第36話 エピローグ-1 王位継承
投稿を始めて2週間も間が空いたのは初めてでした(汗
ですが、ようやく第一部完とできそうです。
夕方に後編を投稿しますのでよろしくお願いします。
しばらくその場で小休止していた俺とエダは、扉の向こうの廊下から慌しい足音が聞こえてくるのに気付いた。俺達のいるシグムント王専用鍛錬部屋の扉が、ドカンと擬音がつくような勢いで開かれる。そのまま勢いよく飛び込んできた男性は俺達のよく知る人物だった。
「エダ殿、コウキ殿!! 無事か!?」
普段の彼からは似つかわしくない慌て方で飛び込んできたのは案の定、シグルド殿下だ。
全身を汗と埃にまみれさせ、肩で息をするほどに荒れた息遣いがこれまでの経緯を物語っている。だが彼が王城最深部のここに至っているとなれば、革命軍の目的も実を結んだということだろう。
「こっちも終わったよ。何もかもが思惑通りとはいかなかったけど……」
「なんだと? それはどういう意味……」
俺の曖昧な返事に更なる問いを投げかけようとしたシグルド殿下は、両の足で立ちながらも絶命したシグムント王を見て全てを察したようだった。
「ごめん……。助けてあげられなかった。そんな余裕もないほどシグムント王は……強かったよ」
いくら対立する運命を選んだとはいえ、実の父親だ、何も感じない筈はない。そんな彼に俺に言える言葉なんてありきたりなフォローだけだった。隣にいるエダもかける言葉が見つからないのか黙ったっきりだ。
「……お気遣い痛み入る。かの戦乙女と宝珠竜にそう言ってもらえるなら親父殿も満足しているだろう」
この場の微妙な空気を察してくれたのだろう。実の父親を殺した俺達に丁寧にも頭を下げて感謝するシグルド殿下は意外なほど冷静だった。
このような結果になるであろうことは覚悟していたのだ。逆に気を使わせてしまった彼に対して何も言葉が出てこない。そんな彼を見つめていたエダがおもむろに立ち上がった。
「天界の者に支配されていたとは言え、この国を支え続けた御方には違いありません。せめて手厚くほうむ……」
そう言いながら、エダはシグムント王に近づくと無数に突き刺さった聖気のナイフを消し去った。そのまま横に倒して、楽な体勢にしてあげようとしたエダの言葉が途中で止まった。
「これは……まさか、息を吹き返した?」
「なんだと!?」
エダがナイフを消し去った瞬間、彼の身に纏わり続けていた天界の眷属である証の聖気までもが霧散したのだ。それはシグムント王が天界の鎖から開放された証に他ならなかった。
それだけの変化で終わったのなら後は手厚く葬るだけだったのだが、彼の胸がゆっくりと上下し始めたのだ。
「エダ、治癒の奇跡を!」
「はいっ!」
心臓マッサージをするかのようにシグムント王の胸に両手を当て、エダが治療を開始した。手の平から明るく暖かい光があふれ出す。彼女の治癒術は戦乙女の身体を得たことで更に効果が上がっているようだ。それでも治癒を施すエダの顔色は不安げなままだった。
「……ダメです! 表面上の聖気は消え去ったようですが、体内の奥底に残った聖気が治癒を阻害しています! これでは……」
天使化したシグムンド王に一撃を加えた時もそうだったが、聖気に聖気で対抗するのはとことん相性が悪いようだ。ならばその解決方法もまた同じなはず。
「エダはそのまま治癒を継続して! 俺がシグムント王の体内に残った聖気を打ち消す!!」
これは後から指摘されて気づいたのだが、俺の力である[邪気]は敵対する者の[凶器]や[敵意]を消し去る力だ。
それと同時に相反する天界の聖気を打ち消す力も持つ。ならば戦乙女であるエダの力の根源である聖気も打ち消してしまうはずだった。
だが、この緊急事態において俺の思考はそこまで考え付かなかった。だから、どうしてこんなことが出来るのかも理解せずに、エダと共にシグムント王に手を当てたのだ。
本来、お互いに相殺されるはずの天界の聖なる力と宝珠竜の邪悪な力。双方が渾然一体となって、シグムント王の命の火を再び灯すべく輝いている。
聖気を打ち消しながら、聖気で治癒する。
そんな不思議な行為がこの場では起こっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ぐっ、うう……余は、まだ現世におるのか?」
「親父殿!? 俺の声が聞こえるか?」
「その声は、シグルドか。お前がジャーリ嬢を追って王城を出た辺りから記憶がない……。」
俺とエダの二人がかりでの治癒は劇的な効果を発揮した。時間にして一時間は力を使い続けただろうか。俺達が疲労困憊になる頃に、ようやくシグムント王は意識を取り戻した。
しばらくは静養が必要だろうが、元の生活に戻るのにそこまでの時間は要しないだろう。
これで当初の予定通り、穏便に王位をシグルド殿下に移譲することができる。まったく今日の俺達は働きすぎだ。日本に居た頃ならば代休を申請していたことだろう。
だが、労働の対価として安寧な生活が俺達には待っている。ああ、早くユミルの街での穏やかな生活に戻りたい……。
「エダ殿、コウキ殿。余の知らぬ間にとんだ苦労をかけたようだ。何か望みがあるならば何なりと申してくれ」
息子であるシグルド殿下に支えられながらも、此方に顔を向けたシグムント王は憑き物が落ちたかのような穏やかな表情を浮かべていた。
「地位も名誉も富もいらないんで、平穏な日常をください……」
「もう、コウキったら王の御前ですよ? ですが、まったくもって同意します。シグムント王よ、私達が望むのは一人の民としての日常のみ。願わくは後のことはシグルド殿下にお任せください」
俺の疲れきった台詞にエダはクスリと笑いながらも同意してくれた。それと同時にシグルド殿下が起こした革命の事情も一通り説明する。最初は驚いた様子だったが、戦乙女ブリュンヒルドに洗脳された自分が何をしでかしたのか理解するうち現状を理解したようだった。
「……なるほど、理解した。シグルドよ、余はお前に王位を譲る。時代はもはやお前達のものとなっているようだ。老兵がいつまでも居ては国が混乱してしまう。このミズガルズの大陸は新しき若者達で作っていくがよい」
そう言うと聖剣バルムンクを鞘から抜き、シグルド殿下に突き出した。
「……余を斬れ。先代の王など生きているだけで害悪である」
突然シグムント王から発せられた言葉に俺達は愕然とした。
「ちょ、ちょっとそれはさすがに……!」
「陛下、天界の力は強大なもの。人である身で抵抗できないことは当たり前なのです……。シグルド殿下に親殺しの枷をはめるおつもりですか!?」
せっかく助けたのに改めて殺したりしたら俺達の苦労は水の泡だ。
いきなりの展開に慌てふためいた俺達だったが、当のシグルド殿下はジッと聖剣バルムンクを凝視していた。
「この程度の咎も背負い込めないようでは王になる資格などない。王とは、民のために人であることを捨てた生き物よ。情を捨て、国を動かす歯車となる覚悟の無い者に王は名乗れぬ」
最初は冗談かと思ったがシグムント王の表情は壮絶に満ちている。このままではシグルド殿下が親殺しの王となってしまうだろう。
だが、これが争いの中で生きる国の在り方なのだろうか。確かにシグルド殿下は王となるには甘く、優しすぎる。ユミルの街でウェイトレスをしている時も、ちょっかいをかけてくる酔っ払いを遠ざけてくれた。俺の意識を取り戻す為に廃嫡されながらもエダの味方を買って出てくれた。
泰平の世ならば善き王として国民に慕われながら一生を終えることもできるだろう。だが巨人の大陸に挟まれ、更に天界の神々からも敵対されている今は、何よりも強い王が必要なのだ。
だが、シグルド殿下の出した結論は王の言葉を真っ向から否定するものだった。
「親父殿。これが普通の交代劇であったならば、俺も涙を飲んで斬っただろう。だが今の親父殿を斬るわけにはいかない」
そう言いながらシグルド殿下は聖剣バルムングを受け取ると鞘に収めた。
「親父殿は俺と同じ[太陽の聖女]と[月の巫女]に命を助けられた王族だ。これから親父殿には国政には参加せずとも王国の象徴として生きてもらわなければならない。それにまだ親父殿のなすべき仕事が残っている。親父殿を慕う王国軍と俺の指揮する革命軍、双方を和解させるまでは働いてもらうぞ」
「むうっ……」
確かに今回の革命は革命軍の勝利だとは言っても、重要なのはこれからだ。王国を再び一つに纏め、安定した世の中を作る義務が彼等にはあった。シグルド殿下はシグムント王をその旗頭にするつもりなのだ。
国の象徴。
日本の皇室みたいなもんか。実質的な権限は何も持たず、ただただ国民の御印となる存在。だけどもその存在は国民に安心と平穏を与えるためにどうしても必要だった。
まあ、それは王族である殿下と王様が決めればいい話だ。俺達にとっての問題は他にある。なんか俺の知らない新しい単語がシグルド殿下の口から飛び出した。なんだ? そのこっぱずかしい称号は?
さしずめ[月の巫女]はプラチナブロンドが映えるエダのことだろうし、不本意ながら[太陽の聖女]は金髪の俺のことだろう。
「……ゴホンッ。前々から考えていたことだ。貴殿達が平穏な日常を希望しているのは承知している。だが頼むから自分達のやってきた偉業を自覚してくれ」
大仰すぎる二つ名を押し付けられそうになった俺とエダの冷たい目線が、シグルド殿下に突き刺さる。
ワザとらしく咳をしながらも、まるで拝むかのような視線で懇願してくる彼の姿は王族の威厳がまるで見あたらなかった。
「別に俺達だけで潜り抜けてきたわけじゃないぞ?」
それでも冗談ではない、とばかりに反論してみる。
ここに来るまで実に多くの人達の協力を得てきた。謙遜抜きで俺とエダだけで到達した今ではない。ジャーリ伯爵やタリナ、それにヴェル、ケイカ、トキハの三人娘など俺達は行く先々での出会いに恵まれていた。まあ、その筆頭が目の前にいる殿下なわけだが。
「それでも一連の騒動の中心にいたのはエダ殿とコウキ殿だ。二人が居なければ結末は間違いなく違ったものになっただろう。これからのミズガルズ王国には光が必要なのだ。希望という輝ける太陽とそれを見守る月がな」
「だからって、もう一生分の騒動を経験した気分なんだぞ? 正直、もうお腹いっぱいだ」
もし今この場で断らなければ、今後も激動の毎日が待っているのが確定してしまう。正直もう静かな余生を送らせてもらいたい。
まるで老人のような言葉ではあったが俺の本心だ。なおもシグルド殿下に詰め寄ろうとした俺だったのだが、意外な方向から静止の手が割り込んできた。
「……すみません。残念ですがコウキ、諦めてください」
「えっ、エダまで!?」
俺の言葉を遮ったのは先ほどまで俺と同じく穏やかな日常を渇望していたエダだった。
「私達はこの国の人達に貢献以上のご迷惑もお掛けしてしまったのです。コウキは宝珠竜の身体、そして私は戦乙女の身体。本来であれば人間族から迫害される間柄です」
つまり敵方の存在となってしまった俺達がミズガルズ王国に居続けるためには、シグムント殿下の話に乗った方が安全だということだ。ジャーリ伯爵やパンちゃん、ヴェル達とこれからも共に居続けるには、王族に貸しを作り続けなければならないらしい。
「……さすがに恩だけ受けて、ハイサヨナラってわけにはいかないか」
溜息混じりに呟いた俺の言葉には諦めの意味が多分に含んでいる。
「そういうことです。コウキの気持ちも分からないでもないですが、やはり私達は皆さんの厚意をお返しする義務があるのです。……さすがに[月の巫女]は私も恥ずかしいですが」
「……了解。やれやれ結局こうなったか」
この時点で俺は両手を上げて降参の意を示した。
相棒である彼女にそう言われては、もはや観念するしかない。俺は大きく息を吐きながらもシグルド殿下の提案に乗ることにしたのである。
この決断が直後の騒動に大きく関わることを、この時、俺は知る由もなかった。
俺達の会話の結末に安堵したのだろう。俺達を緊張した目つきで見守っていた若き王は革命以来始めての安堵の表情を浮かべている。そんなシグルド殿下は調子にのって更なる追撃を仕掛けてきたのは流石に見逃せなかった。
「ところで、どうせならいっそ二人も王族の一員とならないか? エダ殿は俺の妻として、コウキ殿はそうだな。養女という形で城に入ってもらえば問題ない」
「お断りだ」
「お断りします」
そんな面倒な地位は間違ってもゴメンだ。俺達は嫌な顔を隠しもせずに、拒絶の意思をめいいっぱい込めて左右に手を振った。
「しかしだな……あれだけ盛大に婚礼を発表した手前、俺にも立場というものが」
「知りません。そもそも私は、いきなり婚約などと言うシグルド殿下とシグムント王の不意打ちに腹を立てていたのです。女性を口説き落としたいのなら、もう少し学びなさい無骨者ども」
エダさんの言葉の刃がシグルド殿下を一刀両断に切り裂いた。哀れシグルド殿下は口をあけながら何も言えずに絶句している。そんな二人によそに豪快な笑い声が部屋に木霊した。
「ハッハッハ!! 確かに、確かに。コヤツに女性の口説き方を教えていなかった余にも責任の一端はあろうな。確かに未熟にも程がある。シグルドよ、精々精進するがいいわ!」
今までの強面の態度はどこへやら。シグムント王がエダの辛辣な台詞に豪笑している。
って、おいおい王様。まだまだ絶対安静だろうに、そんなに笑って大丈夫か? 俺の心配もよそに、若干一名以外の全員の顔に久方ぶりの笑顔が舞い戻ったのだった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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