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宝珠竜と予言の戦巫女  作者: Mikami
第5章 俺はこの地で生きてゆく
37/138

第35話 変革の時

一日連続投稿2話目!

なんとか出来上がったので投稿させていただきます。(一万文字近くなりましたが……

すっごい。。。。難産でしたorz

次話のエピローグをもって第一部完とさせて頂きます。


2019.5.3改稿

 決戦の地となった王城の奥深くに位置する鍛錬部屋にて、透明でそれでいて清んだ声が俺達の耳に飛び込んできた。

 俺達が反射的に声の方向を見やると、今までそこになかった扉が今正(いままさ)に開かれ一人の戦乙女が姿を見せていた。背中に広がる純白の翼、蒼穹を思わせる青いラインの入った白銀の甲冑、明るく光る白金のロングヘア。額に輝く宝石が散らべられ、両端に羽が付いたサークレット。その顔は慈愛がこもっているような優しい微笑みに包まれている。

 俺はその顔に見覚えはないが、隣の彼女の顔は眼をみはって驚いていた。


「戦乙女の長姉……ブリュンヒルデ!」

「えっなに!? エダの知り合い? っていうかお姉さんなの?」

「お姉さん、知り合い……とは呼べなくもありませんが、私の中の戦乙女を覚醒させた張本人。そして私をコウキに襲わせた敵です!!」


 地竜の剣を鞘から抜き放ったエダは俺にそう言い放つと、再び厳しい眼差しに戻っていた。


「そうですね。久しぶりの再会になりますか、エルル」

「その名で私を呼ぶな! 私の名前はエダ。人間の養父に名づけられた私の名だ!」

「どちらでも良いではないですか。まあ良いでしょう。貴方達の相手は今だ、私ではないのですから……」


 彼女の言葉を戦乙女ブリュンヒルデは冷静沈着に受け流した。

 俺達の近くまで歩み寄ってきた戦乙女の長姉ブリュンヒルデは、自分の脇で仁王立ちのまま立ち尽くすシグムント王を眺めていた。その顔には喜怒哀楽のどれも該当しない、見事なまでの無表情だ。


「人間族の王。私が天界の力を与えて尚、使えない可愛そうな子。慈悲深き私を崇拝なさい、そしてもう一度天界の為に剣を取るのです」


 戦乙女ブリュンヒルデがシグムント王の頭に手を置いた。まるで幼子を愛撫する聖母のように。違いがあるとするならば、その顔が慈愛ではなく透明で何も感じていないかのような表情だけだろうか。


「オオオオッ……アアアアアアアア!!」


 シグムント王の身体には今だにエダが放った聖気によるナイフが無数に突き刺さっている。通常の人間であれば生きていられるはずがない程の致命傷だ。その男の口から新たな息吹を得た歓喜の雄叫びが発せられた。先ほどまで確かに力尽きていた男の身体に聖気が立ちこめ、まるで別人のような咆哮だった。


「そんな……死者の蘇生など大神でも成し得ない奇跡のはず! ……まさか。……まさか、まさかまさか!」


 有り得ない現実に隣にいるエダの顔が驚愕に溢れていた。


「コウキ、油断しないように! 彼は……シグムント王はもはや人間ではありません!!」


 これもまた天界の戦乙女の知識なのだろうか。彼女はそう、俺に警告を発してきた。

 見れば彼の王の閉じられていた瞳が見開き、両眼の光が黄金の疾風のように眼球内でうずめいている。人間では有り得ないその眼光の色にようやく俺は事の事態を理解した。


「人間じゃない……聖気? シグムント王は天界の住人だったのか……?」


 いや、違う。先ほどまでの彼は間違いなく人間だった。聖剣こそ所持していたが、その技、力もエダと対等以上の技量を見せていたが……人間である事は間違いなかった。

 明確な変化があったのは、今正に戦乙女ブリュンヒルデが触れたその瞬間。シグムント王は進化した。いや、これは地上の生物が突然変異によって遂げる進化ではない。

 遭えて言葉にするならば……[天使化]

 天界の神々の使徒である戦乙女。その戦乙女や神々の使徒として存在する天使を喰らったシグムント王は、彼女達と同等の存在になろうとしている。

 エダは事の真実に気付いた様子だった。あくまで前方の警戒を解かないまま、真相を暴露させたのだ。


「……ようやく理解できました。天命の丘という天界への入口が、世界樹でも、四大陸の中でも最も天界に近いと言われるアルブヘイムでもなく、ミズガルズ王都の直ぐ傍にあること。

 予言にて人間族の敵となったにも関わらずシグムント王が一切の警戒を天界へ向けなかった事。その事実は……その真実は天界が自ら彼に天使喰いをさせて仕立て上げた[天界の傀儡]であったからなのか!!」

「天界を裏切ったそなたに相応しき舞台でしょう?そなたの敵は天界ではない。王殺しの罪を背負い、その身が滅するまで愛すべき人間との戦いに明け暮れるのです」


 エダの弾劾の言葉を冷静に返答してのける彼女の姿は、実に清らかな雰囲気に満ちていた。

 シグムント王は天界を警戒していなかったのではない、警戒できなかったのだ。幼子が親に警戒心など持たないように、そもそもの発想から警戒するという考えに至らなかった。いや、出来なかった。何時の頃からか、既にシグムント王は戦乙女の傀儡となっていたのだから。


「王よ! 自我を保ちなさい!! 貴方の本当の敵は……きゃっ!?」

「オオオオオッ――――!!」


 もはや獣と化したシグムント王に俺達の言葉は届かない。ただ目の前の敵を喰らい尽くすだけの獣と化したシグムント王の剣が俺達に襲い掛かってきた。人間の時にような駆けながらの一撃ではない。文字通りの一足飛びで俺達との十メートルはあろうかという距離を一瞬で詰めてきたのだ。


「……っ!?」

「うわっ!?」


 俺達はお互いが距離を取るかのように左右に跳んだ。元いた位置に聖剣バルムンクが白い光となって地面に襲いかかっている。閃光が治まった跡を見れば、壁と同じく白い大理石が敷き並べられた床に一本の長く、太い斬り穴が出来ていた。その穴は暗く深い。一体どこまで続いているかさえも分からないほどだ。先ほどまでとは段違いの威力に俺の背中に冷たい感触が走っていた。


「エダ! 俺の後ろに隠れて!!」

「ですが、あの聖剣には……」

「いいからっ! 早く!!」


 大盾を壁のように正面に構えながら彼女の前に立つ。ここまでくればもはや危険も何もない。どこにいようが危険なのは俺も彼女も一緒なのだ。

 自分の持つ大盾に竜宝珠の力を込める。かの聖剣の権能を防ぐには、この力を使うしかない。確証はなかったが、堕天竜と呼ばれたミドガルズオルムの力なら天使に対抗出来る筈と考えたのだ。

 天使化したシグムント王の続け様の斬撃が俺の持つ大盾越しに強烈な衝撃となって襲いかかってきた。


 ガキイイイ!!


「……ぐっ!」


 強烈な衝撃が俺の持つ大盾を伝って肩にまで響いてきた。こんな時じゃなければ地面を転がりまわって痛さを全身で表現したいところだ。


「無茶ですっ! いくらコウキの力でも、例え聖気は消せても直接的な衝撃は消せないんです!」

「……っつううう。本来なら敵意を持つ敵の凶器も消し去れる筈なんだけど……」


 シグムント王の聖剣どころか[敵意]そのものにも何ら影響が見られない。


「堕天竜の力と天界の聖気は正に相反する権能なのでしょう。お互いが消しあって刃にまで力が届いていないのかも……」

「せっかくエダの役に立てる能力を手に入れたと思ったのになあ……」


 俺は緊張感の無い笑顔を彼女に向けていた。少しでも彼女の心に不安を残さないように。

 だが、敵さんは待ってはくれないらしい。再び大きく振りかぶると俺達に向けて更に強烈な一撃をお見舞いしてくれる。

 再び強烈な一撃が大盾を通じて俺の体に伝わる。普通の人間ならこの一撃の衝撃だけで戦闘不能になるだろう一撃だ。


「……フッ!」


 俺の背後からエダが飛び出す。聖剣バルムンクに比べれば地竜の剣はレイピアのような細さだ。それを生かして速さを重視した突きに攻撃の種類を変更させていた。

 確かに天使化したシグムント王は強くなった。それは間違いない事実だ。事実なのだが、どうやら自我を持たない弊害もあるようだった。

 戦い方が猪突猛進なのだ。まるで脳が活動していないかのような滅茶苦茶な戦い方は、先ほど彼女と一騎打ちしたシグムント王の技量がまったくない。まるで獲物に飛びかかる獣のようだった。

 果たして防御に関してはまったく無防備なシグムント王の首に地竜の剣の剣先が突き刺さったのだった。


「オオオオオオオ……グッ?」


 唸り声からの、なんとも拍子抜けな声が天使化したシグムント王の口から発せられた。彼女の突きは確かに天使化したシグムント王の喉に直撃した。本来なら致命傷な一撃の筈だった。声すら発することが出来ずに倒れ付しかない筈の標的は何事もなかったかのように立ち尽くしている。


「そんな……確かに突きが喉に入ったのに!」


 事態を把握できないエダの声が空しく鍛錬部屋に反響している。


「エルル、いえエダと呼べと言っていましたね。貴方ではその剣の権能は発動できませんよ? 戦乙女の身体を持ち、戦乙女の聖気を用いて闘う限り堕天竜の加護は貴方に味方しません」


 俺のエダの驚きに対して戦乙女ブリュンヒルデは余裕の笑みを浮かべならが観戦していた。

 そうか。エダの聖気はあくまでも[天界側]の力なのだ。ゲームで敵と同属性の魔法が効かないように、戦乙女の聖気に聖気は効かない。

 それと同時に聖の属性をもった人物が[邪]の属性を持つ武器を持つなんて有り得ない。今のエダは聖属性の身体で邪属性の剣を振るうというアンバランスな状態なのだ。

 ……そうなれば、唯一の希望は俺ということになる。

 堕天竜ミドガルズオルムの力を受け継いだ俺が同じ力を秘めている地竜の剣で戦うしかないのだ。


「エダ。剣……貸して」

「コウキ……。ですが」


 俺は前方への警戒を解くことなく後ろへ腕を突き出した。対する彼女はとても心配そうな声を出している。

 彼女の懸念はもっともな話だった。俺はこの人間の姿で今まで積極的に攻撃を行なったことがない。それは異世界転生にありがちな転生時の特殊能力なんてものも無く、只々竜の姿と身体能力を与えられたに過ぎないからだ。

 当然、真剣なんてこの世界に来るまで握ったこともないし戦闘なんて戦力外もいいところだ。だが、本能的なものなのか防御や回避は持ち前の身体能力でこなすことができた。だからこそ、ヴェルやケイカ、トキハ達とPTを組んだ時も危険である盾役(タンカー)を志望したのだ。

 元日本人の俺には今だ生き物に対する殺生について、本能的な忌避感(きひかん)がある。動物への殺生だって動物愛護の観点から抵抗感があるし、ましてや殺人なんて実行する自分が想像もできない。

 しかし此処は異世界、北欧神話に似た群雄割拠のファンタジー世界だ。この先も他人の命を奪う覚悟が試される機会はいくらでもあるだろう。


「覚悟を決めるしかないか……」


 わざと口に出すことで自分自身を納得させようとする。


(ここは異世界……殺さなきゃ殺される。やれ、殺るんだ!)


 多分だけど、エダの方へ突き出している手は震えていただろう。それでも一度出した手を引っ込める訳にはいかない。彼女だけにこんな罪を押し付けて良い訳がない!


「大丈夫……。俺を信じて!」


 自分を鼓舞する意味を兼ねた言葉をエダに向かって投げつけた。俺の言葉を信じてくれたのか、エダはそっと、地竜の剣を俺の手に収めてくれたのだった。



「覚悟は定まりましたか。今回だけですよ? 態々待ってくれる優しい相手など私ぐらいのものです」

「そりゃど~も。これ以上は退屈させないから安心してくれ」

「それは楽しみです」


 戦乙女ブリュンヒルデがからかうように俺に挑発的な言葉を投げかけてくる。その笑みは余裕の証拠。散々にいたぶってから殺してやると顔に書いてあるかのようだ。天使化したシグムント王は彼女の命令には絶対服従らしい。その場で唸りながらも放心したように立ち尽くしている。

 俺は左手に持った大盾を放り投げた。盾を構えながら攻撃するなんて俺の居た日本では学ばない。ならばスズメの涙であったとしても剣道の真似事をするしかないだろう。俺は地竜の剣を両手で握り、剣道で基本的なものである正眼に構えた。人体の急所が集まる身体の真ん中に走る線、中心線を防御できる構えだ。


「さあ、楽しませて下さいな? シグムント、蹂躙しなさい!!」

「グオオオオオオオオッ!!!」


 戦乙女ブリュンヒルデの号令に従い、天使化したシグムント王が再稼動した。狂乱者のような雄叫びを上げながら俺に向かって突っ込んでくる。

 相手が狂気に犯されているとはいえ、剣術の勝負に持ち込まれたら勝てる気がしない。ならば、防御は余裕を持っての逃げの一手。相手がどれだけの達人だろうが剣が伸びる訳じゃない。伸びる可能性もあるけど、伸びないと信じて!


 剣が届かなければ此方も怪我をすることはないのだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「どうしました? 逃げるだけでは勝てませんよ? まあ、似合いではありますが」

「ふざけんな。こちとら平和な時代を生きてきた一般人なんだよ! こんな化物とまともに付き合ってられっか!!」


 戦乙女の長姉が挑発的な言葉で罵倒するほど、俺は部屋の中を逃げ回っていた。格好が悪いのは百も承知だ。いくら相手が狂気に犯されていても元は英雄と呼ばれる人間だ。接近戦を挑んで勝ち目があるとは思えない。

 だがエダとの戦いを見ていて、かすり傷ではあったが天使化した彼にも血は流れる事実を俺は確認していた。

 天使化により身体能力や攻防力は増していても人間なのは変わらない。ならば遥か未来から転生した俺にも古代北欧の英雄に対抗しえうる利点もあるのだ。


(やっぱり……攻撃自体は大雑把なものだけだ!)


 天使化したシグムント王の剣撃を余裕すぎるほどの距離をもって回避した俺は、自分の考えが確かなものだと確信した。

 この時代の剣術は現代の研究されたものとは程遠い(つたな)さだった。全身を叩き斬るとか首を跳ねるといった攻撃手段しか確立されていないのだ。

 その証拠が聖剣バルムンクにも現れている。幅広の刀身に分厚い両刃、いかに数多くの敵を刃こぼれなく切れるか、という頑丈さに特化している。扱い方も切り下ろしで真っ二つにするか、切り払いで胴を断つか、もしくは切り下げでの足狙いの三種類のみ。至極、読み易い。

 ならば細身の地竜の剣で俺が狙うのは、そんな大雑把な手段ではなく……。


(……急所への一撃! 俺が狙うのはそれのみだ!!)


 俺は十分に距離を取ると、地竜の剣を肩と同じ高さで水平に構えた。使うのは聖剣バルムンクではその大きさゆえに使うことができない技。

 それは先ほどエダがシグムンド王に用いて通じなかった技そのもの。だが、竜宝珠の力を込めた一撃なら効果があると確信していた。


 突きだ。


 なんだ、ただの突きか。と思われるかもしれない。

 だが現代剣道では、その危険性により小中学校では禁止。大人の剣道家であっても禁じ手として認知されている。剣道系の作品を愛読している方からすればごく一般的な知識である。まあ、現代日本ではという条件が付くが。西洋において突きが登場するのはもっと後々のこと。

 治金技術が向上し、レイピアなどの細くとも(しな)りで折れないほどの金属を精錬できる中世まで登場していない。エダがごく普通に使った突きも、この細身の地竜の剣も、本来ならばこの下界に有り得ないものなのだ


「珍妙な構えですこと。奇策では今の彼は止まりませんよ?」


 俺の構えを見た、ブリュンヒルデは嘲笑するような言葉を発している。


「さあ、それはどうかなっと!」


 前傾姿勢に構えた後ろ足に力を込める。イメージは……転生して間もない頃、せっかくの羽根が役立たずという事実が発覚し、その代わりとして開発した移動手段。


 跳躍飛翔。竜の姿での尻尾とまでは行かないものの上に跳ぶために使っていた力を横へ、前方に蹴りだすために使う。


「喰らえっ! 名前はまだ考えてないけど、取り合えず……[跳躍突き]!!」


 大空を飛翔する勢いで俺は、前方の目標に対して一瞬で身体ごと突貫していった。

 剣道を学校の授業程度にしか学んでいない俺には、細かい場所を狙うような技量はない。

 ならば、人体の急所がもっとも集まる線、人間の真ん中に走る中心線だけを狙ってやる!

 シグムント王に激突する直前、後ろに引き絞った剣を勢いよく突き出す。この瞬間、身体自体の加速に剣の加速も加算され威力は倍増されるはず。



「オオオオオオッ!?」


 シグムント王は天使化の狂気に犯されながらも、……狂気に犯されているからなのかもしれない。俺の一瞬の突撃を本能的に身体を捻ることで回避しようとしていた。おそらくは知識を失った代わりに本能的、反射的な行動が特化しているのだろう。まったく面倒この上ない。


(チッ、このままじゃ外れる……!)


 思わず舌打ちしてしまうほど、俺は全身全霊の一撃に賭けていた。俺がこの世界に転生して得た数少ない恩恵。

 常人とは比べ物にならないほどの身体能力は竜の姿ほどではないが人間形態にも恩寵(おんちょう)がある。それを察知される前に奇襲で決着を付けなければならなかったのだ。

 しかし、俺が跳躍突きを避けられると覚悟した時。


 横から飛んできた細長い何かが、シグムント王の動きを止めた。エダとの戦いで突き刺さった聖気のナイフとは別の明らかな[堕天竜側の何か]だ。天使化によって得た聖気の装甲に、一瞬綻びが生じたのを確かに俺は感じ取ったのだ。


「オオオオっ……余は……王国を、愛すべき民を……」


 天使化したシグムント王の意識が回復した!?

 俺はその刹那、勝機を得た。謎の助太刀の正体は分からなかったが、千載一遇のチャンスなことには違いない。もたもたしていればこの奇跡も消えうせてしまう。


「いっけえええええええ!!」


 満身の力を込めて突き出した地竜の剣は、自分自身の身体ごとシグムント王の胸に突き刺さった。



 天使化したシグムント王の胸に、俺の宝珠竜としての力を込めた地竜の剣が突きたった。

 それでも俺の跳躍突きの勢いは止めるまでには至らない。轟音と共に、シグムント王の身体ごと壁に大きな凹みを作ってようやく停止した。

 そのまま重力の従うままに床に尻餅をついてしまう。俺の頭の上に破壊された壁石の欠片がパラパラと降ってくる。なぜかその痛みが俺に生を実感させてくれているようで、無償に嬉しかった。


「コウキ! 無事ですか!?」


 目の前から俺の体を気遣う効きなれた声が聞こえてきた。もはや顔を確認するまでもないほど、この世界に来てから効き続けている声。


「大丈夫。俺の体の頑丈さは知ってるだろ? ……しっかし、もうちょいカッコよく決めたかったんだが……エダには情けないトコばかり見せている気がするよ」

「そんな事はありません。コウキは私を戦乙女の呪縛から解放してくれたじゃないですか」


 あの時のコウキの姿は忘れられるものではありません。と涙ながらに語ってくれる彼女は、これまで以上に綺麗だった。

 でも結局、新たに披露した技も正体不明の援護が無ければシグムント王に回避されていただろう。まったく前途多難だと改めて思い知らされたのは事実だった。


「まあ、英雄とはいえ人間ならばこんなものでしょうか。それなりに楽しい劇でしたしね」


 その声に俺達は現実に引き戻された。反射的に俺を抱きかかえながら距離をとったエダに対して、戦乙女の長姉ブリュンヒルデは地竜の剣によって大理石の石壁に貼り付けられたシグムント王に近寄っていた。相変わらず何を考えているかも分からないほどの無表情。言葉では楽しかったと言っているのだが、その顔のせいでとてもそうとは思えない。

 今度はこの戦乙女の出番なのか? そう思った俺とエダは今できる最大限の臨戦体勢に入る。だが、当の戦乙女はもはやこの場に興味を無くしたようだった。


「我が妹エルル。いえエダ=ヴォルヴァ=ジャーリでしたか、それに堕天竜の後継者よ。今は貴方達の勝利ということにしておいてあげましょう。ですが、神々の意思は絶対。いずれまた迎えに来ますから、それまでにもう少し成長しておきなさい。いいですね?」


 その言葉に俺達が返事をする間もなく、ブリュンヒルデはその場から消え去った。その消え去る瞬間、少しだけ笑っていたように見えたのは多分気のせいではないはずだ。まるで幼子の成長を見守る母親のような笑顔だったのだ。



「行っちゃったか。ふうっ……」


 戦乙女の長姉たる彼女の撤退に正直、俺の口からは安堵の息が漏れていた。

 実際に戦わなくても直感で理解していた。あの戦乙女の長姉は今の俺とエダ二人がかりでも到底太刀打ちできない力をその身に秘めている。

 その事実は、俺達の脳内に直接叩きつけられたかのような印象を与えていた。


 ようやく一段落ついた俺達は、その場で今までの戦いの疲労を回復させるため腰を下ろして休憩していた。

 改めて部屋の外から扉越しに伝わる革命の喧騒(けんそう)は激しくなっている。おそらく王国軍の本丸は落としたのだ、今度はこの革命という騒動を収拾させるため動かなくてはならない。

 事前のシグルド殿下との作戦では、シグムント王を説得して革命に合意させるというものだった。だが、肝心のシグムント王は戦乙女ブリュンヒルデによって天使化されてしまった。

 その様相はまるで、狂気に侵された戦士のごとく。最後の一瞬だけ人間としての意識が戻ったようだったが、あの場は手加減などできる状況ではなかったのだ。むしろ俺は一瞬意識を取り戻したシグムント王自身に助けられたと言っても過言ではなかった。

 ならば革命軍の勝利という形でこの争いを終わらせるしかない。当然、シグルド殿下は革命を起こした説明を求められるだろう。そうなれば神々が人間族の敵となった事実にまで国民に周知される事態となり、竜神教信徒の反発が内乱の要因となるかもしれない。


 正に前途多難と言っても足らない結果に、俺とエダは頭を抱えてしまっていた。

 

「さて、一難去ってまた一難ってな。どうしたもんか……」

「あとはシグルド殿下のカリスマ性に期待するしかないでしょうか……。多少のお手伝いはできるでしょうが、今私達が国民の前に姿を晒せば無用の混乱を招きかねません」

「だよなぁ……」


 これから戦おうって相手である天界の戦乙女と宝珠竜が人間族の王となるシグさんの横にいるなんて、あべこべもいいところだ。説明するのも一苦労だし、そもそも全ての国民に信頼してもらうなんて不可能なのだから。


「そういや最後に飛んできたヤツ、一体何だったんだ? ……あれ、これって確か……」


 流石に何時までも石壁に貼り付けのままでは可愛そうだとシグムント王の前に立った俺は、彼の腰に何か大きめの棘が刺さっていることに気付いた。地竜の剣を抜きながら、ゆっくりとシグムント王の亡骸を地面に横たわせる。


「ああ……、それはユミルの竜神殿に奉納されていた堕天竜ミドガルズオルムの棘。地竜の剣が顕現した時にコウキが触れた聖遺物です」

「うえっ? そんな貴重な物を持ってきちゃったのか?」


 あれって竜神殿にとって象徴的な物だ。もし失えばユミルの竜神殿はもはや神殿として認められない。シスター長にとっては最も守護しなければならないはずなのに。


「安心してください。シスター長から直々に託されたのです。当初は私の力を回復させるため、消滅したと思っていたのですが……」


 隣に並んだ彼女は俺を安心させるように堕天竜の棘を引き抜いた。血で真っ赤に染まった先端を懐から取り出した布で丁寧に拭い、懐に戻す。


「やっぱり、俺一人の力じゃなかったか。いい加減、独り立ちできなきゃ男の威厳なんてあったもんじゃない」


 黄金の頭をガシガシと掻きながら溜息交じりに呟いた俺の言葉に、彼女は笑いながら返答してくれた。


「あら、無理に独り立ちなんてする必要はありませんよ? コウキの隣には常に私が、私の隣には常にコウキが在る。それが一番なのですから」

「……そうだな。じゃあまあ、これからもよろしく頼むよ」

「はいっ!」


 俺はこの世界で初めて人を殺めた。いかに天使化していたとはいえ、敵として相対したとはいえ、シグムント王は人間だ。ならばこの責任は取らなければならないだろう。シグムント王の最後の言葉、王国と国民の皆を想いながら逝った王の代弁者として。

 部屋の外の喧騒(けんそう)が段々と大きなものとなってゆく。その声は間違いなく歓声と呼ばれる類の声だ。シグルド殿下は上手くやったらしい。ならばもう暫くすれば、この部屋にも来るだろう。

 それまでは、このゆっくりと時間を堪能しても罰は当たらない。


 俺達はそう確信して暫くの休息を楽しんだ。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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