ、コウキ様?」
彼女は地面から顔を上げ不思議そうな顔をしていたが、俺の雰囲気から緊張が伝わったのだろう。周囲を警戒するように全方向に視線を向けた。
「エダさん。今、誰かの声が聞こえなかった?」
しかし、彼女に今の声は聞こえていないようだ。
「私には何も聞こえませんでしたが……。もしかして守護竜様のお声が?」
これが彼女のいう地の守護竜なのだろうか?
今の声は耳に聞こえたというよりは頭の中に直接響いてきた。思念というヤツだろうか?
俺は試しに頭の中で言葉を作ってみた。
(失礼ですが、世界樹の麓にお住みの守護竜様でいらっしゃいますか?)
言葉使いといい年配のご老人のような声だったので、俺は敬意を払いながら語りかけた。
この時、俺は思念という概念で言葉を発している事に今更ながら気付いた。
そもそも竜の口で、しかもこの世界の言葉が分かるはずもないのに彼女とは会話が成立している。俺は頭の中で声を発し、意思を伝えていたのだ。
ごく自然に守護竜と呼ばれる存在に話しかける。
――――いかにも。ほぉ、お主珍しい魂の色をしておるな?
魂の色なんて自分じゃ確認のしようもないが、俺は思い当たることと言えば転生者だということだけだ。
俺の考えていることが丸分かりなのだろう。老人の声で笑い声が頭の中で響く。
――――転生者とな? なるほど、別次元からの来訪者か。いやはや長生きはしてみるもんじゃのう。
勝手に脳みその中を見られているようで良い気分ではないが、異世界で文句を言っても仕様がない。
――――ふむ、確かに。しかしそれはお主の精神がまるで防御幕を張っておらんからじゃ。どれ……。
そんなん、ちょっと前まで一般人だった俺にできるかと憤慨した瞬間。
精神を乗っ取られた。
いや、違う。俺の頭の中に何かが入り込んできた。
(ちょっとまてぇえええええええ!!)
俺の叫びも空しく視界がブラックアウトしてゆく。
何も見えない。聞こえない!
――――まぁ落ち着け。ゆっくり意識をお主の額にある宝珠へあつめてみい。
さすが異世界。人の頭の中まで弄くれるのか。
言われた通りに余計なことは考えず自分の額に意識を集中してみる。
しばらくすると、真っ暗な視界の中でおぼろげながらも人影が見えてきた。
そこにいたのは、枯れかけた葉のような茶色くボロボロなお爺さん竜がいた。
俺の横には一緒にここまでやってきた彼女の姿もある。
どうやって一緒にここまで来たのやらさっぱりだが、どうやら話を聞いてもらえるらしい。
――――初めまして、じゃな。異界からの訪問者、それにお主は啓示を受けた巫女じゃな?
(あ、はい。初めまして、守護竜様)
(お初にお目にかかり光栄にございます!)
隣にいるであろう彼女は若干興奮気味だ。
――――ワシの名は地の守護竜ミドガルズオルム。まあ呼びづらければオルムでよい。
俺の表情が見えているのか、あちらから名乗ってくれた。
やっぱりゲームで聞き覚えのある名前だ。あくまでゲームの中でだけなのが悲しいが。
――――さて、お主らの境遇はよくわからぬがワシを訪ねてきたのは間違いないようじゃな。何用かな?
(えっと、その……。あのですね……。)
隣の彼女は興奮からか、声が言葉になっていない。
だが、これは話が早くて助かる。本当は彼女から話してもらう方が分かりやすいと思ったのだが、あまりの事態に緊張してうまく話せないらしい。これはちょっと彼女が落ち着くまでは俺が話した方が良さそうだ。
俺は真っ暗闇な空間で自分と、この世界で出会った彼女の目的を話した。
(俺はこの世界の人間じゃないのでよく分からないのですが、彼女が予言した最終戦争というのは本当なのですか? 守護竜様)
――――さてな、ワシとて未来までは覗き見ることはできぬ。しかし面白い娘であることは確かじゃの。
まあ、確かに見ていて飽きない娘だとは思うが。隣の彼女は(あ、ありがとうございましゅ!)と意味の分からない返答をしている。噛んでるし。
――――ふぉふぉふぉ。そうさな、お主らも自分の力の使い方もわからぬようでは難儀じゃろう。ほれ、さきほど言うたように額の宝珠に意識を集め、その中にある力を引き出してみぃ。娘、お主はこやつと波長を合わせるのじゃ。
おお、やっぱり何か強力な魔法やらスキルがあるのか?
さっきは守護竜と会話する事に集中していたので、そこまで気が回らなかった。
再び意識を額に集中する。チラリと横を見ると彼女も眼を閉じ祈りのポーズで集中しているようだ。
すると、俺の彼女との間に何か糸が繋がっているように感じ取れた
――――糸は繋がったようじゃな。それで何を成すのかはお主ら次第よ。
女の子と糸で繋がったなんて、こっぱずかしい台詞が聞こえてきたのは聞き間違いだろうか?
――――お主の種族名はヴィーブル。額の[竜宝珠]で様々な奇跡を起こすと言われる希少な飛竜種じゃ。じゃが、その宝珠は願望珠とも呼ばれ常に狙われておる。せいぜい気をつけることじゃなぁ。
世界的な珍獣に指定されてしまった気がするが、そんなことは後回しだ。
せっかく異世界にきたのだ。魔法の一つも使ってみたいと思うのが心情である。
それなのに、自覚できたのは巫女である彼女との正体不明の糸のみ。
(これで何をしろって言うんだ――――?)
訳も分からず呆然としていると、暗闇に閉ざされていた世界が、白く、赤く、光り始めた。
――――まあ、後とは自分でなんとかせい。
(お待ち下さい! なぜ大地母神竜様は私に啓示を下されたのですか? 一体私に何をせよと!)
最後になってやっと彼女は正気を取り戻したらしいが、ミドガルズオルムと名乗った守護竜は明確には答えてくれなかった。
――――娘。お主にこれ以上干渉することはワシには出来ん。それに未来を繋ぐのは実際に地上にいるお前達じゃ、それが今を生きる者の権利であり義務。精々励んでみることじゃな。
もしかして俺は転生して早々、とんでもない事件に巻き込まれたのではなかろうか。
――――お主らに竜の加護があらんことを。
そんな俺の想いも我関せずと言わんばかりに、守護竜様の姿は見えなくなってしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
視界がオルムとの会話の前にいた世界樹の麓、広大な樹海の足元に戻ってくる。お互いに体に異常はないか確認してみたが特に変化した所はない。
結果として、彼女が頼りにしていた守護竜様は期待に答えてはくれなかった。さぞや意気消沈するかと思ったのだが、意外にも彼女の表情はさっぱりしたものだった。
「最初から何も手がかりのない所からの出発でしたから。コーキ様に出会い、守護竜様のご尊顔を拝しただけでも神のお導きです」
ということらしい。
確かに意義のある出会いであったことは確かだ。俺に関しては特に。
鏡もないこの世界で自分自身を見る機会などそうそうないのだが、額で輝くこの宝石は「竜宝珠」というらしい。
一体どういう力を持っているのか知りたいのは山々だが、もう日が暮れる寸前だ。休める場所を探し焚き火の用意もしなければ、俺はともかく彼女が耐え切れない。おそらくだが、樹林の中に甘い森の実りもあるはずだ。
俺達は、この樹海で一夜をしのぐ為の準備にとりかかった。